第21話 だいたい当たるぅ


「もう少しで消灯時間だし、寝る準備しようか。」

 そう言って璃澄は、何故か俺のベッドに潜り込もうと布団を少し剥いだ。


「愚か者っ、ここは戦場だっ!間違った、ここは病院だ。」

 俺は左手で侵入しようとする璃澄を追い返した。


「んやんっ。えっち。」

 妙な声を出す璃澄だけれど、俺は胸も尻も股間もお腹も肩も触れていない。

 いくらか動く左手で、璃澄のこめかみにアイアンクローを決めていた。

 そこまで力が入らないので痛くはないだろうけど。


「じょ、冗談。そ、それに痛くはないけど、絵面としては酷いと思うんだ。」

 アイアンクローもさることながら、加減が出来ないので手のひらが鼻に押し当てられていた。

 少し豚さんブーブー状態な璃澄も……まぁ好きのなんとやらで可愛く見えるから不思議だ。

 もしかしたら、璃澄の匂いフェチもそうなのか?

 好きだから変な匂いも良い匂いに変換されるのか?


「惜しい……右手がまともに動くなら、今の様子を写真……に納められたのに。」


「恥ずかしいから止めて欲しいなー。真生のえっちすけっちわんたっち。」

 これまでの璃澄の行動の大半が当てはまるのだけど、ブーメランって知ってるのかな。

 それにえっちな行為も行動も何一つしてないんだけど。

 

「じゃぁせめておやすみの【ちゅっ】くらいはだめかなー。」

 お互いに好きだと伝えてから、璃澄が自分の感情ややりたい事を素直に表してくるようになった気がする。

 妹のおかげで前に進めたというのが癪に障るが……


「まあ、そのくらいなら……ばっちこい?」 

 俺もまんざらではない。こういう状態だから男女の営みは出来ないし、しようとは思わないけど。

 このくらいのソフトな挨拶的なものであれば、否定するどころか肯定している。



「ん~ちゅっ。」

 今行くよの前置きもなく、漫画のタコのように唇を窄めて尖らせておやすみのキス……ってマテ。



「うわっ、くさっ。」


「ひどっ、女の子に、仮にも彼女にくさっはないんじゃない?」

 抗議の声を上げる璃澄だけど、抗議をしたいのは俺の方だ。

 リコールだ、やり直しを要求をする。

 それにお前はしょっちゅう俺の色々な匂いを嗅いでるだろうが。


「いや、おま……せ、せい……しくさい。さっき顔は洗ったてたみたいけど、口の中ろくに濯いですらいない……だろ。」


 歯磨きをしてからのやり直しを要求する!

 璃澄はこめかみに人差し指を当てて思い出そうとしていた。



 先程の10分の間の出来事……

 それは璃澄が俺のおっきした榎田家えのきだけを掴むと……

 いや、そんなに小さくないし細くもないよ、本当だよ。

 左手を下から上に~背伸びの運動♪

 1、2、1、2と上から下に、下から上に。緩急をつけて強打者も巧打者も手玉にとるように使い分けて。


 逐一俺の反応を楽しみ、上下左右に小波コマンドの如く。

 手のひらと細くて柔らかい指とか複雑に絡み合い。

 バイクのエンジン音のように、ドッドッドと込み上げてきて。


 最後の深呼吸で真生山が、念力集中ぴきぴきどかんっ!と、大噴火。

 マグマが飛び散らないように、璃澄は右手の手のひらで受け止め……一部俺のお腹や股間の密に落下したけど。

 左手で残った溶岩もかき集めて、トイレに行った璃澄。


 俺はこの時に手を洗って戻ってきたものとばかり思ってた。

 思ってたのさ。でも違ったようだ……

 顔にも少し飛び火したから、まぁ……顔も洗ったんだなと思ったんだよ。

 でも違ったようだ。正確には洗ったんだろう、表面だけ。

 手と顔は洗ったんだろう。


 トイレで何をしたのか、もう読めたよ。だからキスした時にアレの匂いがしたんだよ。

 もうやだー。この子からどうすればエロと変態を引きはがす事が出来るの?


 両想いの彼氏彼女ってこうなの?教えてぐーぐる先生。



 とはいえ、一度大噴火したおかげでおっきした真生山は見事沈静化を果たし、月見里さんが来る前に軽く拭き終わったところで真打登場。

 きちんと綺麗にして月見里さんは退出していったというわけだ。

 まぁ匂いの事もあるし、ナニが行われていたか当然筒抜けだったろうね。



「なぁ、璃澄さんや。さっきトイレでさぁ……」


 

せいしパックなんてしてないよ?」

 マテ、そこまでしてたら流石に引くよ。


「ましてや塗り込んだりしてないよ?」

 オイ、だからそういう事したら流石に引くって。それにどこに塗るんだよ。


「カルピス真生味をそういう事には使わないって。」

 あ、察し……

 まぁそうだろうよ。じゃなければキスした時に匂いが漂う事はないだろうよ。


「どろり濃厚……」

 お前は観〇ちんかよ。

 まぁ夢精の時とキモウトのアレの時くらいしか出してないから濃厚だろうけども。


「こういうのさ……他の人には……言うなよ?」

 大騒ぎになるのは目に見えているし、抑病院はそういう事をする場所じゃない。


「緊張は解れた?気を張ってると、明日お義父さんからの言葉を聞けなくなるよ?」 



「璃澄、あまり度が過ぎるとこのVIP個室カクヨムから専門病院ノクターンへ転院せざるを得なくなるぞ?」


「ぶ・らじゃー!」

 余談ではあるけど、断崖絶壁だけれども璃澄もブラジャーはしている。少し前のこいつはショーツは何故か穿いてなかったけど。

 こいつのおちゃらけは俺のためを思っての事を思ってだとはわかってるんだけど。

 少しベクトルが間違ってるんだよ。平時であれば大歓迎だけど、怪我人だよ俺は。


 脳に負担をかけたらいけないと言われてるんだよ?

 え?だから一回しかしないでしょって?


 回数の問題……ではないよな。


 

 その後、歯磨きをして顔を洗った璃澄に併せて、俺も歯磨きをした。

 この辺の連携は問題ないし、きっちり介護してくれてるんだけどなぁ。

 やり直しのおやすみのちゅっを済ませると消灯時間がやってくる。

 璃澄は大人しく組み立てた自分のベッドに潜っていった。

 決して寝心地が良いとはいえない病院の簡易ベッド。

 毎日毎日大丈夫なのだろうか。


 考え事をしていたら睡魔が襲って来た。

 もしかしたら出すモノを出したからかな…… 



 そしていつの間にか寝ていた俺が次に目覚めた時。

 眼前にはむさくるしいおっさん……親父が座って俺を凝視していた。


「よう、おはよう。」

 むさくるしいおっさんこと、俺の親父は目覚めには強烈なインパクトを残して俺を覗き込んでいた。



「目が覚めたら美少女だったら良かったんだけどな。それとおはよう。」

 動く左手で目を軽く擦った。


「真生……父さんな……先週のウマむ……メインレースでな、あの馬券当たったんだ。」

 あのって言われてもテレビもニュースもろくに見てないからわからんって。

 相撲すら見れてないんだぞ。9月がどこ場所かすら知らないんだぞ。


「は……?」

 突然言われてもネタとしか思えないって。でも妙ににやけてるな親父殿。


「3連単5頭ボックスならだいたい当たるぅってノリでな。」

 こじはるのマネかよ。むさいおっさんが真似しても可愛くないぞ。


「3連単5頭ボックスならだいたい当たるぅ……じゃじゃん♪」

「3連単5頭ボックスならだいたい当たるぅ。」


 あ、璃澄が言う分には可愛いわ。って横にいたんかい。

 ちゃんと鼻声で言ってるから再現度高い。


「父さん持論の上がり3ハロン理論で、32秒台33秒台の5頭で3連単5頭ボックスで買ったんだ。1点あたり千円。」


 てか、入院費やら払って貰っておいてなんだけど……せっかく稼いだお金を何に使ってんだ、勝ったから良いってわけじゃ。

 良い……のか?とりあえずは。

 でもまてよ5×4×3で……60通り。1点当たり千円てことは6諭吉……ウェ~イ、よろたんウェ~イ♪

 それだけあったら浅草の高級店行けるな親父。何のとは言わないけども。

 それで?いくらついたんよ。親父、まさかがっちがちのド本命?


「まぁそんな前座的話は置いておいて……」

 置いといてって、話したのは親父だろう。



「真生、お前に母親と娘の現在を伝えないといけないなと思って、今日は来たんだ。」

 唐突に真面目な表情になった親父を、俺はベッドを起こして真っ直ぐに見据えた。



「倖は……倖はな……」

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