第40話

 委員長はソファーで休ませながら、新藤にあかりを診てもらう。魔法の力が弱まっているからか、遅々として進まない。ようやく終わったときには夕暮れどきになっていた。


「それで、あかりはどうなってるんだ?」


 柄にもなく深刻な新藤に、最悪な事態を想像せざるをえない。


「ん~~~と。今んところはだいじょぶ。んでも、さっきも言ったけど、このままじゃヤバいね」


 新藤の説明によると、女神の力は現在かなり弱くなっている。けど、憑依されてからの期間が長かったのと、無理にあかりの意識を乗っ取ろうとしている回数が多すぎた。


 本来、精神を操ったり乗っ取ったりする魔法は、乗っ取られた対象の心と精神に多大な負担をかける。女神フローラとはいえ、それも例外ではなく、あかりにとてつもない負担になっている。


「レオンがいなくなってからもちょくちょく調べてたわけよ。セクハラしてる隙にちょこっと魔法使ってみたり。このままじゃちょちまずいかもな~~って。んでも確信したのはあんときだね」


 あんとき。委員長が告白したとき。そしてあかりがフローラの力を使ったとき。


「フローラの力だったのか? あれは」

「ん~~~。というより、ストレスとかが原因で無意識に女神の力が発動しちまったぽくね? 普通、憑依されてる側は魔法とかそん類の力使えねんだわ。だっけ、そういう力があかりっちの感情で使えるってことはそんだけ影響が出てるってことだし。わかりやすくいうと弊害による暴走だわ。あれ」


 俺のベッドでぐっすり眠っているあかり。子供みたいにあどけない寝顔は、そんな過酷な状態であるなんて、露ほども垣間見れないほどかわいくて、毒気が抜かれてしまう。


「その状態になっちまうってことは、今後もあかりっちが感情的になるとまた暴走しちまう可能性山の如しだわ。んで、そうなるとフローラの魔法とか憑依の影響もあって、心も精神もぶっ壊されちゃう」

「・・・・・・死ぬのか? あかりは」

「いんや。もっと酷い。生きる屍だね。一人じゃなんにもできない。喜怒哀楽もなくなるし、飲む食う排泄。全部一人でできなくなる。早い話、植物状態? とか脳死状態に近いっつぅか」


 悠長にしている暇はない。もうすぐにでもなんとかしなければ。


「封印魔法、いつできる?」

「ん~~。今晩徹夜すればなんとか。そっからまた一日使って魔法かけっし」

「封印すれば、もうあかりは助かるのか?」

「んにゃ。そいつはむずいわ」

「・・・・・・は?」

「あんたがいるかぎりはね」


 一体どういうことだ。俺がいるかぎり?


「あんたはさ。あかりっちのことどうおもってんの?」

「俺は、なんでそんなこと関係ないだろ」

「それが関係ありまくりんぐなんだわ」


 ポケットから飴を取りだして、包装紙を剥がしつつ首を回す仕草は、なんだか呑気すぎて、感情を逆撫でられる。


「あかりっちがさ。暴走したのはあんたが委員長に告白されたから。感情がフローラの力と密接に結びついてっからだし。つまり、あんたへの気持ちが原因なんだわ」


 飴を舐めながら胡座で俺を見上げている新藤。目線はこっちが上なのに、視線の鋭さからぐっと怯みそうになる。


「万が一封印に成功したら、女神は眠りにつく。んでも、あかりっちのあんたへの感情が、どう作用するかわかんない。感情が爆発したことがきっかけで封印が解けっかもしんない。感情や心って、いつだってとんでもない奇跡をおこしたり不可能を可能にしたりする。勇者だったあんたならおもいあたるべ?」

「・・・・・・」

「そん逆もありえるわ。あんたが側にいるかぎり、あかりっちは常に爆弾を抱えるよ。それも、なにがきっかけで爆発するかわかんないやつ」


 衝撃が強すぎて、よろめいた。壁に当たって、そのまま力が抜けていく。支えにしてる足が崩れて、へなへなと倒れ込んだ。今まで俺がかんがえてた、淡い欲望。この世界に転生して、満喫したいこと。絶対に叶えたい夢の一つが今、完全に否定されてしまった。


 想像しなかったわけじゃない。今まで何度もそれを想像した。そうだったらいいのになぁ~とか。もしそうだったらって妄想をした。


 小学生のとき。二人で遊んでいるとき。二人で虫取りにいったとき。親に連れられて買い物に行ったとき。二人で喧嘩して両方の親にしこたま怒られたとき。二人で迷子になって心細かったとき。学校で仲のよさをからかわれたけど、本当は嬉しかったとき。バレンタインデーに初めてチョコレートをもらって嬉しかったとき。あかりが風邪をひいてお見舞いに行って普段と違って弱々しいあかりを見たとき。


 中学生になってちょっとそっけなくなったり、俺を避けはじめたときは、知識として把握できていたからそのうち元に戻るって高を括っていたけど、本当は不安だった。


 他の男子と話したり仲良くなったり可愛いとか告白するとか噂されてイライラした。


 部活をしているときのあかねはかっこよくて、かわいくて、キラキラしていて、一人の女の子でしかなかった。


 あかりがどこの高校に行くかこっそり同級生経由で知って、進路を一緒にして話のネタにして元に戻ったときは、嬉しかった。


 合格発表のとき、不安がっていたあかりを勇気付けていた。二人の受験番号があったとき、泣きそうになった。


 これまでは、そうだった。これからも幼なじみとして。そして、別の形として一緒にいたかった。


 恋人として。できれば夫婦として。


 いつまでも一緒にいたかった。


「俺のせいなんだな」


 でも、それは叶わない。 


「俺が勇者ジンだったから。もうとっくに捨てたはずだったのに。いや、違うな。本当は女神フローラが現われたとき、異世界に帰還しておけばよかったんだ」


 そうすれば、大切な女の子を巻きこまなくてすんだ。こんな残酷な終わり方をしないですんだ。


「罰があたったのかな。女神に逆らった、天罰か。はは、自業自得ってやつだ」

「レオン・・・・・・」

「ん、んぅ・・・・・・」


 あかりが身動ぎをしながらなにか寝言みたいにはっきりしない言葉をむにゃむにゃと漏らした。


「あかりさ。幼稚園のとき。すっげぇかわいかったんだぜ。俺、そんときまだ勇者ジンでいたからさ。なんとか異世界に戻ってやる方法を探しててぼっちだったんだ」


 もう勇者ジンだったときの記憶も視界も、一緒に冒険した仲間の顔は不鮮明で、ぼやけている。それでも、あかりが俺の側にいてくれて、どれだけ救われたか。


「毎日毎日俺にかまってきてさ。そんであいつがゲームに誘ったのがきっかけで俺ゲーム好きになってさ。あいつ今じゃ俺にやりすぎだって注意するけど、いやお前がきっかけだぞ!? って。毎回心の中でツッコんでてさ」

「・・・・・・・・・」

「あかりのおかげで俺こっちの世界で生きる! 勇者だ魔王だなんてもう関係ねぇ! って、すっきりと割り切れてさ。楽しくてさ。毎日充実しててさ」

「・・・・・・・・・」

「好きだったんだ。本当に。ずっとずっと好きだった。これからもずっと好きだし、これ以上好きになれる人なんていないってくらい」


 転生したのが、今では恨めしい。転生しなきゃよかったと。


「ごみん。うちが」

「いや。俺のせいだ。新藤はなんも関係ないし」


 そうだ。全部俺が悪い。全部最初から素直にあかりに打ち明けておけば。聖剣を出して証明すれば。委員長にも正体を明かしておけば。どこまでいっても、自分を優先していた。自分のことだけ。自分の事情、自分の欲望、自分の人生。


「どする? ウチは封印魔法使えるけど」


 まっすぐすぎる新藤の質問。はぐらかすことも逃げることもできない。選択肢なんて、どこにもない。


「俺、戻るよ。異世界に」


 そうすれば、フローラはあかりから出ていく。この世界に留まる理由もなくなる。


「そっか。まぁそれっきゃないよね」

「ああ。俺がいなくなったら、残された委員長とあかりへのフォロー頼むわ」

「うちのこと便利に使いすぎじゃね? さすがに怠いっつぅか」

「うるせぇ。かつて魔王軍幹部として異世界で悪逆のかぎりを尽くしてたんだ。聖剣で滅するぞ」

「うわ、脅迫? ありえねぇ」

「もしくはお前も道連れにする」

「勘弁しろし!」


 ははは、とどちらからともなく笑ってしまう。それはいつもみたいにふざけていて、楽しそうな仲間内でのやりとりで、だからこそ哀しさも伴っている。


 もうこんな風にこいつとも喋れないんだなぁ。短い間だったけど、こいつとはもっと話してみたかった。もっと仲良くしたかった。


「んで、具体的にどやって異世界に帰還すんの?」

「それは女神フローラがやり方を知ってるはずだから、次人格が入れ替わったときだな」

「ん~~。そっかぁ~。んでもフローラの力もだいぶ弱くなってっし。だっけ、あかりっちの意識が跳ね返しはじめてるかもしれんし」


 最近ちょくちょくあった入れ替わりそうで入れ替わってないのには、そういう事情が。


「んじゃまぁとりま、女神フローラを呼び出せないか色々試してみんわ~~」

「ああ。そっか」


 ガチャ、と玄関のほうで扉が開いた。パパとママが帰ってきたのかもしれない。早かったな。


「委員長だっけ? あの子も見て来たら?」


 新藤は今の音が聞こえなかったのか?


「せめて告白くらいは返してあげれば? これ、乙女の忠告。一生恨まれんべ?」

「ああ、そうするわ。サンキュウな。元・魔王だけどそれくらいはしなきゃな」

「は?」


 え、え、え? という新藤を置き去りにして、そのまま部屋を出る。これくらいの置き土産は、させてもらわないと。ふとした瞬間にバレてとんでもないことになる。これ、俺の体験談。


 リビングまでの道のりを歩むのが遅いのは、意識してのことじゃない。小さいときから過ごしたこの家とも、家族とも、もう別れなければいけない。離れがたい愛着が、涙腺を刺激する。


 あっという間に日が暮れて、リビングが暗くなっている。足音と朧気な人影がもぞもぞと室内で蠢いている。委員長が起きたのか。それともパパかママか。


 パチリ、と電灯を点けた。やはり委員長だった。


 けど、それだけじゃない。誰かもう一人いた。パパでもママでもない。見たこともない得体のしれない、誰か。委員長に覆い被さって、首を絞めている。


「な、に、やってんだああああああああああああああああ!!」


 飛びかかりながら、即座に蹴りをかます。ガン! と頭をぶつけて、血を流しながらも首をぐるりとこちらへ。不自然すぎるほど首を横に倒し、ぎょろぎょろと焦点の合わない目、不気味でしかない誰かは立ち上がって、糸の切れたマリオネットさながらに不安定な状態で立ち上がった。


「委員長!」

「ゲフォ、ゲホゲホ・・・・・・青井君」


 そのまま俺に抱きついてきた委員長を庇いつつ、意識を確認する。


「ヤット・・・・・・ミツケタ・・・・・・」


 ガシャン、ガシャン! と窓ガラスが割られた破壊音。


「ユウシャ・・・・・・ジン・・・・・・マオウ・・・・・・ミツケタ」


「ぎゃあああああ!! 誰だし! ちょ、強盗おおおおおおおおおおおおおお!! レイプ魔ああああああ!!」


 けたたましい攻撃音は新藤の魔法による抵抗か。それが次第に聞こえなくなって、新藤の声が小さくなっていっても、俺は動けないでいた。


「ミツケタ・・・・・・ミツケタ・・・・・・」


 家中のそこかしこから聞こえる単語。目の前にいる正体不明の誰かだけじゃない。複数人、そしてそれ以外のなにか別の力による、頭に直接響く。


「イザ・・・・・・トモニ・・・・・・トウメツ・・・・・・セン・・・・・・」


 こいつらは、なんだ?

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