第5話 この変態!/ 変態はあなたです!

 温泉。

 それは、地中から湧き出るお湯を利用した入浴施設や、それらが集まった街で楽しめる天然のお風呂。

 ブリタニカ王国でも、週に何度か公衆浴場で入浴する習慣はありましたが、こんな真昼間、しかも露天風呂と呼ばれる、屋外の浴場に入るのは、二人にとって初めての経験です。


「あぁぁ……。疲れが抜けてくみたい」

「同意します。外で入浴するなどと言われた時は正気を疑いましたが、これは良いものですね」


 タカマツの娼館で大した情報を得られなかった二人は、シコクのエヒメ地方のマツヤマ。その温泉街である、ドーゴ温泉を訪れています。

 なんでもここは、数百年前の大災害以前から続いている(と、この街の人たちは信じている)由緒正しき温泉街で、エヒメ地方最大の風俗街でもあります。

 娼館育ちのクラリスは不思議に思わなかったようですが、クラーラは育ちが良い(と、本人は思い込んでいます)ので、度肝を抜かれていました。

 まあ、それも致し方ないこと。

 なぜなら二人が取った旅館のすぐ裏に、娼館が乱立しているのです。

 しかも、親子連れも旅行を楽しんでいる温泉街のすぐ裏にです。

 迷い込んだ親が、子供の両目を塞ぎながら回れ右をする様を見た時は、「そりゃあ、この光景は子供には見せられませんよね」と、クラーラは思わず呟いていました。


「ところでさ。どうして、娼館に泊まらなかったの?」

「タカマツで懲りたからです」


 タカマツの娼館に泊まった際、周りの部屋から聞こえてくる嬌声がうるさくて、クラーラはろくに眠ることができませんでした。

 それに加え、他人の喘ぎ声で発情したクラリスに何度も襲われかけて、体力的にも消耗してしまったのでございます。

 だから今回は、体を休める意味合いもかねて旅館を選択したのです。

 なのに、クラリスは……。


「……クラーラ。背中、流そうか?」

「湯船に浸かる前に洗ったので、結構です」


 隙あらば、クラーラを襲おうとします。

 そんなクラリスと一緒に入浴するなど自殺行為なのですが、彼女は魔術で拘束しようが力任せに抜け出して着いて来るので、クラーラは諦めたのです


「まあ、そう言わずに」

「嫌です。だってあなた、余計なところまで触るじゃないですか」

「だって、触りたいんだもん。オッパイ揉みたい!」

「だったら、娼館に行って娼婦を買えば良いじゃないですか。そのために、お小遣いをあげたでしょう?」

「やだ。好みの子がいなかったんだもん」

「そうですか? あなた好みの綺麗どころが、揃っていたように見えましたが?」

「あのねぇ。あたしは毎日、お姉さまには全く及ばないけどボンッ! キュッ! ボン! で、そこそこ美少女なクラーラを見てるんだよ? しかも今日は、一糸まとわぬ全裸のクラーラが目の前にいるの。なのに、一山いくらの娼婦程度で満足できるわけないでしょ! それにね、娼婦って抱いても面白くないの。馬鹿な男は騙されるでしょうけど、感じてるフリなんて娼婦の基本スキルだから。9割演技だから! あとさ、娼婦って恥じらいがないのよ、恥じらいが。こちとら嫌がる女の子を無理矢理犯すのが好きなのに、恥じらいが皆無だし犯され慣れてるから面白くもなんともない! ハッキリ言って、娼婦を買うのは馬鹿な男だけよ!」

「あなた、娼館育ちでしたよね?」


 なのにどうして、そこまで長々と娼婦をこき下ろせるのですか?

 と、クラーラは疑問に思うと同時に、あきれてしまいました。

 ですが、性癖がねじ曲がっているのは置いておくとして、クラリスが言ったことは半ば事実でもあります。 

 要は、酒場や食堂などで働くと、裏側を知っているせいでその店で食事をしたくなるのと同じ心理です。

 恥じらいがどうとか言っていたクセに、クラリス自身に恥じらいが皆無のは、この際無視いたしましょう。


「だからクラーラ。オッパイ揉ませて」

「お断りします」

「そこを何とか」

「絶対に嫌です。自分のを揉めば良いじゃないですか」

「自分のを揉んでも、気持ちいいだけで面白くはないの。だからお願い。ちょっとだけ。ね? その、恥ずかしがり屋の先っぽだけでも良いから」

「それ以上、わたくしの胸について何か言ったら、茹で上がるまでここに拘束した後にぶっ殺しますよ」


 脅しても、クラリスに諦める様子はありません。

 今も物欲しそうな目でクラーラの胸を視姦しながら、股ぐらに右手を突っ込んで弄っていますし、魔力も目に見えるほど漏れています。

 ならば。と、クラーラは……。


「わかりました。もう金輪際、あなたの無駄毛処理はやってあげません」

「ちょっ……! どうしてそうなるの!? 困るよ! あたし、手も足も丸出しなんから!」

「あんな布切れを帯で締めただけの痴女一歩手前のスケベ服ではなく、袖がある物を着れば良いじゃないですか」


 クラーラは不本意ではあるものの、それ用に術式を組んだ風と水の混成魔術、『全身剪毛魔術フルフロンタル』を使って、クラリスの無駄毛処理をしてあげているのです。

 ちなみにこの魔術、体格に応じて範囲を設定しなければならないので少々面倒なのですが、情報収集のために娼館を訪れる都合もあって、二人の路銀稼ぎに一役買っています。

 理由はまあ、察してください。

 ちなみに、一回3000円で全身を隅から隅まで産毛一本残さずツルツルにしますので、非常にリーズナブルです。


「やだ! そんなのエロくないじゃん!」

「は?」

「わっかんないの? ほら、あたしってお姉さまには遠く及ばないけどそれなりに美少女じゃない? そんなあたしがエロ可愛い格好をしてるとか最高じゃん。鏡を見るだけで三回はイケるよ!」

「ちょっと何言ってるかわかりません」


 と、クラーラは口に出すほど呆気にとられてしまいました。

 クラーラはクラリスが露出症をこじらせていて、たまに下着を着けずに跳んだり蹴ったりしているのは知っていますし、露出を楽しむためにあんな服装をしているのも知っています。

 ですが、自分の姿にまで興奮する自信過剰な変態とまでは思っていなかったのでございます。


「それに、クラーラのアレって気持ちいいの。全身を隈無くまな愛撫あいぶされてるようで最っ高に気持ちいいのよ。ここだけの話、アレだけで5回はイってるから」

「知りたくありませんでしたよ、そんな嫌すぎる事実!」


 クラリスは無駄毛処理をされている間は、妙にビクビクと身体を小刻みに震わせながらも、感じていると悟られないようにしていました。

 これは娼館で育った弊害でしょうか。

 朝から晩まで、男女が淫らに交わっている環境で育ったせいで、時も場所も選ばず、かつわきまえずに欲情してイキまくる性欲魔神になったのだとしたら、ある意味娼婦への風評被害になりかねないような気がいたします。


「だからお願ぁい。もうしないなんて言わないで? ね?」

「いいえ。金輪際、あなたの無駄毛処理はやりません」

「それ困る!」

「困る必要はありません。なぜなら……」

「え? ちょっ……! これ、水鎖拘束魔術ウォーターチェイン!?」


 半分正解。

 クラリスを大の字で吊し上げたそれは、水鎖拘束魔術をベースに通常の10倍近い魔力を込め、魔力封印の術式を加えた、対クラリス用の封印拘束魔術です。

 黄金聖女を使われたらさすがに拘束し続けられませんが、現状はこれで十分。

 そして、クラーラが右手に産み出したのは……。


「み、水のむち? まさか、それであたしを……」


 水鞭魔術ウォーターウィップに、とある術式を加えたもの。

 それで今から、クラリスを……。


「折檻します。ですが、安心してください。二度と無駄毛処理などしなくて良いようにしてあげますから」

「しゃ、洒落になんないよ! だってこの鎖、あたしの魔力を封じてるよね!? そんな状たぃぃだぁい!」

「痛いでしょうねぇ。黄金聖女を使わなくても並みの戦士以上の防御力があるあなたは、普段なら痛みなど屁でもありません。なのに、魔力を封じられた状態でこんな風に鞭で打たれた……っら!」

「ぴぎぃぃぃ!」

「あらあら、豚みたいな声をあげてどうしたのですか?」


 ああ、快っ感!

 と、心の内で思い、感じながら、クラーラは鞭を振り続けます。

 鞭で打つ度にクラリスは無様な悲鳴をあげ、その白い肌には痛々しいみみず腫が増えていく様が、クラーラに言い様のない快感を与えます。

 ですが、クラーラはちゃんと約束を守っています。

 あのウォーターウィップには、細かな水流で無駄毛を絡めとり、引っこ抜く術式が加えてあるのでございます。

 なので、みみず腫になったところには産毛すら残っていません。


「うぅ……。もう、やめて……。堪忍してぇぇぇ! なんかブチブチ言ってるの! 叩かれると同時にブチブチ言ってるからぁぁぁ!」

「わたくしがやめてと言っても、あなたはやめてくれないでしょう? だからやめません。あなたの全身が赤く腫れ上がるまで、打って打って打ち続けます!」

「やだぁぁぁ! 痛いのは嫌ぁぁぁ! いい加減にしないと、あたしも実力行使するよ!?」

「やれるものなら、やってみなさい」

「あ、言ったね? あとで謝ったって、絶対に許してあげないんだから! この変態!」

「変態はあなたです!」


 それからクラーラは、黄金聖女状態になって拘束から逃れたクラリスとガチバトルを開始しました。

 結果はダブルノックアウトに終わり、しかも旅館を半壊させたせいで追い出され、修理費まで請求されてしまいました。

 ちなみに修理費は、偶然にも・・・・近くの宿に泊まっていたタムマロに押し付けました。

 何故ならクラーラは、彼がいつも腰につけてる革袋に不必要なほどの額を入れて持ち歩いてるのを、知っていましたから。

 

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