9話.ある特殊部隊であった男と不死身

 金属が圧力によって歪む音がした。


 開かなかったはずの自動扉に何者かが横蹴りを入れたのだ。接触面が靴の形でへこみ、扉を何者かが脚力のみでこじ開けたのだ。


 「隊長!たーーいーーちょう!」


 声の先には、隊員の亜里沙が半泣きで駆け寄って飛びついてくる。


 「うぐはッ!」


 冷ややかな視線を照望と染毬は俺に浴びせてくる。身体中の傷が忘れていたかのように急に痛み始めた。


 「おいおい、傷が痛むぞ」


 「ご無事でよかった!」


 その横を、勢いよく人影が通過して二人に距離を詰めた。


 「きゃあああーーー!マジすか!?何なんすか?この美少女おぉーー!おおおおおおおお!」


 黒いスーツを着た女が、染毬と照望を交互に見て悲鳴のような歓声をあげて目を輝かせる。まさか、照望に向かって美少女と言ったわけでないことは考えるまでもない。


 「おい、ここの隣……いや、一つ飛ばしの研究室に実験体として捕縛された少年がいるそうだ。迅速に保護しておいてくれ」


 俺の一言いちごんに対して切り替わるかのように、こちらを向いて親指を突き上げた。


 「その子なら、既に保護して車の中っす!うおおおおお!こっち見たあぁぁ!ポージングまで!感動ですよ!」


 染毬副所長がスーツの女━━加賀美かがみ美代みよの好意的反応に気分を良くしたのか、まるでランウェイを歩くモデルのようにポーズする。


 「染毬副所長。身体からだ……、動かせるのか?」


 「刑事の宮下総一郎ケイジノミヤシタソウイチロウ何かナンカ……気づいたら自由に動かせたのですわキヅイタラジユウニウゴカセタノデスワ。……やっぱりヤッパリワタクシ天才ですわテンサイデスワ!」


 「おい!お前たち、救護の奴らが来る。さっさと行くぞーー」


 俺はただちに撤退命令を出した。


 照望はその・・体質。染毬副所長……いや、天才の嬢ちゃんは機械になっても意識を保ち自律行動をとることに成功してしまった。この事実を俺の上はどう判断するのか。二人を任せ預けるのは気が進まなかった。警察組織の中でも極僅かしか知らない俺や加賀美を含めた小規模組織――五係が二人の身柄を預かることにした。


***


 黒のハイエース ワゴンGL。凡ゆる部分が改造され、運転席と助手席の後ろが三つの空間に薄い壁で区切られたその車体は、護送車を思わせた。私と染毬は前から二番目の席。一番後ろの空間には当時、私はその風貌すら知らぬ無限坂 玲衣がいたらしい。


 特殊部隊の隊長だった宮下総一郎とは一度別れた。当然ながら総一郎が隊員達を現場に残して、その場を離れるワケにはいかないからだ。


 「今日お二人には、私たち――五係の拠点に泊まってもらいますね」


 そう言ったのは、現在ハンドルを握り運転を行う、まるで就職活動中の新社会人を思わせるスーツ姿の美代だった。


 「後ろの少年はどうするんだ」


 「彼は精神が少し不安定ですので個別で安全な場所にいてもらおうと思っています」


 「……そうか」


 「まぁ、彼は研究室に隔離されていた時は冷静に、私たちと話してくれたんですが……外に出た瞬間に混乱しちゃったらしくって」


 私はそれ以上、少年について問おうとは思わなかった。仕切りの隙間から漏れる小刻みな息遣いからは、私に染毬の惨劇と染毬を救うための装置の操作法を数週間かけてモールス信号で教えた賢明な少年の姿とはあまりにかけ離れていたからだ。賢明過ぎるがゆえに、情報で充満する外の世界との久しぶりの再会は彼の幼い身体には耐えられなかったのかもしれない。


 私は隣に座る染毬の横顔に目を向けた。


 「照望テルモチ……貴方アナタにはニハ感謝しているけれどカンシャシテイルケレドこれからもコレカラモ貴方はアナタハ私のワタクシノ実験動物エクスペリメンタルアニマルですわデスワ


 唐突に口を開いた染毬は、精巧に整った瞼を閉じて動かなくなった。


 「ああ」


 染毬が望むのならば、これからも私と染毬の交流は続くだろう。


 ━━染毬であれば、私のことをこの孤独な世から解放してくれるかもしれない。


 こんな時にすら、死への執着が脳内をよぎってしまった。生を渇望し願った結果、身体が人ではなくなってしまった少女の横であまりにも不謹慎であると私は思った。


 しかし、私と染毬が落ち着いて椅子に座し対面できる日が来るのは、だいぶ先になった。


***


 ━━数週間後。


 近年、住宅街が増え続く地方都市━━光世橋市の廃ビル。総一郎は若手の警察官を十数人も引き連れて親戚の若者の住居の改築という陳腐なていで、私の新しい家に住むための準備を手伝わせた。


 次の日、世間には公表されることなく『NBI壊滅作戦』と後にそう名付けられた作戦により殉死した鞍馬くらま 甚助じんすけ及び警視庁特殊捜査課特殊部隊隊員たち6名の葬式は、早朝から警察関係者のみで粛々と進められた。唇を噛み締める彼らの同期の警察官もいれば、冷酷な視線を総一郎に向ける者も多くいた。隊長であり現場を取り締まっていた張本人である総一郎は表情一つ変えずに、弔花に囲まれた中に立てられた故人の写真を眺めた。


「ちょっくら……出てくるわ」


 総一郎は隣に座る亜里沙に一言告げてコンビニで煙草を買うと、その足で葬式会場ではなく照望のいる廃ビルの屋上に登っていた。


 買ったばかりの煙草に火をつけ、肺を煙で満たした。


 「総一郎。ここは禁煙だぞ」


 私は無言で果てしない空を見る男に声を掛けた。


 「今日くらい……許してくれや」


 「総一郎、自分自身を責めるのは間違っている」


 「わかってる。わかってるんだ。……それでも、あいつらの親御さんに、家族に……俺は何も掛ける言葉すら見つからねえ。何で死んだのかも、最期に何を見たのかも……俺は…………俺はなあ」


 「それでも、君は彼らの仇をとった。あのバケモノにたった一人で銃を向けた」


 「違え!アレは確かにバケモノだったのかもしれないが、人間だ!俺は人間四人をぶっ殺した。それで、標的アイツを法で裁くことすら出来なかった」


 総一郎の抑えてきた感情は、悲嘆として爆発した。


 「それでも……だ。君が……君たちがあの場にいなかったらNBIは悪夢のような実験を続け、染毬も死んでいた。君が直接手をくだした研究員もだ。死して利用された彼らの呪縛を君は解いた」


 総一郎に私は私らしくもない言葉で返した。しかし、この行為は決して親切心でも優しさからではない。染毬を助けるのに助力してくれたことに対する、ほんの僅かの感謝の意からである。


 「無力なことも今まで多かっただろう。無様に生き残ることだってあっただろう。それでも、総一郎。君は生きているんだ。生きているのなら、死んだ仲間の分まで君のなせることを……なすべきことをするしかないんじゃないか」


 死ぬことの出来ない私が、まるで自分自身を糾弾するかのように総一郎に言葉を並べて言い放つ。長年、現場に立つ総一郎にとって殉職とは初顔合わせなわけがあるまい。総一郎だって、そんなことは分かっていることの筈。それでも、今回はあまりにもイレギュラーなことが重なってしまったのだろう。裁くべき犯罪者は死に、多くの犠牲を代償かの如く失った。それを隠匿し、大規模組織の半分もその事実を知らない。


 「俺が……死んじまえばよかったのかもしれねぇな」


 雲一つない青空に、紫煙で追弔の雲を浮かべた。先立つ順番の狂いに対して吐露しながら。

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不死身の遺言書 未旅kay(みたび けー) @keiron

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