第41話
いまだ混乱さめやらぬ委員長を連れて、全力疾走で街中を逃げ回っている。突如として襲いかかった暴漢は、どうあっても聖剣を自由に扱えず、かといって一般市民に怪我をさせられないという悲しき性分の俺では対抗できなかった。
そのせいであかりと白亜を連れ去られるという憂き目に。
それに、さっき口走っていたこと。今もなお追ってくる老若男女は口々に発している。「勇者ジン」、そして「魔王」。正気を逸している体の動き、反応。
また異世界絡みか。と歯軋りしたけど、すぐに違う俺のせいだと考え直す。
「え、ちょっと青井君?」
「喋るな委員長!」
まだ事態を把握できていない彼女には、説明している暇がない。どこか路地裏に入って誰もいないことをぐるりと見回して、一息つく。
「青井君、あの人達は誰なんですか?」
もう隠しておけない。この子をどれだけ傷つけるか。俺達の関係をどれだけ変えてしまうか。けど、それも甘んじて受けよう。
「なぁ、委員長。前に俺委員長のノート見ちゃったんだ」
なんのことやらだろう。? ときょとんとしている。
「そのノート、委員長の前世について書いてあったんだ」
「・・・・・・え?」
「前の世界で暮していたときのこと。部下のやつらのこと。そして、この世界に転生してきてから辛い体験をしたこと。そして、俺のことも書かれてあった」
え? え? え? と蒼白になりながらおたおたと慌てだす。
「俺も、委員長と同じだったからすぐにピンときたんだ」
体力が一時的に回復して、すくっと立ち上がり、手を翳す。光と共に出現した聖剣に目が眩んだのか、それとも遠い記憶の彼方にある忌々しい武器を目の当たりにしたのか、小さく呻いた。
「俺は青井レオンじゃない。勇者ジンだ。久しぶりだな、魔王」
あえて、かつての口調で名乗りを上げた。どこまで再現できているか、自信はない。
それでも、元クラスメイトの表情を転生前と同じく醜悪なものに変え、言葉も出せないショックを与えられたのは事実だ。
「俺は十六年前赤ん坊に転生した。多分同じタイミングだったんだろう」
「ど、う・・・・・・して」
「けど、俺はもう勇者としてじゃなくて一人の人間として生きようとしていた」
「どうして――――」
「君とも、できればただのクラスメイトとして接したかった」
「どうしてっっっ!!!」
ビリビリと振動が伝わってくるほどの絶叫は、どんな感情が籠められているのか。
「フーッ・・・・・・フーッ・・・・・・!」
歯茎まで晒しながら涙を流し、涙を流していることから快くはないのだろう。かつて同級生として割りきろうとした女の子の、魔王の片鱗を初めて見た。
「あいつらが誰なのか。どうして襲われているのか。それはわからない。少なくとも俺の意図ではないことはたしかだ。大切な幼なじみと友達まで攫われたんだから」
ギリ、と歯が軋む音が聞こえるようだ。
この子に、俺はなにを言うべきなんだろう。かつてはこの子を倒すことが使命だった。この子を殺したことに悔いはない。そんな子に、なにを伝えるべきなんだろう。
今でさえ自分勝手な欲望でこんな事態を引き起こしたというのに。
「俺は、君に委ねるよ。俺をどうしたいのか。どうさせたいのか」
もはやなにかを願うことすら、権利はない。
「う、うう・・・・・・! うううううううう・・・・・・!」
荒々しく何かが倒される。ゴミ箱と瓶箱が蹴りとばされ、踏みしだかれ、二人だけの時間に、侵入者が。さっきの暴漢の一部か。
「ユウシャ・・・・・・マオウ・・・・・・トウメツセン・・・・・・」
反応が遅れた委員長を引っ張りながら前にでる。聖剣を咄嗟に振るけど、触れる前にふわりと消えてしまった。虚しく勢いよく振られた腕は勢いをとめられず、横の壁にぶち当たる。そのまま聖剣の重みを失ったために体の重心もおかしくなって踏鞴を踏みながら鼻を擦った。
くそ、かっこ悪い・・・・・・。
「ユウシャ・・・・・・ユウシャジン・・・・・・」
数を増していく。さながらゾンビか、死霊か。涎さえ垂らし尊厳の欠片もない顔が、近づいてくる。
「こっち!」
ぐいっと襟に首がくいこんだ。強制的に立たざるをえなくなってましになったけど、委員長が俺を誘導しながら移動する。しかも歩幅も体格もお互い違うもんだから変なスピードになって転んでしまいそうだ。
この子は、俺をさっき助けようとした?
「なにをしているの私・・・・・・・・・!」
「委員長」
「呼ばないで!」
「魔王?」
「それもいやです!」
「サタ――――」
「谷島さんと新藤さんは?!」
「え、」
「あの二人はどこなんですか!?」
キッ! と睨まれるけど、さっきとはどこか違う。
「まずは、あの二人を助けることを優先します。あなたとのことはその後です」
どうしてそう納得したのか詳しく知りたいけど、今は甘んじよう。
「そうでないと・・・・・・・・・魔王としても神田川桃音としても納得できませんから! 勝ったってことになりませんから! 谷島さんと新藤さんを見捨てられないですから!」
「わかった。ありがとう」
本当だったら今俺は殺されても文句はいえない。なのにこの子は・・・・・・。
「お礼を言わないでください! 勇者のくせに魔王の私に! 今更!」
「ご、ごめん」
「大体我があれからどのくらいみじめだったか理解しておるのですか!?」
「すまん」
「貴様さえいなかったら妾の野望は成就してたのに! こんなことにもならなかったんですじゃよ!」
「そ、それな」
荒ぶっているのか。口調が魔王と委員長に行ったり戻ったりしてる。
「そもそも勇者だったらなに呑気にゲームの世界救ってるんだ! もっと他にやらなきゃいけないことがあるじゃろうに!」
「さ、さぁーせん」
「あなたは――――!」
軽快な着信音が流れて、一時中断する。ポーズで申し訳ない、と前例でアピールして、そしてかけてきた人物の名前に、心臓が鷲掴みにされた衝撃のままに携帯を操作した。
「新藤! お前今どこにいるんだ!?」
『ちょ、レオン! 今どこだし! ウチら今やべぇから! これ絶対魔王様の仕業だわこれ! それかあんたの仲間だし!』
「落ち着け! あかりは!?」
「あかりっちは女神の力のせいで消耗してっし、もう封印どうこうじゃねぇ! マジパねぇ!」
「とりあえず今のお前らの居場所――――」
いきなり携帯を取り上げられた。表情がすっと消えた委員長が抑揚のないかんじで、
「もしもし? 新藤さん? あなたも異世界からの転生者なの?」
『は!? あんた誰なの!? まさか魔王軍の仲間!? ならおひさ~~! チッスチッス~~!』
「魔王城の合い言葉は?」
『今日も元気に美しく! 人類皆家畜! 魔族以外全滅じゃああ! っしょ! あれ? でも合い言葉――――』
「魔王のおやつを定期的に盗み食いしてたのは?」
『別にあれ盗み食いしてたわけじゃねぇし! ただ実験に必要でウチが有効活用しただけだし! つぅか魔族の長のくせにおやつどうこうとか情けなさすぎっしょ! だから勇者ジンにまけるんだっつぅの!』
「貴様、ダークエルフであるか・・・・・・!」
ゴゴゴゴゴ、と明らかに殺意と怒気が。電話口からは気まずい沈黙。俺の知らない二人の思い出を強制的に聞かされてしまったけど、すっごい物騒な単語も混じっててゴクッと息を呑む。
『あ、あれ? もしかして・・・・・・?』
「我を忘れたか・・・・・・ウツケめ・・・・・・・・・」
『ひゅっ・・・・・・』
白亜が今どうなっているか。首を絞められたような間抜け面か、それとも蛇に睨まれた蛙そっくりか。どちらにしても容易にイメージできる。
「あ、あの・・・・・・今は二人がどこにいるか聞いたほうがいいんじゃ?」
ギュルン! と凄まじい勢いと鬼気迫る表情、「・・・・・・とおもいます」と付け加える。不承不承ながらも、投げつけられた携帯に代わって、白亜から現在地を示された。
そのまま二人で目的地へ。時折開いてしまう距離と、俺を気遣わしげにチラッとして、そしてなにかを決意して前を向いてと繰り返す。
ああ、もう俺達は同級生にも戻れないし友達にもなれないんだな、と改めて実感した。
「あなたとなんて、再会しないほうがよかった・・・・・・・・・」
そんな呟きも、胸がズキンと痛んだ。
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