第38話

 「お、あかりっちじゃん。おつ~~」

「あ、新藤さん来てたんだ」

「白亜でいって~~」

「あかり。新藤の隣に座っていいぞ」

「え? 言われなくても座るから」

「そうか」


 よし。うまいこと三人になれた。


「ねぇレオン。なんで仁王立ちしてるの?」

「そういう気分なんだ」

「じゃあちょち勉強しよか~~」

「新藤さん、白亜ってあんまり勉強しないっておもってたけど」

「ちょ、ひどくね!? まじ偏見~~!」

「あかり。こっち来ていいぞ。俺ずれるから」

「え? いや、ここでもいいけど」

「だめだ。こっちに」


 買い物帰り、新藤から女神を封印する魔法について具体的なことを聞けた。家についてからは中々二人きりになれなかったから、携帯で連絡を取り合っていた。


 いわく、女神フローラの意識、力を完全に封じ込められる魔法を研究していた。転生する前、命を落とす直前まで研究していたのでこっちの現代でもできる。


 話を聞いて、最初はそこまでしなくても・・・・・・自制が働いた。けど、目的を新藤が話して実行に移さざるをえなかた。


 女神フローラは力を使い果たしても、また力を取り戻せる。

  

 異世界では定期的にそうやって目覚めて世界を守っていた。なにかがあれば女神としての力を使い、あるときはお告げを、あるときは荒廃した大地に緑を取り戻し、あるときは人々を導き、世界を守ってきた。そのたびに力を使い、眠りについて力を取り戻す。


 俺が異世界で生きていたとき、伝え聞いた伝説と似ているが、魔王とダークエルフだった新藤はそれを魔法的観点から研究していたらしい。


 俺を勇者に選び、聖剣を授けた。加護の力と様々なお告げをおこなった。情報として聞いた二人は勇者だった俺の力を削ぐ、ないしは侵略のために過去の女神フローラの成した数々の伝承と重ね合わせた。


 周期、必要な魔力を仮定し、女神フローラが姿を現したときは計測をおこなった。そして、研究の成果、事実であると結論づけた。


 それが、事実としたら。女神フローラがいなくなったあともまた俺にちょっかいをかけてくる可能性が残る。どれくらい先かは不明だけど、女神フローラからしてありえそうだ。


 女神フローラが力を使い果たせば、あかりから消えて自由になれるとおもってた。新藤のことも委員長のこともそれから考えればいいと。

 

 けど。俺がこの世界で死ぬまでずっと誰かに憑依して、邪魔をしてくる。そんな可能性があるってことだ。


 フローラの性格からして、ありえる。


 新藤との相談の結果、封印魔法を使おうと決意した。勉強会と銘打ってあかりを誘いだし、新藤にあかりの体を調べてもらう。二人っきりにするとあかりが怪しむし、フォローができる。


 できるだけ怪しまれないようにしないと。


「ねぇ、他の皆は?」

「あかり。寒くないか?」

「え? そりゃちょっと肌寒いけど」


 新藤と目線で合図を送る。頷かれた。


「これを羽織るといい」


 封印を施すのには、あかりの体調が大きく影響する。だから、徹底的に整えておかないと。俺の上着を肩にかけながら暖房を調整する。


「過ごしやすいか?」

「いや。大丈夫だけど。それより他の――――」

「紅茶飲んだほうがいいぞ」

「あ、うん。それで――――」

「あかり。昨日ちゃんと眠れたか?」

「まぁ、普通?」


 カリカリと勉強するフリをしながら、それとなく体調チェック。新藤と手分けしてメモしていく。事前に新藤に聞いておくように、という質問は決めていたから。


「携帯は平均一日どれくらい使ってる?」

「え、わかんないけど」

「病気になってないか? ここ最近で」

「だったらあんたもわかるでしょ」

「頭痛・目眩・吐き気その他諸々の体調不良は?」

「なに? なんで私病院の検査受けにきたみたいな質問されまくってんの?」


 まずい。あかりのくせに勘づいたか?


「なんか変じゃない? レオン最初から表情がシリアスなかんじだし。声固いし」


 くそ、さすが幼なじみ。些細な変化ですぐ怪しむ。


「それに教科書逆さまだし」


 ヤバい。勉強なんてどうでもよかったから興味なさすぎた。

 

「それに、目の下に隈あんじゃん。どことなくやつれてるし。あんたのほうが大丈夫なわけ?」


 スッ、と下瞼を引っ張ったりおでこに手を当てられて、そのままあちこちを具に観察されだす。急激に恥ずかしくなる。幼なじみ故の距離感のなさか、ちょっとしたときにこんな風に遠慮なしに接してこられるのは、大変心臓によろしくない。


 あかりの手の柔らかさ、睫の長さまではっきり視認できて、より


「ひゅーひゅー。お二人とも熱いね~。ラブラブじゃん~~」


 急に顔が火照ったあかりは、バッと離れる。ナイス新藤。


「あんたらマジ仲いいね~~。もう付き合ってるかんじにしか見えんし~~」

「ちょ、やめてよ白亜。そんなんじゃないから」


 新藤が茶化してくれたおかげで、なんとか軌道修正できた。


「本当、レオンは変よね。昔っから突拍子もなく」

「まぁまぁ。あかりっち。レオンもあかりっちが心配なんだよ~~ね?」

「まぁ、な」

「もうこの話は終わりにして。なんのために勉強しにきたのよ」

「朝ご飯は食べれたか?」

「まだ続けんの!? 勉強って言ったじゃん!」

「いや、この後の昼食とおやつの兼ね合いもあるし」

「・・・・・・・・・軽めにだけど」

「なにを食べたんだ?」

「ガーリックトーストとニラレバとチキンサラダとラムステーキとすき焼き風スープ」


 がっつりすぎて草生えたわ。朝からよくそんな食えるな。


 ちらっと新藤を見やる。ノートの端に〈野菜と乳酸菌不足〉と書かれている。それ以外にも体調について、色々メモされている。


「ちょっと待ってろ。お菓子を持ってくる」


 冷蔵庫にあったものを手早く吟味。準備を終えて戻ってきた。


「ちょ、なんで野菜スティックとヤクルトなのよ!?」

「ヨーグルトのほうがよかったか?」

「違う! そうじゃない!」

「あとはナスとブロッコリーと春菊があるけど」

「ラインナップの問題じゃないわ! お菓子じゃないでしょ!」

「でもいつもポッキーをサクサクいってるじゃないか。これも目を瞑ってサクサクいけば一緒だ」

「野菜オンリーでいけるわけないでしょ! せめてマヨネーズとかドレッシングよこしなさいよ!」


 チラッと新藤を。大きくバッテンを出された。マヨネーズとドレッシングはだめ、か。


「わかった。ちょっと待ってろ」


 代わりに持ってきた物に、あかりが怒髪天をついた。


「なんでお皿に山盛りの大豆なのよ!」

「大豆は畑のお肉と呼ばれているほど栄養あるし、イソフラボンが豊富なんだぞ」

「野菜でしょうが!」

「まぁそんな風にカッカすんのも野菜が足りてない証拠だ。大豆食べろ」

「あんたのせいでしょ!?」


 ポリポリと食べて落ち着かせようと試みたけど、うまくいかない。


「あかり。今家にはお菓子の類いがないんだ。買いに行こうにも、できない」

「なんでよ」


 フッ、と笑ってある種の事実と悲壮感を醸しだす。


「お小遣い、なくなっちゃった・・・・・・」

「あ・・・・・・」


 悲しい扶養家族としてあかりも理解してくれたんだろう。急に申し訳なさそうになった。これは、事実だ。なんだかんだで遊んだりしているし。


「まぁたしかにウチも今月もうピンチッチーだからね――――。使いすぎちった――――」

「う、うう」


 新藤がナイスなかんじでアシストしてくれた。ナイスだ。


「ほら、あかりが食べないと野菜スティックが悲しそうに萎びてきてるぞ?」

「それは暖房きいてるからでしょ!? 野菜しかないのはわかったわ。でもせめてマヨネーズがあってもいいでしょ!?」

「それもだめだ」

「どうしてよ! さすがにマヨネーズとかドレッシングだったら」

「あかり。お前太ったんじゃないか?」


 ガガアアァァン! と稲妻が走った衝撃の表情。そのまま硬直してしまい、プルプルとしだす。


「は、はぁ!? そんなわけないでしょ! 訴えるわよ!?」

「部活してないだろ? あんまり動いてないだろ?」

「大丈夫だし! 夕飯のときダイエットコーラと黒烏龍茶飲んでるんだから! それに甘い物は糖分が含まれてて糖分はすぐエネルギーに変るからカロリーゼロだって!」

「あなたはなにを言っているんですか」

「それにアイスはカロリーも死んでしまう程の冷気で凍っているし揚げ物もカロリーが死滅するほどの高温で揚げられてるからカロリーゼロだってテレビで言ってたし!」

「お前カロリーをなんだとおもってるんだ」

「ねぇ白亜! 私太ってないわよね!?」

「ん~~? どだろ~~。ウチ高校に入ってからのあかりっちしか知らんしねぇ~。あ、ヤクルトうんま」

「ほら!」

「まぁでも油断してると体重ってすぐ増えちゃうし? ウチも最近体重計怖くて乗ってないわぁ~」

 

 ビクっとあかりが怯えた。どうやら身に覚えがあるらしい。


「で、でも白亜ってそんな太ってないじゃん。スタイルいいし」

「そんなことねぇべ。ちょち触ってみ?」


 手ずからお腹の辺りを触らせる。それに伴ってあかりのお腹、太ももを弄っていく。こうやって体重、スタイルで言葉巧みに誘導して、野菜を摂取させると同時にあかりの体調チェックをおこなっているんだ。


 新藤白亜。なんて頭がいいんだ。


「お? これは・・・・・・」

「え? ちょ、触り方が変じゃない?」


 女の子二人が体を弄っていて、時折変な声があがる。体が小さく痙攣して荒くなりつつある吐息さえいやらしくかんじられて。


 ってなに考えてんだ俺。


「あ~~。これはヤバリングだわ。やばさのカースト頂上付近」

「え、嘘?」


 ガァ~ン、とショックを受けたあかりは小さく項垂れる。


「だっけ、たまには野菜でいんじゃね? 案外美味いかもよ?」

「う、うん・・・・・・」

「今度一緒にジョギングでもしようぜ。俺も体動かしたいんだ」

「そ、そうね・・・・・・」


 急激に元気がなくなったあかりは野菜をぽりぽりと食べ進めていく。ほっと息をついたけど、はじまったばかり。まだ油断できない。


「レオンって、さ」

「ん? なんだ?」

「太った私、嫌い?」

「・・・・・・・・・」


 反則だろこんなの。


 小声で、チラッと上目遣いで控えめに尋ねてくるいじらしさ。普段とのギャップが凄まじい。

 

「別にどんなあかりでも、あかりはあかりだろ」


 素っ気なくそれだけ返すので精一杯だ。

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