第39話

 勉強が一段落したところで、昼食の用意をすることに。パパとママはデートに出かけているから、最初から準備するつもりでいた。


 材料と調理器具の準備をしている間に、新藤からLINEが。今あかりと二人で身体検査をして封印魔法の下準備をしているはず。


〈あかりっち、Dカップだって〉


「なんの報告をしてるんだあいつは!」 


〈あと、お尻が大きいの気にしてる〉

〈下着の色はピンク〉

〈性知識豊富〉

〈やべぇ、揉み心地たまらん〉


 ピコンピコンと怒濤の通知音と一緒に送られてくる文章に、頭が痛くなる。


 いや、きっとこれも新藤なりの調査の一環なんだ。女神を封じるための協力のため。他意はないはず。


〈あと、最近怪しんでる。自分の体のこと〉


 ・・・・・・・・・。


〈意識が飛んでたり、気づかない間に移動してたり変なことになってるって。それ、フロりんに代わってるときじゃね?〉

〈貧血についてとか夢遊病とか解離性人格障害とかネットで調べてるぽい〉

〈あと、変な夢とか声とか聞こえるって。それって確実にフロりんだわ〉

〈憑依されてる影響受けマクリングでわろえない〉


 あかり。そうだよな。そりゃあ自分の体や意識がおかしかったら疑うよな。微塵もそんな気配なかったから安心してたけど。


〈ひまず、あかりっちを安心させたり落ち着かせるけど〉

「すまん。頼む〉

「いっていって。まぁ罪滅ぼし的な? ウチもあかりっちのこと好きになってるし。レオンとも仲良くなりたいし。ダチのためっしょ〉


 まさかダークエルフのこいつがこんな友情に厚いやつだったとは。いや、もうダークエルフじゃなくて新藤だ。新藤白亜でしかない。


 

〈今のままでも、魔法はできるけど、どな?〉

〈魔法完成してないんだろ。完成してからで〉

〈おけ。つか、あかりっちあんたのこと好きっぽいけどあんたはどな?〉

〈料理に集中する〉


 青井レオンとして答えたくない内容だったので、ひとまず無視をする。これは仕方ない。


 ピンポーン。


 あ、チャイムが鳴った。宅配便か? 今日はあかりと新藤以外来客の予定はないし。あかりに嘘をついた形になるけど、できるだけ少人数にしないと調べられない。


 ピンポーン、ピンポーン。


「はぁ~い!」


 ガチャ、と扉を開けて、


「あ、こんにちは」


 委員長が立っているのをしっかりと脳で確認して。


 バタンともう一度締めた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで?」

「あの、青井君? どうかしましたか?」


 ドア越しにくぐもった声。予想外の出来事すぎて咄嗟に行動に移したけど、頭の仲はしっちゃかめっちゃか。


 え? なんで委員長来てるの?


「ど、どうしたの委員長!?」

「あの、ちょっと一緒に勉強したいなっておもって。えへへ」


 ちょ、なんで今日に限ってそんな突飛なことを。


「あの、青井君入れてもらえませんか?」

「あ、ごめん! 今ちょっと手が離せなくて! 突然来ちゃって驚いたけど!」


 緊急事態。緊急事態。エマージェンシー。


「ちょ、ちょっと待ってて。部屋が大変なことになってて。エロ本とかエロDVDが散らばってて」


 こうして時間を稼いで、その間に新藤に事情を説明して。いや、委員長を魔王だってことから説明しないと。

 

「じゃあ掃除手伝います」

「いやいやいや! 女の子にそんなことさせられないよ!」

「後学のために。それに保健体育の勉強にもなるので」

「学校の勉強には役立てられないマニアック物すぎるよ!」

「レオン? 誰か来たの?」

「ぎゃああああああああ! エロ本!」

「いきなりなに人を不名誉な呼び方してんのよ!?」


 心臓が口から出るかとおもった。


「というか、あんたフライパン火にかけっぱなしだったわよ。危ないわね」

「馬鹿! なんで来たんだ! お前は俺の部屋にいないといけないはずだろ! ここはお前の来ていい場所じゃないんだ! 戻れ!」

「いや、あんたが昼食用意するって言ったんじゃん! つぅか誰か来てんの!?」

「青井君? 誰か来てます?」


 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!


「今委員長の声が」

「新藤はどうしたんだ!?」

「トイレだって」


 あのやろおおおお!! 野菜の摂り過ぎかああああ!!


「ちょっと待ったあかり! 行っちゃだめだ!」

「ちょ、レオン!?」

 

 俺を押しのけてたしかめようとしたあかりを、必死に抱きしめてとめる。そのせいで開きかけていた扉が無情にもガチャっとあいて。


「え、谷島さん、と青井君?」


 しっかりと、俺達は対面を果たした。


「え、どうして二人で抱き合ってるんですか!」

「ちょ、それは。レオンが勝手に。あなたこそどうして来てるのよ!」


 ああ、終わった、と。そのままずるずると倒れ伏しる。


「レオン君から!? どういうことですか!」

「いや。ちょ、レオン。いい加減離れて――――」


 ピーン、となにかおもいついたようなあかりが、位置と体勢を変えてぎゅうう、と更に抱きしめて、どや顔を決めた。


「こ、こういうことよ」

「どういうことですか!?」

「私とレオンはこんなことを四六時中できてやっちゃうくらい仲がいいのよ。レオンもやってきたってことは、私と急にそういうことがしたくなったってこと。いい? レオンからよ。意味わかる?」

「な、でも二人は幼なじみで!」

「幼なじみだからよ」

「理由になってないです!」


 俺は二人のやりとりを見聞きながら、携帯をこっそりと操作する。


〈新藤。SOS。魔王襲来〉

〈くわしく〉


 もう俺一人の力じゃ手に余る。


「玄関なんてはしたないです! うらやまし、けしからんです!」

「まぁ、幼なじみにしか許されない特権てやつね。さっきも二人っきりで部屋にいるとき、レオン私に優しくしてきたし」


 さらっと大嘘ついたよこの子。


「む、むぅぅぅ、ええ~~~い!」


 委員長は何故か反対側、俺の背中側に抱きついた。もう女の子二人に挟まれて、本当だったら垂涎物だろう。けど、今ならハンバーガーの肉の部分の気持ちを理解できる。


 もうされるがまま。どこにも逃げられない。じゃああとはなるようになるかしかないという諦観だったんだって。


「ちょ、あんた! なんで抱きついてんのよ!」

「幼なじみに許されるなら同級生にだって許される権利だってあります!」

「どんな理論よ!」


 二人が言い争えば争うほど、ぎゅうぎゅうと俺に加わる力が強くなって。あ、良い匂い。


「幼なじみなんてただ付き合いが長いだけでしょう!」

「同級生なんて私達が積み重ねた思い出と絆に勝てるわけないじゃない!」

「これから積み重ねられるし絆も紡げます! レオン君が教えてくれました! それにいつまでも同じ女の子と一緒だと飽きるでしょう! 新鮮さと初々しさがありません!」

「同級生なんてただ目新しいだけよ! 新しい出会いを恋心と勘違いしても所詮は幼なじみの大切さと居心地のよさが懐かしくなるのよ!」

「そんなことを言ってても、あかりさんは青井君の恋人でも身内でもないでしょう! ただの幼なじみでしょう!」

「それを言うならあんただってただの同級生じゃない!」


 ああ、お腹が減ったな。もう施行放棄しかない。


「あり? どったん? 修羅場?」

「新藤おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 もうぶわっと涙が出た。もうこの状況をどうにかできるのは新藤しかいない。


「ただのじゃありません! 私青井レオン君が好きです!」

「な、あんた!」

「ありゃりゃ。写メろ」

「新藤おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 新藤おおおおおおおおおおおお!!」

 

 どうにかしてくれ。俺にはもう無理だ。完全にキャパオーバー。もう泣きながら叫ぶしかない。


「最初は、クラスメイトでした! でも青井君のおかげで変われたんです! 昔の私とは違う私になりたいってそうおもわせてくれたんです!」

「な、なんで・・・・・・」


 あかりが俺から離れていった。よろよろと後ろに下がって、段差で躓いてそのまま尻餅を。さすがの俺も意識を取り戻した。


「い、委員長?」

「名前で呼んでください」


 名前・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだっけ。


「好きです。私、あなたが好きです」


 委員長はぽ~っと見上げながら、ドキドキしているのが人目だけでわかるほど、顔を紅潮させている。胸の真ん中で飛びだしてしまいそうな心臓を抑えてる仕草か、手をぎゅっと握って。


 返答を考える間もなく、顔が近づいてくる。委員長の唇が、このままじゃ俺のと重なって、触れてしまいそうで。


「あ、あ、あ、・・・・・・」




 俺は――――――――――。




「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


「きゃあああ!」

「うぉ!?」


 後方で、突風。それも並みのものじゃなくて、体が浮いてしまうくらい。委員長は外に、新藤は後方へ、そして俺は靴入れにおもいきり体を打ちつけた。


 逃げ場のない風の圧力は、そのまま圧し潰してしまうくらい凄まじく。息さえできない。それでも、突風の中心にいるあかりが光っていて、あきらかに女神フローラの力が働いているとしかおもえなくて。


 そして、あかりは泣いていた。


 フッとあかりが纏っていた光が消失。無造作に床に落下。痛そうな衝突音を最後に、静けさを取り戻す。


「あ、あかり。あかり!?」


 痛む体を引きずって、ピクリとも身動ぎしないあかりの元へ。顔をぺしぺしと叩いてみるけど、うんともすんともしない。


「ちょち、待った・・・・・・」


 新藤がやってきて、俺に交代を促す。脈、心音を確認した後、頭のほうで手を翳す。


「まずいよ。このままじゃあかりっち死んじゃうかも」

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