第10話 正直に言っちゃいなさいよ/あなたのせいで台無しです

 何をされたのか知らぬまま、クラリスが莫大な量の魔力を手に入れて早半年。

 クラーラも何故か一緒に、タムマロとクォン、アリシアが課す、魔物を相手にした実戦形式の修行を街の近くの荒野で続けていました。

 ですが、どうにも息が合わない。

 クラリスは近接戦が主なのに、クラーラが魔術を使いたがるため、呼ばれたら一々手が繋げる距離に戻らなければなりません。

 それが、クラリスからすればまどろっこしく、致命的な隙にもなっています。


「ねえクラーラ。どうしてあたしは、魔法が使えないの?」

「才能がないからです」

「いやほら、才能なんか努力と根性で……」

「どうにもなりません。あなたは、術式を組むために必要な魔法葉が機能していません。さらに、今は暴走しないよう、あなたの魔力に何重もの封印をかけていますから、魔道具を使う事さえできませんと、何度も説明したでしょう?」


 されはしましたが、自分が魔法を使うのが一番手っ取り早いので、口癖のようにクラリスは聞いてしまいました。

 なのに、クラーラはお決まりの塩対応。

 慣れはしても、散々ボコられた自分がフレンドリーに話しかけてるんだから、もうちょっと愛想良くしてくれても良いんじゃない? と、クラリスは不満に思っています。


「じゃあ、今日の訓練を始めるけど……良いかな?」

「良いよ。さっさと始めて」

「ちょっと、クラリスさん? 勇者様にその物言いは、失礼じゃないですか?」

「三流勇者が相手なら、これでも丁寧すぎるくらいよ」


 タムマロは魔王を倒した勇者。

 生きた伝説。

 魔王亡き後、この世界で最強の人間。

 それが、彼に対する世間の評価です。

 ですがクラリスに言わせれば、彼ははお姉さまを救えなかった三流勇者。

 世界なんてどうでもいいモノを優先して、お姉さまをたちの悪い病に罹らせて殺した罪人。

 死期を察して娼館を出たお姉さまを助けてと、泣いて懇願したのに彼ははお姉さまを救ってはくれなかった。

 その過去が固いしこりとなっているため、クラリスはタムマロに対して素直な態度が取れないのでございます。


「クラリスさん。始まりますよ」

「……わかってるよ」


 この日の訓練内容は、いつもの魔物相手の訓練とは違って二人対、クォンとアリシアのコンビによる決闘。

 戦力的にも経験的にも、完全に後者が上。

 特に、前衛であるクラリスとクォンの差が酷い。

 クラリスはクォンが創始し、完成させた『心意六道拳しんいりくどうけん』の全てを文字通り叩き込まれ、マスターしていますが、同じ技でも威力が全く違います。

 特に今は、クラリスはクラーラに欠けられた封印のせいで全く気を使えませんし、経験に埋められないほどの差があるので、技を使うタイミングもクォンの方がはるかに上手いのです。


「こうやって手合わせするのは久しぶりかのぉ。クラリス」

「そうね。できれば、怪我しない程度に手加減してほしいんだけど?」

「すると、思うか?」

「ううん、全く思ってない」


 軽口を叩きながらもクラリスは、クォンをクラーラに近づけさせないようにしなければと考え、一歩踏み出しました。

 ですが、クラーラは……。


「初手で神話級魔法をぶっ放しましょう。それで終わりです」


 協力する気は皆無。

 そもそもクラーラは、この訓練に意義を感じていない。無駄だとさえ思っています。

 クラーラは自分の魔法に自信があるが故に、慢心していました。

 クォンの実力を知らないクラーラは、ストックスペルでさえ発動する前に懐に入り込まれ、呑気に詠唱などしようものなら。を始めた途端に殴られて終わりだと想像がつかないのです。

 だからどうしても、クラリスがクォンを食い止めなければならないのですが……。


「さあクラリス、手を」


 クラーラは全く理解していません。

 開始の合図はまだですが、二人が手を繋ごうとしたら、その瞬間にクォンは踏み込んでくるでしょうし、アリシアも詠唱を始めるはず。

 だからクラリスは、開始の合図をタムマロがする前に……。


「突っ込んで先手を取る……か? それは良い判断じゃが、少々決断が遅かったのぉ」

「ちょっ……! まだ開始の合図は……!」

「あれだけ殺気を飛ばしておいて何を言う。この、馬鹿弟子が!」


 クォンは一瞬でクラリスの懐へ飛び込んで先手を取り、右拳による打ち上げ気味の打撃をクラリスへと放ちました。

 これは頭を左に振ることで躱しましたが、頭につられて左に体が伸びきってしまいましたし、咄嗟にクラーラを後ろへ突き飛ばしたせいで、クラリスは次の行動が取れません。

 当然、クォンはその隙を見逃さず、流れるようにスムーズな動作でクラリスのお腹に左の肘を打ち込みました。


「いっ痛ぅ……! さっそく左腕が逝っちゃったか!」


 クラーラを突き飛ばした反動を利用して戻した左腕で、クラリスはクォンの追撃をなんとか防ぎました。

 ですがその代償は大きく、漏らした悪態のとおり、左腕をへし折られました。

 しかもクォンは、躊躇も遠慮もなくクラリスに拳や蹴りを叩きつけ続けています。

 今はまだ、かろうじて防ぎ、躱せていますが、このままでは遅かれ早かれ……。


「遥かな昔、偉大な武人はこう言った。曰く、考えるな、感じろと」


 やられる。

 その想像がフラグになってしまったのか、防御が少し、ほんの少しだけ疎かになってしまいました。

 クォンはその隙を見逃さずに……。


「心意六道……巨神踏破きょしんとうは


 足の裏に気を集め、巨大な足を成し、踏み込みの動作そのものを技に昇華させた巨神踏破で、クラリスを地面にめり込ませました。

 そして、動けなくなったクラリスを見下ろして……。


「お前はもっと、馬鹿になれ」


 と、言い残して、クラーラの方へ視線を移しました。

 当のクラーラはと言いますと……。


「役立たず……」


 顔に浮かんだ侮蔑を隠そうともせずに、そう吐き捨てました。

 クラリスの行動はクラーラからすれば、自分の魔力タンクに徹していれば良いものを、自分を守ろうとして前に出て、あっさりと倒された間抜けとしか映らなかったのでございます。

 それでも、クラーラに抜け目はありません。

 突き飛ばされた一瞬の接触で魔力を吸い、魔術を三つほど発動……。


「あ、あら? どうして魔術が……」


 できませんでした。

 クラーラは確かに魔力を吸い、クォンに対して砂鎖拘束魔術サンドチェイン風拳魔術エーテルフィストを、アリシアに風鎖拘束魔術ウィンドチェインを放ちました。

 それで、無様に倒されたクラリスのそばに行く時間が作れたはずでした。

 なのに、どうしてだか魔術が発動しないのです。


「神具、アンジェリカの指輪。この指輪から半径200メートル以内で発動した魔術、魔法は、使用者の意志でキャンルできます。それに加え、口にふくめば透明人間にもなれるんですよ」


 クラーラの疑問は、すぐ後ろに突然現れたアリシアによって解消されました。

 解消はされましたが……。


「神具!? そんな物を使うなんて卑怯……!」


 神具と聞いて、クラーラの疑問は怒りに取って代わられました。

 なぜなら、神具とは古代魔法と同規模の奇跡を何のリスクも無しに行使できる、神が造りし道具。

 元を辿れば、それは転生者が神から与えられた転生特典。チートです。

 クラーラにしてみれば、それは反則と同じなのでございます。

 ちなみにですが、転生特典として与えられる武具や道具は、基本的に与えられた転生者にしか使えません。

 ならば、アリシアは転生者なのか? と、なりますが、所有者が死亡した場合、転生特典は扱うに見合った力を持つ者を、次の所有者とします。

 アリシアはタムマロとの旅の道中で、所有者不在で放置されていたアンジェリカの指輪と巡り合い、所有者と認められたのでございます。

 

「ではありません。あなたは実戦でも、同じセリフを言うつもりですか?」

「それは……」

「クラーラ。確かにあなたは、魔道においては私の遥か上を行きます。ですが、それだけです。高威力の術で吹き飛ばせば終わりなどと考えているようでは、全ての魔術、魔法を操れようと三流です」

「ですが、わたくしには魔力が……。魔石やクラリスがいないと……」

「それはわかっています。故に、あなたが短い時間で敵を倒そうとするのも理解しています。ならば、あなたは魔石がなくても、クラリスが手の届く所にいなくても術が使える方法を模索するべきでしょう? なのにあなたは、この半年間何もしなかった。クラリスの魔力を無駄に使い、魔法が使えるようになった自分に酔いしれていただけではないですか」


 アリシアの言ったことは正論。

 クラリスさえいれば好きなだけ魔術や魔法が使えるようになったのが嬉しくて、この半年は覚えている全ての魔術や魔法を使って使って使いまくりました。

 でもそれは、才能を持て余し、魔力もないのに魔術学院で飛び級し、首席で卒業したことで囁かれ始めた陰口にも堪えてきたクラーラからすれば仕方のない事。

 それらを我慢しなくて良くなったのですから、少しくらい酔っても良いじゃないですか。が、クラーラの言い分でした。


「その結果がこれです。あなたはクラリスが倒される前に、魔術で彼女を援護すべきでした。そうすれば、勝てないまでも互角に近い勝負はできたでしょう」

「それは、暗にわたくしの判断ミスだとおっしゃっているのですか?」

「そうです。クラーラ、あなたはもっと、頭を使いなさい」

「わたくしは……!」


 十二分に使っている。

 なのに、クラリスが言うことを聞いてくれないのが悪い。

 クラリスが勝手なことをせず、自分の言う通り完璧に動いてくれさえすれば何の問題もない。だから、自分は悪くない。

 そう思ってふくれっ面を晒してしまうくらい、クラリスを信用していませんでした。


「アリシアの嬢ちゃん。その言い方じゃあ駄目じゃ。この娘には、それじゃあ響かんよ」

「ですが……」

「こればっかりは、当人同士で解決する問題じゃよ。ほれ、クラーラの嬢ちゃん。馬鹿弟子を治療してやってくれんか?」

「わかり……ました」


 クラーラは言われるがまま、クラリスの元へと移動しました。

 するとそこには、想像以上に凄惨な光景が広がっていました。

 地面に刻まれているのは、巨人の足跡にしか見えない窪み。その底で、両手足を不自然な方向へ曲げたクラリスが寝そべっていました。

 呼吸をする度に咳き込んで、血を吐いていますので、内臓も痛めているでしょう。


「話には聴いていましたが、クォン様は本当に手加減しないのですね」

「手……加減、され……てるよ。だっ……て、ゴホッ」

「死んでない。ですか? ですが死にかけていますので、喋らないでください。今、治療しますから」


 クラーラはクラリスの右手を握り、上級治療魔術ハイ・ヒールを発動しました。

 近くで見ると、本当に酷い。

 それが、クラリスの怪我を間近で見たクラーラの感想でした。

 遠目では、骨折程度の怪我しか確認できませんでしたが、間近で見ると肉はあちこち潰れ、手足も所々千切れかけ、生きているのが不思議に思えるほどの負傷です。

 

「どうしてあなたは、そんなになってまで戦おうとするのですか?」

「お姉さまを、甦らせたいから」

「そのために、何度も何度もこんな怪我を?」

「怪我したくらいでお姉さまともう一度会えるなら、安いもんだよ」


 クラーラには、クラリスの考えが理解できませんでした。

 死にかけるレベルの怪我をする事を恐れないこの子の覚悟を、見習うべきなのかもしれないと思いつつ、効率が悪いとも思ったのです。

 自分ならもっと上手くやれる。

 タムマロが、マナの壺をクラリスではなく自分に与えてくれていればとも思い、いっそ奪ってやろうかとも考えました。

 ですがその考えは、クラリスの言葉でかき消されました。


「ねえ、クラーラ。あたしの魔力の封印、解いてくれない?」

「解いて、どうするのですか? また、暴走するかもしれませんよ?」

「かもね。でも、試してみたいことがあるの」


 クラーラは、クラリスが操気術の要領で魔力を制御するつもりなんだと察しました。

 そして瞬時に、それが可能であるかどうかを算出。

 結果はNO。

 クラリスでは、マナの壺によってもたらされる魔力の10分の1……いえ、100分の1も制御できない。そう、結論付けました。

 ですが、それは一人で制御しようとした場合です。


「そうですか。では、怪我が治ったら試してみれば良いです。暴走したら、わたくしが止めてあげますから」


 半分は、打算でした。

 魔力の制御を手伝うという名目があれば、今よりもずっと素直にクラリスが魔力を使わせてくれる。

 自分ですら制御しきれないかもしれない魔力のリスクをクラリスに押し付けたまま、自分は好きなだけ、ノーリスクで魔力を使うことができる。

 それが、打算の部分。


「うん、任……せた」


 そう言い残し、クラリスは安心しきった顔をして眠りました。

 もう半分は、これ。

 クラリスは道具としか思っていない自分を、妙に信頼しています。 

 クラーラにはそれが珍妙かつ興味深く、協力しても良いと思わせたのです。


 「ん? これ、もしかしてわたくしが、治療が終わったらこの子をおぶって街まで帰らなければならないのですか?」


 アリシアとクォンはもちろん、タムマロの姿も見えませんから、そうなるでしょう。

 そのことに気づいて、若干嫌気が差したものの……。


「まあ、重力遮断魔術ゼログラビティ小人召喚魔術カモンマイフレンズを使えばどうとでもなりますか」


 クラリスが寝ていようが、触れてさえいれば魔力は使えます。

 なので、運んでやるくらいは良いかと思いなおし、運搬方法より先に考えることがあると思いだしました。

 それは……。


「クラリスがそばにいなくても、魔力を得られる方法……」


 その方法に、クラーラは見当がついていました。

 それは奴隷商人が奴隷の反乱を防ぐために、生命力とも言い変えることができる魔力を奪うために着けさせている搾取の首輪。

 ですが、抵抗もありました。

 そもそも搾取の首輪は、奴隷が反乱を起こせない程度に魔力を奪えればいいので、精々初級魔術を発動できる程度の魔力しか奪うことしかできません。

 それが、クラーラには物足りない。

 実戦で使うなら中級、贅沢を言えば上級魔術を使える程度は欲しかったのです。

 

「そうなると、契約術式を組み込むしかないのですが……」


 契約術式とは、魔術の効果を劇的に強化するための増幅機能。

 ですが契約なので、当然ながら比例した対価が必要になります。

 賢者と呼ばれるほどの魔術師ならばともかく、並の魔術師では持てる魔力を全て使っても構築すらできない上級魔術を使えるほどの量となると……。


「わたくしも、命をかけるくらいの覚悟がないと……」


 無理なのでございます。

 契約として術式に組み込むのなら、首輪をはめている者のどちらかが死んだ場合、もう片方も死ぬと言うのが落としどころでしょうか。

 問題は……。


「クラリスが、それを受け入れてくれるかどうか……」

「良いよ」


 だったのですが、クラリスは内容も知らないのに快諾しました。


「あら、起きていたのですか?」

「あんだけ、そばでブツブツ言ってたら、寝てらんないよ」


 平静は装ったものの、クラーラは混乱しています。

 どうしてこの子は、自分を信じられる?

 何をされるのかも、どうなるのかもわからないのに、どうして身を任せることができる? と、態度には微塵も出さずに疑問を繰り返しました。  


「それは申し訳ありません。ですが、何が「良いよ」なのですか?」

「何か、あたしにするんでしょ? そうすれば、クラーラはあたしがそばにいなくても、魔法が使えるようになるんじゃないの?」

「そうですが……その「何か」の内容も聞かずに、どうして良いよなんて言えるのです?」

「だって、クラーラはあたしの相棒じゃん」


 クラリスの答えが、クラーラの混乱に拍車をかけました。

 自分とクラリスが相棒?

 クラーラはクラリスがいないと、中級までの魔術(魔石を消費して)しか使えませんから、クラーラにとってクラリスは相棒と言えます。

 ですが、クラリスにメリットがありません。


「あ、その顔、理解してないでしょ」

「いえ、理解はして……」

「ない。じゃあ、言い方を変えたげる。あたしとクラーラは、友達でしょ?」

「友……達?」


 そっちの方が、クラーラにはわかりませんでした。

 クラーラは、クラリスを道具くらいにしか思っていません。

 その前だって、何度も何度も半殺しにしました。

 そんな自分を、どうしてクラリスが友達と言ったのかが、クラーラの頭は理解してくれませんでした。


「あれ? 泣くほど嬉しかったの?」

「は? 何を言っているのですか? わたくしが泣くわけ……」


 ない。と、思いつつも空いている左手で頬に触れてみると、本当に涙が流れていました。

 クラーラには、住んでいる教会にも学園にも、友達と呼べる人はいません。

 いえ、誰とも友達になろうとしませんでした。。

 自分よりも劣っている人と友達になっても、意味がない。メリットがない。

 今までそうして来たクラーラにとって、クラリスの打算無しの言葉は凶器でした。

 ですが、その凶器は……。


「ほらほら、嬉しかったんでしょ? 正直に言っちゃいなさいよ」

「黙らないと治療をやめますよ。でもまあ、あなたのせいで台無しです。とだけ、言っておきますか」


 クラーラの心に傷をつけ、今まで感じた事のない感情をクラーラに与えました。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る