第13話 今でも、聖女様を愛しているのですか?

 今の状況は、クラーラ的には予定通り。

 明らかに面倒事を持って来たとわかる集団の魔の手から逃れるために、咄嗟にクラリスの名を騙ったのも、背負っていた荷物の下敷きになり、人前なのに人型に戻ったマタタビに助けてもらったのも全て、クラーラが瞬時に導き出したあの状況から逃れるための最適解。

 と、彼女は頭の中で必死に自己弁護していますが、単に首輪の有効範囲を忘れていただけでございます。

 ですが、クラリスと離れ離れにされたのは本当に予定通りでした。


「マタタビ。もう大丈夫ですから、獣化しなさい。あなたの姿は目立ちます」

「でも、うちが獣化したら荷物はどうするニャ? クラーラお姉さまじゃ運べないニャ」

「心配はいりません。ちょうど良い荷物持ちが、近くにいるはずですから」


 あの集団はタムマロを知り、さらに、以前クラーラが見た封印の護符と同じ物を所持し、ヒメミコ様とやらのお手製で、しかも門外不出とまで言っていました。

 そのことから、クラーラはタムマロとヒメミコ様とやらが知り合いだと瞬時に推察しました。

 そのことから、オオヤシマに来て日が短い自分の外見的特徴を彼らに教えたのは、タムマロで間違いないことと、自分とクラリスを引き離した目的まで予想したのでございます。


「わたくしに話があるのでしょう? タムマロ様」

「ご明察。アリシアの教え通り、頭を使うようになったじゃないか」


 クラーラが問いかけるなり、背負っていた荷物を片手でヒョイっと持ち上げて、使い古した中級冒険者用の装備に身を包んだタムマロが姿を現しました。


「普段から使っています。凡人にはわたくしの頭の回転が速すぎて、考えもなしに動いているように見えるだけです」

「そういう事にしておくよ」

「で? わたくしに、何の御用ですか?」


 クラーラはタムマロの計略を以下のように推理しました。

 タムマロはヒメミコ様とやらに、魔術に精通した者はいないかとでも聞かれた。

 だから、自分の情報を与えた。

 ですが、自分はクラリスがいないと何もできない。

 なのに、彼らは自分だけ連れ去ろうとした。

 それは、タムマロがクラリスの存在と役割を教えていなかったから。

 ああいう状況・・・・・・になれば、自分がクラリスの名を騙って逃れると、転生特典によって知っていたタムマロがクラリス抜きで自分に何かを伝えるため。と、ほぼ・・正確に推理したのでございます。


「宿を取っているから、そこで話そう」

「あら、勇者様から宿に誘われるなんて、なんとも魅力的なお誘いですね。ですがわたくし、聖女様以外に興味はございません」


 オオヤシマでもそうなのですが、ブリタニカ王国で男性が女性を宿に誘うのには、そういう意味合い・・・・・・・・があります。

 だからクラーラは茶化したのですが、タムマロは両肩をすくめて「心配しなくても、何もしないよ。後が怖いからね」と答え、クラーラを宿へとエスコートしました。

 本当に心配はないのですが、素直に着いて行ったクラーラは迂闊ですね。


「かなり、上等な宿ですね。勇者って、そんなに儲かる職業なのですか?」

「勇者は職業じゃなくて、称号みたいなものだよ。まあ、そのおかげで金に困っていないのは確かだけど」


 名乗るだけでお金が稼げるとか? と疑問に思いつつ、クラーラは、「パット見で、一晩で一人4~5万円は払わされそうな高級旅館。そんなこの部屋を取れるタムマロ様の財力の源が気にはなりますが、取りあえずは、お金に困ったらこの人に頼めばどうとでもなるとわかったから良しとしましょう」と、タムマロに聞こえないように、早口で呟きました。

 それに気づいているのか、それともすっとぼけているのか、タムマロは素知らぬ顔をして……。


「先に、シャワーでも浴びてきなよ」


 ヤり慣れた男が言いそうなセリフを、テーブルの前に腰を下ろしながら言いました。

 素人童貞のクセに、調子にのりすぎですね。


「後ほど、ゆっくりとお湯に浸からせて頂きますので、今はけっこうです。それより、わたくしとクラリスを引き離した理由を教えてください」


 クラリスは、どんな状況でも力づくでどうにかできます。

 ですがクラーラは、基本的にクラリスがいないと初級魔術すら使えません。

 念のために、常日頃から手持ちの魔石にクラリスの魔力を貯めていますが、数が心許ない。

 さっさと理由を聞いてクラリスを合流しなければ、クラーラは安心して温泉にも浸かれないのでございます。


「わかった。じゃあ、とりあえず座って話そう。マタタビちゃん。お茶を人数分、淹れてもらって良いかな?」

 

 タムマロは、クラーラが頭n8被っているシスターベールの中に子猫の姿になって隠れていたマタタビに、テーブルの前に座り込みながら指示しました。

 マタタビは、妖猫族が迫害される原因と言えなくもないタムマロの言うことを聞きたくないようでしたが、クラーラが一言「淹れなさい」と言うと、元の姿に戻って渋々ながらお茶を淹れ始めました。


「さて、君とクラリスを離した理由だけど、君には、彼女・・と会う前にあらかじめ知っておいてほしいことがあったからなんだ」

「彼女とは?」

「元ヤマタイ国の女王で、現キュウシュウ知事の『ヒミコ』さ。彼女は君を、ツシマへ送るつもりだ」

「ツシマ? たしかキュウシュウの北西に浮かぶ島ですよね? どうしてそのような所に、わたくしを?」

「この国に迫る脅威を、排除するためさ」


 脅威を排除。

 それを聞いてクラーラが思い出したのは、『チュウカ』と呼ばれている西の大陸の国を侵略しようとしていると噂の、『ゲン』と呼ばれている北方の新興国。

 その国は亜人を主とした多民族国家で、魔王の脅威がなくなった数年前から、近隣の国々を侵略し始めました。

 ブリタニカ王国を始めとした西方の国々は、魔王軍に代わる新たな脅威であるゲンに対抗するために、合同で防衛線を張っているほどです。

 タムマロの話を信じるなら、その魔の手がこの国にも迫っている。

 故にヒミコは、地理的に最前線になるツシマに手練れを集めようとしているのでしょうと、予想したクラーラの頭に、疑問が生じました。


「この国に、軍隊はないのですか?」

「あるよ。だけど、軍は動かせない」

「何故です? わかりやすい脅威が、迫っているのでしょう?」

「この国の方針でね。専守防衛って言って、簡単に言うと殴られるまで殴り返さないんだ」

「殴られるまで? この国のトップは、馬鹿なのですか?」

「転生者が持ち込んだ思想のせいさ。この国は戦争を起こさないし、起こさせない。中には、酒を酌み交わせば侵略者とも分かり合えるとのたまう奴までいる」

「はぁ……。それはなんとも……」


 幸せな思考回路ですね。

 が、クラーラの率直な感想でした。

 そんな思想など、侵略する側からすれば関係ありせん。

 戦争を仕掛けられれば迎撃くらいはするのでしょうが、仕掛ける側からすれば、殴られるまで抵抗すらしない相手などカモ。

 もし、自分が侵略する側なら、初手で政治の中心都市に神話級魔法を撃ち込んで、指揮系統の混乱を狙うとまで考えています。


「転生者の平和ボケに毒されたのさ。魔王が健在だった頃でさえ、この国は僕を送り出す以外のことはしなかったくらいだからね」

「滅ぼされていないのが、不思議に思える国ですね」

「八大龍王の守護があるのと、各知事がまともだからだよ。だから今回も、ヒミコさんは先手を打とうとしている」

「軍は動かせない。だから、異国の冒険者であるわたくしたちに、ゲンを迎撃させようとしている。ですか?」

「その通り。君、アワジで神話級魔法を使ったろ? それが、ヒミコさんの耳にも届いていたらしくてさ。彼女を久しぶりに訪ねるなり、君のことを聞かれたよ」


 たしかに、広域殲滅魔法ソドムやそれに類する神話級魔法を使えば、一国の軍隊と言えども物の数ではありません。

 ですが、自分に得がない。

 クラーラは早くトットリに行って探索をしたいのに、ツシマなんかへ寄り道などしたくない。と、顔に出すほど露骨に嫌がりつつも、だから自分にだけ、予めこの話をしたんだと察しました。


「察しが良くて助かるよ。クラリスはこの国の状況を聞けば、同情して安請け合いするだろう。だけど、君は違う。見合った報酬がなければ、動かないよね?」

「当然です。タダ働きなど、死んでも御免ですから」


 クラリスは自分が支払う対価については太っ腹なくせに、払われる対価に関しては無頓着です。

 故にタムマロが言った通り、この国特有の事情を聴けば、報酬など二の次で引き受けるでしょう。


「そう言うと思ったよ。だから、報酬は僕が支払う」

「ちなみに、何をですか? 一国の軍隊を相手にしろと言うのです。お金などでは、引き受けませんよ?」

「わかってる。僕が提示する報酬は、前金代わりとしてこの国に古くから伝わる神話級魔法と敵の指揮官の情報。成功報酬として、オークニヌシとは別の甦り話を教えるよ」

「これはこれは、なんとも大盤振る舞いですね」


 自分たちが求める情報はもちろんですが、国が戦争を仕掛けてでも手に入れようとする神話級魔法を前金代わりにくれるなんて、太っ腹すぎて裏の目論見があるんじゃないかと疑ってしまうほどの好条件。

 いえ、目論見があるんだろうと、クラーラは半ば確信しました。

 なぜなら、二人がこの旅を始められたのはタムマロのおかげ。

 ならば自分達のこの旅自体が、タムマロが彼女に会うためのもの。

 そんな想像が頭をよぎったクラーラは、タムマロに……。


「今でも、聖女様を愛しているのですか?」


 と、答えがわかっている質問を投げ掛けました。

 そして、タムマロは悲しげに微笑んで……。


「うん。今も昔も、彼女に首ったけだよ」

 

 と、かつて救えなかった一人の女性を思い出して、絞り出したようにか細い声で答えました。

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