第8話 甘かった……

 全身を襲う痛みでクラリスが目を覚ますと、まずベッドの上で寝かされていることに気が付き、次いで、どれくらい寝てたんだろう。と、疑問が頭をよぎりました。

 そして、お姉さまを侮辱し続けているあの像に堪忍袋の緒が切れて、ぶっ壊してやろうと娼館を飛び出したのが昼過ぎ。だけど、窓の外は真っ暗だから軽く5~6時間かな。と、結論付けました。

 ですが、疑問が解消されると同時に……。


「あたし、アイツに……」


 クラーラがどこの誰なのかを、この時のクラリスは知りません。

 ですが、同年代の子供に意識が無くなるまで痛め付けられた事実が、ただでさえ低いテンションをさらに低くしました。

 救いがあるとすれば、クラーラの格好と魔術を使ったことから、魔術学院の生徒だと想像できたこと。

 そんな歳でそこへ入学できるということは、相当の天才か天贈保持者ギフトホルダーですからね。

 なので、天才が相手では女将さんに格闘術を習い始めたばかりのあたしじゃ、ボコられて当然か。と、自分を慰めることができたのです。

 それでも……。


「悔しそうだね。クラリス」


 ええ、歳が近い奴に喧嘩で負けたのが悔しい……と、心の中で答えて、ベッドの横から聞こえるこの声の主の存在に初めて気づきました。

 そして、それが誰なのかにも。


「タムマロ? どうしてこんなところに?」

「君に会いに来たんだ。って、言ったら喜んでくれるかい?」


 タムマロは、さわやかな笑顔を浮かべてそう言いましたが、クラリスは心底嫌そうに顔を歪めました。

 そして……。


嘔吐へどが出るから、とっとと帰れ三流勇者」

「君の治療が終わったら、そうするよ」


 悪態をつきましたが、タムマロはどこ吹く風と言った態度で、クラリスの胸元へ視線を落としました。

 クラリスも、タムマロの視線を追うように視線を移すと、その先から体全体へ暖かい淡い緑色の光が広がっていました。

 タムマロは、クラーラに半殺しにされたクラリスをここまで運び、今まで治癒魔術をかけ続けてくれていたのです。

 ですが、そこであることに気づきました。

 あたし、服を脱がされてない?

 うん、脱がされてる。

 上から下まですっぽんぽんだわ、と。


「この、ロリコン」

「治療のためだよ。それに、金は払っているんだから、文句を言われる筋合いはない」

「あるわよ。だってあたし、水揚げ前だもん」

 

 と、言いつつも、クラリスはタムマロの前で今さら恥ずかしがったりしません。

 なぜなら、タムマロがクラリスを買うと言う名目で部屋に居座るのは、今回が初めてではないからでございます。

 

「まだ、この部屋から出ていかないのかい? 彼女から貰った金も、もうすぐ尽きるんじゃないか?」

「アンタが定期的に買ってくれるから、15になるまでは余裕よ」


 クラリスが暮らすこの部屋は、彼女が世話になっているこの娼館でもトップ3しか使えない部屋の一つ。

 かつて、彼女がお姉さまと呼び慕っていた人物が使っていた部屋です。

 本来なら、そんな部屋に水揚げ前のクラリスが居座ることなんてできません。

 彼女がそうしていられるのは、娼館の経営者である女将さんの厚意と、元部屋の主がクラリスに残したお金。そして、タムマロがクラリスを買うと言う名目で払っているお金のおかげでございます。


「どうして、15までなんだい?」

「あたしが、ガキだからよ」


 二人が育ったブリタニカ王国では、15になったら成人と認められ、仕事に就くことができます。

 当然、冒険者登録だってできます。

 だからクラリスは、15になったら冒険者になって、お姉さまを甦らせる方法を探す旅に出るつもりなのでございます。

 それまでは、旅で必要な知識や技術を学びまくる。

 ですが目下のところ、一番の難題は……。


「ねえ、三流勇者。お願いがあるんだけど」

「なんだい?」

「アンタって、腐っても魔王を倒した勇者でしょ? なら当然、強いのよね?」 

「まあ……ね」

「だったら、あたしに戦い方を教えて」


 自分は弱い。

 同年代の子供魔術師に半殺しにされる程度では、旅に出たって1ヶ月ももたない。

 故にクラリスは、憎んでいると言っても過言ではない彼に、頼んだのでございます。


「君は、女将さんから色々と習ってるんじゃなかったのかい?」

「それじゃあ、足りない」


 タムマロが言った通り、この頃のクラリスは女将さんから色々と仕込まれていました。

 読み書きや算術。

 客の悦ばせ方や、自分が楽しむ方法。

 そして、女将さんが若い頃に培った戦闘術。

 ですが、女将さんの戦闘術は暗殺を前提としていました。なので、、正面切っての戦闘ではあまり役には立たない。全然、足りないと、クラリスは判断したのでございます。

 

「わかった。だけど、君のギフトの性能なら、僕よりも打ってつけの人がいる」

「誰?」

「武神、クォン・フェイフォン老師さ」


 その名前を聞いて、クラリスはなるほどと、納得しました。

 くだんのクォン・フェイフォンは、タムマロの元パーティーメンバーで武を極めたとまで言われている武闘家。

 100歳近い老人ですが、その武名はブリタニカ王国や周辺諸国に留まらず、遠く極東の地まで鳴り響いています。

 ですが、クラリスが納得したのはクォンが有名だからではありません。


「甘かった……」

 

 クラリスは、クォンの年齢を聞いてヨボヨボのお爺ちゃんだと思い込み、そんな人が扱う拳法なら、ギフトで覚えてしまいさえすれば、女でオマケに子供な自分でも十分扱えると、甘く考えてしまったのでございます。

 その甘い考えは、クォンと引き合わされるなり吹き飛びました。

 彼を一言で言い表すならガチムキ。

 禿頭で白い髭を伸ばしていなかったら、老人だとわからないくらい筋骨隆々だったのでございます。

 そんな彼と、怪我が治ってから引き合わされるなりクラリスはフルボッコにされました。

 下手をしたら、クラーラに半殺しにされた時よりも酷く。


「クォン老師。やりすぎでは?」

「手加減はしておる。その証拠に、生きておるではないか」


 さすがに、初日からここまですると思っていなかったのか、クラリスに治癒魔術を施しながらタムマロは苦言を呈しました。

 当のクラリスは、痛すぎてどこが痛いのかもわからず、二人の会話に耳を傾けるのが精一杯です。

 

「で、どうですか? 彼女は」

「動体視力も、柔軟性も反射神経も良し。素早さだけならワシ以上。故に、見込みはある。この娘が、お主が言った通りのギフトを持っておるのなら、油断さえせねば、中級の冒険者程度なら鼻歌交じりで殴り殺せるくらいになっておるじゃろう。じゃが、それ止まりじゃな」

「それは、どういう……」

「言わずとも、一目瞭然じゃろう。女だからじゃよ。この娘がいくら鍛えようと、上級以上の男には勝てん」

「老師、それは……」

「性差別だ。とでも、言いたいのか? それはお門違いじゃ。ワシが言っておるのは、生まれもった性別による体の性能差。事実でしかない。何事にも差は生じるのに、何も考えず、差別だと言って現実逃避するのはただの馬鹿じゃぞ?」


 悔しいけど、それは認めるしかない。

 自分がどれだけ体を鍛えようと、単純な筋力だけでもそこらの男にすら届かない。

 と、クラリスは事実を、真摯に受け止めました。

 もっとも、傷が癒えて痛みが引いてきた副作用で、睡魔に襲われ始めた頭で、ですが。


「この娘も、お前の探し物の一つであろう? あと、いくつだ?」

「ほんの一週間前に、ひょんな事から一つ見つかりましたので、あと二つです。一つは、在処ありかに目星がついています。情報すら得られていないのは、『奪ったギフトを譲渡するギフト』ですね」

「そんなギフトが存在するのか? 仮に存在するとして、お前はそれをどう使う」


 いや、使い物になんないでしょ、そんなギフト。

 だって、他人から奪ったギフトを他人に渡すだけのギフトなんでしょ?

 ギフトなんだから当然、奪ったギフトは自分で使えない的な欠陥があるはず。

 そんなギフトを手に入れたところで、タムマロには何の特もないじゃない。と、微睡まどろむ頭で考えていたクラリスを見つめながら、タムマロは……。


「それはまだ、秘密です」

 

 と、睡魔が蜘蛛の子を散らすように霧散し、背筋を凍りつかせるような笑顔を浮かべながら、言いました。

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