第5話

「……ぁ」

 目覚めたのか?俺は……

 ここは……どこだ?

 視界が薄い。薄いというのは語弊があるか、狭いというのが正しいか。

 薄目を開けているようなこの感じと言うのが正しいのかもしれない。


 というよりはなんだ?視界は薄いけれど、何故こんなにも思考する事が出来る?


 知らない天井……ではあるが、思うように声が出ない、出せない。

 喉に力が入らない。思考は出来るけど意識はイマイチはっきりしない。寝惚け状態とうのか、低血圧での起床というのか。

 心がまるで二つあるようだ。はっきりしている部分とぼんやりとしている部分。

 それに、喉だけじゃなくて身体そのものに力が上手く伝わらない。

 


 天井も知らないけど、微かに映る視界そのものが家でも学校でもないと理解は出来るけど、それでもどこかで見た覚えのあるものだ。

 ということはここはラノベにあるような白い部屋ではないという事がはっきりした。


 っち。

 非常に残念だが、ここは現世か。

 ここまで思考しておいてなんだが……


 普通に考えればここは病室なんだろうな。

 そうか、身体が動かないという事は……脳か神経をやってしまったという事か。


 一番恐れていた事が起きてしまったな。

 くそっ


 来世にワンチャンが一番の理想だった。

 それも記憶を保持したままが最上だ。

 あんな目に合わないためにも頑張れる発奮材料になるからな。

 心に闇だの怒りだのを抱えていても、それが生きる糧になるなら現世でない世界であれば活力に変換出来ると思ったからだ。

 

 次に記憶がない状態での生まれ変わり。

 でもその場合は記憶がないわけだから、抑が俺という存在は霧散し、思い出す事もない。

 ここでどのようにして死を迎えたかとかがわからないのだから、ゼロからのスタートだ。


 先の二つでないのなら、あのまま普通に死にたかった。

 来世とか生まれ変わりとか記憶とか抜きにしてただ終わりになりたかった。


 くそっ

 それならさっさと全回復しないと……

 もう俺にはあの家から出て行く事を再優先にしなければ。

 気を取り直して……なんて都合はともかく。

 こうなっては現状を受け入れなければならないだろう。


 それならば受け入れるのは早い方が良い。

 少しでも早く、あの家から出なければ、待っているのは地獄だけだ。


 親父にならまだしも、他の二人に面倒を見てもらうなんて事は絶対に嫌だ。

 まぁそんな事するようには思えない奴らだけど。

 一応世間体てもんがあるからな。外面を気にする奴らならなんとも言えないからな。


 それに罵声が酷くなったら、動かぬ身体では逃げるところがなくなる。

 以前なら部屋に入れば自分の空間が持てた。

 でもまともに動けなければそれも不可能となる。

  

 くっ……指先を動かすのでさえかなりの意思と力を要求されるな。 

 金縛りにあった時に、「動くぞ~動くぞ~」と言い聞かせてから動くような感じだ。

 それでも動いたのは本当に指先だけって……悲しくて笑えそうだ。


 それと今更だけど……多分俺の身体には色々な医療器具が取り付けられてるみたいだな。

 ドラマとかニュースとかでしか見た事なかったけど。

 多分俺のベッドの横には数値や波形を表示させる機械も置いてあるんだろうな。


 あ、そういえばもよおしてきた場合どうすれば良いんだろ。

 もしかしなくても俺って今おむつなのか?

 それは嫌だな……でもそれならばせめて可愛い看護師にお願いしたい。

 最低でも妹と母親には見られたくもないし、して欲しくもない。


 そうだ、うちの家の者には触らせたくない。それは排尿・排泄事情だけじゃない。全てにおいてだ。

 まだクラスメイトに処理された方がマシだ。

 ネタにはされるだろうけど……

 それはそれで軽く死にたくなる案件だけど、本気の死を連想するものではないからな。



 そういえばさっきから視界の端に微かに人のようなものが映ってるなと思った。

 眠ってるのか、学校の机に突っ伏して寝ているような感じで顔を伏せているから、誰かまでは確認出来ない。

 しかし嫌な予感はする。こういう時の予感は得てして当たるもんなんだよな。


 これは事故るな~と思ったら事故に遭ってしまうかのような。

 いや、それは飛躍し過ぎか。天気予報を一週間見ていなかった時の、「あ、今日は晴れてるけど雨降るな。」と思っていたら夕方にはドシャ降りにあってしまうかのような。


 あ、頭が動いた。

 起きるのか?

 やがて上がった頭に嫌悪が込み上がってくる。

 視界が狭まっていても、そのシルエットには見覚えしかない。


 はっきりと見えているわけではないが、仕草から察するに眠気眼を擦って驚いている。

 ヤバイ……微かとはいえ俺の目が開いているのがバレて……しまう。


 うげぇ、想像しただけで胸の当たりが痛く熱くなってくる。


 ある意味では胃酸が生成されているという事で、身体の機能に安心を抱いても良いのかもしれないけれど。

 これはノーサンキューだ。



 「お、おにぃ、おにいぢゃん、よがっ、よがっだぁ。ううぅぅわあぁぁ、ごめ、ごめんなざいぃぃぃ。」

 一番聞きたくない奴の声が聞こえてしまった。

 それと、俺自身の顔は動かせないけど、動かせた視界の端に見たくもない顔を捉えてしまった。

 やり直しを要求する。 

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