第13話
「むかしむかしのことじゃった~とか言うのはなしだからな。」
俺は先に釘を刺しておいた。変な事で茶化されるといらん苛立ちでせっかく塞がってきた頭が開いちゃうからな。
いや、表面はもうほとんど平気なんだけど、目に見えない部分がわからないからな。
コンクリートだって固まったと思ったら、まだむにょってする時あるだろう?
床ペンキ塗った時だって、かなり経っているのに踏んでみると足跡の形に塗料が崩れる事、あるだろう?
ただでさえ妹の話を聞くんだ。平常心でずっといられる自信がない。
それがざまぁな話であったとしてもだ。
「まずは、遺書の件だが……」
俺は当然そこは気になる、息を飲んでその後の言葉を待った。
「家族は全員が読んでいる。最初に読んだのは実は俺……父さんなんだ。」
あの時俺がベランダから落下し、地面と身体全体で接吻すると、1階の窓を開けた妹が駆け付けて何か叫んでいたそうだ。
その様子を近所の人がこれは何だかおかしいと庭を覗いてきたと。
そこで倒れている俺と叫んでいる妹を発見、救急車を呼んだという事だ。
それから駆け付けた救急車で俺は運ばれ、妹はそれに乗っていった。
親父のところに連絡が遅れたのは、近所の人は連絡先を知らなかったからだった。
やがてパートから帰ってきた母親が、近所の人から事情を聞いて病院へ向かった。
妹が救急車に同乗したのは……救急隊員からすれば家族だし、同乗するのは当然の事なのかもしれないが。
叫んで気が動転している妹が連絡を出来ないのは常識的に言えばありえる話だ。
しかし後から向かったという母親が、すぐ父親に連絡しないのはどういう事だ。
「妹を……倖を宥めてたからだ。」
あ、そう。やっぱりそこでも妹が大事か。
親父が知ったのは帰宅した時だそうだ。ちょうど玄関に着いた時に近所の人が声を掛けてきたそうだ。
この時俺の部屋の窓が開いている事は見えていたらしい。
その時母親の時と同じように近所の人に聞いたと。
親父は一度部屋に戻り、開けっ放しだった俺の部屋の窓を閉めてから行こうと思って部屋に入った。
ん?なぜ母親は親父のように部屋の窓を閉めるとかいう行動を取らないんだ?
そこまで邪険にされるほど俺は何か悪い事をしてきたか?
俺がヤンキーとかで他人を傷付けたりモノを壊したりしていたなら部屋には入りたくもないかもしれないけど。
「まぁ、あれを読んで時が、呼吸が止まった思いだよ。これまで俺は一体何を見てきたのだと。ここまで真生が思い詰めなければならない事もそうだけれど、そんな状態で何年も過ごしていた事に気付けない自分自身に腹が立った。」
「だからと言って過去が変わるわけはない。だからそのノートを写真を撮って、行きのコンビニでコピーを取ってそれをあの二人に見せた。」
原本は破かれたりしたら終わりだからと、後日貸金庫に入れたらしい。
貸金庫には隠し財産ではなく、俺の遺書ノートが出てくるってわけだ。
後世の人間がそれを見た時、がっかりどころか何を思うのだろうな。
「病院に着くと、久利さんと熱塩君がいて手術室の前の待合椅子にいたんだ。妻と娘はどこかと聞いたら……」
手術室は滅菌室だから、少し手前から一般人は入れないだろうからな。
「追い出した。」
はっきりとした意思と声で璃澄が答えた。
「今と同じトーンであの時も言ってたよ。そりゃそうだ。あの遺書のメールは二人は受け取っていたんだからね。近寄らせたくない気持ちは痛い程分かる。」
その後、携帯に電話をして別のフロアにある待合椅子にいる二人の元に行って、事情を聞いたと。
親父は宥められている妹に、なぜこんな事になったか聞いたそうだ。
妹はわからないと頑なに答えていた……ってなんだそりゃ。
今だから言えるけど、親父も友人二人も俺の遺書を読んだ人間だ。
少なくともわからないと答えられたら「ふざけるな」と言うだろう。
一応親父も親である以上、いきなりどなり散らしはしなかったみたいだが。
同じ質問を母親にもしたみたいだが、知らない・わからないと言った。
だから親父はあのコピーを二人にそれぞれ手渡した。
読んで母親は吐き出すためにトイレに駆け込んだ。
妹は泣き崩れて……同じくトイレに駆け込んだ。
同じ女子トイレに入っていったからそこで何か話していたかはわからない。
流石に入り口の前で聞き耳を立てていたら、親父が警察に通報されるからだろう。
「その日は俺が病院に立ち会うからと二人は帰らせた。どうせ女子トイレで話しても二人っきりの家で話しても変わりはないだろうし。」
「私達も手術室のランプが消えるまでは立ち去れないと、トイレもギリギリまで我慢しながら待ってたよ。」
横から璃澄が補足していた。
「幸い手術は成功、しかし後遺症などについては経過観察と目覚めてからの検査をしないとはっきりは言えないけど、何も残らないという事はない。覚悟はしておいてくださいと言われたよ。」
あぁ、実際右半身は怪しいみたいだしな。まぁ俺の自家発電は元々左手だけど、そういう問題じゃないな。
「第一回真生を守る会会議はその日のうちに開かれた。俺と久利さんと熱塩君の3人でだけどな。あの遺書を読んだ3人の共通認識は妻と娘を真生に近付けない事。」
「これは父としては少し複雑な想いはあったけれど、目覚めた時万一母親や妹の姿を見た真生が取り乱したりしないためだ。」
「交代で真生に付き添い続けようとはなったんだけど、学生二人にずっと病院に居てもらうわけにもいかない。看護師だって集中治療室にいる間は常時見てくれるだろうけど、病室に移ってしまえばそうもいかない。」
「夜間はなるべく俺が付き添う事に、日中は久利さんが付き添う事になった。熱塩君も参加してくれはしたけど部活動的に毎日は無理だったからね。」
「当然、俺は家にいる時間が少なくなるから……まぁ前以上に家庭は冷めていったな。」
俺が目を覚ます数日前、病院に運ばれて10日くらい経った頃に夜間の付き添いはなしになったそうだ。
家に殆ど帰らないのはそれはそれでよくないと璃澄からの提案らしい。
裏を返せばそれは、家での状況を見ていてくれという事でもあるだろうな。
もしかすると、なぜ妹が俺に辛辣な態度をとっていたのかを知る事が出来るかもしれない。
「倖は何も話してくれてないよ。俺が知る限りは母親にも話してないらしい。」
真実は闇の中か。まぁ知ったところで関係が良くなるわけじゃないけどな。
50年後とかは知らんが。
「それで、交代制の隙をついてアレはベッドの横にいたのか……」
俺が目覚めたのは二週間後みたいだからな。多少気も緩んでいても仕方がないと思う。
自分の時間を捨ててまで、いつ目覚めるかわからない俺に付き添っていたんだから。
「一生の不覚。私がトイレに行って買いものに行って、偶然出会った友達と1時間も立ち話なんてしてなかったら……」
2時間に満たない時間だけど、疲れ切っていたからアレは寝てたのか。下手に何かされなくて良かったけどな。
「なぁ、病院の設備だから大丈夫だとは思うけど、盗聴器とか設置されてないよな?」
二人の態度が硬化する。それはあったと肯定しているようなものだぞ。
「それが、あの真生が目覚めた日。奴を追い出した後に色々調べたら……出てきた。直ぐに踏み潰して壊したけど。」
「正確には壊す前に【このう〇たれ、ピーピーガガガー】と叫んでからだけどね。」
「女の子が大声で【う〇こ】とか叫んじゃいけません。」
もちろんその後のもだ。
「まぁ俺が運ばれてからの事は大体わかったよ。俺の周りの事はね。家はどうなんだ?」
「あの遺書は家庭内と真生が送った二人の友人しか知らない。あぁ、石島医師と看護師数名には久利さんから説明したからもう少しか。」
「妻と娘だけど、目覚めた日以外は病院には行ってないはずだよ。俺もしばらくは久利さんからのおじさん喫茶での情報収集と、何かあった時にくるだろう病院からの連絡だけになったから。」
「それは治療費・入院費捻出のために副業始めたからってことだよな。」
「それはあるけど、久利さんが夏休みの間はずっといてくれる事になったから。もちろん親御さんの了承と挨拶には行ったけど。」
「副業のおかげであまり顔を合わせることはないけれど……二人共消沈してるよ。理由までは聞けないけど。言い過ぎたと後悔しているのか、一人だけ可愛がって悪かったとか、そういうのまではわからない。」
まぁ、拷問して吐かせようとしたわけじゃないだろうから、言いたくない事は言わないだろうな。
母親が妹を可愛がるのは下の子だし同じ女だしと、想像する事は出来るけど。
妹が死ねとかキモイとかを言い始めたのも言い続けたのも、俺にはわからない。
俺の見た目はモブくらいはあると思うし、ワキガとか肥満とかでもないし、歯だって最低一日2回は磨いてる。
妹の風呂を覗いたりトイレを覗いたり、隠れて写真を撮って売ったりしたわけでもない。
あれだけ嫌っておきながら、なぜあの日病室にいたのか。
嫌っておきながら、目覚めた時何故謝ってきたのか。
「どうでも良いんじゃない?真生、卒業したら家出るんでしょ?お義父さんは兎も角、あの二人には行き先教えないでしょ?」
璃澄の言う通り、俺はあの家を出るつもりではいる。出来る事なら退院する時に出ようとさえ思ってる。
どうせ歩けないんだ、部屋にあるものを持って行こうとは思わない。
「家を出るなら、子供の頃に上げた宝箱は持って出てきて欲しいな。」
相変わらず心の中を読むな……小学生の時、宝箱を貰った覚えがあったな。
俺と璃澄と磐梯の三人でそれぞれ大事なものを箱に詰めて、大人になったらせーので開封しようぜと約束していた宝箱が。
(机の引き出しの奥にしまってあるあの箱な。)
念のため紙に書いて親父に見せる。万一まだ盗聴器が残っていた場合に備えての対応策だ。
左手で書いたからミミズみたいな文字になってしまったけど。
「まぁその時はそれは持って行くさ。問題はどうやって持ち出すかだけど、まぁ退院までまだまだ目途は立たないんだからそれは後程な。」
「俺が家を出て行くのは決定事項として、学校はきちんと卒業したい。そういえば事情を先生に説明するの忘れてたな。」
「あ、それは俺が学校には連絡済だぞ。登校するならバリアフリーだし問題ないそうだ。 」
それならもう二度と会わなくてすむ可能性は大という認識で良いのかな。
どうせ俺を罵倒していた理由がわからないんじゃ、謝罪すらいらないしな。
「そういうわけでお義父さん。退院後はウチで……」
先程からちょいちょいお義父さんってニュアンスになってるなヲイ。
「そこら辺はお義父さんからは何とも、本人同士の問題なので。でもまぁ、一応父としては許可するよ。」
親父よ、あんたまで何お義父さん口調なんだよ。
「いよっし!」
何を喜んでるんだよ。俺を養う事の何が良いのか……この半月助かってるから感謝しかないけど。
それと、何両拳握ってポーズ決めてるのさ。
「真生、あんまり鈍感だとラノベの世界に行っちゃうぞ。」
親父は何を言ってるんだか。まぁ死んで来世にワンチャンって、そういう世界への転生でも良いかとは考えてたけどな。
「さて、面会時間ももうすぐだし、今日はそろそろ帰るよ。後は若いモン同士でどうぞ。」
だから親父は何を言ってるんだ。俺は怪我人で一人でトイレに行くのも大変なんだぞ。
車椅子に乗降はどうにかイケそうだけどな。
立ち上がった親父は、「またたまに寄らせてくれ。」と言って扉の方へ向かって行く。
「そうそう、
それだけ言い残して親父は部屋を出て行った。
この野郎……爆弾投下していきやがった……ICBMだけに。
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