第15話 その依頼、クラリスと…… /クラーラが引き受けました
わずらわしい。
面倒臭い。
迷惑。
どれほど不満を言葉で言い表そうと、自分の気持ちが晴れることはないでしょう。
そう思えるほど、タムマロに用意してもらった宿にクラーラを訪ねて来た、ヒミコの使いと名乗った女の一挙手一投足が、クラーラの神経を逆撫でしています。
「で! どうなんか! こん部屋で、タムマロ様とま、まぐわったんか!?」
「オオヤシマ語を全て覚えたわけではないので、あなたが何と言ったのかは全部聞き取れませんでしたが、言いたいことはわかります。その上で言いますが、無いです。有り得ません」
「じゃあ、なして布団が一つだけなんや!」
この国の民族衣装の一つであるミコ服に身を包んだ長い黒髪の女性は、この部屋の状況を見てクラーラとタムマロが男女の関係なのではないかと邪推したようです。
ですが、それはクラーラも口にも出しましたが有り得ません。
それはクラーラが、聖女と呼び慕う人以外の人間に興味がないからです。
あ、あと、役に立つと言う意味ではクラリスとマタタビもですか。
「すらごとゆわんで! タムマロ様ほど素敵な殿方と一晩ば共にして欲情しぇん女などおらん!」
「ここに一人いますし、他にも一人知っていますが?」
どうやらこの女性にとって、タムマロは恋愛対象……いえ、崇拝する相手のようです。
ならば、二人用の部屋に布団が一つしか敷いてない様を見れば、邪推をしてもしかたがないのかもしれません。
ですが邪推は邪推。
なのでクラーラは、自分の名誉のために誤解を解こうと……。
「それに、よくご覧なさい。連れがもう一人いるでしょう?」
「あん薄汚か妖猫族が何か? 妖猫族など、家畜以下ん存在……いや待って。妖猫族が一晩、タムマロ様と同じ部屋に? そりゃそれで許しぇん!」
したのですが、
どうやらこの女性は、妖猫族に並々ならぬ恨みを抱えているご様子。
「魔獣軍に、家族でも殺されましたか?」
「そん
「ああ、それは恨まれても……」
仕方がありません。
と、クラーラは続けようとしましたが、服を掴むマタタビの手が震えているのに気づいてやめ、代わりに、シルバーバインのキュウシュウ蹂躙の経緯を思い出しました。
かつて、クマモトに上陸したシルバーバインはキュウシュウを一直線に縦断しました。
迎撃を指示したヒミコや八大龍王たちは当初、キュウシュウ防衛の要であるヒミコを真っ先に殺害しようとしたのだと考えましたが、シルバーバインがハカタに攻め入るなり始めたのは民間人の虐殺。
ヒミコなど眼中にないとばかりに、殺して殺して殺しまくりました。
それ故に、種族以外共通するところがないマタタビではありますが、この女性……イヨからすれば、それだけで恨みの対象に成り得るのでしょう。
イヨがタムマロを崇拝しているのも、シルバーバインを撤退に追い込んだのがオオヤシマを発つ前のタムマロだったからでしょう。
「う、うちだって、お父ちゃんとお母ちゃんを目の前で殺されたニャ!」
「殺したとは言葉が悪か。駆除て言いんしゃい。なんなら、お前も駆除しちゃろうか?」
家族を目の前で殺された者同士が睨み合っているのを見て、クラーラは「ああ、これが、憎しみの連鎖というヤツですね。そう言う概念があるのは知っていましたが、実際に目の当たりにすると、なるほど、こういうことかと納得せざるを得ません」などと、他人事のような感想を頭の中で呟きつつ、このまま観察を続けるか、話を戻すかで悩んでいます。
そして、悩んだ結果……。
「マタタビ、あなたの気持ちはなんとなくわかりましたから、少し大人しくしていなさい」
「うぅ……わかったニャ」
「そちらも、わたくしに用があってきたのでしょう? ならばさっさと、用件を教えてください」
話を戻すことを選択しました。
ですがそれは、二人の睨み合いを眺めるのに飽きたわけではありません。
イラついてきたからです。
彼女は、クラリスが自分ではないと気づいたヒミコが寄越した迎え。
最初に寄越した迎えの間抜け具合に、イラだってきたのです。
クラリスの名を騙ったとは言え、自分ほどの魔術師と脳筋のクラリスを間違えるなど言語道断。
魔力量だけを見れば自分は魔術師とは程遠いですが、、知性の塊である自分と、無知、蒙昧なクラリスではまとっている風格も違う。
そう思うと、イラついて仕方がないのです。
「ク、クラーラお姉さま? どうして怒ってるニャ?」
「怒っていません。さあ、用件とは何です?」
「用件て言うか、迎えて言うか……」
「ならば、さっさと案内してください。わたくしの時間は、あなたたちとは比べ物にならないくらい貴重なのですから」
そんな問答の末に、クラーラはヒミコが待つ宮殿へと案内されました。
搾取の首輪でクラリスの魔力も吸えるようになりましたので、とりあえずは生きていることも確認できました。
それでも、もしかしたら拷問の一つや二つはされているかもしれないと思いつつ、案内された部屋へ足を踏み入れてみると……。
「クラリス、何をしているのですか?」
「見てわかんない? 食事よ」
部屋の
クラリスの周囲で山積みになっているお皿の量が尋常じゃないので、食事をしているのに何をしているか理解できなかったほどの惨状だったのです。。
明らかにクラリスの体積よりも多い量を平らげているのに、クラリスはどうして体形が一切変わっていないのでしょう。
食べて即消化し、て排泄しているからでしょうか。
と、思いはしても口には出さず、代わりに……。
「随分と、良い思いをしていたようですね」
クラリスの機嫌を探ることにしました。
何故なら……。
「うん! 最っ高だったわ! だから、あたしの名前を騙ったことは許してあげる♪」
「はあ、それはどうも」
それが、少し怖かったからです。
なにせ、クラリスにとって名前は宝。
どんな金銀財宝よりも価値があり、尊いと思っています。
咄嗟ではありましたが、その名前をクラリスの許可もなく名乗ったことに、クラーラは罪悪感を感じていたのでございます。
もっとも杞憂に終わったので、クラーラは上座に座る女性に視線を移して……。
「ところで、そちらの女性が……」
「そ、ヒミコさん。クラーラに頼みたいことがあるんだってさ」
ヒミコかどうかを確認しました。
さらに、自分を迎えに来たイヨがそばに控えたのを見て、彼女がただの使いっ走りと言うわけではないことも確認。
ちなみに、マタタビはクラリスの顔を見るなり飛びついて、「何かあったの?」と、不思議がっているクラリスに甘えています。
「イヨ、今度は間違いなかか?」
「はい、間違いなかとです」
「そうか。じゃあ、話ば始めるとしようか」
クラーラは、話の内容をタムマロから聞いて知っています。
なので、そう言えば無駄を省けるのですが、クラリスの様子を見るにあの子はまだ知らないと判断して黙っていることにしました。
「と、言うわけなんだが、引き受けてくるーか?」
ヒミコがした説明は、タムマロがした説明と同じでした。
違ったのは、報酬くらいですね。
ヒミコは報酬として、1000万円を提示しました。
クラーラはあらかじめ、タムマロから「たぶん、1000万円くらいが限界じゃないかな」と聞かされていたので平静を保っていますが、クラリスは眉をひそめました。
「……ねえ、ヒミコさん。一国の軍隊を相手にしろって割に、報酬がしょぼくない?」
「否定はしぇん。だが、これがわらわが支払える、限界ばい」
「オオヤシマの、お偉いさんなのに?」
「偉うてん、わらわの私財んほとんどはオオヤシマに統一しゃれた時に奪われとってな。こん1000万も、知事としてん給料ばコツコツ貯めとったもんや」
私財のほんとんどと、オブラートに包んで言いましたが、ヒミコが奪われたのは私財だけではありませんでした。
それは編み出した秘術や、先祖代々の土地。
統一の妨げになったとは言え、転生者たちは一国の女王だった者が有して守ってきたモノのほとんどを奪って、
纏う雰囲気は女王然としていますが、彼女のプライドは傀儡となった時に、粉々に砕かれたことでしょう。
「転生者どもは、力でわらわたちば屈服しゃしぇたくしぇに、力て言うモノば侮っとー」
「ですが、平和主義は良いことだと思いますが?」
「真に平和な世なら、な。だが今は、そん思想は則しとらん。むしろそん思想が、平和な世ば維持する足枷になっとー。やけん頼む。こん通りや。どうかこん国ば、救うてくれ」
ヒミコは、両手を床について頭を下げました。
イヨを初め、周りの人たちがざわついているのを見るに、彼女がああまでするとは誰も思っていなかったのでしょう。
もちろん、クラリスとクラーラも。
薄情と言えるレベルに淡白な性格をしているクラーラですら、元とは言え一国の女王に頭を下げられると心が動かされそうになっています。
クラーラがそうなのですから、クラリスの心は動くどころか、猛っています。
「あなたって、一国の女王様だったんだよね? なのにどうして、あたしらみたいな根無し草に平気で頭が下げれるの?」
「わらわん頭金一つで国が救えるんなら、安かもんや」
ヒミコのこの言葉が、決定打になりました。
すでにタムマロから、前払いで報酬を貰っていることを知らないクラリスに適当なことを言って逃げることも、クラーラは考えましたが、あんなことを言われたらクラリスがやる気になってしまう。
いや、もうなっていることを表情から察して、クラーラは諦めました。
そしてクラリスは、視線でクラーラに「やるよ」と言って立ち上がり……。
「良いよ。わかった。その依頼、クラリスと……」
と、言いました。
なのでクラーラは、ため息を一つついてから……。
「……クラーラが引き受けました」
と、続けました。
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