第35話 あるかもしれない数年後の未来(きもうと)
一人暮らしの男子のような、お世辞にも綺麗とは言い難い部屋。
カーテンは閉めっぱなし、出した物は出しっぱなし。
開きっぱなしのクローゼットにはスーツやワイシャツが適当に掛かっており、床には一人用のソファーがただ乱雑に置いてある。
学生時代の制服も一緒に掛かったままだ。
県内でも有数の女子高の制服。偏差値は最低でも50台後半ないとついていけない中堅ところの女子高である。
入学してしばらくしてひと騒動あったものの、無事3年で卒業は果たしている。
既に用のなくなった女子高の制服。
現在勤めている会社のスーツなどと同じように掛かっていた。
「ね~んね~ん~ころ~り~よ~♪おこ~ろ~り~よ~♪」
「ぼうや~は~よいこ~だ~ねんね~し~な~……」
部屋の中心に一人用のベビーベッドがあるが、その中には乳幼児用の布団が敷いてある。しかしその布団の中には何もない。
ガラガラなどの赤ん坊用のおもちゃなどが乱雑に散らばり、妙な存在感を表していた。
子守唄を謳いながら、部屋の住人は床に敷いてある布団の膨らみを「ぽんぽん」と軽く叩きながら何かを想っているようである。
「あら……もう、こんな時間。」
唯一のこの部屋の住人は、重い腰を上げるようにゆっくりと立ち上がる。
その様はまるで幽鬼のようであった。
実際部屋は真っ暗で、カーテンすら開けていない、充分に幽鬼と例えてもおかしくはない。
髪の毛はボサボサと言わないまでも、同年代が見ればとてもおしゃれ好きな年頃とは思えないだろう。伸ばし放題という感じである。
時代が違えばテレビの中から這い出してきそうである。
また、化粧もまったくしていない。肌こそ年齢のおかげで荒れてはいないものの、清潔というには若干違和感を覚える。
廊下に出ると、部屋内とは違い外の明かりが差し込んでくる。
いきなり光を見ると、目と脳神経にダメージを受けてしまいそうであった。
のそり、のそりと一歩一歩に時間をかける。床を踏む度にみしっ、みしっとフローリングの沈む音が響く。
1階に降りるとリビングへと辿り着き、足が止まる。
「お母さん、仕事……行ってくる。おにぃ……息子の事……お願い。」
リビングを出ると、革靴に足を通す。
皺くちゃではないが、とても若いサラリーマンや出来るキャリアウーマンからは程遠い使い古されたスーツ。
スカートの皺も碌に取れていない、化粧はまったくしない、髪は寝癖こそないものの手入れされているとは思えないダメージヘアー。
「い……ます。」
返事のない廊下に向かって挨拶をする。
がちゃ……
玄関のドアを閉め、鍵をロックする。
太陽に聖なる力がもしあるのなら、家から出来てきた幽鬼のようなこの女は溶けてなくなってしまうかもしれない。
それほどまでにやつれた表情で、生気がなければ覇気も感じられない。
「い……ってき、ます。いい子に、して……るんだよ……真生……」
扉の閉まった玄関ドアに向かって女は呟いた。
――――――――――――――――――――――――
このリビングにいるのが本当に母親なのか、母親の亡霊なのか、母親を模したぬいぐるみかなにかなのか。
そこで悩んでます。
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