第4話 行かない? / ええ、行きましょう

 さて、今回は余談から入らせて頂きます。 

 この世界には『天贈物ギフト』と呼ばれる、転生者の転生特典にも引けを取らない異能、異才を持って生まれる『天贈物保持者ギフトホルダー』と呼ばれる人たちがいます。

 ですがこのギフト、転生特典とは違って必ず欠陥があり、強力なモノになればなるほど欠陥も大きくなります。

 天は二物を与えず。と、言うやつですね。

 最たる例が、この物語の主人公の一人であるクラーラ。

 彼女は、一目見ただけで全ての魔法、魔術の仕組みを理解し、本来なら数十人、数百人の魔術師で発動する神話級魔法ですら一人で、しかも複数同時に使用可能とする、『魔道の極みリプロダクション』と名付けられたギフトを持って生まれました。

 ですがご存じの通り、彼女の魔力は人並み以下。当然ながらギフトは意味を成さず、宝の持ち腐れでございました。


「クラリス!」

「わかってる!」


 二人が対峙し、タカマツの住人が龍神様と呼び、うやまっているドラゴンは、いにしえの神の名を冠し、オオヤシマを守護している八大龍王の一角。

 名を、『海龍王 ワダツミ』と申します。

 そのワダツミが噛みつこうとしたのを察知したクラーラがクラリスの拘束を解いたのと同時に、クラリスはクラーラを抱えてワダツミのあぎとを回避しました。

 二人ではなく、地面を咀嚼そしゃくする羽目になったワダツミは、あの口でよく出来るわねと言いたくなるほど器用に、「ペっ! ぺっ!」と土を吐き出しながら、二人を睨んでいます。


「その移動速度と魔力、人とは思えぬな。小娘、貴様何者だ?」

「人より、ちょっとだけ魔力が多いだけの冒険者よ」

「ちょっとだと? その潜在魔力量は、そこのタムマロがかつて倒した魔王に比肩するほどだが?」


 お、さすがは上位竜、鋭い。

 くらいにしか、クラリスは思わなかったようですが、ワダツミは魔王軍と何度も戦い、姿こそ見なかったものの、魔王の魔力をわずかながらも感じた経験から導きだした確信に近いものです。

 

「クラーラ、伝説級の準備をしといて」

「……あなたでも、奴の鱗は貫けないと言うことですか?」

「魔力全開で殴ってワンチャン。って、感じかな。そんな賭けに出るくらいなら……」


 クラーラに、伝説級魔法を使ってもらう方が確実。

 それゆえにクラリスは、クラーラを降ろして、盾になるようワダツミとの間に立ちました。


「その装備を見るに、貴様は武闘家だな?」

「そうよ。だったら、何?」

「我は、こうする」


 言うなり、ワダツミは縮み始めました。

 いえ、縮むだけでなく、形も変わっています。具体的に言うなら、人の形へ。


「貴様が武闘家ならば、これで相手をしよう」

「ああ、そういうことね」


 形が変わりきったワダツミは、元はドラゴンですと丸わかりな特徴を持った、筋骨粒々とした巨漢になっていました。

 クラリスが武闘家みたいな装備だから合わせたと言うよりは、同じ武闘家として手合わせしようとしてると言った感じでしょう。

 ですが、彼の姿がヒト型になるなり、野次馬たちがどよめき始めました。

 その理由は、一言で言うならデカイから。

 体もですが、その股間に生えてる一物いちもつが男を知らない女には恐怖を感じさせ、男には敗北感と羨望を抱かせ、男を知っている女には期待と興奮を与えるほど、大きかったからでございます。

 クラリスは、育ちのせいで見慣れてるので平気ですが、教会育ちのクラーラには刺激が強かったらしく、可愛い悲鳴をあげながら両手で顔を覆ってしゃがんでしまいました。


「ワダツミさん。服くらいは、着た方がいいと思うよ?」

「何故だ?」

「何故って……ほら、その二人は女の子だし、野次馬にも女性がけっこうな数いるからさ」

「ふむ、人間とは面倒だな。我の体に、恥じるところはないのだが……」


 と、言いつつ、ドラゴンは体を魔力の帯で包んで、胴着のような服を自分に纏わせました。

 なるほど、魔力で服を作ったのね。

 と、クラリスは感心し、クラーラもそこだけは興味があったらしく、ドラゴンが服を作る過程をしっかり見ていました。

 もっとも、野次馬の女性陣からは、あからさまに残念そうな吐息が漏れましたが。


「さて、では仕切り直そうか、小娘」

「か弱い美少女であるあたしを、そのゴツい拳で殴る気?」

「か弱い? 冗談を言うな。身のこなしを見れば、貴様が達人レベルの武闘家だとわかる。それに加えてその魔力だ。本気で戦うのは、当然であろう?」


 ドラゴンの癖に、考え方が人間に近い。

 と、クラリスは感心し、同時に、面倒なことになったと心の中で舌打ちをしました。

 クラリスが扱う拳法の特性を考えると、あのままデカイ図体でいてくれた方が攻撃も読みやすかったですし、当てやすかったからでございます。

 それでもクラリスは……。


「あたしも、本気でやらなきゃね」


 気持ちを切り替えて、構えました。

 クラリスは、タムマロのかつてのパーティーメンバーだった武闘家から、手解きを受けています。

 なので、ゴールデン・クラリスを使わなくとも、そこらの自称武闘家などとは一線を画すほど強い。

 ですはそれは、あくまで人が相手の場合。

 身体能力に加えて攻撃力、防御力ともに人間をはるかに凌駕し、詠唱なしで魔法と同じ影響を世界の及ぼす上位竜が相手では、黄金聖女ゴールデン・クラリスなしでは相手にもならないでしょう。

 なので、クラリスは体の内にある壺の蓋を開けるように……。


「魔力……解放! ゴールデン・クラリス!」


 昨日よりも多い魔力を纏って、ドラゴンに突撃しました。

 発動するなり、「ク◯リンのことかー! って、言いながら発動しろって何度も言ったのに……」とか呟いているタムマロは無視いたします。

 ですが、クラリスの右拳による初撃は、水流を纏わせたワダツミの左手で、難なく後方へ受け流されました。


「チッ! ドラゴンの癖に受け主体!?」

「八大龍王が一角、海龍王ワダツミ自慢の海流双掌舞かいりゅうそうしょうぶの妙、その身で思い知るがいい」


 クラリスは聴こえたおんに、タムマロから習った漢字を瞬時にあてがい、ワダツミの技の性質を回転する水を纏わせた両手で受け流してからのカウンターが主体だと予測しました。

 実際、初撃を受け流されると同時に蹴りを食らわされましたね。


「なら、捌ききれないほどの手数で……!」


 圧倒するつもりでした。

 ですが、100に届く数の拳打と蹴りはその全てを受け流され、カウンターをもらいました。

 しかも一発一発の攻撃が、上位魔術に相当するほど重いカウンターを。

 

「なんだ。こんなものか?」

「まだまだ。これからよ」


 ダメージは大丈夫。

 軽くはないけど、重くもない。このダメージは計算付く。

 クラリスのことを知らない赤の他人が、彼女が内心呟いたその台詞を聞いたなら、負け惜しみに近い自己弁護で自身を鼓舞しただけと受け取られたでしょう。

 ですが、それは負け惜しみではなく、クラリスの天贈物ギフトを発動するために必要な行為だったのです。


「こう……かな。うん、合ってる」

「貴様、それは我の!」

「そうよ。これはアンタが散々見せてくれた、海流双掌舞よ」


 もっとも、クラリスは魔法が使えないので、水の代わりに魔力を直接回転させました。

 

「貴様は天贈物保持者ギフトホルダーだと察してはいたが、そっち・・・が本来のギフトか?」

 

 余談ですが、彼の世界には『天贈物ギフト』と呼ばれる、転生者の転生特典にも引けを取らない異能、異才を持って生まれる『天贈物保持者ギフトホルダー』と呼ばれる人が稀に生まれます。

 ですがこのギフト、転生特典とは違って必ず、ギフトそのものか保持者のどちらかに欠陥があり、強力なモノになればなるほど欠陥も大きくなります。

 天は二物を与えず。と、言うやつですね。

 最たる例が、この物語の主人公の一人であるクラーラ。

 彼女は、一目見ただけで全ての魔法、魔術の仕組みを理解し、本来なら数十人、数百人の魔術師で発動する神話級魔法ですら一人で、しかも複数同時に使用可能とする、『魔道の極みリプロダクション』と名付けられたギフトを持って生まれました。

 ですがご存じの通り、彼女の魔力は人並み以下。当然ながらギフトは意味を成さず、宝の持ち腐れでございました。

 そしてそれは、クラリスも同じでございます。


「ええ、これがあたしのギフト。あたしは『痛みの代価モンキー・ミミック』って呼んでる」


 効果は、実際に目で見て体験した、自前の身体能力で再現可能な技術の習得。

 実際に身体で受けなければならない制約があるため、女で体格にも恵まれていないクラリスにとっては宝の持ち腐れでした。

 達人の突きなどを受けてしまったら、クラリスでは覚える前に死んでしまいますからね。

 それと、魔法の類いも習得不可。

 クラリスは脳内に術式を描くために必要な、魔法葉まほうようと呼ばれている脳の部位が機能していないのです。

 なのでどれだけ見ても、どれだけ体験しても、クラリスには魔法を覚えることができません。


に落ちた。貴様の魔力は攻撃や防御のためではなく、そのギフトを十全に使いこなすためのモノか」

「察しの良いドラゴンは嫌いだよ。でも、その通り」


 クラリスはどうやったか知りません。

 何をされたのかもわかりません。

 彼女の魔力は、力が欲しいと言った彼女にタムマロは与えたモノなのでございます。

 その力の正体は、タムマロが魔王を討伐する際、真っ先に奪った魔王の力の源。

 無限に魔力を産み続ける神具、『マナの壺』。

 それを、お姉さまを救ってくれなかったアンタを殺して、無惨な死をお姉さまに与えた神もぶっ殺すと言ったクラリスに、タムマロは与えたのでございます。


「ならば、採点してやる。かかって来い、小娘」

「言われなくても!」


 やってやる。

 と、クラリスは意気込み、ワダツミへの攻撃を再開しました。

 ですが、決着は着かないでしょう。

 実際、今もお互いに攻防を繰り返していますが、ワダツミの攻撃もクラリスの攻撃も、まとも入りません。

 さらに、ワダツミには余裕があります。

 師である武闘家、クォン老師の拳法の動きもミックスしているのに、クラリスの拳と蹴りは容易く受け流されています。

 クラリスが、全力なのにもかかわらずです。

 それは、ワダツミが竜族、しかも上位竜ゆえに、数百年は軽く生きているため、つちかったった研鑽けんさんがクラリスをはるかに上回るからでございます。

 その差こそが、ワダツミの余裕の正体です。

 

「うむ、90点をくれてやろう。だが、このままでは千日手だぞ? どうする、小娘」

「残りの10点はどこに行った……は、どうでも良いか」


 クラリスは思案しました。

 自分から距離を取ったのを見るに、ワダツミには自分を倒せる必殺技的なモノがある。

 それは十中八九、竜属最大最強の武器であるブレス攻撃。アイツは水属性だから水ブレスだと。

 クラリスをその結論に至らせたのは、以前、タムマロから「高圧をかけた水は、ダイヤモンドするら切り裂く刃になる」って教えられたから。

 それに加え、巨大な刃物で切り裂かれたように割れている地面や建物の惨状から、ワダツミのブレスはこの世の大半のモノを切り裂く大剣と同義と、結論付けました。


「クラーラ!」

我が手にするはWhat I get is鎧を切り裂き, Rip the armor盾を切り裂き、Cut through the shield,剣を切り裂くAn undefeated sword that cuts 無敗の剣。Undefeated sword.我を勝利へと導く、Lead me to victory,湖の乙女が鍛えしThe lake maiden trains and becomes無敵の聖剣なりan invincible holy sword


 クラリスの合図でクラーラが詠唱を始めると、クラリスの足元に魔方陣が描かれました。

 そしてその魔方陣は、クラリスの身体をなぞるように上昇し、掲げた右手で止まって、剣の柄へと変わりました。


「伝説級魔法まで使うとは、恐れ入った」

「勘違いしないで。この魔法を使ってるのはあたしじゃなくて、クラーラよ」


 通常、クラリスとクラーラが身につけてる搾取の首輪で吸える量の魔力で発動できるのは、現代魔術まで。

 それ以上の神話級魔法は、肌と肌を触れさせて直接受け渡しする必要があります。

 ですが、伝説級魔法はそのどちらとも違います。

 クラーラは術式を構築し、クラリスの身体に刻み込んで維持するだけ。

 そうすると、クラリスの魔力はクラーラの術式に自然と流れ込み、クラリスの合図と共に魔法が発動するのです。

 その一つがこれ。

 伝説に語られる英雄の武器を現代に再現する、クラリスとクラーラの二人だからできる伝説級魔法。

 その名も……。


「防御無視の切断魔法。エクスカリバー!」


 と、魔法名を唱えて発動し、クラリスは掲げた右手に握られた柄から、魔力で形成した白銀色の刃が伸びた剣に左手を添えて、切っ先をワダツミへ向けて構えました。

 戦闘中なので、タムマロが「おお、サンライズ立ちだ」とか言ってるのは再度無視いたします。


「アンタのブレスと、あたしとクラーラの聖剣。どっちの切れ味が上か、勝負といこうじゃない」

「面白い。その勝負、乗ったぞ小娘!」


 言うなり、ワダツミは上体を反らし気味に上を向き、胸部を大きく膨れ上がらせました。

 大上段からの斬り下ろし。と言った感じでしょう。

 そして、対するクラリスも……。


「魔力……全っ開!」


 上段に構えた聖剣に、さらに神話級数発分に相当する魔力を上乗せしました。

 すると、白銀の刃は形を保てず溶解し、天まで届く黄金の光に変わりました。

 クラリスがこれをやるのは、タムマロの卒業試験を受けた時以来でございます。


「くぅぅらぁぁぁえぇぇぇぇぇ!」


 クラリスが叫びながら聖剣を振り下ろすのと、ワダツミがブレスを吐くのは同時でした。

 ですがこの時点で……いえ、クラリスがエクスカリバーを発動した時点で、勝負は決していたのでございます。

 その剣は全てを切り裂きます。

 鎧も、盾も、剣も、この刃を遮ろうとする全てを切り裂く、防御無視の切断魔法なのです。

 だから、同規模の刃を同時に振り下ろそうと、鍔迫つばぜり合いにはなりません。

 あの聖剣は、ブレスごとワダツミを切り裂くでしょう。

 

「うむ! 見事だ!」

「チッ、避けられたか」


 結果は、ほぼ予想通りの形になりました。

 予想と違ったのは、ワダツミのブレスと左腕と、後ろの海を斬るだけで終わってしまったことです。


「タムマロ。この小娘どもが、貴様の新しい仲間か?」

「違うけど、君と戦ったその子は僕の弟子……」

「じゃない」

「みたいなものかな」


 さりげなく、あたしを弟子呼ばわりすんな。

 と、クラリスは内心憤慨しながら、「知り合いなんなら、戦いになる前に仲裁なりしなさいよ役立たず」と、クレームを入れました。

 元はと言えば、彼女たちの自業自得なのですが。


「その腕、大丈夫?」

「これくらい、ほっとけば生える。それよりタムマロ、その娘は……」

「うん。お察しの通りだよ」


 何の話をしている?

 二人して自分を見ていることから、自分に関する事を話していることくらいは、クラリスにもわかりました。

 この魔力のことを話しているのかと、勘ぐることも。


「酷なことを……。もし失敗していたら……と、貴様には言うだけ野暮だったな」

「うん、わかってたから・・・・・・・、そうしたんだ」


 そろそろ肝心なところを隠さずに、あたしにもわかるように話してくれないかしら。

 と、クラリスは思っても口には出さず、代わりに、クラーラの様子を横目で確認しました

 クラリスはオオヤシマ語がわかるから我慢できていますが、わからないクラーラが装備を整えつつ、イラついている気配を察したからでございます。

 いえ、イラついていると言う意味では、魔力を使いすぎたせいでお腹が空いたクラリスも同様でございました。

 それに加え、眷属を殺してしまったこともうやむやになりましたし、クラリスはこれ以上、タムマロの顔を見ていたくない。

 だからクラリスは、クラーラに「タカマツの娼館へ」と、言う意味を含めて……。


「行かない?」


 と、提案しました。

 そうしたらクラーラは、間髪入れずに……。


「ええ、行きましょう」


 と、即答しました。

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