グルメる
茶子
第1話 豚カツる
「みーかーんー?」
「…リーダー、申し訳ありませんでした」
「あのねぇ。打ちミスはクレームとして上がりやすいのよ。あなた社員になって一年経ったのよね?」
「…はい」
「新人卒業なんだから、もう少し正確さを身につけて頂戴よ。するなとは言えないけど、ちょっと多すぎるわよ」
「申し訳ありません…」
頭を下げて謝るのみ。迷惑被るのはお客様なんだから…
でも…
でも……!
「…怒り方がねちっこいのよ!!」
愚痴りたくもなるでしょ。
仕事が終わると、私は真っ先に車に乗り込んだ。今日は何を食べようかな。
不定休のわたしの楽しみは、彼氏に会うことでも友だちと飲み明かすことでもない。
ひとりで悠々とできること、そう、グルメを貪るただそれだけ…!
口コミサイト、雑誌、コラム。あらゆる情報から引き出したこのグルメ脳の私こそ相応しい、グルメるという行動…
上司に怒られてもいい。失敗してしまってもいい。時に苛々したっていい。
どんな時にも必ず私は…胃袋を幸福に満たしたい…!
今日は朝からずっとこれ、これを食べたかったの!
夕方タイムカードをきり、真っ先に着替えて車に乗る。乗った車のナビに場所の入力をし、たどり着いたのは簡素な建物にシンプルな看板ーーーー《トンカツ》の文字。
車を止めて、中に入った。
油の濃厚な匂いが鼻腔をくすぐり、ぐぅ、と胃を圧迫する。すこしズルッと滑る感覚の木の椅子に座ると、ぺらぺらで年季の入ったメニューを目の前に持ってきた。
かつめし…カツ丼…トンカツ定食…
専門店ならではのシンプルな内容、そして何よりも並の上に特盛まであるがっつり過ぎる素晴らしいメニュー。
それを見たとて、迷うことはない。
「すみませーん」
「はいよぉー!」
グラスに水を並々注ぎ、私の席へコトッと置く。恰幅の良く笑顔の眩しいお母さんは、「何にする?」と元気に聞いてきた。
「トンカツ定食、特盛でお願いします」
「ご飯も多いけど、カツが2枚だよ」
「食べられます」
「しっかり食べてね…アンタぁ!カツ定の大ね!」
「……」
無口で少し険しい表情をしたおじさんは、こくんと頷く。私はそれを見て、いいご夫婦だなぁとしみじみ思った。
…そして暫く待つ間。斜め上の小さなブラウン管テレビからは、野球の解説者の声が聞こえて来る。なんとも古き良きお店だなぁと思いつつ待つこと数分。
ついに…!
「お待ち。カツ定、特盛ね!」
お母さんが重たそうなお盆を軽々と私の前に置いた。
ほかほかつやつやの白ご飯。蛍光電気に照らされて、白い湯気がのぼる。
大皿には山のようなキャベツに、揚げたてで衣もしっかりと狐色に染まった肉の匂いで誘惑をしてくる…メイン、トンカツ。
そして、わかめと豆腐の懐かしい香りで鼻をくすぐる素晴らしい友、お味噌汁。
お漬物は沢庵、そしてオレンジが小皿に一切れ。
私はじゅるりと涎をのみ、パチンと割り箸を割った。
まずはサクサク香ばしいトンカツ!
ざくざくと音を立てて肉の弾力ごと口に頬張る。一口大に切ってあるそのカツの上には、どろりとしたたる甘めのソース。酸味と甘味が肉の旨味をより引き立て、口の中いっぱいに満ちる。ざくっざくっと食べたお次はつやつやの白ご飯。お箸でぼこっと大きくとり、胃に収めたカツの後追いをする。濃厚を中和するお米の旨味。
そして、ズズッとすするのは、母の味すらするお味噌汁。出汁香る、優しいお味。
熱っ、と口の中を灼熱にしながら、それらをがっつがっつと食べ進めた。
「ごちそうさまでした!」
「ありがとうございましたー!」
この量にしてはお安いお勘定を済ませて、愛車に乗り込む。
「よし、次も頑張ろう。」
こうして私は、休日前の禊を済ませて帰路についたのだった。
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