第2話

 家庭では孤立しているけれど、それでも学校には通っている。

 偏差値はそこそこ。中間といえばいいのか。

 受験する時に調べた時は51だったと記憶している。


 学校では特に不満はない。

 ラノベで良く見かける、嘘告白とかスクールカーストとかネトラレとかはない。

 少なくとも自分が知る範囲ではそういったものはない。


 部活は野球部に属していて、そこそこの成績だとは思っている。

 甲子園は無理だけど、うまくいけばベスト8はいける中堅校といえるか。


 だから帰宅はいつも遅い。

 

 妹が兄ラブで、部活で帰りが遅く全然構ってくれなくなったから……というわけでもない。

 少年野球だってやっていたし、中学の頃はコンプライアンス的に18時以降の部活は認められていなかった。

 夕飯は家族揃っての時間だったので、そういうのはありえない。

 

 そうはいっても高校もそこまで遅くなる事はない。

 19時まで練習する事はあっても、20時を超える事はない。

 高校であっても、家族揃って夕飯を食べられる時間帯に帰宅する事は殆どだった。


 部活が終わって帰宅する。


「ただいま。」

 それでも俺は挨拶をする。

 それが矜持だから。挨拶は人として基本だと思っているから。

 これは特に誰かに向かって放った挨拶ではない。

 家に帰ったら誰に聞かれてるわけでもなくても、まず挨拶する事はおかしなことではない。

 

 玄関からリビングに入ってからもう一度言うのが常じゃないだろうか。


 二階の部屋から降りてきた妹と目が合う。

 だからもう一度、「ただいま。」と言う。


 しかし返ってきたのは、「帰って来なくても良いのに。」だった。

 妹が俺をその後無視してリビングに行くのと入れ違いに俺は二階にある自室へと入る。


 もう一体何なんだろうな。

 ここまで邪険にされるような事はしてないんだけどな。


 ラノベにあるような風呂やトイレを、不注意であっても覗いてしまうとか鉢合わせしてしまうなんて事はない。


 洗濯物だって別々で洗ってるのだからその辺でどうのって事もない。

 初めは俺は年老いた親父かよって思ったよ。


 確かに部活で汗と土で汚れたモノを一緒に洗うのは嫌かも知れないけど、そこまで嫌う程の理由ではないだろう。


 そうだよね?

 

 妹の望み通り洗濯物は別にしてるのだから、それ以上の事はないよね。


 



 それからも妹の罵声は熾烈を極めていく。

 





「死ねば良いのに。」


 妹がそれしか言わなくなってから十日以上が経過した。


 俺はと言うと、7月に入り夏の大会の予選への練習が忙しく濃密になっていく。

 当然激しい練習は体力も判断力も鈍らせてしまう。

 

「あ、やべっ。」

 ノックの最中二度跳ねた打球はイレギュラーを起こした。

 頭に向かってくるならまだしも、イレギュラーを起こした打球は俺の左足首付近を直撃した。


 その瞬間終わった……と思った。

 この時期に怪我をする事がどういう事を意味するか。


 もう新聞にはレギュラーメンバーが記載されている。

 そこから俺の名前がなくなる事を意味していた。


 


 幸いかはわからないが骨折はしていなかった。

 学校が手配した救急車で診断してもらった結果だ。

 そしておれは暫くの松葉杖生活が待っていた。


 当然レギュラーからは下ろされた。

 ノックをした監督は申し訳ないと平謝りをしていたし、他の部員は残念がっていた。

 でも俺は誰も恨んではいない。

 こういう事は他の学校でもままある話だ。

 

 怪我や不調もなしにメンバーが変えられる事だってある事を考えれば、明確に怪我を理由に外れる事くらいは苦ではない。

 寧ろ、無理矢理メンバーにされて1枠を使ってしまう事の方が問題となるだろう。


 それなのに……


 20番のゼッケンをくれるんだから……まったく。

 試合には出れないぞって。

 そうしたらベンチで声出しは出来るだろって返ってきた。

 まぁ元々貰っていた番号だから良いんだけど。

 

 確かに3年生は全員ベンチ入りしている。でも2年生は全員は入れてない。

 1年でも他にベンチ入りしているしな。そいつは本当に上手くて1年生で背番号一桁を貰っている。


 話が逸れた。

 学校の方はこうして、物理的に痛い思いをしても悪い気はしなかった。


 問題は家庭の方だ。

 病院に行って松葉杖生活を余儀なくされたのはともかく。

 家族は病院に迎えに来なかった。


 父親は仕事で知らなかったというのはあるけれど。

 母親は電話を受けたにも関わらず迎えには来なかった。

 妹の晩御飯があるからだそうだ。


 もうこれはだめだ、終わってると思ったね。

 どうせ学校がタクシーか教師の車で送ってくれるんでしょとでも思っていたのだろう。

 確かに過失という意味では学校側にあるのかもしれないけれど、それとこれは違うだろう。


 監督が責任を感じ、車で送ってくれた。

 そして玄関に出た母親に謝罪した。

 通院費の事とか話をしていた気はするけど、俺はどうでも良いと思っていた。


 別に練習中の怪我だし、学校がそこまでする事のもんじゃないだろう。

 こうして俺を運んだわけだし、俺にも家族にも頭を下げた。

 ここで終わりだと俺は思ってる。


 これが怪我をしているのに無理矢理立たせて激しい練習をさせたとかなら、学校の重過失となるだろうけど。


 結局俺が治療費とか通院費とかはいらないからと、申し訳ないけど監督には帰ってもらった。

 どうして母親がここまで費用について喰い付こうとするのか理解に苦しんだ。


 確かに家計を考えれば余計な出費かもしれないけれど。

 これが部活じゃなく、家の中で怪我したりしても発生する可能性があるだろう。

 

 友達と遊んでいる時に怪我をしてしまう事もあるだろう。

 あからさまな故意でない限りは別に相手に払わせたりはしない。

 少なくとも俺はそう思っている。


 しかし母親はそうではないらしい。普段俺には無関心のくせに。


 そうした母親の態度を見たからかもしれないな。

 ベンチ入りメンバーを変更しなかったのは。


 相も変わらず家族間はギクシャクしたまま予選は始まった。

 学校にいる時間の方が生き生きしているのは間違いない。


 だから試合の結果がどうなろうと、全力で声をだしてメンバーを鼓舞しようと誓った。

 そして1回戦2回戦と勝ち上がり、3回戦の試合当日。


 土曜日だから学校も仕事も休みである。

 応援席に俺の家族はいなかった。

 

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