第33話 あっという間に二年生
「真生……大丈夫?」
璃澄は車椅子を一旦止めて耳元で囁くように訊ねてくる。
俺の心情を察しての事なのだろうけれど……
「あぁ、大丈夫だ。あっけなさは感じてるけどな。」
親父は少し残って母親と妹と話をするそうだ。
離婚や財産分与の事は決まったけれど、詳細は決まっていない。
いつ出て行くとか部屋にある個人所有のものの引き取りとかの事である。
正直俺はそのまま全部くれてやるといった感じなのだが、親父もそれは流石によろしくないだろうと言っていた。
確かに全てが悪い感情を引き起こすものばかりが部屋にあるわけではない。
ラノベや幼少時のものなどはその限りではない。
卒業アルバムなんてのも渡すわけにはいかないと言えばその通りだ。
「整理して段ボールに詰めるのくらい私がやるよ?何なら磐梯も駆り出すし。お義父さん一人に頼むわけにはいかないでしょ。」
璃澄の中に俺が整理するという選択肢はないらしい。
まぁ、この身体を気遣っての事だろうけど。
俺は立って片付けをするとか段ボールに詰めるとかは出来ないだろう。
「引っ越し先もまだ何も聞いてないけどな。遠くない未来にやらなければならないんだろうな。それに一日じゃ無理だろ。」
壊れるのを前提で適当に詰めるだけならいけるかもしれないが。
尤も、俺はそんなに物を置いてない珍しい散らかってないヲタクだからな。
「これ、お義父さんからいつ言っても良いとは言われてるんだけど。バリアフリーの家を用意するって言ってたよ。」
ん?それってもう一つ一軒家を持つという事か?大丈夫か?税金……
「そういうのも含めてのあの弁護士でしょ。法律的な事の相談も乗るみたいだよ。あと税理士の事とかも。」
まぁ俺が何も考えなくて良いのなら問題はないけど。
「真生は1階と2階はどっちが良い?」
「昇降の問題さえ考えなくて良いなら、2階だけどね。火事とか地震とかあったら2階は怖いな。」
流石に最悪の事ばかりを考えても仕方ないけど、五体満足でないこの自身の状況では悪い方を想定して物事を考えてしまっても仕方がない。
一度死を選んだ奴が何を言ってるんだって感じだけど。
「エレベーターも入れるって言ってたよ。真生が2階を選ばないとしても。」
スゲェな親父。300万プラスじゃねぇか。
上物が800~1000万として……
本当に大体当たるぅでいくら戻ってきたんだよ。
「細かい事は考えない方が良いよ。子供は親の庇護下にあるんだから。」
何か妙に達観してるな璃澄さんよ。
「今日は疲れただろうから早めに寝た方が良いと思うよ。」
あの後親父は今日はカプセルホテルに泊まると連絡があった。
家には帰らないらしい。母娘で話す事もあるだろうからという事だった。
それも一部あるだろうけど、真実は違うだろうな。
あの中に入って家族をするのが多分耐えられないだろう。
親父自身も色々考える事があるのだろうし。
いつも通り身体を洗って貰い寝間着に着替えさせて貰うのだけど。
「何で璃澄まで同じベッドに入ってるんだよ。点滴してないとはいえ、俺身動き取れないんだぞ。」
「あ、あはは。ちょっとだけだよ。」
「何そのさきっちょだけだよみたいな言い方。」
「もう出るよ。同じベッドで寝るのは退院して大きいベッドになってからにするよ。」
何その自分は嫁だから当然みたいな言い回し。まぁ璃澄を手放したら嫁どころか恋人すらできなくなるだろうけど。
こんなハンデだらけの人間が好かれる要素はないだろうし。
「璃澄、そういえばあの時お前隣の部屋で何食べてたんだ?」
気になっていないはずもない。あの場は親父が支払いをする事になっていたみたいだけど……
「〇〇牛ステーキ定食とデラックスパフェ」
何頼んでるんだよ。2000円超えてるじゃん。
「俺も肉食いてぇ。病院食あまり肉ないし。」
「
「やめれっ」
実際身体の状態とリハビリの状態を見て医師と栄養士が決めるだろう。
さっきの最後の晩餐でも肉類は食べていない。
あっさりさっぱりしたものだけだと、物足りなさは否めなかった。
「最高級璃澄ちゃん肉食べゆ?」
「俺はカニバリズムじゃねぇ。」
「じゃぁ性的な意味で……」
「まだその時じゃねぇだろ。馬鹿な事言ってないで寝るぞ。もう疲れた。」
そして俺は睡魔に身を任せる。心身共に疲れていたのであっという間に意識が……
その後、懸命なリハビリと気力で、長い時間は無理だが松葉杖で歩けるようになるまでに回復する事が出来た。
本当に不思議な事もあるし、何かご都合主義的なものが働いたのかなと思わない事もない。
その代わり時は要していて、ここまで回復するまでの間に俺や璃澄は二年生に進級していた。
クラス替えの結果、璃澄と磐梯はまた同じクラスだった。
一年生の時は最低限の出席に留めていた。
二年生になってからは半々くらいだろうか。
松葉杖で歩けるくらいの回復とは言っても大半は車椅子生活だ。
杖で歩くだけだと午前中一杯くらいで限界を感じてしまう。
それでもトイレに一人で行けるようになったのは大きい。
いつまでも璃澄に持ってもらうとか恥ずかしくて……
世間はゴールデンウィークも終わり、五月病も終わりそろそろ夏の制服に切り替わろうかという時期だ。
半年以上の月日を要してここまでの回復。
親父は既にあの家から出ており、親父と俺の荷物は既にあの家からは持ち出されている。
新居にとりあえず置いてあるとの事だけれど、俺はまだ新居に住んではいない。
入院生活が快適だなんて……思ってはいけない。
右半身の麻痺はあくまでマシになっただけだ。
右手で自家発電は出来ない。動かないわけではないけど、握力が極端に少ない。
松葉杖も添えてるだけという感じなのだ。
長時間使用出来ないのはそういった理由だ。
晴れた日の日曜日。理澄が車椅子を押して病院にある広場で日光浴をして過ごす。
殺伐とした日常がまるで遠い過去のように感じてくる。
昨年の今頃はキモウトの罵声で心身共に病んでいたからな。
あの日から元母親とも元妹からも何の接触もない。
弁護士を介して約束した事は守られているようだ。少しだけ安心している。
「普通に学校に通いたいな。」
思わずそう漏らしていた。
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