第18話
目が覚めたと理解出来たのは、消灯しているため闇である黒と天井の白が混ざったダークブルーが視界に入ってきたからだ。
今度は一体、どのくらいの時間が経っているのか。
それ以前に俺の身体はどうなってるのか。
疑問は尽きない。あくまで意識がぼんやりと覚醒したというだけだ。
麻酔のせいなのか、身体の状態が悪化したせいなのか。
以前は動かせた左半身側も今は動かせない。
もしかすると、起きていると錯覚しているだけで実はまだ目覚めていないのではないかとさえ思ってしまう。
でもそれはないだろう。あの夢の中で俺自身が起きる、目が覚めるという意識があったのだから。
ここがまだ夢の中というのはないはず。
「まお……」
顔の傍から璃澄の声が聞こえてくる。
唇を動かそうにも動かせない。辛うじて歯が微かにかちかちとしている程度。
顔を少し横に倒したいけど、それすらも出来ない。
璃澄が顔を寄せてくるが、その表情はしわくちゃだ。
っとそれでは語弊がある、まるで璃澄が老婆になっている言い方だ。
そうではない、涙で……涙と鼻水でしわくちゃだという意味だ。
決して老けたとかではないぞ、本当だぞ。って誰に言い訳をしているんだか。
それと、左半身が動かない理由……璃澄が手を握ってたからだった。それも両手で。
「よがっだぁ。起きた、起きたよ。クラ……真生が起きたぁ。」
今一瞬、クララとか言いそうだったな立ってないからな、もちろんシモ的な意味でも。
「ぐずっ。医者は外面的には……大事には至っていないって……でも不安だった。」
璃澄は目が覚めたばかりの俺に、眠っていた間の出来事を話してくる。
まだ一晩しかたっていないそうだ。とは言ってもまだ夜中のようだ。
五寸釘を打ち付けるには最適の時間帯らしい。
俺の状態だけれど……幸いにも脳内出血はなく前回の手術痕も広がっていない、喉の詰まりもない。少し胃酸で食道が灼けた程度。
意識を失ったのは過度なストレス性ショックだろうと、そしてしばらく安静が必要。
今色々な情報を与えるとそれがまたストレスになるかもって……璃澄が色々説明しちゃってるじゃん。
気付けば看護師も様子を見て何かを記録していた。
今度は璃澄も直ぐにナースコールをしていたようだ。
もしかすると偶然見回りにきていたのかも知れないけど。
確認が終わると看護師は病室を出て行った。俺はそれを微かに動く目で追った。
残された二人きりの時間は少し気まずく感じた。
「私だってずっと我慢してたのに。こんな事なら私が奪っておけばよかった。」
おいおい、それはそれでどうなのよ。
あのキモウトよりは良いけれども。
ってあの時夢の中でシテたのは、璃澄だったんだけどな。
脳内補正の掛かった裸体だったけど。
「私の処女は真生の童貞と等価交換する予定だったのに……」
ん?この娘、何かとんでもない爆弾発言をしましたよ?
部屋は暗くとも、機器の灯りのせいか若干の輪郭を齎していた。
璃澄の恥ずかしそうな顔が、少し動いた視線で確認出来た。
「って真生?おぉぉぉおおぉ、いいぃぃぃあぁあぁ、いまの、いまのなしっ!?」
「ってちがぁぁあぁう。って違くないっ、でもぉぁおあぁいいいいぃぃぃいぁ。い、今の話はななななーななななーっ」
璃澄さんや、ジョイマンみたいな口調になってるぞ。
「ってもう遅いか……」
あぁ、遅いな。思いっきり深夜だしな。他の患者さんはとっくに夢の中で生活してるぞ。
看護師だってうとうとしている人がいるかもしれない。
というより深夜なんだから静かにしないと迷惑だし、摘まみだされるぞ。
「あぁっもうっ。というかこれまでの事で伝わってないのもおかしいんだけど。」
「私はずっと前から真生の事が好きなの。小学生の時からずっと!」
「磐梯もとっくに知ってるし、クラスのみんなも気付いてるし知ってるの。」
「気付いてないニブチンは本人である真生だけなのっ。」
両方の拳を握って力説する璃澄は、これまでになく頬が真っ赤になって……
こんな深夜に愛の告白されるなんて想像もしてなかったよ。
というか何そのツンデレが勢いで告白しちゃったみたいなノリ。
まぁ殺伐としていた俺の現状を暗いままにしない優しさなのかもしれないけど。
それでも時間は選ぼう……な。
「男女の友情があるから、下手に関係を壊したくなかったし、なるべく表に出さないようにしてたけど……」
あぁ、俺の匂い嗅いでたのはそういう事か。
あれ?それじゃぁ、表に出す気満々だったらこの娘一体何をしていたの?
好意からくるものだと思えば、これまでの献身的な介護も辻褄が合う?
あぁ、そりゃニブチン呼ばわりされても仕方ないわな。
「あ……」
俺も返事しないわけにはいかないよな。
夢に出てきてえっちな事をするくらいだ。
俺の中でも答えは出てる。感謝とか友情とかだけじゃない。
俺の璃澄に対して感じる感情は……
「み……あ……もーれ。」
璃澄の目が大きく見開かれた。多分信じられないか何言ってんだこいつのどちらかだろうけど。
「そ、そんなスペイン語で、誤魔化してもだめ。」
いや、まだ長文話す体力気力がないんだって。思考は出来てるけどさ。
「お……れ、も。」
「り……ずの、こと。」
「うんうん。」
璃澄の表情は【続きはよ】と爛々としていた。
本当にこの部屋電気消えてるんだよな。
「すき……すきすー……」
照れがあって普通に言えなかった。今の俺の精一杯だ。
だからかわからないが、都合良く解釈した璃澄が唇を重ねてくる。
これは明確な意思表示は難しいが同意の上……という事になるのかな?
流石に舌の侵入はなく、優しくそっと、むにっと触れて押しつぶされる程度の口付け。
あまり強くしないのは、俺に負担を掛けないようにという事かもしれない。
初めて触れた璃澄の唇は……ほんのりとドクターペッパーの味がした。
「あ、そうそう。汚された真生のおちんちんだけど……検査の後、がっつり超洗浄しといたんで。」
それはまた全部を見られて濡れタオルでごしごししたという事か?
それに超洗浄ってなんだよ。
「あ、それとごめん。せっかく互いの気持ちを伝えあえられたのは良いんだけど。」
良いんだけどなんだ?やっぱりお前俺に何かしたのか?
「おちんちんを超洗浄したって話したけど……えっと……」
「鼻をこすりつけて匂いを嗅いだり、すりすり頬ずりしたり、ちゅっちゅとチュッパチャップスみたいにしちゃいました。」
は……?
俺は何を返していいのかわからなくなった。
こいつの考えてる事やってる事もわからなくなった。
ただの痴女ジャン……
「つまり……さっき晴れて初接吻したけれど……」
もじもじと身体をくねらせて恥ずかしそうに照れてる璃澄だけれど。
痴女じゃんかと思った以上、この行動は既にあざとく感じるよ。
嫌ではないけどさ。
「実は先に真生のおちんちんと初キスしちゃってました。」
あ、うん。それは無効で良いよ。
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