第14話 へぇ、そうなんだ

 知らない異国の地で、美少女が男たちに拉致される。

 このフレーズだけで、後に口に出すのもはばかられるような展開が予想できます。

 当然、捕らえられた張本人であるクラリスにも。

 あの子は自分のことを、美少女だと思っています。 

 それは自信過剰だからではなく、絶世の美女だった彼女のお姉さまを基準にして導き出した、純然たる事実。

 胸の大きさはクラーラと比べれば慎ましいですが、体の他のパーツはそれを補って余りあるほど、美しい曲線を描いています。

 彼女がお姉さまと呼ぶ人風に言うなら、オッパイがデカい方が不自然なのでございます。

 そんなスレンダー美少女であるクラリスを、男たちが拉致したらやることなんて決まっています。

 きっと欲望のままに、自分の体を隅から隅まで凌辱するに決まってる。と、クラリスも覚悟していたのですが…… 、


「何? この高待遇」


 拉致された先、ブリタニカ王国で言うところのチャペルと同じ役割を持つ建物。

 オオヤシマで言うところの、ジンジャに似た外観を持つ宮殿に連れてこられるなり、クラリスは宮女たちに風呂で全身を洗われ、その子たちと同じ巫女装束に着替えさせられて、今は豪勢な料理に囲まれて舌鼓を打っています。

 しかも用意された食事は、クラリスの好みを調べて用意したかのようにクラリス好みでした。

 

「え~っと、これが魚のサシミーで、こっちがヤキトーリだっけ? ねえ、お姉さん。これは? この、大鍋で煮てるやつ」

「牛の小腸のもつ鍋でございます」

「ほう、牛の小腸とな? それってつまり、牛の内臓を煮込んでるのよね?」

「左様でございます」


 ドイッツェン帝国のブルストにように、内臓に肉を詰めるのではなくて内臓そのものを料理して食べる習慣を、クラリスは不思議に思いました。

 ですが、クラリスは見た目以上に油がプリップリで柔らかく、それでいて歯応えもある食感が気に入ったようです。


「こっちの赤くてピリ辛のヤツは?」

「スケトウダラという魚の卵巣を辛子などで漬け込んだ、メンタイコでございます」

「またもや内臓。しかも、魚の内臓か。クラーラが見たら気持ち悪がって食べなさそうだけど、これも良い。ショーチューとかいう、この国独特のお酒と相性が良いわ」


 クラリスは女将さんから、料理の感想はとりあえず言うようにしとけと教えられています。

 ですが、どこぞの料理評論家ですか?

 と、ツッコミたくなるほど、クラリスは律儀に料理にコメントをしています。

 あ、ちなみにですが、お酒は成人してからという法律はオオヤシマにもあり、オオヤシマ人の目にも未成年に見えるクラリスに、宮女はお酒を出そうかどうか迷っったのですが、ブリタニカ王国は15で成人扱いだとクラリスが伝えたら、あっさりと出してもらえました。


「じゃあこれは? この変なニオイがする白いスープにパスタが入ったヤツ」

「ハカタ名物、ハカタラーメンでございます。スープを豚の骨から取るため、とんこつラーメンとも呼ばれています」


 先の二つも十二分にクラリス好みでしたが、クラリス的にはこれが一番気に入ったようです。

 だからなのか……。


 「スープは見た目に反して濃厚でまろやか。パスタ……じゃない。メンは細めのストレートでのど越しが良く、スープにもしっかりと絡むし、信じられないくらい柔らかく煮込まれたチャーシューって具材も良く合ってる。それに、最初は臭いと思ったニオイも、5杯目を食べ始めた今では癖になってるわ」

 

 と、早口でコメントをしているほどですから。

 それを感心半分、呆れ半分で見ていた初老の女性は……。


「よう食べるねぇ。そげん気に入ったと?」

「うん! 気に入った! だからもっと持って来て!」

「そ、そうかそうか、そりゃ良かった。なら、もっと持って来らしぇよう」


 クラリス風に言うと変ななまり

 オオヤシマ風に言うならハカタ弁で喋る女性は、「まだ食うのか」と言わんばかりに驚愕した表情を浮かべながらもなんとか平静を保ちましたが、クラリスは腹ごしらえを優先して気にしませんでした。

 だからなのか、話しても問題ないと判断した女性は食事に夢中なクラリスに……


「ところでクラーラよ。お前に頼みがあるっちゃけど、聞いて貰えるか?」

「うん、良いよ。あ、でもその前に訂正。あたしの名前は、クラーラじゃなくてクラリス」

「何? では、クラーラは……」

「あたしの名を騙って逃げたもう一人の方」

 

 仕事の依頼をしようとしたのですが、クラリスが発した予想外の答えを聞いて固まってしまいました。

 当のクラリスは、怒った? と疑いましたが、その怒りはラーメンを食べ続けている自分にではなく、「ギギギギ……」と、音が聴こえてきそうな動きで女性が顔を向けた、自分を拉致したた連中のリーダーだった男に向いていると察して……。


「も、申し訳ありません! ヒミコ様!」

「言い訳はよか。謝る暇があるなら、本物んクラーラば連れて来んしゃい。イヨを連れて行っても構わん」

「かしこまりました!」


 オオヤシマ伝統の謝罪ポーズ、ドゲザをして謝罪し、部屋を出て行った男性を尻目に、「高飛車そうな外見とは裏腹に、このヒミコって人は意外とふところが深いわね」と、感想を内心呟きながら食事を続けました。


「優しいですね。噂に聞く魔王なら、失敗した部下は首チョンパだったはずですよ?」

「わらわは魔王とは違う。それに、失敗を許さんかったんは、エイトゥスばい」


 余談を挟みますが、エイトゥスとはかつての魔王四天王の一角にして、魔竜軍を率いた黒死龍エイトゥスのことでございます。

 彼と、四天王筆頭だったシルバーバインに加え、『紅い瞳のフローリスト』と『白い衣のウィロウ』で、四天王を構成していました。


「それより、すまんかったね。タムマロから聞いとった話と違い過ぎる時点で、疑うべきやった」

「こんなに美味しい料理をご馳走してくれたのに文句を言ったら、罰が当たりますよ。と言うか、タムマロと知り合いなんですか?」

「知り合いて言うよりは、未来ん息子候補か。養子ではあるが、わらわん跡継ぎであるイヨん婿にしたかとだばってん、のらりくらりと逃げ回っとーんばい」

「……好きな人がいる。とか言って?」

「よう知っとーやなか。そう、タムマロはよりにもよって、遊女にたぶらかしゃれていまだにフラフラしとーと……と、すまん。そん様子ば見るに、タムマロが惚れとー遊女は、お前ん知り合いんようばい」

「まあ、ね」


 クラリスが露骨に顔を歪めたので、ヒミコはクラリスと遊女が知り合いだと察しました。

 もし流れでヒミコが、彼女がお姉さまと慕う人を侮辱しようものなら、クラリスは殴りかかっていたでしょう。

 ですが謝られたことで、ヒミコが口にしたセリフが、クラリスを妙な気分にさせ……。


「その、イヨって人は、タムマロのことが好きなの?」


 クラリス自身にも、どうしてそんな質問をしたのかわからない質問を口走らせました。


「好きどころか、ベタ惚ればい。あやつが魔王討伐んためにこん国ば離るーことになった時など、一緒に着いて行こうとしたほどばい」

「へぇ、そうなんだ」


 ヒミコの答えを聞いて、クラリスの胸中に今まで抱いたことのない感情が湧きました。

 ですが、クラリスにはその感情が何なのかわかりません。

 クラリスはタムマロのことを、仇程度にしか思っていません。

 なのに、彼に想いを寄せる女性がいると聞いて、妙にモヤモヤしている。

 もしかして自分は、知らず知らずの内にタムマロに惹かれてた? とも疑いましたが、すぐにそれはない。絶対にない。と、心の中で否定しました。

 確かにタムマロはお金持ちですし、勇者という不動の地位もあるし割とイケメン。

 独身の女からしたら、これ以上ないと言って良いくらいの優良物件です。

 それでも、クラリスは彼を恋愛対象として見ることなどできない。

 見た目が好みではないのもありますが、頭が受け入れようとしないのでございます。


「あの三流勇者、お姉さまというものがありながら……」


 なので、クラリスはそう呟いて、この感情はお姉さまに惚れていながら他の女に言い寄られていたアイツに対する怒りだと、自分に言い聞かせました。

 だからこんなにも、今すぐアイツの所へ行ってぶん殴ってやりたいと思うほど、自分はイラついているんだと、思い込もうとしました。

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