第4話
部屋に戻ると俺は松葉杖をベッドに立てかけ、リュックを肩から外すとベッドに乱雑に投げる。
着替えるのも億劫だし、普段着に着替えるのはやめた。
この後の事を考えると、制服を汚してしまうので心苦しいけど、出来る事ならば最期まで家のものに身を包んでいたいとは思えなかった。
下着は態々脱ぐのも面倒なだけだ。
そして机の引き出しから、まだ使用していない真っ新なノートを取り出し、無造作に頁を開いてペンを取り出した。
簡単に消せないように黒のサインペンの0.7mmにした。
これが何度も自殺を試みる人だったら、自分の血で書くのかななんて思ったりもした。流石に俺はそこまではしない。
さて、それじゃ遺書を書きますかね。決心が鈍らない内に。
良かったな、妹よ。これでウザくもなくなるし、死ねば良いなんて言わずに済むぞ。
なんせこれから死に往くからな。死ねなんて言えないだろ。ざまぁみろ。
【拝啓 書類上の家族達。これを見る時は既に俺はこの世にいないか、病院あたりにいるのだろう。
これから記すのは俺の魂の叫びだ。
近所に知れ渡っても、ネットに晒されても其処には俺の意思は介入はしていない事は遺しておく。
俺には一人の妹がいる。歳は一つ下。父と母は同い年だ。
数年前から俺が受けてきた家族からの冷遇を遺す。
俺が小学校6年の頃から始まった妹からの言われない罵声。それはキモイ、煩い、頑張っても無駄、黙れ、こっち来るな、臭い、死ねば良い、死ね。
これを顔を合わせる度に味わうのだ。
母親がいる時は目線で射殺すように睨んでくる。
これら罵声にはもういい加減耐えられない。何度か母親に相談したけれど無駄だった。母親は同じ女である妹の事しか見ていない。
親父は……最期に試合見に来てくれたのは嬉しかった。そこだけが救いだった。多分板挟み状態で、別の苦しみを味わっていたのかと、今なら思える。
学校は天国だった。本当は辞めたくないし、きちんとみんなと卒業したかった。甲子園は無理でもみんなと目標に向かって頑張るのは充実してた。
クラスメートも良い奴ばかりだった。正直こんなお別れの仕方は、みんなのその後の人生に痛手を与えてしまうかもしれないけど、ごめんなさい。
学校には不満は一つもない。良い友人、クラスメイト、部活の仲間、先生、それらは数少ない宝物だ。
一方で家は地獄だった。味方のいない家。辛うじて親父は同じ男だからか、俺寄りには考えてくれてたみたいだけど。
妹からの罵声、一応数えていたんだ。ウザいとかキモイはともかく、死に直結する言葉だけはね。実は今日のが500回目だった。
俺はドMじゃない。そんな言葉を何度も言われたら傷付く。既に傷つき過ぎて家に帰る時間が近付いただけで吐いてしまう程にだ。
そして500回目の死ねば良い発言。本当はキリよく1000回の方が良いのかもしれないけど。
ちょっとこの倍は耐えられないし、もう心が悲鳴を上げている。死ぬか殺すかの二択しかない。
妹よ、一つだけ聞いておきたい事があるけど、俺はそこまで嫌われる事を何かしたかな?
どうせ聞いても答えてはくれないだろうけどな。それが聞けないのが唯一の心残りだ。
学校の先生に相談すれば良かったのかもしれないけど、もう遅い。今更そんな勇気はない。
せめて来世はいわれのない罵声がない世界と家庭に生まれて生きたい。来世にワンチャンくらいは願っても良いよね。
最期にもう一回だけ。学校や近所の皆様、ごめんなさい。事情聴取や救急車、マスコミなんかの目に晒してしまうだろうし先に謝っておきます。
学校が天国、家が地獄なら、あの世は一体なんだろうね。ラノベにあるような白い部屋だったら良いな。来世にワンチャンが期待できるから。
ってバカな事はこのくらいにして。それではさようなら、みなさんさようなら。
敬具】
幼稚園の最後の挨拶のようなさようならで締めくくる。
最後に日付を西暦から書いて、時刻まで記入する。一応情けで名前くらいは入れておくか。
携帯のロック解除番号も載せておくか。後で警察とかが調べる時に早いだろ。
余談だけど、携帯の連絡先を一度全削除した後、再登録で妹と記載された名前は「4219」に登録してある。
名前も番号も何も中身はないけれど。細やかな復讐というか嫌がらせだ。
この遺書的なノートのページを写真に撮って、クラスでも仲の良い友人に送った。
同じ野球部で切磋琢磨している男子生徒だ。
彼はこの大会はベンチには入れずスタンドから応援だったけれど、秋以降は一緒に試合に出れるよう頑張ろうなと、残念会の後に誓い合ったばかりだった。
約束を果たせなくてごめんよ。
それともう一人、あいつにも送っておくか。
俺は窓を開けてベランダに出る。ガララララという音がとてもシュールに聞こえた。
「さて、決意したは良いけど流石に勇気がいるな……」
夏の風は温くて気持ちが良い。なんだかひゅ~どろどろ~と出てきそうな雰囲気を醸し出してるな。
これが最期に感じる風か……悪くない。
楽になれる……はずもないけど、この地獄が終われると思えばまぁ良いか。
中途半端に生き残ってしまう方が大変だ。二階からだと生存の可能性もあるだろうし。
車椅子生活なんてなってみろ。誰が面倒を見てくれるんだ。
誰も見てくれないだろう。
もしかすると、親父なら若干可能性はあるだろうけど、多分その場合親父は離婚するだろうな。なんとなくそれは想像出来る。
抑俺は友人に写真付きでメールを送ったんだ。やがて何かしらのアクションはあるだろう。机の上に携帯は置いてきたからもう確認しようもないけれど。
世間の目はあるし、子供が自殺を図って車椅子生活なんてなったら、最低でも引っ越しだしな。
まぁ死んでも引っ越しは必須かもしれないけど。そこはもう知らん。
案外俺なんていなかったものとして何食わぬ顔して生活したりしてな。
あー、うん、それもあり得るな。
左足は痛いけれど、右足は健常だ。
ベランダをよじ登るくらいは不可能ではない。部活で鍛えてはいたからな。痛みのある左足以外は問題ない。
「本当に、来世にワンチャンくらいは期待しても良いよな?」
その時はせめて意味も分からず嫌悪されない世界と身内でありますように。って遺書にも似たような事書いたな。
そして俺はベランダからズリ落ちた。流石に飛び降りるのは無理があったらしい。
走馬灯はなかった。「あっ」って思ったらもう既に地面スレスレだった。
地面に到着するその寸前。
リビングにいる妹と目が合った。
その時の俺の表情は、妹にはどう映っていたんだろうな。
もう地面にぶつかるというのに、冷静に考えている俺がいた。
実際にはそんな時間はない。走馬灯の代わりに勝手に脳がそのように処理をしたのだろう。
衝撃と共に全てが弾けた。
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