第26話

璃澄に押され部屋に入ると、まず椅子と恐らく車椅子が入るだろうスペースとテーブルが目に入って来た。

 その右奥……入口が左手前と見てだが。

 右奥には二人の人物がこちらを見て驚愕の表情を浮かべながら固まっていた。


 何を驚く必要があるんだ?このクソアマ共がと思った事は一応黙っておこう。


 これは多分、璃澄のわけのわからん入場の仕方のせいだろうけどな。

 本来であれば俯いて床かテーブルを見ている所での入場だったろうし。

 俺が入ってきたのを確認してから顔をあげるはずだったろうに。

 

 いきなり出鼻をくじくではないけど、シナリオにない事を璃澄がやったせいか二人の心を乱すには充分だったと思おう。


 俺は挨拶する事もなく、璃澄が押す車椅子に流されるまま空いたスペースに運ばれていく。

 人として挨拶すらしないのはどうかと言われてしまいそうだが、この二人に挨拶……必要だろうか。

 捻くれたと思われても構わない。俺なりの矜持というか反骨心というか、そういうもんだ。

 おしぼりを持ってくる店員にはありがとうと言うだろうけど。


 入り口に一番近い場所に案内されたのは出入りがし易いためだろう。

 

 テーブルの入口側に俺と親父。俺と親父の向かいは空席。

 親父の右向かいに母親、そのさらに右に妹が座っている。

 妹が行動を起こした場合、俺の右の親父が壁になる。当てにはならないが、左側にはまず母親の壁がある。



「失礼します。」

 ノックの後に入ってきたのは20代か30代かわからないが見た目は若い女性だった。



 〇〇母妹

|――――|

|――――|弁護士

 俺父〇〇

 

出入口


 こんな席順となっている。


「苅田と申します。本日は円満な解決に迎えられるよう助力させていただきます。」


 苅田と名乗った弁護士は、全員に名刺を配った。

 そこには宮田法律事務所所属と書かれている。

 直観で宮田というのがだいたい当たるぅに絡んでいると思った。


 何故か璃澄まで名刺を受け取っていたのは、ツッコミを入れては駄目なやつだろうか。


 

「一応私は席を外しますね。家族ではないですし、おすし。」


 璃澄がそそくさと部屋から出て行った。多分聞き耳は立てるんだろうな。

 店員に追い出されなければ良いけど。


 場が落ち着いた所で親父が決意を固めたのか、息を一つ飲んでいた。


「家長である俺から話をするのが筋だな。」

 そうだろうな。俺から話すには切り出しかたとかよくわからんで、糾弾するだけになってしまうだろうしな。

 だから話を振られるか、親父が言い淀むまでは黙っていよう。


「裁判風に主文から言うが、俺は慧美えみ(真生の母親)と離婚し、親権は真生が俺、倖は慧美とする調停を結ぶ。」

 結ぼうとか、希望する……ではない、という事はほぼ既に決定事項と見做して間違いないだろうな。

 少なくとも両親の間では話は付いている、済んでいると思って良いはずだ。

 この場は書類上のやり取り第三者である弁護士を交える事で、スムーズに済ませる意味合いが強いと見るべきか。

 


「その理由については……慧美も倖もわかっているな?真生のためだ。真生が置かれている現状の理由もわかってるな?」

「厳しい言い方にはなるが、本来であれば倖は今頃少年院の中だ。そうなっていないというのにも理由があって、それは後に語らせてもらう。」


「真生の承諾は得ていないが、苅田弁護士には真生の遺書は拝見して貰っている。この場において慧美と倖は自分の意見がごり押せると思わないでもらいたい。」

「求められた質問や意見に対してのみ、答えられると思ってもらいたい。」


 倖の表情が硬く唇でも噛んでるみたいだな。母親は……俯いたままでよくわからん。距離的には倖より近いんだけどな。


「真生は自殺を試みるまでに心を病んでいた。二人が今後一つ屋根の下で暮らす事はありえない。それだけでも大罪なのに、病院で……」


 大丈夫、大丈夫だ。さっき璃澄に勇気を貰った。

 あんな方法ってのがアホみたいな話ではあるけど、確かに前に進むための勇気が湧いてきている。

 下ネタを言い辛そうにしている親父に変わって、俺が発言するしかないだろ。


「言い辛いなら……俺が言おうか?こいつは……重傷で身動きの取れない、就寝中の俺をレイプした。夢の中でちょうど璃澄と良い事してると思っていたが、目が覚めたらこいつが繋がっていた。」

「身体は悲しくも反応するもので、夢と連動している事もあって不幸にもこいつの中で吐き出してしまった。直後激しい頭痛と嘔吐で散々な状態になったわけだが。」


 ここまで言った時に違和感があった。母親が思いっきり驚愕していたのだ。

 まさか、娘がした強姦を知らないというのか?そんなバナ……バカな。


「それで二度目の死地に立ったわけだが、幸か不幸か後に聞いた話ではそれ以上の悪化もなく生還する事は出来たわけだが、俺が受けた被害・ダメージは計り知れない。」

「ヘタしたら喉に嘔吐物が詰まって呼吸困難で死んでいたわけだしな。」

「こうして普通に喋れているように感じるだろうが、少し前までカタコトの外国人か引き篭もりコミュ症みたいだったんだぞ。」


 実際身体の麻痺も最初よりはマシになっている実感がある。

 一ヶ月ちょいという時間が癒していたという事だろうか。


「ここまで俺をどん底に突き落としたんだ。普通なら逮捕で二度と会う事のない処置になる事を願うものだろう。」

「ニュース見てればわかると思うが、中学生でも逮捕とかたまにあるだろう?」

「しかし、最後の兄心で中学くらいはまともに卒業させてやろうというのが譲渡というか情けだ。」

 周囲はこんな奴、小卒で良いだろとか言いたいだろうけど、一応義務教育だからな。

 義務教育に留年というものはない、公立だし余計にな。

 通常進級認定会議にて、学年の過程を修了するに足る学力等が身についているかの判定はされる。


 その判定条件によっては出席日数が足りないとか、保護者の意向等も踏まえて次の学年に進ませない「原級留置」……所謂留年という措置を取る事は稀にある。

 日本には飛び級制度がないため、一度原級留置されてしまうと他の同級生から1年遅れる事となり、元の学年に戻れない事もあって相当慎重に行う必要があるそうだ。


 要するに、日本において義務教育課程における留年は極稀にある、一応制度としてはあるという程度で、早々行われる事はない。

 倖に置き換えると、今回の事で逮捕されれば、2学期と3学期は棒に振る。

 出席日数はどうかわからないけれど、これでも倖の成績はそれなりに良い……らしい。


 距離を置くまでの小学生の頃は良かったのを知っているし、それがそのまま継続出来ているならば悪くなっているとは思えない。

 つまりは学力の面では原級留置には至らない。

 あるとすれば出席日数と、起こした事の大きさだ。

 保護者の意向で学年を留める事も留めない事も、両親の匙加減一つの状態だという事が……


 両親がどう思っているか、考えているかはわからないが親父は俺の気持ちに任せる的な事を言っている。

 俺とすれば、このまま二度と顔を合わせない方が気は楽だ。


 大人になって、全てを赦せる時がきたとしたらどうかわからんけど。

 そんな日が来るかなんてわからない。少なくとも今は全くない。


 完全に決別していないからこそ言える事、思える事というのはある。

 もしかすると、将来面と向かって話せる時があるのかもしれない。


 だからこそ俺はこいつと距離さえ離れてれば良いとは思っても、死ねば良いとまでは思わない。

 それなのに、こいつはどういう想いで俺を死ねば良いと言ったのか。

 感情の匙加減などは人それぞれかもしれんが、死ねば良いとか余程の事だろう。

 


「ちなみに……ろくに身動きも取れない者が嘔吐すると、そのまま呼吸出来ずに死ぬ事もあるんだぞ。真意は知らんけど、お前は俺を3度死においやったわけだ。一度目は自ら絶とうと思ったけれど。」

「脳に過負荷をかけてはいけない事と呼吸困難とで二度、合わせて三度だ。普通に考えて絶縁は最低条件になる事は想定してるんだよな。」


「ひぐっ」

 何かよくわからん悲鳴なのか衝撃なのか驚愕なのかわからないけど、倖がビクついてやがるな。

 罵声を浴びせていた時とは正反対の姿だ……

 あの時は人を視線で射殺しそうな程だったというのに。

 この場面だけ見ている人は、俺が倖を虐めてるようにしか映らないだろうな。


「お前の真意も真理も心理も知らないけど、勝ち逃げは赦さない。」


「解体する?」

「いやそれはお前、怖ぇよ。どこの異世界だよ。」

 ここで璃澄が扉の隙間から顔を覗かしてるんだが、軽くホラーだよ。聞き耳どころの話じゃねーよ。

 おばさんのお腹の中にシリアスを回収しに行ってこいよ。

 あ~でも、「もう16年も前の事だしとっくに消化しちゃってるよ。」と言われそうだな。


 さて、なんで死ねだのなんだの言ったのか聞いておくかね。


「俺がこうなったのはお前のせいだ。お前が発した4年に渡る数々の罵声のせいだ。夢も希望も人生も諦めて飛び降りたのは……」


 心の底から後悔して今後の人生が台無しになってしまえば良い。

 そう思ったからだ。それなのに生き残ってしまった。それならそれでこの現状を突き付けて……


「お前の人生が台無しになれば良い、二度と心の底から笑えなくなってしまえば良い。」

 これで、俺の死が何とも堪えてすらいなかったら死に損だっただろうから、ある意味生きているのは良かったのかもしれない。


「俺はお前がこの先の人生、台無しになれば良いとは思っても死ねば良いとまでは思っていない。」

「お前が何度も何度も、累計500回も死ねば良いと言ったのはなんでなんだ?」


 あーなんか今にも泣きそうだな。なんで泣きそうなんだよ。俺が悪者みたいじゃんかよ。


「うぐっ、ひっ。お、に……おに……ちゃ……の……とが、き……す……ったから。」

 途切れ途切れでもその言葉の繋ぎが理解出来てしまった。

 だからこそ、余計に意味がわからない。

 続きの言葉というか言い訳を待っていると、後方の扉が少し開いたままだったのが視界の片隅に入って来た。


 こんな状況でも見た目は良いもんだから余計に腹立たしい。


「うげぇ。」

 いや、璃澄さんよ。貴方は16年前の下水処理場の先まで行って、母親の身体で消化され切っていないトイレへ流れ出たシリアスと遠慮を回収してきなさい。

 というか、なんでまだ覗いてるんだよ、いっそ入って来いよもう。


 せっかく来てくれたのに、完全に空気と化している苅田弁護士に申し訳なくなってきた……

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