第42話

 新藤が隠れ潜んでいたのは、学校の体育館だった。夜の学校はセキュリティがしっかりとしていて、一歩校舎内に踏みいり、ドアを開ければ警報装置が作動して警備会社や警察に通知がいく。


 本当にここにいるのか、と俺も委員長もさすがに侵入を躊躇ってしまう。催促のように携帯の通知音がポケットでピコンピコンと微振動を繰り返している。


「異世界じゃ勇者特権っていって民家だろうとどこでも入って漁っていたくせに」


 ボソッとした委員長の、聞こえるか聞こえないかの呟きは声量にふさわしくないほど俺の良心を苛む。


 いや、そっちはだいぶひどいことしてたからな?


「というかよく俺のこと知ってるな」

「監視をつけていましたから」

「監視?」

「動物です。魔法で一時的に視覚を共有していました。それを魔王城で記録し、蓄積していたのです」


 まじかよ。どおりで俺達の行動を先読みできていたはずだ。


「いこう」


 ここでジッとしていても意味はない。やや時間は空いてしまったものの、校門を飛び越えて反対側へ。委員長は落っこちそうになったのを咄嗟に支える。


「く、屈辱です・・・・・・勇者に助けられるなんて・・・・・・!」


 ブツブツと不満を漏らしながら、けど素直に払い除けないのは勇者ってだけじゃなくて仲のよい同級生でもあるから、というジレンマもあるのか。


「あのダークエルフ・・・・・・行き場のない境遇を哀れんで恩を与え施しを与えたというに・・・・・・あいつが転生魔法をきちんと完成させておかないからこんなことに・・・・・・」


 今まで時折垣間見えた負のオーラが、一気に噴出している。


「そもそも、どうして君は世界征服なんて企てたんだ」 

「それはなにゆえにこの世から争いがなくならないのかと聞くほど意味のない質問です」


 夜の学校はどことなく不気味で、昼の喧噪が夢幻かと疑うほどの静けさを放っている。人っ子一人いない通路はどこまでも先が暗く、見通せない。鳥肌を通り越して寒気すらしてくる。二人じゃなかったら、きっと進む勇気すら出なかっただろう、恐怖がある。


「私は魔王ですから。力で成り上がりました。並みいる猛者達をなぎ倒し魔族を従え魔界を築きました。人間の王国だってそうやって争いに勝ち残り国を打ち立てたでしょう」

「それは長い間保ってきた平穏を破って戦を仕掛ける理由にならないよ」

「それは人間の理屈です。平和ボケした人類の戯言です。というかあなただって魔王軍を大勢殺したでしょう」

「それは、そっちだって罪なき人々を殺しただろう」

「そのせいで遺族は働き手を失った一族や眷属に魔王として十分な補償をしなければいけませんでした」

「こっちなんて、そんなことできなかったよ。村も牧場も土地も川だって。荒れ果てて住む場所もなくなって流民になって、最後には餓死する人達が大勢いたんだ」

「あとむかついたのがオーテルローの戦いです。あのとき奇襲してきたでしょう。あれのせいで大事な秘宝も消失してしまいました」

「そっちだって井戸に毒を流しこんだだろ。あれのせいで疫病広がったんだぞ」

「あ、ちゃんと疫病も作用してたんですね」

「俺も女神の加護がなかったら下痢だけじゃすまなかったぞ」

「忌々しい女神・・・・・・!」

「それにあの、なんかよくわかんないでかいやついたろ。でかい気持ちの悪い、バ○オ2に出てくるGの、第五形態みたいなやつ。あれなんだったんだよ」


 再生するわ分裂するわ繁殖するわ。しかも意志の疎通もできない。生きる災害だ。俺達が戦っているとき、どこからともなく現われて暴れ回る。手がつけられなかった。


「ペットのグゥーちゃんですか」

「ペットだったんかよ! きちんと室内飼いして躾しとけや! あちこちに出没して暴れ回って手に負えなかったんだけど!」

「私は放し飼い主義なので。それをいうならそっち側の、なんでしたっけ。機械でできたゴーレム。あれこわいんですけど。ひたすらなにも喋らず魔族とそうでない者を識別して死ぬまで追ってくるとか。こわすぎるでしょ」

「人の叡智の結晶だ。こっちだって軍は最後のほう全滅しかけていたんだぞ」

「あれ、こちらの巨人とゴーレムを参考にしていたでしょう。今でいう技術の盗用です」


 そっちがそっちがこっちはこっちはと、果てがなく中身もない諍いは、結局のところ意味はない。もう終わったこと、お互いの嫌だったところをただ突っついているだけ。要するに子供の喧嘩と大差ない。


 どちらからともなく、二の次を発せられず気まずい沈黙がやってくる。シーン、という効果音さえありそうな静けさに俺達なにやってるんだろうと虚脱感にみまわれた。

 


「だめですね。やっぱり私達は。勇者で魔王です。転生しても、変ろうとしても変われません」


 怒りではなく、ただただ事実を悲しんでいる委員長の口ぶりと背中が寂しげでなんともいえない。


「俺は、勇者であることを捨てようとしたよ。青井レオンとして生きようとした。聖剣だって何度も何度も捨てようとした」

「・・・・・・・・・」

「この世界さ。すごいだろ? 異世界なんてめじゃないくらい発展してる。こっちで生きてたら、どうでもよくなったよ。勇者の使命も、異世界を救うのも。ただ一人の青井レオンとして幸せを享受しようって」

「毎日遊んだり幼なじみにデレデレしたり幼なじみとイチャコラしたり幼なじみと一緒に遊んだりいることを選んだんですか?」

「ああ。そうだよ」

「好きなんですか? あの子のこと」

「好きだ」


 施錠されているはずの重々しい扉は、わずかに開いていた。想像より一人であけるのには重く、大きい。人一人分のスペースを確保して、そそくさと侵入を果たす。


 冷気すらある内部は、そこいら中の窓からの明かりによって真っ暗闇ってわけじゃなかった。おかげで白亜も、そして横たえられているあかりの位置も夜目がきかない俺でもしっかりと視認できた。


 走って駆け寄ろうとしたけど、白亜がシィー! 走るな! という大仰なジェスチャーと、自らがたててしまったうるさすぎる床を蹴る音。体育館が反響しやすいということを慌てておもいだし、すり足で忍び寄る。


「え、ええ~~っと、そっちは委員長、だよね?」


 いつもの陰金無礼、馴れ馴れしさが鳴りを潜めておどおどとしている。委員長の正体が誰か見当がついている白亜からしたらたまったものじゃないだろう。


「悪い白亜。今まで黙っていたけどこの子魔王なんだ。それで、こっちの新藤白亜はダークエルフ。それで俺の幼なじみには女神が取り憑いている」

「ははは、お久しぶりっす・・・・・・魔王様?」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・」


 ついにこのときが来てしまった。こんなときがこないために、できるだけ隠そうと奮闘していた俺がそれぞれを紹介するなんて、皮肉か。


 気まずい。誰もなにも言わない。委員長は腕組みをして見下ろしている。白亜は正座をして気まずそうに俯いている。俺は固まっている。


 白亜がチラチラと助けを請うように見てくる。すまん、無理だ。


「どうしてどいつもこいつも転生しまくっているんですか・・・・・・・・・!」


 それな。きっと白亜も心の中でおもったに違いない。


「い、いやぁ~~。ウチは転生したの最初は魔王様探すためだったっていうかぁ~~? つぅか魔王様だって人間のフリしてたじゃない~~? だからウチだけのせいじゃないっていうかぁ~~?」

「あ”?」

「サァーセン」

「貴様何故転生魔法を完成させなんだか。何故最終決戦のとき援護せなんだか」

「いや、その、こっちもこっちで大変だったっていうかぁ」

「あ”あ”?」

「サーセン」

「えっと、とりあえず今はそれ置いておかない? 白亜、あいつらはなんだ? どうして俺達を襲ってきた」


 このままだとただ元・魔王が過去のことを掘りさげてクドクドネチネチと責めまくる陰湿な公開処刑がスタートしてしまう。誰にとっても異常事態だってことは明らか、建設的に動かないと。


「それは、ウチにも。だってあいつらいきなし襲ってきたし? 今もなんとかここに逃げこめたけど。どこに逃げても見つかるっていうかぁ。つかあいつら確実に魔法の影響出マクリングだし」


 俺達も同じだ。ここに辿りつくまで出会う人擦れ違う人が襲いかかってきた。それ以外の人には危害を及ぼそうとしなかった。


 そして、俺を元・勇者と断定し、委員長を元・魔王と明確に見極められている。白亜も同じだろう。だとするなら、俺達と同じで異世界に関わっている。


「誰かが私達を襲わせている、と考えるのが自然ですね」


 誰かが、という点が非常に重要になっている。魔王軍側か、それとも勇者側か。それぞれ一緒にいたのは所属が異なっていた二人同士になっていたから、魔王を狙っているのか、それとも勇者を狙っているのか。


「あんな風に操れる魔法って魔王軍にあったのか?」

「ん。まぁしようとすれば。んでもだとしてもさ。なんでウチらって最初からわかったわけ? もしか、ウチら以外に転生したやついんじゃね?」

「だとするなら魔法を使って私達かあお、勇者ジンに接触してくる必要はないのでは?」


 そのとおりだ。あまりにも乱暴すぎる。例えどちら側だったとしてもこっそりと、もしくは敵側に知られないように接触を図るはず。


「私達が一緒にいたので敵もまとめて倒せて味方も確保できるという短絡的な思考の持ち主なのでは?」

「それは・・・・・・どうだろう」

「だとするなら魔族より知識も学力も種としても劣っている人間側、つまり勇者側の仕業なのでは?」

「それこそ短絡的思考すぎて魔族じゃないかって疑えるんだけど?」

「ではあまり頭を使った作業が苦手で考えるより先に動く派、つまり肉体や戦闘に特化した人の可能性が高いです。勇者の仲間には格闘家がいましたよね。つまり――――」

「なにがなんでも勇者側の仕業ってことにしたいのか?」

 

 悪意しかかんじないぞ。


「おい白亜。どうおもう?」

「ダークエルフ。そちはどうおもうか?」

「え? え~~っと。困っちったなぁ~~。ははは」


 二人の間に挟まれているがごとく、白亜は焦っている。元・魔王の肩を持っても、俺の側の意見を出しても、角が立つと危惧しているのか。


「そもそも、魔王軍か勇者側かどっちでもいいんかも・・・・・・」

「「は??」」


 けど、白亜はどちらでもない意見をだした。


 

「ん~~。襲われてるとき、ウチだけじゃなくてあかりっちも同じめに遭わされそうになったんよね。危害加えられそうになったっていうか? ウチもあかりっちも見境なくみたいな? だから誰かって、もう勇者も魔王もどっちも襲ってるみたいにおもっちったんだよね~~」


 それはどうしてだ、と問いただそうとしたときパアアアア、と突如として光が発生した。あかりが眩く白い光に包まれている。


「おい、白亜! なんだこれ!?」

「わかんない! ウチもなにもしてない!」

「う、うう・・・・・・」


 委員長が倒れる。同時に、体育館の最奥、唯一の入り口から殺到する人の波。埋め尽くさんばかりに次々と。


 為す術がないとはこのことだ。既に袋の鼠に陥っている。ただ地団駄を踏みたいほどの理不尽さで取り囲まれていくしかない。 

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