第10話

 「ねぇレオン。第二ボタンほしがってた子、誰?」


 皆と涙の別れをした後、二人で帰宅しているとき、あかりが唐突に尋ねてきた。あのタイミングだとあかりは別の女子達と盛り上がっていたはずなのに、目敏いやつ。


 本日は俺達の卒業式だった。小学校のときと違ってなんともいえない哀愁と感動に満ちた巣立ちの日。家までの道すがら、ゆっくりと感傷に浸っていたかったのに。


 あっという間だったなぁ、とか。高校楽しみだねぇ、とか。そんなやりとりを期待していたのに、水を差されてムッとする。


「さぁ、わかんね」 

「わかんねって、あんた知らない子にあげたわけ!? 頭おかしいんじゃないの!?」


 うるせぇ。俺が誰に第二ボタン渡そうがどうでもいいだろうに。


「それで? それ以外あの子となにしたの?」

「なにもねぇよ。渡してそれで終わり」

「連絡先聞かれなかったの?」

「ねぇ」

「告白とかは?」

「ねぇよ」


 そんな話より、早くパパンとママンところ帰りたい。あかりの両親と合せて二人は式に来ていたけど、とっくに戻って準備をしているはず。皆は隠していたのかもしれないけど、パパン達がこっそり祝賀パーティーを企画してたこと、知ってるんだ。


 俺へのプレゼント頼んでるところ、見ちゃったし。というか仮にもサプライズなプレゼントを息子と買い物行ってるときに買うかね。


「あんたって、本当マザコンでファザコンよね。幼稚園のころと全然違いすぎるわ」

「なんとでもどうぞ。もう俺は昔の俺じゃない。過去は捨てたんだ」


 そう。勇者だった俺はもういない。


「どこの中二病よ。たま~~にちょくちょくのたまうけど。というか、なんで第二ボタン渡しちゃうかなぁ。よく知らない子に」


 あかりはまだぶつぶつと不平を漏らしている。もう終わったことなのに、というかこの子には関係ないことをいつまでも文句いわれてるのは面白くない。


「もういいだろ。他に貰いたがる人なんていやしないし」

「わかんないでしょ。私達の同級生とか」

「じゃあお前は俺の第二ボタンほしかったのかよ」


 黙りこんだあかりに、ほっと安心するのも束の間。気まずい沈黙が支配してしまった。


 い、いかん。あかりとは同じ高校に通うことになっているんだ。こんなことで仲違いしてしまっては。


「そうだ。高校入ったらクラス一緒なのかなぁ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「はは、でも幼稚園のときから一緒だったから長いよなぁ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「というかお前だったらもっとレベル高いとこ狙えたんじゃねぇの? 幼なじみが一緒だから心強いけど、またからかわれそうだなぁ。はは、はは」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 なんか言えよ。虚しいだろ。


「ほしかったって言ったら?」


 ? やっと一言喋ったとおもったが、脈絡がないことだから意味不明だぞ。


「だから、私があんたの第二ボタンほしかったって言ったら、どうするの?」

「え・・・・・・・・・・・・・」


 あかりが、なんだかおかしい。もじもじとしながら顔を俯かせている。けど、マフラーの隙間からは寒さとは違う色の赤に染められたほっぺたが。ちら、ちら、とこっちを伺っている仕草は、恥じらう女子そのもの。


 なんだ、なんであかりはこんなことしてんだ? ちょっとやめてくれ。俺までドキドキしてきたじゃねぇか。というか、あかりってこんなにかわいかったっけ?


「理由、聞くよ。まず。なんで俺の第二ボタンほしいのかって」


 卒業式という一世一代のイベントで、女子が男子の第二ボタンをほしがる理由。それは心臓に一番近いボタンだから。心臓=ハートという考えらしい。どうしてそんなことになったのかは定かじゃない。本当にそんなことがあるのか? って男友達と笑いあっていた俺にとっては、自分に降りかかることだとは夢にもおもわなかった。


 けど、実際に第二ボタンがほしいって頼まれたときは、おお! キタコレ! 例のイベントじゃん! と浮かれていた。ある意味ゲームのイベント感覚に近くてテンション上がった。だからそのままに渡してしまった。


 けど、理由なんて考えなかった。今の俺にとって少しでもこの世界でよくあることを体験するのも、実際にする以上に有意義なことなんてないから。


 でも、もう一つ重大なことを見逃していた。それは漫画やアニメでよくある幼なじみとの関係だ。古来より、誰よりも近くて遠慮のない幼なじみとの甘酸っぱい恋愛模様。成長していくにつれて思春期特有の性への芽生え、周囲の視線を恥ずかしがって言葉を交さなくなる。けど、実は相手のことが好きで――――って展開。


 実際俺とあかりも最初そうなった。中学に入学してから言葉を交すことは極端に少なくなった。三年生になってから、以前とは少し違う態度とやりとりをするようになって、また新たに仲良くなった。進路が同じだったのも理由の一つだろう。


 俺の今の目標はこの世界での人生を楽しむこと。高校に入ったら恋愛をしたり、中学とはまったく違う青春ライフを送れるって信じていた。


 けど、もしかしてあかりが俺のことを、なんて最初から除外していた。こういう漫画の幼なじみって現実的にはありえないよねーと二人で話していたくらいなんだ。


 けど、この流れは。否が応でも自覚せざるをえない。まさか、あかりが俺のことを?


「あ、あのね? レオン。私、あんたのこと――――」


 心臓が、痛い。張り裂けそうで、心音があかりにも伝わってるんじゃないかってくらいうるさくて大きくて。


「わたし、あんたのこと――――」


 



                  みつけた



「え?」


 直接脳に響いた懐かしい声に、戸惑った。


 あかりの口から、期待していた言葉が発せられることはなかった。今にも喋りだしそうなかんじの口の開き方と少し前のめりの姿勢で、とまってしまっている。


「お、おい? あかり? もしもし~~し?」


 語りかけながら目の前で手を振ったり、観察したり、目に息をおもいきりフッ!! と吹きかけても、デコピンしてもあかりの反応はない。まるで石になってしまったよう。


 あかりだけじゃない。周囲の通行人も、車も、雲も、飛んでいる鳥でさえ。時間がとまってしまったのか、静止状態。


「な、なんだ?」



               やっと、探しだせました


 また、声がした。



「ごめんなさい、時間がかかりすぎてしまいました」


 今度は鮮明に輪郭のある声、より身近から囁かれた。


「え? え?」


 俺とあかりの間に、光が生じた。目が潰れるほどの光が次第に激しさと明るさが失せていき、中にいた朧気なシルエットがあらわになった。



「いくつもの並行世界と異次元、異世界を渡り歩いて、ようやくあなたを見つけられました。勇者ジン」


 この世界の人間にはありえない、不自然な色の髪。慈愛と敬慕の微笑みを携えながら不思議なオーラを纏った女性が、俺にむけて話を続ける。


「魔王をと討滅したのち、一時の平穏が破られました。新たな争いと悲劇が繰り返されています」

「・・・・・・・・・・・・・・は、はぁ?」

「魔族のみならず、エルフ族、ドワーフ族、人間同士で争い、このままではあなたが救った世界が終わってしまうのです」

「そ、そっすか。大変すね?」

「今こそ私とともに帰還し、勇者としての使命を今度こそ全うするのです」

「はぁ。というかすみません。ちょっといいすか?」

「なんでしょう? 勇者ジン」


 にっこりとした柔和な女性に、警戒しながら率直な感想を一つ、ぶつけた。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・まず、誰?」

「え?」

「勇者ジンとか魔王とか、なんのゲームの話すか? というか、警察呼びますよ?」

「ええええええええええええええええええええ!?」


 おもむろに携帯を取りだした俺に、女性は素っ頓狂な大声で叫んだ。

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