未来が見える少女

滝田タイシン

未来が見える少女

「私、未来が見えるんだけど、それでも良いの?」


 俺、雄神大輔(おがみだいすけ)が同級生で同じ映画研究部に所属している清地明音(きよちあきね)に「好きです、付き合ってください」と告白した時、彼女からそう返事をされた。


「えっ、未来が見えるって……」


 俺は明音の言葉の意味が分からず戸惑う。


 こんな意味の分からないことを言うのは俺の告白を断りたいからか。でも、もしそうならストレートに嫌だと言って欲しい。遠回しの拒絶で意味を深読みするより、ハッキリ断られた方が諦められる。


「私は自分に関する未来が見えるの。付き合ったとしても気味が悪いと思うよ」


 俺が戸惑っているのを察したのか、明音は続けてそう言った。


 映画研究部の部員は三年生の高津(たかつ)部長と、一年の俺と明音の三人だけ。運動部のように明確な引退は無いのだが、十二月に入った今は、受験が忙しくなり部長は殆ど部室に顔を出さない。


 今も部室で二人っきりで、アマプラで恋愛物をチョイスして、雰囲気が盛り上がった瞬間に告白したのだ。


「未来が見えるんだったら、今こうして俺が告白することも分かってたの?」


 疑っている訳じゃないのだが、イマイチ明音の言うことが信じ切れない俺は、確認するように聞いてみた。


「うん、知ってた。だから驚かなかったでしょ?」


 そう言われてみれば、不意打ちで驚かせるつもりだったのに、逆に俺の方が驚かされた。


「うん……確かに明音は驚かなかった」

「そういうこと」

「じゃ、じゃあさ、俺が今からどういう返事をするかも分かっているってこと?」

「さすがになんでもかんでも分かる訳じゃないよ。細かいことは分からないし……」


 明音はそこまで言って、一旦言葉を止めた。


「でも……今から大輔君がいう言葉は分かっているわ」


 少し緊張気味の表情で、明音はそう言った。


 俺はその顔を見て覚悟を決めた。


「明音がどんな能力を持っていて、どんな不思議な女の子だって構わない。明音のことが好きなんだ。俺と付き合って欲しい」


 俺は明音以上に緊張して、もう一度告白した。


「うん、ありがとう。これから彼女として、よろしくお願いします」


 明音は少し照れているのか、芝居がかった調子で頭を下げた。


「やったー! ありがとう! めっちゃ嬉しい!」


 俺は明音の手を取り喜んだ。彼女も笑顔を返してくれる。


 天使のようなこの笑顔も、ボーイッシュな見た目に似合うフレンドリーな性格も、俺は凄く好きだ。入学式の日に一目ぼれし、少しでも仲良くなりたくて、俺も映画研究部に入部した。


 明音は良くモテるのでライバルも多い。俺と同じように考えたのか、この映画研究部に五人の一年男子が入部した。だが、不純な動機で入部した奴らは、明音に相手にされず、いろいろトラブルもあったりして、一人、また一人と部を辞めて行った。


 俺は根気よく待ち続け、無理に明音に近付かず、彼女の情報を集めた。好みを研究し、明音が好きな映画をひたすら観まくった。そうして二学期に入った頃には、男子部員は部長を除き俺一人になっていた。俺達二人の距離が近付いたのもその頃だった。



「大輔君って、どんな映画が好きなの?」


 最初の会話は明音から声を掛けてくれた。二学期に入ってすぐ、もうそろそろ文化祭の出し物を決めようと、部長も含めて会議する予定の日だった。


 驚くことに、片思いしていたにも関わらず、それまで俺は明音と二人っきりで話をしたことが無かった。本当にヘタレ過ぎる俺。


 その日はたまたま、部長が用事で遅れるとのことで、部室に二人だけになっていたのだ。


「やっぱり、映画好きとしては、自分の一番好きな作品を目一杯推したいよね」

「そ、そうだね」


 緊張して、声が上ずる俺。


「で、どんな映画が好きなの? 大輔君って、ここでも誰かが推した映画をいつも黙って観てるでしょ。好きな作品を聞いたこと無かったと思って」


 もし半年前に同じことを聞かれたら、全然答えられなかったと思う。だが、その時の俺は自宅でも映画を観まくっていたので、すぐに作品名が浮かんできた。


「サスペンスが好きなんだ。ベタだけど、デビットフィンチャー監督の映画は全て好き。中でも一番はやっぱり『セブン』かな。あのラストの衝撃は言葉に出来ないくらいだよ」


 いつかこういう日が来ると準備していたので、自分でも驚くほど滑らかに言葉が出てきた。


「ホントに! 嬉しいな。私もフィンチャー監督凄く好きなの。私は『ゲーム』が一番好きかな。あれも凄くドキドキしたよね」

「ホントに? 俺も『ゲーム』は凄く好きな作品だよ。清地さんと同じ作品が好きなんて嬉しいな」


 俺は心の中でガッツポーズした。明音の好きな映画をリサーチしていて良かったと。


「名前で呼んでくれて良いよ。どうせそう呼ぶようになるんだし……」

「えっ?」


 『どうせそう呼ぶ』とはどういう意味なんだろうか? この時の俺は意味がよく分からなかった。


「あっ、いや同じ部員なんだし、もっと仲良くなれるでしょ」


 慌てて弁解した明音だが、思えばこの時点で俺達が付き合いだすのを知っていたんだな。


「じゃあ、明音さん……ちゃん?」

「ちゃんもさんも要らないよ。いろいろあって、同じ学年の部員は二人だけなんだし、気安くいこうよ」


 こうして、俺達は二人だけになった同学年の部員として、親しく話せる仲になった。その後、三カ月近く経った今日、ようやく告白できたのだ。



「俺が告白するのって、いつぐらいから知ってたの?」


 告白が成功したので、浮かれ気分で俺は明音に聞いた。


「もうずっと前だよ」


 少し照れ気味に話す明音が可愛い。


「えっ、じゃあ、初めて会った時には、俺が彼氏になるって知ってたの?」


 俺の質問に、明音は頬を赤らめて無言で頷く。


 これは凄いことだよ。学年でもトップレベルの美少女と運命で繋がってたなんて。もしかしたら、俺より先に明音の方が意識していたのかも。


「あ、でも私だってなんでも分かっている訳じゃないのよ。重要なシーンだけを、客観的な視線で夢に見るの。今日のことは知っていたけど、全てお見通しでは無いからね」


 なるほど、確かに人生全てを事前に体験するなんて無理か。


「あと、この能力のことは誰にも言わないでね。彼氏になる大輔君だから、正直に話したんだから」

「分かった、約束するよ」


 こうして、俺と明音は付き合いだした。


 明音から俺達が付き合いだしたことを、オープンにしようと提案された。俺としては願っても無い提案で、本当に嬉しかった。俺達の関係を明音が肯定的に受け入れているということは、もしかしたら、彼女には幸せな未来が見えているのかも知れない。


 俺達が付き合いだしたことを知ったクラスメイト達はみんな驚いた。俺と明音じゃつり合いが取れないからだろう。客観的に見て、俺はごく普通の男子高校生なので、それも仕方ない。


 明音の気持ちに甘えることなく、俺は好きになって貰えるように努力した。部活の帰りは家まで送ったし、毎日ラインの連絡も欠かさない。事あるごとに、好きだと言う気持ちを言葉にして伝えた。彼女も俺の気持ちを嬉しそうに受け入れてくれている。



 クリスマスイブに、俺は明音を遊園地デートに誘った。もちろんOKの返事を貰い、俺はプレゼントも用意して、デートに出掛けた。


 最寄り駅で待ち合わせして、電車で遊園地まで向かう。遊園地デートなんて初めての経験で、上手くエスコート出来るか心配だったが、杞憂だった。楽しそうな明音の顔を見ていると、何も考えずに自分も楽しめば良いと開き直れた。


「思ってた以上に楽しいわ」


 ジェットコースターを乗り終え、地上に着いた瞬間に、明音は満面の笑みでそう言った。


「思ってた以上?」

「そう。実はね、クリスマスにここでデートするのも分かっていたの。第三者の目線で、楽しんでいる私達を見て期待していたんだけど、想像していた以上に楽しいわ」

「そうなんだ。そんなに楽しいって、なんだか俺も嬉しいよ」


 喜んでいる明音はいつもにも増して可愛い。


 なぜ俺がこんなに可愛い女の子と付き合える運命になったんだろう。幸せ過ぎる。今後どんなことがあっても明音を守り抜く。俺は強く心に誓った。


 夕方になり、昼食を除いて朝からずっとアトラクションに乗り続けていたので、休憩することにした。


 売店で飲み物を買い、テーブルで向かい合う。俺は良い機会だと思い、鞄の中からプレゼントの箱を取り出す。明音が欲しがっていたスマホケースを選んだ。俺のリサーチは完璧で、きっと驚いて喜んでくれるだろう。


「あっ、ちょっと待って。私から……」


 俺の動作を見て、明音は急いで自分の鞄の中から綺麗にラッピングされた小さな箱を取り出す。


「これ、クリスマスのプレゼント」

「ありがとう! 用意してくれてたんだ。凄く嬉しいよ」


 明音もちゃんとプレゼントを用意してくれてた。プレゼントの中身より、その事実に感激した。


「当然よ。彼女なんだから」

「俺もこれ、クリスマスのプレゼント」


 俺も用意していたプレゼントを、明音の前に差し出す。


「ありがとう! 嬉しい。ねえ、私のプレゼントを先に開けてみて」

「ああ、じゃあ、開けるね」


 明音に促され、俺は丁寧に包装紙を外し、手の平サイズの箱を開ける。


「あっ! これは……」


 出てきたのは、俺が明音にプレゼントとして用意した、スマホケースの色違いだった。


「ごめんね。私にはサプライズって出来ないの。凄く嬉しいけど、ちゃんと考えて選んでくれた大輔君はつまらないよね」


 そうか、俺は明音がこの瞬間を知っている可能性を全然考えて無かった。『嬉しい! このスマホケース、欲しがったの』という反応を期待していたんだが、それは無理なことだった。


「いや、つまらないなんて思ってないよ。正直に話してくれてありがとう。知らない振りして喜ばれるより嬉しいよ。明音と付き合えて本当に良かったと思う」


 そうだ。これからずっと付き合っていくんだから、当然予想してなきゃいけないことだ。明音が正直に言ってくれたことに感謝しなきゃ。


「ありがとう。じゃあ、私も開けるね」


 明音は俺のプレゼントしたスマホケースを見て笑顔になる。


「ありがとう! 分かってたけど、現実に体験すると本当に嬉しいわ」


 俺達は早速スマホケースを新しい物に交換して使い始めた。考えてみれば、お揃いのスマホケースを選んでくれるなんて、明音も本気で俺のことが好きなんだな。


 その後も、俺達は遊園地デートを楽しんだ。


 クリスマスイブの日は、特別に営業時間が延長され、花火イベントが開催される。俺達は噴水の縁石に並んで座り、花火を見上げた。


「綺麗……」


 明音はうっとりとした表情で花火を見上げる。俺は花火より、明音の横顔をずっと眺めていた。


 気持ちが昂り、明音の手を優しく握る。


「んっ」


 明音が少し驚いて俺の顔を見る。でも、すぐに笑顔になり、手を握り返してくれた。


 それからは、ずっと手を握りながら花火を見上げていたが、やはり花火より明音を見ていたかった。


 俺の視線に気付いたのか、花火を見上げていた明音が、不意に俺の方に顔を向ける。


 言葉を交わさないが、ずっと笑顔で見つめ合う俺達。


 俺は繋いでいた手を外し、明音の肩に手を回す。明音は俺の肩に頭を寄せ、瞳を閉じた。


 俺はゆっくりと明音に顔を寄せ、キスをした。


 緊張で少し震えていたし、唇が触れ合ったのは、ほんの一瞬のだったが、人生でもっとも幸せな時間だった。


 遊園地からの帰り道は、ずっと手を繋いで歩いた。


「今日は本当に楽しかった」

「俺も。一生忘れないと思う」

「じゃあ、またラインするね」

「うん、俺も」


 明音の家の前まで送り、名残惜しい気持ちを抑えてサヨナラした。



 クリスマス以降、俺は明音の彼氏として自信を付けた。明音も俺のことを好きなんだとという確かな自信だ。


 冬休みに入っても、俺達はデートを重ねた。映画を観に行ったり、初詣に行ったり。こんな幸せな日々がずっと続くと思っていた。



 二月になり、バレンタインデーを目前に控えた日曜日、明音に映画に誘われた。明音と付き合いだしてから三度目の映画デートになる。回数が多い気もするが仕方ない。未来が見える明音は、結末が分からない映画が大好きなのだから。


 バレンタインデーに合わせた恋愛映画で、俺にとっては少し退屈だったが、観ている間中ずっと手を繋いでいられたので満足だ。


 観終わったあとはカフェに入り、映画の感想を語り合った。明音は凄く感動したみたいで、熱く内容を語っていた。


 カフェを出たのは五時過ぎ。帰るにはまだ早い時間だ。


「まだ、大輔君と一緒に居たいな。二人になれる所で」


 照れているのか、明音は顔を伏せ気味にしながら、俺の腕に自分の腕を絡ませてくる。


 『二人になれる所』と言えば……。


「この先のことを予知夢で見たの?」


 明音は無言で首を振る。


 そうか……明音はこれからのことを知っていて誘ってくれた訳じゃないのか。そうなる運命じゃなく、自分の意思なんだ。勇気がいっただろう。俺もそれに応えないと。


「じゃあ、二人っきりになれる場所に行こうか」


 俺は繁華街の裏通りに向かって歩き出した。ホテル街がある通りだ。


 万が一に備えて、お金を余分に持ってきていて良かった。俺達は腕を組んで歩きながら、目に留まったホテルに入って行った。



 夢のような一時が終わり、俺は放心状態で、ベッドの上に仰向けになって横たわっている。


 何もかもが初めての経験で、無我夢中だった。だが、なんとか上手く最後まで出来た。失敗せずに出来たのは、恐らく明音が初めてじゃ無かったからだ。


「初めてじゃなくて、ごめんね」


 俺の胸に頭を預けた明音が悲しそうに呟く。


「いや、謝ることじゃないよ。そりゃあ、明音は可愛いし、当然誰かと付き合っていたって不思議じゃないよな」


 ショックを受けていたが、俺は気持ちを悟られないように、笑顔で誤魔化した。


「違うの。私も好きな人としたのは初めてなの……」


 明音が涙目で見上げる。


「好きな人は初めて……それってどう言うこと?」

「……私、幼い頃父親に性的な虐待を受けていたの」

「えっ、そんな……」


 俺は明音の涙の告白に言葉が続かない。


「未来が見えるようになったのも、そのことが切っ掛け。毎日毎日、寝る前に逃げ出したいと願っていたら、ある日お父さんのお葬式の夢を見たの……。それから一週間後、本当にお父さんはため池に落ちて死んでしまった……。それ以来、未来を夢で見るようになったのよ」


 あまりに壮絶な体験で、俺は掛ける言葉が見つからず、無言で明音を抱き締めた。


「もう一つ、大輔君に話していないことがあるの」

「えっ? どんなこと?」


 この流れを考えると、話の内容に、興味より怖さが勝った。


「実は私、バレンタインデーの日に死んでしまうの」

「ええっ! う、嘘だろ……」


 明音の話は、思った以上に深刻だった。冗談だと思いたいが、明音の表情は真剣で、嘘を吐いているようには見えない。また、彼女に未来予知の能力があるのは、クリスマスプレゼントの内容を知っていたことからも確かだろう。つまり、本当に明音はバレンタインデーの日に死んでしまうのか……。


「ごめんね。本当は黙っているつもりだったけど、大輔君を本当に好きになってしまったから辛くなって……」

「なんとか回避する方法は無いの? どんなことで死んでしまうの?」


 俺はなんとかしたくて、矢継ぎ早に質問する。


「バレンタインデーの放課後。帰り道のどこかの横断歩道で、小さな女の子が車に轢かれそうになっていたところを助けて、私が代わりに轢かれてしまうの」

「じゃあ、その日は家から出なきゃ良い。そうすれば、車に轢かれなくても済むじゃないか」

「私もそれは考えたわ。でも、それじゃあきっと、女の子が死んでしまう。それに予知夢は外れたことが一度もない。私は覚悟しているわ。でも……」


 明音の瞳から涙が零れる。


「大輔君と別れるのが辛い……」


 俺は明音を強く抱き締めた。


「明音は俺が守る」

「えっ、でも……」


 明音は戸惑って俺を見上げる。


「その予知夢に俺は出てきた?」

「いや、大輔君は居なかったわ」

「じゃあ、バレンタインデーの日は一緒に帰ろう。その時点で予知夢は外れることになる。二人で交差点の女の子を早く見つければ、事故はきっと防げるよ。大丈夫。明音は絶対に死なせない」


 何か良い考えがあった訳じゃないが、何とかして明音の命を救いたかった。



 バレンタインデーの放課後になった。今日は部活を休んで、二人で帰ることにした。


「これ、バレンタインデーのチョコレート」


 校門を出たところで、明音がチョコレートを渡してくれた。赤い無地の包装紙でラッピングしてある。


「ありがとう。俺、義理チョコ以外は初めて貰うから本当に嬉しいよ」

「喜んで貰えてよかった。ねえ、開けてみて」


 俺は言われた通り、ラッピングを外して、中の箱からハート形のチョコレートを一つ取り出した。


「美味しそう、食べてもいい?」

「もちろん」


 初めて食べる本命チョコは甘くて心が満たされた。


「美味しい!」

「喜んでもらえて良かった」


 明音はホテルの時からは考えられないくらいリラックスしている。俺を信用してくれているのだろう。絶対に守らないと。


 二人で歩いて、明音の家まで帰る。交差点が近付くと緊張した。


「事故の遭った交差点は分からないの?」

「うん、周りの景色はぼやけていて、ハッキリとした場所は分からないの」


 場所が特定できれば、心構えも出来て、事故を防げる確率は上がるのにな。


 俺達は片側二車線道路の歩道に出た。しばらくはこの道沿いを歩くことになる。事故が起こるとすれば、この道路の可能性が高いと思うが……。


 と、その時。


「あっ! あの女の子よ!」


 明音が反対側の歩道を指さして叫ぶ。そこには母親と手を繋いで歩く少女が、横断歩道に差し掛かるところであった。


「反対車線側か」


 俺がそう呟くと同時に、明音はもう走り出していた。


「明音!」


 俺もすぐ後を追う。


「来ちゃ駄目!」


 横断歩道の端と端で少女と向かい合い、手を振って叫ぶ明音。少女と母親は明音の声に気付かない。


 横断歩道の信号は赤で、道路では車がかなりのスピードで前を通り過ぎて行く。


「来ちゃ駄目ー!」


 明音は車が通るギリギリまで前に進み、大きく手を振り、また叫ぶ。だが、母娘が気付かない。動く気配さえ感じられない。だが、明音は凄く焦っている。


 とうとう明音は赤信号を渡ろうと、キョロキョロと車の途切れるのを窺いだした。


「危ない! あの親子は渡ろうとしていないよ。落ち着いて!」


 俺は明音に近付き、体を後ろに下げる。


「だって、あの子が死んじゃうのよ!」


 俺の言葉が聞こえていないように、明音は叫ぶ。


「でも、危ないよ!」


 俺達は車道の際(きわ)で言い争う。


「俺がやるから!」


 仕方なく俺は明音を守る為に、彼女の体を後ろに押しやり、少女の方に体を向けた。


 その瞬間、ブッブーと大きなクラクションの音と、キキキーと空気を切り裂くような、ブレーキ音が鳴り響いた。


 その音に気付いたと同時に、俺の体は数メートル先に跳ね飛ばされた。明音と言い争ううちに、車道の方に体が出ていたのだ。


「大輔君!」


 薄れゆく意識の中で明音の声を聞いた。


 良かった。明音の命は救えたんだ。


 誇らしい満足感の中に、俺の意識は暗い淵に落ちて行った。



 大輔君が死んで一週間が経った。


 私はお葬式の時以外は、ずっと部屋から出ず、彼の死を悼んでいる。でも、そろそろ母がカウンセリングの話をし出したので、来週からは学校に行こうと思う。


 大輔君、お葬式ではクラスメイト達がみんな、あなたの死を悲しんでくれたよ。自らを顧みずに彼女の命を救ったって、英雄扱いする子も居た。せめてもの罪滅ぼしと思ったから、一生懸命、大輔君の活躍をみんなに話して聞かせたんだよ。


 私、大輔君に謝らないといけない。


 私は嘘を吐いていた。


 私は、私の未来が見えると言ったけど、あれは嘘なの。私は、私に害を与える人間の未来が見えるの。


 最初はお父さんだった。


 小学校四年生の時から、お母さんの目を盗んで、私にいたずらを始めた憎いお父さん。お父さんが私にしたことの意味を知っていたよ。凄く悲しくて、死んでしまいたいくらいだった。


 毎日毎日、逃げ出したいと願っていたら、ある日、お父さんが近くのため池でおぼれ死ぬ姿を夢に見たの。私は本当にそうなれば良いと、お父さんの大事にしていた腕時計をため池に捨てた。お父さんが腕時計のことを聞いて来た時に、ため池で失くしたと嘘を吐いたの。お父さんは慌てて探しに行き、ため池に落ちた。


 あのため池は柵が壊れていて危ないことを知っていた私は、その付近に落としたとお父さんに話したんだ。予知夢の通り上手く行くとは思ってなかったけど、実現した。罪悪感を微塵も感じず私は喜んだわ。


 それからしばらくして、お母さんは再婚し、優しいお父さんができた。そうして平穏な日々が続いたけど、中学に入って、また予知夢を見ることになってしまった。セクハラ教師や私をいじめてきた奴ら。全て予知夢の通りに排除してやったわ。不思議と、そういう奴らを排除した後には、以前より幸せが訪れた。


 高校に入ってすぐ、大輔君の夢を見た時には驚いたわ。悪いことをするタイプには見えなかったから。まあ、あなたのしたことは、他の排除してきた奴らに比べると可愛いものだったね。


 部室を盗聴していたことを知っているよ。そこで得た情報で、私に好意を持つ男子生徒達を脅して遠ざけさせたことも。他にも私の私物を盗んで他の男子の鞄に紛れ込ませたり、結構頑張ってたよね。でも、それが成功したのも、私が陰でフォローしていたからとは気付かなかったでしょうね。


 本当はね、私も迷ったの。大輔君に、命を奪うほどの罪は無いんじゃないかって。でも、ここで見逃したら、きっとあなたは私に大きな害を与える人間になる。それは今までの予知夢から確信できる。だから、せめていい気分で天国に行けるように、私は真剣に演技したわ。正義のヒーローになんて、なかなか成れないんだから許してよね。


 さあ、来週からは学校ね。みんな悲劇のヒロインとして同情してくれると思う。きっと、本当の恋愛も出来るんじゃないかな。


 大輔君、さようなら。天国で私のことを見守っていてね。


                               了

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未来が見える少女 滝田タイシン @seiginomikata

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