第3話 パンケーキる
「お客様、大変申し訳ありません。」
最敬礼で謝罪。とにかく謝罪。返金した後も謝罪。…まさしくクレーム対応である。
「あのねぇ。こっちは値段の札をよぉ〜く見てレジに来たのよ?なんでそれが、実は違う値段でしたぁってなるのよ。わかる?そっちのミスよねぇ!」
頭を下げながら、腕時計を確認。…うへぇ、一時間…。しかも私のミスではない。誰かの為に謝ってる…。
「…もう!信用に関わることだわッ!」
ただ、お客様の言ってることは確かにど正論であることも違いない。私は謝りながら、心の内で納得をしてしまった。
「…で、蜜柑。つまりちゃんと朝の売変確認してなかったわけだ。」
「…今朝は遅番だったんですが…」
「あら、新米のくせに一丁前に言い訳?あのねぇ。あなたも正社員なら、きちんと目を通して仕事しなさいよ」
「…応援勤務なんで、どこに何があるかも把握できてません…」
「そんなこと、初日に出勤する前に自分で来て確かめるのよッ!!」
…うん。言ってることはね、わかるよ。わかるんだけど…私昨日も仕事だったんですけど…
いつのタイミングで挨拶に来いと…。
クレーム対応一時間半、そこから応援店舗のリーダーに一時間の説教を受けた私は、どっと疲れたまま定時を迎えた。
「はぁ…」
意識せず口から漏れたため息とともに、重い体を引きずって着替えを済ませて愛車に乗り込む。
癒しが…
癒しが欲しい……!
重だるい頭がカッと覚醒した。
「どいつもこいつも腹立つばっかり!私は食べることだけが生き甲斐よ!」
幸いにも、明日は休みだ。
よし…私にはこれしかない!
不定休のわたしの楽しみは、彼氏に愚痴ることでも友だちと喋り倒すことでもない。
ひとりで悠々とできること、そう、グルメを貪るただそれだけ…!
口コミサイト、雑誌、コラム。あらゆる情報から引き出したこのグルメ脳の私こそ相応しい、グルメるという行動…
上司に怒られてもいい。失敗してしまってもいい。行き場のないフラストレーションを抱えたっていい。
どんな時にも必ず私は…胃袋を幸福に満たしたい…!
ガチャッとドライブに合わせ、ハンドルをきって職場を後にした。
ナビはいらない。私はいつものお店、いつもの場所へと運転を始めたのだった。
…カランコロンカラン
洋風の扉には、オープンの文字。小さなお城のような建物に入ると、私はいつも座る端の席へ座った。
座席数は比較的少なく、夕方から開店する夜カフェ、のようなお店だ。内装はアメリカンチックで、観葉植物も置いてある。
暖かいオレンジの照明は、心を落ち着かせる雰囲気を持っているようだった。
「いらっしゃいま…あ、みーちゃんじゃないの。」
ウエイトレスは幼馴染の氷野ちゃんだ。
私はにっこりと笑い、「いつものオリジナルパンケーキ、でっっかいやつ」と注文をした。
何かを察したような氷野ちゃんは、優しい天使のような笑顔で頷いた。
メニューは沢山ある。
カクテルなんかも置いてるみたいだし、なによりスイーツが絶品なだけでなく洋食もよりどりみどり。ディナープレート、ハンバーグ、オムライス、バーガーもあるしステーキもある。シンプルにフライのメニューやポテト、サラダなんてものもあったり。
それらを見てもなお、私は決まったメニューを頼む。
そう。オリジナルパンケーキだ。
「お待たせ。」
ゴトンッと重量物的な音をさせ、丸く大きな平皿が置かれた。
そこにはタワーになったパンケーキ、どっしりと生クリームが高く聳え立ち、彩にブルーベリーやフルーツがカラフルに添えられ、黄金色に輝くメープルシロップがとろとろとかけられていた。
ナイフとフォークを両手に構える。
「ごゆっくりどうぞ」
「ゴクンッ。氷野ちゃん、いただきます」
「召し上がれ」
にこにこと立ち去る氷野ちゃんを横目に…私はタワーの攻略をはじめた。
とにかくパンケーキも生クリームもタワーのになっているので、ケーキのようにそおっとでもたくさんを切り、生クリームを上からドブっと掬い上げる。
…ガブッ…
ふわわん
口いっぱいに頬張り、生クリームが唇を包む。きっとぺっとりついているだろう生クリームを、下でぺろりと舐めた。
お行儀?
確かに品の良さは女子に必要科目なのかもしれないけれど、でもそれよりもっと大切なのは…
美味しいスイーツを幸せいっぱいに頬張ること!
切って、食べて、弾力のあるふわふわの生地を噛み砕き、もくもくと咀嚼し、飲み込む。
とろけるように甘いクリームと、フルーツ、メープルの優しくて上品、それでいて懐かしい味をゆっくり楽しんだ。
甘酸っぱい
甘い
柔らかい
とろける
とろける
とろける…!!
幸せのトリプルスリー。
メープルのかかった生クリーム、パンケーキ、フルーツ…
もぐもぐもぐ、ごくんっ
もぐもぐもぐ、ごくんっ
セットのコーヒーも忘れずに。
甘い甘い甘いをリセットし、再び天使の甘さをこれでもかと堪能したのであった…。
「ごちそうさまでした。またね、氷野ちゃん!」
「うん。またきてね」
カランコロンカラン。
お店を出ると、あたりは真っ暗闇。
さっきの落ち込みはどこへやら、お腹いっぱいの幸福に満たされていた。
ぶるるっとスマホが振動し、歩いていた足を止める。なんだろう。
『リーダーが言いすぎたから謝っといてって。自分で言えよな!まぁ蜜柑も今後気をつけて反省した方がいいよ』
…うるさいわ!
私はムッとしそうなのが嫌で、速攻スマホを閉まった。
私が悪いところも確かにあったんだから、それはまた次の出勤日に謝ろう、と心に決めた。
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