第11話

「え?親父が……?」

 今後の入院生活も考えればそろそろ一度話し合った方が良いか。

 費用の事もあるしな。

 事故で相手側が全責任を負うとかじゃないんだ、家計から捻出しているのは間違いないだろうし。


「お義父さんと会うのがまだ早いというなら、もう少し待つけど。」


 璃澄の言葉が少しおかしい。

 俺の耳にはお父さんではなく、お義父さんと聞こえた気がする。

 それにまだ早いって……俺が家族と会うのが早いではなくて別の何かに聞こえる。


「いや……帳尻も合わせなきゃいけないだろうし、そろそろ頃合いかな……とも思う。」


 俺はベッドで上半身だけ起こされ、璃澄が剥いて潰してくれたすりおろしりんごを飲んでいた。

 先日は同様に梨をすりおろしたものを飲んでいた。

 最近のベッドは電動で色々なところが可動する。流石に合体したりはしないが。


「そう。じゃぁ仕事帰りに寄って貰うね。」

 随分と根回しが早いな。


 聞けば連絡先のやり取りは大分早い段階で済ませていたとか。

 石島医師に事情を説明した直後らしい。

 今実家がどうなってるのか、全く興味がないわけではない。

 もしかすると、男子一人で親父が肩身の狭い思いをしているのではないかとさえ勘ぐっている。


 遺書を何人が読んだのだろうか。

 全員が目を通しているとは思っているけど。


 それでもあの母親は妹を可愛がるだろう。

 可哀想にと宥めている姿が容易に想像出来る。


 お兄ちゃんなんだから、もう少し心を強く持ってくれれば良いのにとさえ言っているんじゃないだろうか。

 

「ぺ・こ・ぱっ♪」

 何やら携帯を操作して送信していた。

 しかし、その掛け声は何かに触れたりしないのだろうか。


「お義父さんに今日病院に寄ってくださいと送信しただけだよ。」

 だからその言葉のニュアンス!

 え?何?実は璃澄って俺のお嫁さんになりたいの?え?え?

 なんて思えたらそれはそれでお気楽なもんだ。


 昔からこういうノリをする奴なんだ。

 だからこそ、男女間での友情として成り立っていたんだ。

  

 まぁ確かに璃澄は可愛いけどな。

 黙っていれば告白してくる男子はそれなりにいるだろうけどな。


 人のシャツとかの匂いを嗅ぐ姿さえ知らなければな。


 そう言えば、俺も少し前から固形物を摂取できるようになっている。

 リハビリを始めてしばらく経ってからだけど。


 体力を少しでも戻すためにはどうしても点滴だけでは足りないらしい。

 リハビリを進めていくためにも、体力はあって悪い事はない。


 あの平行棒みたいなやつで進んで行くのにも体力は相当使う。

 左足をついてのけんけんぱならぬ三点支持での進行は日々のリハビリに組み込まれていた。

 これがまたしんどくて……

 無理をすると、座薬が必要となる。

 脇に力が入り過ぎて、腰や背中を痛めてしまうらしい。


 そんな時は翌日は違うリハビリを中心に進める事になるんだけど。


 目標は松葉杖で歩けるくらいなんだけど、流石にまだ無理っぽい。

 神経を傷付けてはいない、圧迫しているだけとは言うけれど。

 首や腰の牽引も圧迫からの改善には必要な道のりだ。


 リハビリは午前と午後の二回に分けている。

 現在は午前中に牽引や電気治療などを行い、午後に三点歩行等の自分で身体を動かす事を行っている。


 そういや、夢精はあの一回こっきりだ。

 あの時夢で……


 夢とはいえヤっちまった。

 だってしょうがないじゃんか。

 これだけ献身的に色々されていればさ。


 普通こういう時って綺麗な看護師さんとかじゃないの?

 もしくは看護師と一発オーライって都市伝説なの?


 まぁとにかく、夢精の相手が相手だけに……パンツの行方は失念してしまった。

 あの時穿いていたパンツが一向に順番が回ってこないのだから。


 4~5枚はあるはずなんだけど、1週間経ってもローテーションを守らない。

 メジャーリーグか、中4日とかさ。

 実際には色々あって1日で2枚使ったり3枚使う日もあるけどさ。

 リハビリもしてるんだから汗は掻いてしまうもんだし。

 パンツもシャツも1日1枚というわけにはいかないんだよ。


 あーシャワー浴びたい。本音言えば風呂に入りたい。

 一応週に1回看護師に入れて貰ってるけどさ。


 それ以外は濡れタオルで拭くだけなんだよ。微妙に臭い残るんだよ。

 それなのに何故か恍惚の表情の璃澄がいるんだよ。


 そう言えば、石島医師は毎日は無理だけど週3回くらいなら良いかも知れない的な事言ってた気がする。

 これはリハビリの賜物らしいけど。


 大部屋じゃないから予約制でもないし。

 病室に風呂付いてるし、一泊いくらか知らんけど。


 そういや聞いてみるか。

 もし親父の足を引っ張るようならもう少し安い個室、別に個室じゃなくても4人部屋とかでも良いと思ってるし。

 大部屋なら璃澄の変態ちっくな行動も減るのではないだろうか。


 あ、だめだ。

 多分、おじいちゃん連中を垂らし込んで味方にする未来しか想像できない。

 寧ろおじいちゃん連中が煽ってさえきそうだ。

 姉ちゃんがこんなに積極的なんだから、にーちゃんも覚悟を決めてアレコレされちまいなって。


「そういや璃澄……お前は宿題やってたから疑問に思ってなかったけど、もう二学期始まるだろ。」


「それなんだけどさ、真生は休学届出そうとか考えてたりするの?」

 俺か……疑問に疑問で返すとか愚問だな。

 抑俺は死ぬ気だったんだ。学校の事も捨ててしまったんだ。今言われるまでどうしようかなんて考えてもいなかった。


 しかしそうだな。通えるならまた通いたいな。

 あの地獄下にあって唯一の天国だったからな。

 まぁ、前のようにはいかないだろうけど。


 だって、車椅子だろうと松葉杖だろうと、何があったか聞かれるに決まってるじゃん。

 あと、結局あの遺書がどこまで広がってるか聞けてないし。


「最初は無理かな。でも動けるようになったら行きたいな。」

 学校は一応バリアフリー仕様にも対応している。

 学生は普段使えないエレベーターも、階段が昇降困難な人には解禁されている。 

 つまりは、病院からの移動が可能となれば、通学も出来るのだ。

 尤も、その場合は退院させられそうだけど。


 週に2日くらいの通学でも良いなら良いんだけど。


「じゃぁ、毎回通学の度に車椅子襲うか?いや、押そうか?」

 ちょっとセリフが世紀末的に感じたのは気のせいかな?


「ちょいちょい文字じゃないと通じないニュアンスで話すよな。」


「そこに気付く真生も凄いと思うよ。」

 身体が動かない分、他の五感が鍛えられていたのかもしれないけどな。特に耳。


「あ、そうそう。時間的に夕飯の後くらいにお義父さん来るみたいだよ。」

 もうお義父さんは隠す気ゼロなんだな。諦めたよ、脳内で補完するのは。


「面会時間ギリギリだな。それはそうと……洗濯物はしまっておいてくれよ。実は俺にも目の毒なんだ。」


 病院には一部の入院患者用に洗濯機と乾燥機がある。

 しかし干す場所はない。

 強いて言えば部屋に干すしかないのだ。


 何が言いたいのかと言えば……

 入院中の俺の下着やパジャマとは別に、璃澄の下着も干してあるのだ。

 いや、家に持って帰って家で洗濯して綺麗なものを持って来いよ。

 そうツッコミを入れたけれど。


「また私で夢精して欲しいし。」

 とかわけのわからんことを言って却下された。

 確かに下着を見ればムラムラ来ることもあるだろう。

 あの夫婦飴もあるしな。そういう要素はないとは言えない。


 しかし、俺の夢精時の夢の中の登場人物が璃澄だなんて一言も言っていない。

 医師や看護師にも言っていない。まさか寝言でも言ってたのか?

 あるとすれば寝言で言っていたのかもしれない。名前だけ言うならありえるからな。

 都合よく切り取って解釈されても仕方ない。


 

「流石に親父に見られるのは問題あるだろ。」


「私は気にしない。」


「気にしろよ。華のJKだろ。素人処女め。」


「ふーん。今度の風呂、私も看護師さんと一緒に洗っちゃおうかな~。お姉さんの方の月見里さんだったら協力してくれそうだな~」

 一体何の協力だよっ怖くて聞けないわっ。

 そんなやり取りをしていたらオレンジ色の陽が差し込んできた。

 9月も近いし日の入りが変わったかな。


 もう夕飯が運ばれてくる時間だ。


「奥さーん。ご飯お持ちしましたよ~。」

 そう言ってノックの後に入ってきたのは件の月見里環希さんだった。

 ちなみに璃澄の食事は病院内にある食堂で取っている。

 時間にして30分にも満たない時間で戻って来るので、良く噛んでないんじゃないかと心配してしまう。



「いつもありがとうございます~。」


「いえいえ~それは言わないお約束でしょ~。」

 何故だか璃澄と一部の看護師の間ではホットラインが出来上がっていた。

 俺にはキラーパスにしか聞こえないけど。

 もう奥さん発言にツッコミしても負けな気がしてきた。

 この部屋内だけにおいては反論するだけ無駄だと悟った。


 璃澄が俺のベッドの上半身を上げると、台をセッティングして月見里さんが夕飯を置いて行く。

 病院食はマズイと良く言うけれど、俺はそうは思わない。

 まぁ物足りないとは思うけど、学校給食と同じで栄養バランスを考えて作ってくれている。

 場合によっては個人によってメニューさえ変わる場合もある。

 多分美味しくないのは昔の時代であって、現代では色々改良されたんだと思う。

 

「はい、あーん。」


 残念ながら利き腕である右手は未だにモノを掴めない。

 つまりは箸が持てない。いや、当然アンプも持てないぞ?

 リハビリを考えるなら、今後を考えるなら、左手で箸が使えるようになっても良いとは思うんだけどな。  


 口の端に食材がついていると、拭ってくれたりもする。

 もはや一端の介護士だろ。出来ないのは本当の医療行為くらいのもんじゃないか?


 ぷるんぷるんの杏仁豆腐を見せつけてきて……


「私のはこんなにぷるんぷるん出来ないけどねー。」

 何がだ?何がぷるんぷるんしないんだ?

 ゼリーは喉に詰まる恐れがあるからか、あまり出ないらしい。

 

「フルーチェくらい柔らかそうだな。」

 あ、これは間違った。堅い方を言おうとして誤った。


「ささ、触って見れば分かると思うよ?」


 璃澄がとち狂った事を言い出した。

 同性の友人同士ならネタで触れる事もあるだろうけど。

 あ、シモ全て見られてる俺にはもう失うものはないけどさ。


「そ、そうだ。真生のご飯も終わったし、私もサクっと食べてくるね。お義父さんが来るまでには戻って来るヨ。」

 照れを隠すかのように出て行ったけど、多分気を利かせたんだと思う。

 そろそろ親父が来る時間だ。親子二人で話す事もあるだろうからと、席を立ったんだと思う。

 

 璃澄が部屋を出てから15分くらいが経った。

 早い時にはもう戻っているのだから、先程の考えは間違いではないと思う。


 コンコンとノックの音が聞こえる。

 ご飯から戻って来る璃澄も一応はノックをしてから入って来るが、今回のノックは速度と強さが違う。

 璃澄ではない事がわかる。看護師であれば、〇〇さ~んとか失礼しますとか続くのでこれまた違う。


 其処から導かれる答えは一つ。扉の外にいる人物は……


「俺だ。入って……良いか?」

 新手のオレオレ詐欺だった。


「あぁ、良いよ。」

 俺は新手のオレオレ詐欺を招き入れる。声が届いているかはわからないけど。

 ガララララと扉がスライドすると、そこには少しやつれた親父が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る