第9話

 言い訳けじゃないけど、しょうがないとおもう。俺、青井レオン(元勇者)がこんな風になってしまうのは。


 いざ休むとなると、目移りしちゃうくらいの物がこの世界には溢れている。イベント、娯楽、遊び道具。インターネットを初めとした電子機器。


 ゲーム。映画。漫画。テレビドラマ。どれも面白いの。中学に入ってから、全力で楽しもうって気持ちに拍車がかかったね。学校生活。それに伴う青春。部活。もうこれでもかってくらい全力で楽しんでいた。



 特に修学旅行とか体育祭とかやばかったね、あれ。あと友達とのクリスマスパーティーとかスキーとかスノボーとか。夏休みに海と山に遊びに行ったのもよかった。


 普段文明に親しんでいる身としては、自然に囲まれて生きるのはいい経験と思い出になる。まぁ、たまにでいいけど。クーラー、扇風機、炬燵、ストーブ。これがないともう人は生きていけないね、うん。


 あとエロ動画とかエロ漫画とか。もうね、すごいの。思春期特有の性への目覚めも相まって、衝撃と興奮がやばいの。病みつきになるの。ただでさえ元勇者だった頃には疎かったから。もうヤバいの。


 家庭料理だけじゃくてジャンクフード。ファミレス。お菓子。どれも美味いの。まじで。そんな風に生活を送っていたら、勇者とかむこうの世界とかどうでもよくなっちゃう。


 誰かに聞かれたら、「勇者? あ~、そんな時代もありましたっけねぇ~」って黒歴史扱いで喋っちゃう勢い。もしくは「え、なんのことですか?」って本気でしらばっくれられて相手を信じさせられるね。


 こんな俺が勇者だったなんて、最早誰も信じてくれないだろう。自分でも疑わしいもん。というか、もうやめてるし。もし今すぐ異世界(元いた世界)この世界かって選択しなきゃいけなかったら、こっちを選ぶもん。


 まぁそのせいでパパとママに本気で怒られたりするのは日常茶飯事だけど。「幼稚園の頃は大人びていたのに」とか言われるけど、まぁあのときは俺もまだ若かったってことで。


 だって、いざ全力で順応するともう楽しいのなんの。拘ってた自分馬鹿だなって笑っちゃうくらい。もうこっちの世界なしじゃ生きられない。衛生観念もくそもなく、危険に満ちている異世界になんて戻りたくなくなる。


 まぁ、いい思い出だけじゃない。ときに切なく、ときに激しいぶつかり合いと喧嘩があった。拳を交えて、涙を流したことも。全部ひっくるめても、異世界じゃ満喫できないこの世界に転生しなかったら体験できない貴重な思い出で、経験だ。そのおかげで、俺も一回り以上成長できた。


 なにが言いたいかというと、もう勇者に戻る気はないってことだ。この世界で死ぬまで青井レオンとして生きて普通に死ぬ。それが俺の結論で、答えだ。今更勇者としてなんて生きられるわけがない。心と精神が、もう等身大の中学生になっているんだから。


 というか、俺がこうなってしまったのは、勇者だったとき、戦い以外してこなかった反動だ。うん、そうに違いない。だから仕方ない。


 というか、むしろ女神とか元仲間とかにも責任あるだろう。こんな風になる前に、俺を迎えにきたり全力で探すべきだったのに。あいつらなにやってやがんだ。


『ねぇ、レオン。あんた今好きな子いないの?』

「ああ? なんで?」


 なにはともあれ。過去を振り返ってもしょうがない。大切なのは現在。かつての仲間より今の幼なじみだ。夕食後、携帯から幼稚園からの腐れ縁からの電話も、ほぼ毎日ある。ある意味日課になってるから、電話がないときは落ち着かない。


『いや、クラスの子達から聞かれたから』

「へぇ」

『で、どうなの?』

「教えるわけねぇだろ」

『なんでよ!』

「だってお前ら絶対面白がって言いふらすじゃねぇか」


 いつしかお前、あんた。レオン、あかりと呼び合うようになった。ときに喧嘩をし、ときに助け合うほどの異性の友達と一緒にいるときが、一番青井レオンとして生きてるって実感できる。


「じゃあ、あかりはどうなんだよ」

『は?』

「お前はいるのかよ。好きなやつ。それ教えてくれたら俺も教えるよ」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・教えない』

「はぁ?」

「あんたには絶対教えない」

「つまりいるってことだな」


 言葉に詰まったあかりが、乱暴に通話をやめてしまった。なんだよ、あいつ。時間が時間だから、もう寝るけど明日になったら苦情入れてやる。


「平和だ」


 ベッドに横になったとき、なにげなしに、呟いた。何事もないのが一番で、こんな毎日が一生送れればいい。冒険も、戦いも苦悩も使命も、なにもいらない。この世界で生きられれば。


 幸せって、こういうことなんだろうな。

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