第39話 イくのかイかないのか

「ぷはぁっ!色々最高だね。」



「おい、やめろ。」


 璃澄が俺の脱ぎたての下着に顔を埋めてヤバイ言葉を叫んでいたので、無駄だとはわかっていても注意した。



「夏だから汗も掻くし、おし……の残骸もあるし、少しだけ……」


「もうお前変態じゃなくて変質者の域に到達してるぞ。黙ってれば可愛いのに勿体ない。」


 最近言葉の端に素直な気持ちが乗っかる事が多くなった。至極真っ当な返しはするが、感謝しているのも本当だし黙ってれば可愛いというのも本当だ。


 だから、俺は璃澄の事はかけがえのない存在だとは認識してるんだって。


 ただその変態性にいまいちついてはいけないだけで。


 

「良いから洗濯袋に入れて持ち帰って普通に洗濯してくれ。」


 先日の湯治旅行は病院の許可を得ての外出である。


 夏休みを最後に一応退院は決まっている。


 以前新居は見ているし、部屋割も大方の引っ越し作業も済んでいた。


 後は満を持して退院を待つのみというところだった。


 流石に病院から通学というのも、飽きてきた。


 飽きたとか言っちゃいけないんだろうけど、リハビリ生活を経て、介助が必要であっても日常生活を送れるようにはなってきていた。


 璃澄の拘りのせいで手動車いすだから、通学が少し大変に思えていた。


 実は少しだけ璃澄の腕の筋肉が付いてきているのを知っている。


 車椅子押すだけでそんなバカなと思うかもしれないが、実際に感覚のある左手で確認したのだから間違いない。



「そういえば真生、夏祭りとかどうする?」


 璃澄が唐突に聞いてきた。この街もお盆時期には町のお祭りと花火大会が行われる。


 踊る事は出来ないし、人込みの中車椅子で屋台を廻るわけにもいかないので、夏休みの過ごし方からは除外していた項目だったのだ。


 ましてや松葉杖での人込みはもっと難しいと思う。


 ちょっと人とぶつかるだけで、惨事になる事は容易に想像出来るから夏祭りなどの模様し者は考えてもいなかった。



「それでチョコバナナとかあんず飴とか、目の前でやらしく食べようか……」



「だからそういうのはやめれ。チョコバナナもあんず飴も別に食べて良いから。その代わり普通にな。」



「花火大会~と言って私の花火でも見る?それなら人込み関係ないよ。」



「はい、アウト~璃澄~パイキック~♪」


 かつて年末にお笑いの大御所の事務所のメンバーで放送されていた、笑うとケツバットを受ける時の音楽が流れる。


 勿論脳内でだけどな。



「エロはおいといて。病院の屋上から花火を見るとかじゃダメなん?病院によっては、院内の広場みたいなところに患者を集めて鑑賞なんてのもあるらしいぞ。」


  

「二人っきりってところに意味があるんじゃん。もしくは友人達とか仲間内だからこそ意味があるんじゃん。簡単に言うと、青春だよ青春。」


 璃澄が若干まともな事を言っているけど、璃澄の場合は……


「性春の間違いじゃないか?璃澄の場合。」


 週刊性春砲とか璃澄ならばぶっ放しそうだけど?



「あのねぇ。私はえっちな事がしたいとかじゃないの。真生の匂いに包まれて痛いの。あ、いたいの。」


「その匂いの中に、そりゃ栗の花みたいなのとかも混ざってるかもしれないけどさ。う~ん、わかんないかな~。」



「あ、そうだ。真っ裸にはあまりエロスを感じないけど、チラリズムとか絶対領域にエロとか萌えとかがある……と言えばわかるかな?」



「わかん……なくないけど。ちょっと違う気はする。でもほんのすこしだけ璃澄の言いたい事がわかった気がする。」


 匂いフェチだって事を言いたいんだよな、璃澄はきっと。


 匂いがないエロは、エロじゃねぇと言う事だな?そういう事だよな?




「じゃぁそういうわけで、わかってくれたと言う事でぱんつとシャツちょーだい?」


「それ、絶対女子が言うセリフじゃないよな。というか夏祭りとか花火とかどこ行ったよ。」



「汗に塗れて……真生のムレムレ浴衣をゲットするために夏祭りに行きたいって話だよ。」


 そういう変質者的な発言はそろそろ止そうな?話が進まないからな?


 仕方ないから現実に戻るとするか。




「でも万が一、億が一にもあのクソ女が祭に来ないって言いきれない面もあるんだよね。」


 璃澄が言いたい事は分かる。親父から一応新居は別に作ってもらったけど、元の家と病院の祭りの管轄は一緒なんだよな。


 病室から出なければ万一は起こらないけど。


 半年以上が経過して、俺達も一切気にしないようにしてきてはいたけれど。


 気にしないという事を思ったり、考えたりするって事は実は気にしているって事なんだよ。


 アンチ〇〇というのと似てるというか。


 アンチってわざわざ言うという事はその他の有象無象と違って、気にはしているという事に他ならない。


 好き・嫌いだけのカテゴリに収まる話ではないと言う事だ。


 嫌いという事で感情としては悪い方だけれど、頭の中に占められている事に変わりがないわけだ。


 愛と憎は紙一重というのも似ているかも知れない。


 とにかく、自分のこの身体を意識してしまうイコール片隅にあいつが潜んでいると言う事だ。


 


「まぁそれも一理ある話ではるけど、普通に考えてそういう所に外出すると思うか?」


 あの後どういう友人付き合いをしているのかは知らないけど、もしかしたら友人と祭りに行く事があるかもしれない。



「まともな神経の持ち主なら真生の近辺や予測行動範囲には近付かないはずだけどね。」


 まともじゃないからあんな事をしたんだけどな……





 それから結局は、わざわざ祭りに行かなくても良いかという話になった。


 病院から花火を見て、残り少ない夏休みをまったりと過ごそうという事になっただけだったが。


 

 祭りには行かないと決めてから数日。


 その日病室に現れた璃澄はどこかおかしかった。


 苛立ち?焦り?困惑?真剣?


 そのどれもが正解でどれもが間違ってるような表情をしていた。


 ころころ変わる璃澄の表情がようやく落ち着いたかと思っていると、意味不明な事を璃澄は口走った。

 


「真生、子作りはいつになったらする?」


 紛れもなく突拍子もない事を璃澄が言い出した。


 進路もきちんと考え、成績も学年トップ3、おちゃらけた事は言いつつもふざけた事はあまり言った事が……ないとは言わないが。


 そんな璃澄が匂いフェチとか自分の美学を置き去りにした言動に、俺は戸惑いを隠せなかった。 


 その真意はどれだけ聞いても答えてはくれなかったけれど、珍しくも璃澄が真剣に言うものだから「お、おう。」としか返せなかった。


 

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