第30話 過去はトイレの洗面所に流しちゃえ

「その子がね、罵声浴びせて喜ぶお兄さんの事を見てるとね、気持ちが良くなってココがきゅんきゅん疼くようになってきたって。」

 テーブルで見えないけれど倖は股間に手を当てているのだろう。

 しかしきゅんきゅんという言葉が随分とチャチなモンに聞こえてくるのはなぜだろう。


「そんな環境の中だから性に目覚めるのが早かったみたいで、ひ……ひとりえっちする年齢も早くて、小5の時にはその……するようになったって。」


 まぁ女子は男子より色々早いみたいだけどな。本当かはわからんけど。

 男子は表だって表すけど女子は裏でみたいな感じで。

 身体付きも変化が現れている頃だし、段々男子と女子で一緒に行動するのも減って来る時期ではあるもんな。


「わ、私も最初は言葉でお兄ちゃんに酷い事言って、言ってたけど……お兄ちゃんが中学生になって、私が小6になった頃には……」

「その子の言う気持ち良いとか、きゅんきゅんするって意味がなんとなく分かっちゃって……」


「お兄ちゃんに酷い事を言った後に、部屋の鍵をかけて引き出しの奥に隠してた秘密のお兄ちゃんグッズを出して……慰めてました。」

「もう残ってないはず……なのに、お兄ちゃんの匂いがすると暗示をかけて、最初は携帯のバイブ機能を使って。」

「段々エスカレートしていって、昔お兄ちゃんが使ってたえ、鉛筆とかをその……中を傷つけないように出し入れして。」


「あまり奥まで入れると破れちゃうからゆっくり気をつけてって言われてたから、ちょこっとしか入れたりしてないけど。」


 その友人、色々な意味でアウトだろ。 


「ご、ごめんなさい。わ、私……お兄ちゃんのリコーダー……上と下とで、ひとりえっちに……」


 そういうのは男子が好きな女子のを使ってぺろぺろとかしちゃうやつだろ。

 何で女子が男子のをぺろぺろしたり、ずぼずぼしたりしてるの?

 何ギルティなの?何回ギルティしてるの?


 一応、使用前に洗ってから使うようにはしていたけど……もしかすると、知らずに関節……かんせ……うえぇ


「うぷっ、ちょっとトイレ……」


 その言葉を発した途端、扉がノックされた音の直後扉が開いて璃澄が登場する。

 ものすごい形相の範〇裕〇郎みたいな目を倖に向けて。


 返事を待たずに璃澄は俺の車椅子を引くと向きを変えて、部屋を出るために押してくれる。

 本当にトイレまで連れて行ってくれるようだった。


「私でもそういう事してないのにとんでもないメギツネね。」


 お前、俺の夢精ぱんつパクっただろ、とは言わなかったけど。

 璃澄のは吐き気とかなかったのに、倖の告白には吐き気を催した。


 トイレに着くと洗面台の前にゆっくり立たせてくれる璃澄。

 俺は前屈みになって、どうにか堪えていたモノを吐き出した。

 

「俺が今くらいの言い返せる強さがあれば、こうはなってなかったのか?」


 多目的トイレのように性別は問わないトイレなので、璃澄が介助のために入ってもおかしなことはない。

 背中を擦ってくれている璃澄の心遣いに少しだけ安堵を覚える。本当に変態発言や行為がなければこれほど心強い人はいない。


「理由はどうあれ、もうどうにでもなれと自殺の道を選んだのは自分自身だ。皆の不幸は考えてなんかなかった。」

「璃澄にもこんな大変な想いをさせることはなかったし、こうして弁護士を交えて何かをしなければならないなんて事もなかった。」


「まだ、話し合わなければならない事はあるけど、妹の皮を被ったナニカと一緒にいるのはやっぱり今は考えられない。」



「真生、怒りが一生続くかはわからない。赦せる時がくるならその時赦せば良い。赦せないなら赦さなければ良いと思う。真生がどうするにしても、私はこうして真生の車椅子を押すし、歩く時は横で支える。」

「さっきはちょっと暴走して迷惑かけちゃったけど、私はこうして真生が生きていて良かった。」


「自殺を選んだ事は、真生の隣の特等席を私にしてくれるという事でペイしてあげる。」

 うん、それって何気にプロポーズだよな、多分。

 介護って意味じゃないよな。おじいちゃん扱いじゃないよな。


「お義父さん、離婚をする方向なんだよね。それで多分あっちの二人とは基本的には離れる事になるんだから……」

「言い訳くらいは聞いて、納得するしないはともかく、法的に他人になるんだろうし良いんだよ。私はまだ家族じゃないから勝手な意見だし、その資格があるかわからないけど。」

 資格がいるなんて事はないけど、確かに他人が踏み込んで良いかどうかの領分はあると思う。

 でも俺との二人の会話の時だけなら、何を言っても良いだろとは思ってる。


「まぁ大人な話は親父や弁護士に任せるからともかく。俺は満足な人生は送れない、周りにも……何より璃澄にも迷惑かけてる。」


「あぁぁぁあん、もう。真生の隣にいられれば良いんだって。過去の事は……そこの流しに捨てちゃってこれからを考えて。」


 ダスカみたいに言われてもな。でも、まぁ璃澄の言う通りせっかく拾った命だ、璃澄が笑顔でいられるように生きるのも悪くない。

 流石に背中を叩いたり、ほっぺを叩いたりはしないんだな。

 叩かれたらどこかが痛んだりするかもしれないから、正解ではあるけど。


  

 璃澄が車椅子を押して、再び部屋に入ると俺が部屋を出る時と全く変わらないお通夜みたいな空間が広がっていた。

 璃澄は俺を所定の位置に車椅子をセットすると、部屋を出て行った。


 倖が先程の続きを話始める前に俺が先に口を開く事にする。


「倖、お前がそんな戯けた事をしている間、俺がどれだけ苦しんだかわかるまい。死ねば良いとか言われ続けたらいくら兄でも言い返せるはずがないだろう。」

「母親に言ってもろくに相手にもされず、兄なんだからとか倖は女の子なんだからとか言われてあしらわれて。」

「親父は板挟みなのか中立という感じだったけど、これは俺も悪いがプライドもあって親父にはあまり相談らしい相談は出来なかったけど。」



「俺が今こうしてはっきり色々言えるのは、正直一度死を選んで……死んだと思ってたからある意味で吹っ切れたってのもあるけど。」


「親父や磐梯、何よりも璃澄がずっと支えてくれていたからだ。本来一番の味方でなければならない家族が敵で、外の殆どが味方だったんだ。」


「倖にも母にも理解はして貰えないんだろうな。だから、言いたい事言ったら親父が提言を承諾し、必要な書類を書いて判子を押してくれ。」

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