第28話 パン……の枚数
親父はこういう状況でも俺と倖の未来を考えてくれていた。
しかし、この母親は……
倖の事は考えていても俺の事は対して考えていないように思えた。
場合によっては祖父母か親戚に面倒を見てもらう方が本当は良いのかもしれない。
親父がそうしなかったのは、多分この母親から倖を引き離すと何をするかわからないだろう。
両親は幼馴染だったと言う。その付き合いは年齢と殆ど変わらないはずだ。
良い所も悪い所もひっくるめて一緒になったはずだ。
子供が出来ると人は変わるというが、その典型なのだろうか。
「倖を産んだ時、生死の狭間を彷徨って、どうにか無事に産まれてくれて。」
「可愛くないはずない。強く愛情注いでも仕方ないじゃない。」
精子の狭間の間違いじゃないか。というか、すんなり産まれれば可愛くないとも受け取れるぞ、そういう言葉は。
1年しか歳の変わらない俺には当時の実感なんてないけど、大変だったというのは聞いた事がある。
それに小さい頃は病弱とまでは言わないまでも、俺よりはか弱かったのは覚えてる。
性別の違いとか年齢の違いは別にして。
もしかすると、一緒に風呂に入らされていたのは、お湯が勿体ないではなく、何かあったら俺が対処出来るようにするためか?
そうだとすれば、子供にはきっちり言わなければ伝わらないぞ。言われなければケチ臭いとしか思われないぞ。
「真生には好きな野球やらせてたじゃない。倖は学校以外の習い事は一つもさせてないのに。」
(うげぇ)
さっきの璃澄じゃねぇけど思わず漏れてしまいそうだったぜ。
それに話の矛先が捻じ曲げられてきたぞ。
「小学生にもなると、それまでのママ友のようにはいかないのよ。誰彼は有名中学に入れるために高額の塾に通ってるとか、プロサッカー選手が教えてくれるユースチームに参加してるとか、3歳の頃からピアノやバレエを習わせてるとか。」
う~ん。それは親達のエゴでは?習わせてるってなんだよ。本人達がやりたいとか言ったのならともかく。
無理に習わせても有馬〇生や井川〇美は誕生しねぇよ。ヴァイオリン習わせても宮園か〇りは誕生しねぇよ、せいぜい源し〇かちゃんだよ。
高校はともかく、有名小学校に通いたいって自主的に言う子供っているのかな?多分ゼロとは言わないけど程度じゃないのかな。
っと話逸らせてしまった。
「自慢ばかりの周囲に形見が狭い思いばかりで……真生の野球チームは強くないし、かといってレギュラーでチームを引っ張っていくわけでもないし。」
「倖には病気も怪我もして欲しくないから、無事に成長してくれるだけで良かったのに。」
あぁ、そういえば、倖の成績はそんな塾に通ってるお坊ちゃんお嬢ちゃんより良かったんだっけ。
普通なら妹の出来が良くて鼻高々になるはずなんだがなぁ、実際暴言始まる前は出来た妹だとは思っていたけど。
「同級生達の親同士の集まりは残酷なの、すれ違うのさえ苦痛に感じてしまう程に。倖の毎日の無事を確認出来る時、テストの点を見せて貰った時……」
「親同士の事は子供には見せるわけにはいかない、感情がもやもやしていっても仕方ないじゃない。」
「そんな時に何か言われてもまともな判断なんか出来ない、これ以上悩み事を持ってこないで……と思っても仕方ないじゃない。」
「親だって人間、嫌な感情持つし溜まるの。倖の成長が心の拠り所なのに、そんな倖が悪い事するはずないじゃない。」
あ、盲目過ぎるのは罪だな。それに拠り所が倖だけってなんでしょうね。
親だって人間なのはわかるが、悪感情を子供の前に見せられないってのもわかるけど、差別が半端ねぇ。
周囲の親連中の嫉妬とか自慢とかもどうかとは思うけど……
それで自分の息子の悩みを華麗にスルーして苦しめて良い理由にしては駄目だろ。
「苦しい時に、これ以上問題を増やさないで。一言で言えばそういう事?」
親父が暫く閉じていた口を開いた。
「奥様方の集まりに関して気を使ってやれなかったのは悪いとは思うけど、やぱり真生をないがしろにして良いとは思えない。」
「俺も家庭内の変化に積極的に加わらなかったという点は同罪だ。試合見に行くとか他愛もない話をする程度じゃ、寄り添っていたとは言えないからな。」
まぁそうかもしれないけど、その少しの対応だけでもあの頃の俺は救いにはなっていたけどな。
主婦には主婦の悩みがあるのは日本全国どこでもある話だろうけど。
あんたが話を聞いてくれていれば、倖の暴走も変化があったのではないかと思うのは俺だけじゃないはずだ。
「倖の事を責めるなら、ろくに聞く耳すらもたなかった私を責めてくれれば良い。」
「私は私自身の事しか考えてなかったのは事実だもの。離婚も真生の親権も仕方ないと思ってる。」
「親失格だってのは分かってる。真生がいくら来るなと周囲を遮断したとしても、それに甘んじて家に引き篭もってしまうようでは親失格だもの。」
「真生が運ばれた時だって、倖の心が心配だったのも否定出来ない。」
ベクトルが違うんだよなぁ……
う~ん。
倖が主砲でバンバン抉って来たかと思えば、母親は地味に毒霧で継続ダメージを与えてきたと思えば良いのか。
ボクシングでいえば、倖がストレートやフックで抉って来て、母親がジャブやたまに入るレバーへのボディブローというか。
レバーは地味に響いて効いてくるんだよ。
「奥様連中の集まりに辟易した日々に疲れてるところに、大事にしていた倖が俺に暴言を吐いてるなんて相談を持ち掛けられても、そんなの知るか、兄なんだから思春期の女の子の言葉なんて本気にしないで大らかでいなさいと、そういう認識で良いんだよな。」
自分で言っててアホかと思うが。
「倖が第一だと思っていたのは認めるわ。」
うわっ認めちゃったよ。
「今考えればバカな選択だったのも認める。平等に接しなければいけなかったのに。」
無償の愛とかないのはわかるから、どっちかに若干肩入れしてしまうくらいは俺もそういうもんだと気にもしないさ。
「無償の愛はあるよ、真生。私、見返りは求めてないよ。」
璃澄が耳元で囁いてきた。相変わらず心を読んだのかよとツッコミを入れたくなる内容だけど。
それとややこしくなるから少し、お口にチャックしような。
「真生のでチャックしてくれると嬉しいけどね。」
璃澄が何を求めているかわかった。無償の愛とか見返りは求めてないとか3秒で破ったな。
あ、こいつが破って欲しいのは処女膜かもしれん。
「お前下ネタ禁止。出入り禁止になるぞ。それと、これやんごとなきお方も見ているからな。そこに弁護士もいるんだし。」
「人の事をとやかく言えた義理ではないけど、真生が治ったとしてもこの4人で一つ屋根の下で笑顔で食卓を囲む姿はもう無理ではないかと判断した。」
「俺が諦めて良いはずもないけど、真生の今後の人生を考えた時に、倖せな表情をしている姿が想像出来ない。」
「家のローンは一括返済する。だから慧美と倖で住めば良い。真生が退院したら俺と真生はどこか別の地に引っ越す。」
あぁ、だいたい当たるぅはそれだけの配当だったのね。
そして財産分与というわけか。
「おに……ちゃん。おにいちゃん。ごめっ、ごめんなさいごめんなさい。」
俺が赦すかどうかは別にして、ここにきてまともに倖が謝罪の言葉を口にする。
本気なのか形だけなのかは不明だけど、後方に気配を感じた、璃澄だろう。
「反省だけなら猿でも出来る。」
ジョ〇ョ立ちを決めた璃澄が……倖を指さしていた。
今日一で璃澄が傍にいて恥ずかしいと思った事はない。
「お前は真生がどれだけ苦しんだか知っているのか?」
そんな「お前は今まで喰ったパンの枚数」みたいに言ってもな。
「私は覚えてるぞ、128枚だ……よ。」
へ?それは……少ないのか?少ないよな。
だから心の中を読むなっての。
「私がパン……っ……の枚数を覚えてないはずがないでしょう。」
あ、察し。
寧ろ穿くパンだ、「パン、
つまりこれまでになくなったと思っていた俺のパンツの行方はこいつが……
記憶の中では幼稚園の時にはそれ始まってたような。
「オンドゥ……」
「そ、それはさておき、今更そんな猿でも出来る反省未満の謝罪がこの場で通じると思って?」
「某ハンバーガーショップの0円スマイルよりも業務的に感じるよ」
璃澄はもうちゃっかりこの部屋に溶け込んでいる。
いつからずっといたかはわからないけど。
「そ、そんな事ない。わ、私は……本当に、本当に取り返しのつかな……い事。」
また泣きそうになってるじゃん。
やっぱり璃澄は天然ドSだな。
「それと、私……15……枚」
いや、おめーも何璃澄に乗っかってんだよ、お前もシリアスは母親の胎内に残してきたのかよ。
さっきの記憶の違和感はもう解決したよ。
幼稚園の頃のはこいつが犯人か。
このままだとこの場がどういう場なのか……全員が白けてしまうからな。
戻すぞ?戻していいよな?苅田弁護士なんてペン回しして、やれやれだぜって表情をしているからな。
「もう泣きながら話さなくても普通に喋る事出来るだろう。」
「もう少し小学五年生の頃の話を聞かせろ。暴言に至った経緯を話してくれない事にはお前に対する評価は変わらない。」
※コメディタッチは以降減ります。真剣な話し合いの場です。親権も掛かってますし。
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