第23話

 親父が面会に来てから数日、それまでの生活そのものに変化はなかった。

 学校にはまた行けない日が続いてるけど、璃澄が持ってきてくれる学校からの補習課題と授業のノートで多少の補填が出来ている程度か。

 実際このまま不登校が続くと恩恵があるとはいえ、出席日数的に支障を来たしてしまいそうだ。


「だから養ってあげるって。今は夫婦共働きの時代だよもん?」


「それは塾とか習い事行かせるために、旦那の稼ぎだけでは足りないからじゃないの?授業料高校まで無償化で親世代の現役よりお金かからないんだから、それで足りないって事は親本人含めた支出が格段に上がったからだろう。」 


「まぁ、確かに。携帯とかゲーム機とか若年層の化粧とかお高い衣服とか、日常に昔には縁遠いものが入り込んできてるみたいだからね。」

 そう考えると親世代が子供だった頃はどうやって生活をしていたのだろうか。


 1970年代と2020年代では、専業主婦世帯の半分程度しかなかった共働き世帯数は、2020年代では逆転し共働き世帯のほうが倍くらい多くなっている。

 家庭の総収入は単純に増えているのだ。それなのに足りないとか意味わからないと思ってるけどね。


 昔の楽しみってなんだったのだろうか。

 携帯電話が当たり前のようにないのだから連絡は自分自身で赴くか、固定電話だったろうし。

 一概にゲームといっても今みたいな秀麗な見た目ではなく、ピコピコと揶揄されるようなものだったろうし。


 衣服だってデパートや商店街の服屋で充分だったろう。今でもある【しま〇ら】のような。

 高校生が化粧とか高級ブランドとかは大金持ち以外ではありえなかっただろう。

 塾へ通うのは一分の頭の良い部類の人くらいだったろう、誰も彼もが通ってはいなかったはず。


 習い事だって、習字やスイミング、野球やサッカーなど然程多くはない。

 これも一部お金持ちはピアノだったりバレエだったりはするかもしれないが。


 そう考えると何も習い事や塾へ通っていないウチはそんなに支出がなかったのではないか。

 衣服はまぁ……し〇むらで統一というわけじゃないけど。

 高級ではないけど、妹は化粧品持ってただろう、具体的に見てはないけど。


 うちにも兄妹でパソコンは一人一台あったりするけど、初期投資だけだし。

 えっちなゲームやDVDなんて持ってないし。もちろんDL版も。


 俺が入院しなければ、支出って他の家に比べて少ないんじゃ……


「現在の収入・支出に関して問うのはともかく。それに、共働きって……こんな状態の俺が何か職にありつけるとでも?」


「私を甘やかして色々ノらせる仕事。対価はお金じゃないけどね。」

 完全にヒモじゃないか。働いたら負けだと思ってる、じゃないか。

 

「物理的にノるのはまおーが心身共に落ち着いてからにするから安心して。」

 色々ロックオンされてるじゃねーか。

 目標を股間センターに挿れてスイ……ってこの入れるが挿れるになってる時点でおかしいわっ。


「私も変なところで真面目というかヘタレというか。少し後悔してるんだよ。あのキチガイにまおーの童貞一生で一度きりの尊いものを奪われたのだけは不覚……」



「だからまおーの処女背徳的な神秘の花園は私のモノ!」


「あ、うん。それは止めてな。海外ノクターンへの片路切符を渡されるぞ。」


「菊も花だもんね。」

 なんの話だっ。

 


「まぁ、4分の1は冗談として……この先どうしようかって私なりに考えてはいるんだよ。」

 璃澄が何かの資料を見せてきた。

 学校……?


「県内の看護学校の資料だよ。」

 

 俺はてっきりリハビリのトレーナーにでもなるのかと思ってたけど。


「遠い親戚の知り合いに聞いた事があるんだけど、同い年の夫婦で15年くらい一般企業に勤めてる旦那さんよりも、看護師の奥さんの方が稼ぎが良いからって、旦那さん会社止めて主夫になったという人の話。」


 へぇ。こういう時代とはいえ触手や……違う、職種や勤務体系によってこうも変わるんだな。

 

「パパンヌの支援を当てにすると老後が大変だからね。」

 それはだいたい当たるぅの事を指してるのか?

 というかいつからお義父さんからパパンヌへ昇格したんだ?


「あ、パパンヌはウチの父の話ね。流石にお義父さんをパパンヌというには時期尚早だよ。」

 あ、そうですか。そういえば璃澄の実家って小金持ちだったっけ。

 家の庭にプールがある家は金持ち。家に人間の高さの倍くらいの門と塀があるのは小金持ちという認識だ。

 ちなみに蔵があるのは大金持ちという認識だったりもする。


「専門的なものは流石に情報漏洩とかあるから教えて貰えてないけど、真生の介護に関してはそれなりに教えて貰っていたりするんだ。月見里さんから。」


「あくまで真生に関してだけだけどね。だから休憩時間や休みの日に勉強を見て貰ったりしてるんだよね。」


 なん……だと?璃澄が勉強だと?

 失礼な事だとは思うが、璃澄が一つの事に向かって学んでいる……だと。


「真生が重く考える必要はないよ。まだ決めあぐねてるんだから。看護師になるか理学療法士になってリハビリの先生になろうか。」

「看護学校は2年だけど、理学療法士になるには4年生の大学に行かないといけないし。3年生の短期大学もあるけど。」

「いずれにしても理学療法士になる試験を受けるには、3年以上養成所で学ばないといけないからね。」


「年収で決めるか、真生の何を支えたいか、人生そのものを考えるか。ちょっと真剣に考えてたりはするんだ。」

 3年のこの時期に決めるのでは遅いけど、俺達はまだ1年生。

 卒業するまでに満足にはいかなくても、歩けるようになってるかもしれない。

 でも今と変わらず右半身は殆ど機能しないかもしれない。


 今頑張ろうとしてくれている事が無駄になるかもしれない。

 

「もしかしたら卒業までに全回復したら、今やってる事が無駄になるとか考えてたりする?」

 はい、考えてました。鋭いな……


「もし、それならそれで良いんだよ。全快の真生と普通に恋人同士や夫婦関係を満喫出来るだけだから。」

 なんかもう夫婦になる事前提で話してるけど……否定はしない。

 将来別れる事を前提に付き合うカップルはほとんどいないだろう。


「それに、月見里さんやリハビリの様子を見てたら、あの人達に憧れや尊敬を抱かずにはいられないんだ。」

「真生が、他の患者さんが前向きになっているのは、家族や周囲の人はもちろんの事。あの人達病院スタッフのおかげなんだよなって。」


 確かにそれは俺も感じている。みんなよくやってくれていると思う。特に看護師の月見里姉妹には相当助けられている。

 どうすれば嫌な顔一つせずに人の汚物を処理できようか。

 どういう思いがあれば身動き取れない患者に寄り添う事が出来るのか。

 マザーなんとかとかナイチンなんとかとか聖母スーパークリークとか聖女とか、なんかすげーとかでは表せられない域だよ。 

 


 時間だけは過ぎて行き、いつの間にか夕刻となっていた。

 日中はリハビリ、夕方は璃澄との漫才が日課になっている気がする。


 珍しくもと言ってはいけないのかもしれないけど。

 最近他の病院から異動してきたという男性の看護師が今日の担当となっていた。

 それはつまり……


 今日の身体を洗うのは、この男性看護師という事になる。

 これまでは数日に一度入浴で、それ以外は看護師が全身をタオルで拭いてくれるだけであった。

 俺が入る風呂は介護用でもあって……


 浴槽がベッドみたいになっていて、ユニットバスに足を延ばして寝るイメージだ。

 勿論院内には普通の風呂もあるし、漫画喫茶にあるようなシャワーもある。

 患者によって症状も違うし、風呂に対する考えも多用なため、色々な設備があるわけだった。

 

 まぁもちろん看護師も一人で対応じゃないから、男性看護師以外にもう一人就くわけだけど。


「私も見学だけはして良いって言われてるよ。」

 という事で璃澄にはほぼ毎回見られている。


 今日の正担当は件の男性看護師であり、もう一人の副担当は……


「それではよろしくお願いします。」


 以前、点滴の針が中々入らずにぶすぶすと刺してくれた事のある、俺にドジっ娘と渾名されているおかっぱの似合う、この春から勤め始めた新人の「浦和春日うらわかすが」さんだった。

 決して「はるひ」さんではない。

 おかっぱが似合い過ぎていて、別名「こけし看護師」とも呼ばれている。


 大体月見里姉妹のどちらかが正看護師としてついていて、副看護師として浦和さんが補助についている事が殆どだった。

 月見里姉妹がいない時にはベテランのおばさまが付く事はあったけれど……

 ドジっ娘だけど、笑顔は眩しい。だから憎めない。

 それにドジっ娘とは言うが、致命的な事はしていない。そんな事してたら職を失うからな。



「睦月さん、良い身体してますね。」

 男性看護師である、待雄真磨まちおまするが俺の身体を見て触れて言ってくる。

 そして最近呼ばれ慣れてなかったので、自分の苗字が睦月だと思い出した。


「リアルBL……に発展?」

 その小さな言葉を発したのは浦和さんかそれとも璃澄か聞き取れなかった。

  

 そんなBL的な発展もなく、無事に洗体は終了する。

 浦和さんが誤って握ってしまったりとかは、ドジっ娘枠という事で気にしない事にした。



 洗体が終わった後湯船に浸かりながら、親父に言われた事を考えていた。

 お湯の温かさは人の温かさでもあるなと実感しながら。

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