第3話

 うちの家族は案の定応援に来てないなと思ったら一部訂正。

 試合途中、4回の裏が終わった頃に応援席を見てみると、親父の姿があった。

 

 親父の事だからパチンコにでも行くとか言って出てきたんだろうな。

 本当の事を言ってる可能性もなくはないだろうけど、親父も俺の話を妹にはあまりしなくなった。


 俺の試合を見に行くと言ったら多分俺を見る時と同じように、ゴミを見るような目で見て「バカじゃないの?どうせ甲子園なんて無理なのに。」とか言われているのが目に見えている。


 だから親父は本当の事は言わないで出てきたものと思われる。


「親父も大変だな。」


 俺は松葉杖のためにあまり前に出て移動が出来ない。

 記録員をしているマネージャーの補助をして、後は主に声出しをしている程度だ。

 だから親父の目に俺が映る事は殆どない。


 俺はそれでも来てくれた親父に、少しだけ感謝した。

 あの冷え切った家庭の中、良く来てくれたと。

 うちの家庭の株はストップ安どころか下がるのみだからな。

 プラスマイナスゼロになる事すらないだろう。


 部活をしていなければバイトしてただろう。

 バイトをしていればお金が若干はあるわけで、多分一人暮らしをしていたに違いない。

 寧ろ今からでも出来る事ならそうしたい。

 試合中に何を考えているんだか。


 残念ながら試合は2-6で負けた。

 仕方ない、相手は第一シードだ。

 コールド負けをしなかっただけでも良いと思ってる。今年はプロからの注目選手もいるくらいだ。


 ベンチ入りしているもう一人の一年が打点を挙げてるのは、来年への軌跡になるだろう。いや、秋へか……

 俺も試合前と後の整列だけはさせて貰ってる。


 ものすごく悔しかった。

 きっとプレイしていた他の部員はもっと悔しかったに違いない。

 ただ、俺には悔しいという感情に加えてもう一つあった。

 その名は【惨め】という感情……


 試合に出る事すら出来ない今の状態が堪らず惨めに思えた。

 でもそれをこれ以上表にだしてはいけない。


 ベンチに入れなかった、スタンドで応援してくれている二年生や他の一年生のためにも。


 スタンドを前に一礼をする。

 大きくは出したつもりはないけれど、目頭が熱かった。

 多分親父にはバレてるだろうな。


 次は負けない。

 負ける心算で試合をする選手はいないだろうけどさ。

 早く怪我を治して秋の大会に向けて頑張ろう、心からそう思った。


 一度学校に戻り、ミーティングと残念会をする。

 マネージャーが一人の三年の先輩といちゃいちゃしている。


 仕方ない、二人は付き合っているのだから。

 三人いるマネージャーのうち一人は三年と付き合っている。

 監督も公私混同して影響を出さなければ男女交際は黙認している。


 目の毒だなぁと思い男同士が集まって試合を振り返ったり、秋以降はどうしようかと話合っている。


「新キャプテンは夏休みの合宿最終日に決める。」

 それは練習を見て決めるという事だろう。

 プレイそのものというよりは、リーダーシップ的なものを見て決めるという事だろうと思った。


 流石に1年生から選ぶという事はないだろうけど、さらに1年後を見据えて何かしら脳内点数はつけるかもしれないな。

 もしかすると今の2年生も昨年からのポイント的なものはあるかもしれない。


 残念会が終わると俺達は解散する。

 学校が徒歩でも30分圏内というのは助かる。

 松葉杖でもそこまで遅くなることはない。

 

 荷物は全てリュックに詰めて背負う。肩掛けのバッグとかは松葉杖が付けないからだ。

 そして俺は帰宅した。先に親父は帰って何もなかったかのようにテレビでも見ている事だろう。

 

 玄関に入ると丁度二階から降りてきた妹の目線が突き刺さる。



「どうせ負けたんでしょ。勝てる見込みのないのにくだらない。どんなに頑張ったって甲子園なんて無理なんだから辞めちゃえば良いのに。」

 妹の目が少し赤かったのは気になったが、俺の……俺達の頑張りを無にするような言い方には流石にカチンとくるものがあった。

 いつになく多めの言葉だったが、この際そこはどうでも良い。


 「お前、俺の事はともかく……部員達の、ひいては全国の部活動をする人達の頑張りを馬鹿にするのは止めろ。」

 本当は取り消せとか謝れとか言おうかと思ったけど止めた。

 前者の取り消せはともかく、後者の謝れはどうせこれ以上言っても無駄だからだ。


 「はぁ?うっさいし。なに?キモッ。青春してる俺達を馬鹿にしないでくれって?はぁ?きっしょ。死ねば良いのに。」

 その言葉を聞いてこいつには何を言っても無駄だという事が再認識、理解出来た。


 そして流石の俺もここまで言われて我慢は出来なかった。

 挨拶だろうと何かを言えばすぐにキモイだの死んでだの言われるくらいなら、もう何も言うまいと。



 そして月曜日。

 6時限目の最後の授業が始まる前、移動する際に事は起きた。

 もう少ししたら家に帰らないといけないと思った時に、頭がクラっときてしまい吐いてしまった。

 幸いにして休み時間であり、流しが近かったために廊下や床に飛散はしていない。


 けれど、その様子を見ていたクラスメートが無理をするなと保健室に連れていってくれた。

 そして6時限目は保健室で休んで良いという事になった。


 思いの外土曜日の死ねば良いのに発言は効いていたらしい。

 

 学校から家に、担任から電話をしたらしい。

 吐いた事と、その後体調が悪化しないように気に掛けて上げて欲しいと。

 良い先生だなと思った。せっかく連絡をしてくれたけど、多分うちの家族……多分親父以外には無駄だと思うけど。 


「はぁ?まだ生きてたの?もう本当に死んでくれれば良いのに。」


 帰宅した俺を待っていたのは絶望しか与えなかった。

 別に大丈夫?とか心配した言葉は望んでいなかった。

 別に何も言わなくて良かった。


「そうか……」

 俺はすれ違いに言葉を掛けた。


「そうする。」

 俺は松葉杖を付きながらそう答えていた。

 それが妹に聞こえたかはわからない。

 振り返ったりはしなかったし、足音も気にしていなかったから。


 俺が一体何をしたというのだろう。

 誰か教えて欲しい。

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