第12話

 部屋の中には……具体的には俺が首を左に傾ければ、窓際のサッシの上には以前、一度外出した璃澄が磐梯達数人のクラスメイト達と一緒に買ってきたという花束が二つ、バスケットに入って飾ってある。

 マッチ売りの少女のマッチの入ったバスケットみたいな感じか。

 その中にピンク色と紫、オレンジ色や青等多色な花が煌びやかに覗かせていた。


 トルコキキョウの花言葉は……希望やあなたを想う、花嫁の感傷、良い語らいなど。

 白と紫が入っているので希望やあなたを想う等だ。


 ガーベラの花言葉は……神秘や光に満ちた、希望、前進など入院患者には有り難い前向きなものだ。

 赤やオレンジ、黄色が入っているので、神秘や燃える神秘の愛、前向き、我慢強さ、究極愛、やさしさ等。


 薔薇の花言葉は……愛や美がほとんどだ。

 赤、白、ピンク、青が入っているので、あなたを愛しています、情熱、純潔、深い愛、深い尊敬、私はあなたに相応しい、上品(どこが?)、夢叶う、奇跡、神の祝福等。

 流石に蕾はなかった。白い薔薇の蕾は「少女時代」だ。ネタもネタ過ぎるだろう。


 全てにおいて前向きな言葉だったり、何故か愛を囁かれたり。


 どこで買ったのかはお店の名前で分かった。

 駅前にある花屋、「ロイヤルガーデン・しろやま」だ。

 自前の園芸場を持っており、そこで生育された花を売っている。

 小学生の頃の課外授業で演芸場を見学した事がある。


 男の俺でさえ、あの花達は「すげぇ」と思ったくらいだ。

 確かあそこの店長は美人の女性だった。

 近所の中高生だったら一度は目を奪われてもおかしくない女性だったと,、俺は記憶している。

 結局俺が買いに行く機会はなかったけど。

 

 しかし彼女へのプレゼントにと買いに行った事のある友人ならば、何人か知っている。

 店員の女性陣もみな美人揃いで、花よりもそちらに目を奪われそうでヤバかったとか言ってたな。

 お前ら彼女を大事にしろよ、彼女へのプレゼントだろとツッコミを入れたくらいだ。


 そんな件の花屋で俺へのお見舞いに二つもバスケットに入れて贈ってくれた。

 早く良くなって学校へ来いよ、というメッセージなのだろう。


 それがほんの二日前の話だ。だから花達はまだまだ元気だ。

 学校が始まってしまうと、部活だったり文化祭だったりと、放課後の自由は1学期に比べれば減って来る。

 

 クリスマスなんてのも最後の方にあるわけで、独り者は彼氏彼女ゲットのために、カップルは愛を深めるために忙しくなる。

 文化祭の後夜祭なんてのはその儀式の一つでもある。


 マイムマイムとかオクラホマミキサーなんて馬鹿らしいと思われがちだが、異性と触れ合えるチャンスでもあるのだ。

 水が出て嬉しいな、藁の中の七面鳥とか……知らなくても困らない知識だな。


 どこの学校でもあるだろう、オクラホマミキサーで曲が終わった時の相手が好きな相手だったら付き合えるとかそういうの。

 どこの学校でもあるだろう、女子が足りなくて男子が女子役を担う事を。


 まぁ、仮に学校に行けるようになっても俺には無縁の話だ。

 あと2ヶ月ちょっとで歩けるようにはならない。流石にそれはどんなに頑張っても無理だとは思う。

 いつか、自分の足で歩いて友人達にお礼に行きたいとは思うけど。


 脱線したけど、そんな花達の香が微かに漂っており、俺のヤバイ匂いや親父の加齢臭は搔き消されたり……はしないけど。


 今眼前の親父と、親父にしろ俺にしろ……語る前の気まずさを誤魔化すには丁度良かった。


「座って良いか?」


 親父が声を発した。


「それは璃澄専用椅子だから……そっちの奥のを使ってくれ。」

 ちゃっかり【璃澄専用】と、紙をテープで貼ってあった。

 病院の備品だというのに……


「親父……やつれたね。」

 座って何から話したら良いか迷っている親父の姿を見た俺が先に口を開いた。

 俺は空気が読める方ではない。そういったものが出来るなら……自殺の道ではなく、相談していただろうから。

 多少なりとも、売り言葉に買い言葉的な事は否めないけど、あの地獄から抜け出したかった。

 アレが妹でなく姉であれば相談出来たかもしれない。


 妹だからこそ相談出来なかった。

 それはちっぽけなプライドかもしれない。

 年下の女の子に罵声を浴びせられたからって、他人に泣きつく年上の男と……そう思われるのが嫌だったのかもしれない。

 死ねば、周囲にどう思われたかなんて知りようもないから……


 親父の姿は誰が見ても不健康そうに見える。

 目の下のクマだって、俺が分かるくらいだし。

 さっき歩いてここまで来る足取りもしゃっきりはしていなかった。

 フラフラではなかったけど、どうにも足が重そうだった。


 座る時に「どっこらしょ」とか「よっこいしょ」とか「うんことどっこいしょ」とか言わない事からも疲れている事がわかる。

 尤も中年全員が、着席時や入浴時に言葉を発するわけでもないけど。


 あと、「うんことどっこいしょ」は本当は「うんとこどっこいしょ」だけど。


 スーツも以前はビシっと決めていたのに、今では少しヨレているようにも見える。

 髪は……量は変わってなさそうだけど、髪型に関していえばセットが甘いように思える。


 身だしなみに気を使えなくなるくらいにハードな生活を送っている事が想像出来るのだ。


「まぁ、な。うちの会社、副業認めてくれるから。」

 その言葉でわかった。間違いなく俺の治療費・入院費等のためだろう。

 最初の内は貯蓄から出したのかもしれないけど。


 それでも家計を全て利用する事も出来ないから、少しでも足しにするために副業をしているのだろう。



「念のため聞きたいんだけど、治療費や入院費は全て親父が?もしあの二人が1円でも払っていようもんならそんなものは要らない。それが分かった時点で俺は病院を抜け出してどこかでひっそりと暮らす。」

「璃澄や磐梯達には申し訳ないけど、誰一人とて行き先を告げない。防犯カメラとかでそのうちバレてはしまうのだろうけど、行けるとこまで行ってやる。」

 お金も当てもないのだから、今度こそ野垂れ死にするだろうけど。



「そう言うと思ってるから、副業を始めたんだ。誰に誓っても良いけど、費用は全て俺が持っている。」

 だからそんなやつれるまで働いているというのか。

 しかし親父を倒れさせるのは本意ではない。


 学資保険は……まだ受け取れないか。

 恐らくは将来のためにと貯蓄してきた分の一部は最初に払ったんだろうな。

 あの一軒家は両親の両親……祖父母が大半の資金を用立てていた。

 だから親父が貯蓄している分は将来のリフォームなり建て替えなりの時の資金にしようとしていた。


 若しくは子供達の結婚資金等に使おうと溜めていたんだろう。

 さらに言うと老後のためにもと言うべきかもしれない。


 流石にこんな豪華な個室でいるのが申し訳なくなってくる。

 申し訳なく思うのは親父に対してだけだが。

 これで親父まで敵だったら流石に「嘘だッ!」とか言って全員解体しちゃうかもしれない。


 異世界もののラノベをそれなりに読んでるのだから解体スキルくらい……ないか。

 カニバリズムの同人誌読んでると、簡単に捌いてるしな。

 実際はそう簡単ではないだろうけど。


 越谷の愛犬家殺人事件のような事すれば……犯人も遺体も見つからないよ。


 っと、殺伐とした思考はやめよう。

 ここまでやつれる程の親父が敵だとは考え辛い。

 家族の事が頭を過ぎってからどす黒い何かが埋めようとしてきた。


 視線を一度窓際に移して呼吸を整えよう。

 ちょうど皆が買ってきてくれた、花束が目に入る。

 希望は……自らが手離さなければ失う事は……多分ない。

 



「お前がお金の心配をする必要はない。これは親である俺の務めだ。それに数年間も居心地の悪い思いをさせてしまったんだから、今くらいは居心地の良い空間を用意してやれなければ俺の気が済まない。」


「わかった。だけど、生命保険でどうとかは止めてくれよ?親父にどうこうなって欲しいわけじゃないんだから。」

 あのアホ母親に多額の保険金を掛けておいて、事故を装って……とかのような事もまっぴらごめんだ。

 親父の手を血に染めるのも違う。   

  

「今俺は、父さんはな。本業の他に、日や週によって変えてるけど夜のコンビニ、夜の工事現場、おじさん喫茶で働いてる。日曜は完全休業で身体を休めてるけどな。」


「最後のおじさん喫茶はなんだよ。」


「いかがわしくはないぞ。料金も喫茶店や居酒屋と変わらないし。キャバクラやホストと違って夢は売ってないし。ほら、メイド喫茶や巫女喫茶、執事喫茶みたいなものの、おじさんバージョンみたいなもんだよ。」

「駅前にねこみみメイド喫茶があるのは知ってるか?その向かいに少し前に出来たんだよ、おじさん喫茶。」

 まぁ確かに年上好みの女性は一定数いるだろうけど。そのネーミングはどうなんだろうか、コンセプトは一発で伝わるけども。


「駅前でオープニングスタッフを募集しててな。ダメ元で応募したら週一でも良いって受かったんだよ。」

「ちなみに偶然だけど、久利さんと会ったのはお店でなんだよな。土曜日限定になるけど、俺の休憩時間にお前の近況とかを直接聞いてた。」

 話しちゃだめとは言ってないけど、璃澄め……ICBM座薬の事とかは言ってないだろうな。 


「話は変わるけど、聞きたくはないんだが……この部屋って一日いくら?」


「まぁ1年もいたら破産するな。」

 さらりと軽く言うなよ。だったらもう少しリーズナブルな病室に移るよ。


「だから気にするな。せめてもの罪滅ぼしだと思って受け入れてくれ。気付けなかった、いや。それとなく阻害感を受けている事を感じていながらろくに何も出来なかった俺からの罪滅ぼしだと思って。」

 心の中でも読んだのか?俺の内心に対しての返答にしか聞こえないぞ。


「それで親父が倒れたら喜んで生きて行けないんだけど?」


「大丈夫だ。身体は確かにやつれてきているかも知れないけど、ただ働いて帰っているだけだった以前より生き生きしてるんだよ。」

「こういう言い方は良いとはいえないけど、今生きがいを感じてるんだ。働く事に意味を見いだせてるんだよ。」


 だいじょばないだろ……まぁもう何を言っても変えないんだろうけど。

 だったら言える事は少ない。


「せめて倒れる前に言ってくれよ?若しくは止めてくれよ?それと一度近いうちに検査して結果教えてくれよ?出ないと俺も安心してリハビリ出来ない。」


「わかった。それは約束する。殺されたくはないしな。」

 一体おじさん喫茶で何を話してるんだよ。それににもって、他に誰に殺されるんだよ。


「家族以外に味方がたくさんいて、真生は倖せだな。」

 その言葉でなんとなくわかった。遺書の件は兎も角、俺のために色々動いてくれたダチ公達がいたってことだろうな。

 そういう事にしておこう。


 あまり否定や拒絶ばかりしていても仕方ない。

 拒絶するのは親父以外の家族だけで良い。




「それとな、ここからは聞きたいようで聞きたくない話だろうが……妹の、さちの事だ。」

 ドクンッと心臓が一瞬大きく跳ねた……気がする。

 心なしか少しばかり気分まで悪くなってきたような。


 名前の由来は小さい時に聞いたことがある。

 「幸せ」はハッピー、「倖せ」はラッキーだと。

 思わぬ幸運という意味で「倖せ」

 宝くじなどが当たった時等は「倖せ」と表記するのが適してるってな。


 しかし、人偏である「人」の字に意味を持たせると……人との繋がりや関りの中から「しあわせ」を感じるとある。

 人は一人では生きていけないものだ、だから誰かと繋がらなければ「しあわせ」にはなれない。

 「幸」に「人」を足して「倖」にした理由。


 愛する人と一緒にいられる「しあわせ」、家族や友人に囲まれる「しあわせ」を……という意味で名付けたと。 


 俺にとっては「不倖せ」だったけどな。

 

 ちなみに俺には、真っ直ぐに生きて欲しいという事で「真生」と名付けたと聞いた事がある。




 コンコンと、ノックの音が聞こえる。


は、私も入って良いかな?」

 それは単純にこれまでの話も外で聞いていたという事。

 自分の入るタイミングを伺うためか、それとも単に俺達の親子の会話を聞いていただけか。

 別に聞かれても問題はないと思っていたからか、璃澄に対して嫌悪感は抱かない。


「あぁ。良いぞ。」

 俺は返事をした。ここからは堂々と璃澄に聞いて貰っても良いだろう。

 俺の返事を聞くと扉を開けて璃澄が部屋に入って来る。


「よっこいしょうきち♪」

 俺の親父でさえ座る時に無言だったのに、お前が親父臭い座り方するんかいっ。

 それが俺の動揺した思考を和ませるためだったかどうかまではわからない。

 しかし、心の中でツッコミを入れる事で、実際に落ち着けた事は事実なのだから。


 それと、親父は目があっておきながら、部屋に干してある俺の下着やパジャマはともかく……璃澄の下着類についてはこれまで一切触れてこなかった。

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