第14話

「痛くはないよね。」


 何の話だ!ってICBM座薬の事か。

 恐らく親父には筒抜けなんだな。ちくせう……

 俺自身滑稽に思えてきた。一体ナニをドコまで話しているんだ。


「痛くは……ないよね?」


 あぁ、痛くはねぇよ。寧ろ身体が激痛だからICBM痛み止めを受け入れるんだろうが。

 決して璃澄の指を受け入れているわけじゃねぇ。


「……むぅ。次は指、3本くらいいっとく?」

 おおおおぉぉおお、恐ろしい事言うなよ。


「いかなくていいから。痛くはないから、身体が痛いから薬を入れてるだけだからな。間違うなよ?」

 これ以上返事しないで黙ってると、拳で挿入れるとか言いそうだ。

 なんだか、花達が「ガンガレ」と言っているように見えてきた。



☆ ☆ ☆


 あれから1週間と少し。未だにリハビリと激痛とICBMに耐えている。

 その間に何度か役場に行ったり医者と面談したりと、親父を交えて交流しつつ身体障害者手帳を取得した。

 まぁ歩行困難だしな。左半身はリハビリのかいがあってか、少し動くようにはなった。

 しかし右側は僅かに動くだけで、幼稚園児と喧嘩しても攻撃も防御も出来ずに負けるだろうな。


 幸いなのは首から上は普通に動くという事か。だからこそ喋る事が出来るわけだけど。

 学校に通うのであれば、障害者手帳があるのとないのとでは公共機関を利用するにも助けになる。


 

「なぁ、璃澄……本当に……」

 

 璃澄は俺の事を、車椅子を押して登校してくれると言うのだ。

 幸い、病院が当面貸し出してくれるとの事なので正直助かったりする。


 障害者認定された事で医療費には変化が見られるし、国の制度も捨てたものではない。

 親父の負担は変わってくるだろう。差額で車椅子を購入しないといけないんだけど。


 岩国在住だったら、某偉大な元プロ野球選手が寄付してくれた車椅子に座れたかもしれないのに。


 まぁそれは置いておいて。

 明日は二学期の始まりなのだ。



「それよりどう?久しぶりの制服姿。」


 どうって、今日着てどうするんだよ。しかもスカート短すぎ、詰め過ぎ。もう少しでワカメちゃんだぞ。


「見たいなら見たいと素直に言えば……」


「まさか……」

 こいつは心の中を読んでるのかというくらい鋭い時がある。

 

「私のワカメちゃんを……」

 両手でスカートを摘まんて、ゆっくりすすすとスカートの裾を持ち上げて行くのが見える。

 いつまで経っても布地が見えない。やはりな……


「ちょっとだけよぉん♪」


「ちょちょちょ、ストップ。お前、穿いてないだろっ。」


「ちっ。身体を張ったネタだったのに。あ、それと私はワカメちゃんでもなければ、私がどう頑張ってもワカメちゃんを見せる事は出来ないんだけどね。


 それがどういう事を指すか理解出来た。心の中だから赦されるとは思うけど、こいつはパイパンマンならぬパイパンガールだ。

 地下の秘密工場のシャブおぢさんも吃驚だろうて。



「でもまぁ、学校に行ったら……目立つよな。」

 全員が全員事情を知っているわけではない。俺が寝ている間に来たという数人の友人・クラスメイト達には詳細を伝えてはいないらしい。

 事故だとか事件だとか、そういうのは一切。


 自殺未遂だと知っているのは璃澄と磐梯、それと教師。

 情報漏洩はないと思いたい。知られたら嫌というのもあるが、殺到されると面倒だという気持ちが大きい。

 でも、だんまりが過ぎると嫌悪されたりしないかという不安もある。それならいっそ答えてしまおうかとも。


 

「私の風呂を覗こうとしたからついヤっちゃったとかにする?」

 なんかその「ヤ」っちゃったが、色々な意味を持っているように感じるが?


「あほか。どんだけ暴力女になるつもりだよ。」


「色々ヤっちゃったから老後まで面倒を見るという体で……」

 だからそのヤっちゃったが複数の意味を持ちすぎなんだって。

 それに、俺もお前もまだ未経験だろうが。

 はっ、まさか俺が寝ている隙に既に奪われているとか?


「残念ながらまだシテないんだよねぇ。」

 それは普通にですか?寝ている隙にですか?もしかして俺貞操狙われてますか?何で?



「そういうのは大事な人とするもんだろう。」


「バカ。トンマ。マヌケ。ニブチン。ボテチン。」

 そんなデパートの屋上のゲームのキャラ言われても誰もわからんわ。

 カエルさんの競争のメダルゲームだっけか……

 知ってる人は1980年代後半から1990年代前半に10代前後の少年少女だぞ。


 チン繋がりで何を言ってるんだか。


☆ ☆ ☆


 外出許可は取った。

 あくまで始業式とその後のHRのみの参加だ。

 もっとも初日はそれしかないので問題はないのだが……


 老人ホームとかで良く見かける介護タクシーというかワンボックスが迎えてくれる。

 制服や鞄は親父が持ってきてくれた。

 念のためクリーニングには出してくれていた。

 袋やタグは璃澄が外してくれる。第三者が誰も触れていない証でもある。


 着替えは……看護師がしてくれた。今日は月見里姉妹が揃っていたので妙な気分だった。

 右を見ても左を見ても月見里なのだ。顔は微妙に違うし雰囲気も違うけど。


 

「デレっとしたら私も脱ぐっ。」

 わけのわからん事を言うので、心を無にした。

 具体的には、露天風呂に行ったらタオルを肩に担いだ爺さんがぷらんぷらんしている姿を想像して。


 おかげで時折触れる月見里さん達に気を許す事はなかった。

 苦しくなったらいけないと、ワイシャツのボタンは一番上は空けてある。

 ベルトも一つ余裕を持って止めてある。別に立ち上がるわけではないので構わない。

 ズボンのチャックは……何故か璃澄が上げて止めた。


「青春だねぇ。」

 月見里環希さんが微笑みながら言う。一体何を言ってるのか。


「茶化すのは良くないですよ。苦しかったりきつかったりしたら言ってください。調整しますので。」

 月見里瑞希さんが優しく言ってくる。


 痴女と天使の姉妹で、痴女天使と勝手に脳内で月見里姉妹をカテゴライズしてみる。

 しかしそれだと、妹の瑞希さんに失礼になりそうなので直ぐに止めた。


 

 車椅子対応のタクシーが到着したので病室を出る。

 両手が使えれば自分で車椅子を操作できるんだけど……

 片手では電動の操作は出来ても手動は無理だ。

 そう言えば、電動車いすと手動車いすには明確な違いがあったな。

 主に車椅子対応のエスカレーターの定義においても。

 まぁ俺が電車に乗る時はエレベーターを利用するだろうけど。


 実際には車椅子対応エスカレーターは減ってるからなぁ。

 駅のホームの角度とかも車椅子だと怖いし。

 

 尤も、俺の生活圏において電車を利用する事はないんだけど。


 

☆ ☆ ☆


 タクシーが学校に近付くと懐かしい風景が心に沁みてくる。

 天気の良い日は車椅子で庭には出させて貰ったけど、シャバの空気が美味いと感じたのは病院にずっといるからかもしれない。

 今日も外に出ただけでも気分は変わっていた。

 

 学校は天国だったけれど、しばらくは目を引いてしまうだろうから大人しくは出来ないだろうな。

 タクシーが学校に着くと、人の目には映ってしまう。

 数人の目に晒されながら降りると、璃澄が変わって校内へと押してくれる。


 俺を知っている人が寄ってくるけど、璃澄が適当に受け答えをした。

 決して邪険に扱うわけでもなく、かといって俺に負担を掛けるわけではなく。

 車椅子の操作にミスのないように進んでいった。


 一度職員室に顔を出すと、担任と話をする。

 担任は親父と会話をしているようで、事情を把握していた。

 気遣う素振りと今後の学校生活についての説明を簡単に受けた。


 やはり毎日登校はしなくても良いらしい。

 その代わり、若干の課題をリハビリも兼ねて出されると。

 全然出来なくても問題はないけれど、目は通しておいておかないといけないようだ。

 利き手ではない左手で書くのは中々に厳しい。

 計算問題とか途中式とかは難問だろう。英語とかなんてミミズみたいで読めたものではないし。


 右投げだったのに左投げに転向して100マイルを投げる茂野吾郎は偉大だな、漫画だけど。


 教室に着くと当然心配と質問責めだ。尿道カテーテルやICBMとは違う意味で責め苦だ。

 羞恥がない分凄まじいかもしれない。


 始業式は……ありがたいと言う名の校長の長いお話があって、1時間程度の始業式は終わる。

 介助という名目で隣には璃澄がずっと控えていた。

 これでは学校公認の介護士だな。全校生徒に認識されてしまいそうだ。



 教室に入ると、直ぐに担任がやってきて席替えが始まる。

 あんまりわんさか騒いで移動出来ないので、可及的速やかに行われた。

 邪魔になったらいけないと、俺の座席はセンター最後尾で少し下がったところになった。

 ついでに言うと俺の両脇は璃澄と磐梯だ。

 これは担任の計らいであり、それ以外はくじによる抽選だった。

 誰からも不平不満が出ない当たり、良い奴らだなと思った。


 窓際最後尾には前髪で目が隠れている、ロン毛の女の子が座っていた。

 だからといって貞子とか言う渾名は付けられていない。

 中学も同じだったけれど、彼女が学際でバンド演奏をしている時の姿を見れば理解出来る。


 最前列での彼女のヘッドバンキングは半端なかった。髪の毛は武器になるんだなと思った。

 彼女が咲いた姿は凄かった。どう見てもバンギャだろ。


 まぁクラスメイトを一人一人思い返すとキリがないのでやめておこう。


 HRが終わると再び人が集まって来るが、磐梯がそれを綺麗に収めてくれる。

 怪我人で大変なのだから、みんなでわいわい寄るのは迷惑に繋がると。

 磐梯が少しだけ嫌な役割を担ってくれるが、クラスメイトも一つ呼吸を置けばすぐに理解してくれたようだ。


 みんながみんな、心配してくれているのは理解出来た。俺はそれだけで充分だと思った。

 少しでも早く良くなって、こいつらと学びたいし遊びたい。

 そう思えるくらいには、俺はここにいれば前向きになれる。


 本当に早まったなと、それなりに後悔していた。


「じゃぁ後は嫁さんに任せて、俺達は補習頑張ろうぜ。」

 嫁さんって何の事だと思ったけど、補習って……お前ら宿題サボり過ぎだろ。

 バカ学校でもないのに、そこそこの中堅校なのに。


 俺はまぁ……殆ど出来てなくても補習はない。しかし、毎日授業参加出来ない代わりに課題はあるけど。


「そういや璃澄……お前学校は……」


「残念ながら行くしかないんだよね。お母さんにも学校は行きなさい、それが病室に付き添う条件の一つと言われてるし。」


 ちなみに俺は週に二日くらいしか通えない。

 リハビリはともかく、検査もあるしやはり体力的に厳しいのだ。


 毎日璃澄に車椅子を押して貰うのも何だか申し訳ない。

 それにしても、青春真っただ中であるはずなのに、俺にずっと付き添っていて璃澄は良いのだろうか。


 そういや条件の一つって……他には何があるんだろうか。



 考えながら押されているといつの間にか病室に着いていた。

 朝と同じく月見里姉妹看護師に、服を脱がされパジャマに着替えさせられる。 


 そして通学における体力の消耗など検査が必要だという事で、後程案内があるとの事だ。 


 月見里姉妹が退出した後……案の定、俺の制服とワイシャツに顔を埋める璃澄の姿を目撃してしまう。

 いや、目撃も何もない。目の前でやってやがるのだ。もはや隠す気は皆無らしい。


「ぷはぁっ!もう一回っ!」

 もう一杯!のノリで言うなよ。

 柱の陰から月見里環希さんが顔だけ出して見つめていた。。


 内ポケットに入れていた携帯のボタンを押してしまったのか。「見えざる腕」が流れていた。

 柱の陰から見つめていたからか?

 そこの葡萄ジュースは葡萄酒ピノノワールなのか?


 もう匂いを嗅がれる事に慣れてしまった俺も恐ろしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る