第41話 女子校生・倖(倖視点独白)

「いない……なにもない。」


 部屋の扉を開けるとそこにはフローリングの床の模様と、綺麗に貼り替えられた白い綺麗な壁紙。


 もうかつてを思い出させるものは、何の残滓もない。


 面影も温もりも懐かしさも匂いも。


 照明器具も外され取付部分が剥き出しになっている。


 窓には外から覗かれないように、白いレースのカーテンと黒いカーテンで外界から遮っている。


 


 自分の部屋に戻ると、私には似つかわしくない白い百合がイメージされる制服がかけられている。


 明日からはこれを着て女子高に通う事になる。


 電車に乗って1時間と少しかけて通学する事になった、少し離れた学校。


 一応知っている人は受験をしていない事は学校の先生から聞かされている。


 私が高校に通えるようになったのは、最期の恩恵。


 最後ではなく最期と強く念を押されたその言葉が意味する事は一つ。


 今生においての最後という意味。



 来世にワンチャンは私こそが必要だね。


 でも、もう一人だけの人生じゃない。


 お腹を擦ってまうのも、かつて一度だけ過ちを犯した時の感覚を忘れないため。


 私に出来る事は、頭の片隅から消え去れるよう、ひょっこりと世界の片隅で惰性のように生きる事だけ。


 お兄ちゃんのように、死を選ぶ勇気も度胸もない。


 死ぬ事が出来ないから惰性で生きているだけ。


 それはもう人間ではなく、幽鬼。


 幽鬼ヴェータラだね。


 でも私は復活を目論んではないから、違うかな。


 同じ幽鬼ならクドラクかな。


 罪もない者に襲い掛かる吸血鬼。


 罪もない者お兄ちゃんを襲った吸血鬼馬鹿な妹、いや吸血鬼強姦魔


 クドラクと言えば、セイヨウサンザシの杭で串刺しにされなければ、強力になって蘇る。


 そんな事は出来ないけれど。





 私がこうして普通に思考出来るようになったのはのおかげだ。


 あの時の弁護士でもなければ、お母さんのおかげでもない。


 お兄ちゃんからの恩恵を得たとはいっても、その時には高校へ行こうとは考えなかった。


 先生に諭されて人生をやり直そうと思った。あくまでひっそりとした寂しい人生をだけど。


 でも私が生きている姿は、お兄ちゃん達の目に留まってはいけない。


 お兄ちゃんだけではなく、お兄ちゃんに近しい人や親しい人とも。


 住居は変わってない関係で、場合によっては目に留まってしまう可能性がある。



 でも駅から病院の方からは遠回りをするように、面倒な通学路を取れば余程の事がない限りは会う事はない。


 それに、退院や転院をしていたら本当に会う事は限りなくゼロに近いはず。






 そのはずなんだけど……1学期を平坦にこなし、夏休みも半分を過ぎた頃。


 見知った人を見かけた。本当に偶然、数少ない友人と歩いているところを。


 ある程度の距離があったとはいえ、見知った相手であれば識別出来る程度には。


 その時の様子から察するに、あちら側からも私の姿は見られたに違いない。


 夏休みの中で二日だけある登校日。


 白い制服に身を包んだ、私の色とは真逆の制服に身を包んだ私の今を。



 きっと憎悪や殺意を抱いていたに違いない。


 瞬間的に自分の顔が強張ったのが理解出来たのだから、この感覚に間違いはないだろうね。



「あ……」


 視界が空を捉えたかと思ったらそのまま意識が薄れて……


 ぼんやりとする意識の中、ずっと声を掛けてくる数少ない友人の声が聞こえる。


 さっき見かけた璃澄ちゃんの姿はもう、見えなくなっていた。


 頭がスーっとする、お腹も痛い、血の気が抜けていく。


 来世にワンチャン……私が願っても良いの……かな。


 頭とお腹の痛みがセイヨウサンザシの杭で串刺しにされたかのような錯覚に陥り、そのまま意識を……

 

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