第2話 うどんる





「蜜柑、もっとこっち…」

「や、先輩…そこは…っ」


籠った声と、擦れる音。そして肌と肌の感触…。

大人同士の戯れの中、カーテンからは朝日が差し込む。

吐息、心臓の音、熱い体温、柔らかな感触…全てに委ねた感覚に快感…







「…あ!」

「え?」

「先輩っ、帰ります!」

「???」

「明日から応援勤務なんで、ちょっと用事!」

「…え?今?」


がばっと起きて、服を着た。

仕事、休日、仕事の合間の日。今日の今日は行かなければ…やらなければならないことがある…!







洗面台で軽く化粧をし、色気のないジャージを持ってきた紙袋へ突っ込む。そして鞄を引っ掴み……




「じゃ、また電話してください!」


バタンと玄関を出た。



「…えぇぇ…蜜柑…」











パンプスで早足に駐車場へ向かうと、洗車をかかさずピカピカにしている愛車へ乗り込む。



不定休のわたしの楽しみは、彼氏とセクロスすることでも友だちと飲み明かすことでもない。

ひとりで悠々とできること、そう、グルメを貪るただそれだけ…!

口コミサイト、雑誌、コラム。あらゆる情報から引き出したこのグルメ脳の私こそ相応しい、グルメるという行動…


朝からのハートフルセックスを無駄にしたっていい。次回の埋め合わせが多少骨の折れることになったっていい。

どんな時にも必ず私は…胃袋を幸福に満たしたい…!






「…獲物はココね」



静かにナビに入力し、軽四を力一杯運転する…
















着いた先は、軒を連ねる一角の店。

木の看板が目印で、手打ちの文字が眩しいったらない。



「っしゃっせー!」

「っせー!」



元気な声でお出迎え。白い帽子に白い制服。そしてくしゃくしゃな笑顔でおばあちゃんとおじいちゃんが私を中へ通す。



「好きなとこどーぞー!」


忙しそうなお昼時。…スタートダッシュ遅めだった私…不覚。

そしてカウンター席に座った私は、ズラリ並んだお品書きに視線を走らせた。

カウンター席から見える厨房、その中に達筆な筆跡でかかれたメニューが並ぶ。



……しかし。

私に、迷いはない……。



「あのっ!」

「はぁーい!」

忙しそうなおばちゃんが、くるりと反転してザッザッと足速にメニューをとりにくる。



「ミニ天丼と、かけの大ください!」

「ミニ天丼とかけ大ね、お待ちください」



私の後も忙しそうに2組くらいのメニューをとって、厨房に戻って行った。

…このうどん屋、星が4つの大満足評価であることを私は知っている。そして何より、早いことで有名なのだ…!





おばちゃんが一人で表を切り盛りしているところに感動をおぼえながら、そっとその時を待った。


シンプルなうどん以外にも、天ぷら、肉巻きおにぎり、焼うどん、鍋焼きうどん……

たくさんのメニューが揃い、お昼時の腹ペコたちを唸らす。



「…お待ち!天丼小と、かけ大ね!」



金色のスープ、そしてあつあつ湯気に行儀良く揃った麺。小ネギと天かすを割り箸の横の入れ物からとり、順に入れる。

黒々とした茶色のソースに、えび2本、青葉、蓮根に人参。どっしりの重量感でミニサイズと呼ばれたガツ飯天丼。


どくん、どくん…

心臓が高鳴る。

まるで恋をしているような…

そして、片思いの相手を見つめるような…







パチンっと割り箸を割り、ぐわっと自身の口を開けた。

………勝負!!!




まだあつあつの大きな丼を持ち上げ、ずずずっと熱を発するスープをすする。だしの香りが口いっぱいに広がり、まだ眠っている粘膜に優しく問いかける。

そしてその丼を置き、今度は麺を豪快に頬張った。

ズルズルズルッと、年頃の女子ならぬ食べ方で腰のある形の良い麺を胃に収める。

のどごし良し!腰の強さ良し!そして小麦の香り、もちもちの食感…まさにパーフェクト!

だしを巻き取り口の中をもちもちほんわかパラダイスにするこのパーフェクトうどん。


そして何より、ネギの薬味の役割。さっぱり、そして天かすの潤しい旨味引き立てる役割。ふわっふわっと口の中を常夏に、けれど優しい母ちゃんのような包み込む世界へと変える。



そして次は、天丼。

まずは蓮根。ザクザクっと歯で噛み切り、衣の感触や歯応え、そして根菜の旨みを楽しむ。

たれがなんとも言えないハーモニーを生み出して、米を…


米を食べずにはいられない…!!!



あつっふわっ…米!がつっがぶっ…米!

内臓を温め、胃に放り込み、おでこや首からは大粒の汗が流れ始めた。



ゴクッゴキュッ

ガブッ

カリッシャキッ

カッカッカッカッ…ごくん!



体中が唸る

私は…ぺろりと完食した。











「ごちそうさまでしたぁー!」

「またお待ちしてまーす!」



ガラガラッと店を出ると、私は明日からの仕事に心を躍らせた。


『新人もそろそろ終わるし、他店舗もよく見てお客様の食育に関われるように

色んな物、色んな世界を見てらっしゃい』



『…え?蜜柑、俺と同じ店舗来るの?楽しみにしてるよ!俺販売部門だからあんま会えないかもしれないけど、昼飯くらい一緒に食べようぜ!』




…よし!明日からも頑張ろう!


私はその後、映画を見て帰った。

そして夜は…先輩と……



「あぁ〜んっ」

「ッ蜜柑!」






…ごほん。

それでは今回も、このくらいで。

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