第7話

「心配で……心配で、この世の終わりかと思った……んだからね。」

 

 声のトーンが変わった。

 態と怒るのはもうやめたようだ。

 それに……何か頬に触れた、当たったような気がする。

 温かくも冷たい、冷たくも温かい何かが。



「私だけじゃなくて、学校のみんなも凄く心配してたんだから。」

「貴方がいなくなったら……なんのためにマ……」

 最後の方は上手く聞き取れなかった。マネ子の声が小さくなっていったからだ。


 そして彼女は遺書メールを受け取ってからの事を話出した。

 全てを語っているとは思えなかった。

 悪い意味ではなく、多分言いたくない部分があるんだろう。

 マネ子が下唇を噛んで、何かに耐えているように見えたからだ。


 多分、家を飛び出して俺の家に飛んできたのではないかと推測してる。

 そこで見たんだろう。

 俺の酷い状態を。


 見たんだろう。

 あの糞妹を。

 そしてその時の様子を見て何かあったんじゃないと思う。


 だからこそ、さっきの帰れコールだったんじゃないか。


 マネ子の話を要約すると、俺が馬鹿でアホでおたんこなすだという事だった。

 なぜ、こういう事をする前に私達に相談してくれなかったのか。

 相談してくれれば、サインを出してくれていれば、力になれたのにと。


 だから一人で抱え込んでいたあんたは、馬鹿でアホでおたんこなすだと。


 でも、一緒にいて気付いてあげられなくてごめんと……

 私も大馬鹿だと。



 まぁ、学校ではそういう素振りは見せなかったし、表情に出ないように努めていたから気付かなくてもしかたない。

 それに学校は楽しかったし、天国だったからあまり無理をしなくても普通に過ごせていたんだ。

 それは、彼女もそうだけど、多くの友人や仲間があっての事だけど。



 最後の方はさっきのように語尾が小さくて聞き取り辛かったけど。

 言いたい事は伝わってきた。


 それだけ心配に思ってくれる人達がいるのに。

 俺はあの地獄から抜け出したいあまりに、あまりに安易な行動を取ってしまったんだな。




「これからは私が出来る限り傍にいるから。拒否権はないよ。」


 右手に何か感触が……

 ってマネ子の手以外にないか。

 目だけは動くからわかったけれど、腕には点滴、指には機械へと繋がっている何か。

 


 あんな家族に身の回りの世話をされるくらいなら、彼女に傍にいてもらった方が何億倍も良い。

 でも……

 トイレとか風呂の世話は流石にやめて。

 例え女性が相手でも、看護師なら相手も仕事だろうからと割り切れるけど、同級生に洗って貰うとかは恥ずか死ぬから。


 それを伝えられないのがもどかしい。

 せっかく、ここは彼女の手が触れて、人の温かさに触れて感動する場面なのに。


「私が来れない時は他の誰かに頼むから。これでも私、マネージャーなんで!」


 明るく言っても締まらない。そこにオチはあるのか?

 マネージャーって、野球部のだよね?

 俺のマネージャーなの?

 それは自意識過剰か、未遂とはいえ自ら生を諦めるような男に惚れる要素はないもんな。


 今まで幼馴染でマブダチ枠だったのに、何故急に意識しだしてるんだ?

 情緒不安定?


「ってそういえば、目覚めた事先生にも看護師にも伝えてないよね。ごめん、多分ナースコール押すのもきついよね。」


 そう言いながらマネ子がナースコールを押した。

 目が覚めてから既に15分くらい?

 普通なら傍についている人が直ぐに押すもんだよな。


 暫くすると「コンコン」と扉を叩く音が聞こえる。



「失礼します。」

 ノックの後にピンク色の看護師が部屋に入ってきた。そういえばナース服と言うのは色は決まってないんだっけ。


 看護師は俺の隣にある計器類の数値を一瞬見ると、近くに寄ってきた。

 意識の確認と、簡単にだけどどこか動くかの確認をすると、先生を呼んでくると言って病室を出て行った。



「かなり迅速かつ的確にやる事やっていったね。」


 先程の意識の確認、俺はゆっくりと掠れた声で一文字一文字を名前を口にした。


 【睦月真生むつきまお


 10秒ちょっとかけて漸く名前を告げた。

 出来れば自分の名前をあまり口にしたくない。

 しかし苗字は父方のものだから、100%嫌う事は出来ない。

 あの環境下において、僅かでも父は俺の事考えていたから。


 名前といえば友人の一人に成田直行なりたなおゆきという男がいる。

 昔やっていたクイズ番組で、飛行機内でアメリカまで行って漸く着いたと思ったら、飛行機内でのクイズで順位の低い人はアメリカの大地を踏む事無く、即刻帰国するという可哀想な人達がいた。

 あれは確か【東京直行】だったと聞いているけれど、【成田直行】だと同じ感覚を受けるなと思っていた。

 彼の渾名はもちろん【ちょっこー】だったっけ。名付けた奴がそのクイズ番組を見ていたかは知らないけど。


 入浴へ行きたいかー!

 そういや、俺って入浴できるんだろうか。もしかして身体拭くだけとか?

 ありえるな。せめて介助ありでも車椅子に移動できるくらい動けないとダメとか?


「でも良かった。真生が目を覚ましてくれて。真生があんな事になってからもう10年経ったんだよ?」

 凄く心配そうに安堵したように言ってくる。

 でもその表情の中には別のものが見え隠れしていて……


 俺は口を尖らせて「うそだろ。」と言った。

 このうそだろは驚きの意味ではない。文字通り「それは嘘だろ。せいぜい一月とかそんなもんだろ。」という意味の「うそだろ」だ。



「ごめん、流石にそれは嘘。でも二週間は目覚めなかったのは本当。」

 

 世間では夏の甲子園は始まっており、そろそろ海では海月が出るかという時期らしい。

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