如月2 つむじが曲がらないミヤコダさん(中編)
まだ2月
「という訳で、今年も都田架乃さんの喜寿を祝う会を開催したいと思いマース」
誕生パーティーという名のただの宅飲みの宴会が、アライさんの乾杯の音頭で始まった。
今年は全員がめでたく既に成人しているので、お酒を飲みたい人は、「とりあえずビール」の入った使い捨てのプラコップを持っている。
座机の上には、紙皿に乗せられた惣菜やお菓子。食器は使わないのだそうだ。
「親愛なる友人、態度がエロ女王様な都田架乃さんが、めでたく77歳を迎えましたー」
「きじゅー」「20歳だってば」「きじゅ〜」「喜寿」「キジュ?」
「「「かんぱーい」」」「え、ちょっと何!?エロ女王って」「まあまあ乾杯乾杯」
早速、架乃が一気にビールを飲み干した。架乃は、プラコップにビールを注ごうとして、やめて、500mlの缶をそのまま手に取った。ああ、飲む気満々だ。
それを見て、アライさんが「今日で20歳の人の飲み方と違うなあ」と言い、モリさんが「ミヤは、サバ10歳以上読んでるからねっ」と言い、ニトウさんが「喜寿だからぁ、57歳のサバ読みだねえ」と続いた。そして、架乃が「読んでないつーの、しかも10歳とか57歳とかどういうことよ!」と喚く。
この友人たちと一緒にいる時の架乃は、ちょっと威張りん坊で、意外にイジられキャラだ。架乃は、一時期、アライさんしか友人がいなくて嫌な思いをしていた。アライさんが架乃を遠慮なく弄っているうちに、だんだん周りがそれに馴染んできて、アライさんと親しかったモリさんとニトウさんが一緒にいるようになったらしい。
架乃の友人たちは、架乃のことをミヤとあだ名で呼んでいる。多分、みんな、私の名前も深弥だってことを知らない。この人たちには、「カヌキさん」という私の苗字呼びが定着している。
「ね、なんで喜寿なの?」
私の同じ学科の友人でもある吉原が、小さい声で私に尋ねてくる。
「去年のお誕生会は、還暦を祝う会でしたよ」
「え?」
吉原と架乃は同じ高校だった。
「老けてるって、いつも弄られてるんですよ」
「へえぇ、あの都田さんがね」
「あ、そうか、吉原は、高校時代の架、ミヤコダさんのことを知ってるんですね」
「私の方はね。都田さんは、私のことは知らなかったけれど。まあ、ウチの高校で同じ時代に通っていた人はみんな都田さんのこと知ってると思う」
「え、高校の時のミヤってそんなに有名なの?」
モリさんが吉原のプラコップにビールを注ぎながら訪ねた。
「…そこっ、昔話はやめて」
架乃が何かまずい気配に気付いたらしい。
「ああ、まず見た目が派、華やかじゃないですか」
吉原、今、派手って言い掛けたよね。
「地元では、そこそこ有名な私立なんですよ。お坊ちゃま、お嬢様も多いし」
「中高一貫?」
アライさんが会話に加わり、ニトウさんも視線を吉原に向けた。
「都田さんは中等部からですよね、私は高等部からです」
「吉原さん、敬語はカヌキさんだけで十分だから、タメ口でいいよ。でも、わたしの昔話は勘弁して」
敬語癖を責められた気がした私はちょっと拗ねて、吉原に先を促すことにした。
「吉原、続きをお願いします」
架乃が、余計なことを、という嫌そうな顔で視線を私に向けた。知らないもん。
「見た目がただ大人っぽいだけじゃなくて、茶髪にするわ制服を着崩すわで。そう言うと不良みたいだけど、成績は悪くないし言葉遣いや仕草は上品だからヤンキーっぽくはないというか」
「ヤーメーテー」
架乃が顔を赤くして耳を塞いでいる。
「で、いつも笑ってるし、クラスの場を盛り上げてるし、人気者だったな。あ、高校1年の時、1 年なのにオーケストラ部の定期演奏会でソロ弾いたりもしてたよね。で、来年はコンマスとか言われてたのに、オケ部よりも文化祭実行委員会の委員長の方に力を入れちゃった、ってオケ部の子が嘆いてたっけ」
「よく知ってるねえ」
アライさんが言うと、吉原は肩をすくめた。
「それだけ、目立ってたってこと。あ、でも1番はアレ。その年の文化祭の実行委員長挨拶。アレで私も都田さんを認知しました」
架乃が立ち上がって、部屋から逃げようとしたので、私がその腕をがっちりと掴む。逃がさない。
文化祭の開祭式。園長先生の長い話に生徒みんなが飽きて焦れていた。さっさと文化祭を始めさせろ、誰もがそう思ってた。
そこに、文化祭実行委員長の挨拶で都田架乃が登場した。誰もが短い挨拶を期待する雰囲気になる。壇上に気だるそうに立った都田架乃は、周りを見渡しながら10秒何も言わなかった。いつもは学園のリア充の象徴として、にこにこ笑っている都田架乃だったが、その時は無表情だった。
そして、手のひらを見せるようにして、ゆっくりと両手を上に上げたかと思うと、パーンっと頭の上で打ち鳴らした。そのまま、パーン、パーンとテンポを上げながら打ち鳴らした。さながら、陸上競技場を盛り上げるハイジャンプの選手のように。
それを見て生徒たちもパンパンパンと手を打ち鳴らす。
「…もっと…」
ようやくの一言がそれ。
「もっと、鳴らして」
その声に生徒たちは瞬間どよめき、それからもっと大きな手拍子を打ち鳴らし始める。開祭式の会場となった体育館が揺れるかのようだった。
そして、オーケストラの指揮者のように腕をばっばっと振って手拍子を止めさせた。
一瞬の沈黙
「…わたしを、楽しませて」
会場中に、高校生とは思えない色っぽい呟きが響いた。
「そして、あなたも楽しんで」
マイクに唇を近付けて囁くようにそう言うと、息を吸い込む。
「…っ始めやがれえぇぇっ!!」
都田架乃の大絶叫に、おおおおおおおおっと大歓声が上がった。
「え、やだ、それ、高校2年生のやること?」
モリさんが笑いながら言った。多分、引いている。私もちょっと引いた。本当に、嫌だ、そんな高校生。
「だよねえ、でもみんな高校生だから、それでめちゃくちゃ盛り上がっちゃって。もうカリスマ実行委員長」
吉原がけらけら笑う。気が付くと、架乃は部屋の隅っこで壁を向いて体育座りになっている。その隣には、ビールの空き缶が2本転がっていた。あれ?今日の主賓って誰だったっけ。
私はちょこちょこっと架乃に近付き、みんなに聞こえないように耳元で囁く。
「架乃」
「…何?」
「…私を、楽しませて…」
次の瞬間、私は架乃に頭を抱え込まれていた!
「わ!ミヤがカヌキさんを襲ってる!」
部屋の隅で二人でジタバタしていたら、ようやく気付いてくれたモリさんの声がして架乃が腕の力を抜いてくれた。…死ぬかと思った。
「そんな隅っこでイチャイチャしてないで、こっちで飲もう」
アライさんが架乃の手を引っ張ってくれて、私と架乃は宴席に戻った。
「高校の時のわたし、色々と痛いキャラだったから、大学では大人しくしてるのに…」
「別に、大人しくしてないじゃん。1年の時にクィーンとかなってるし、今年はカップル3位だし。完全に目立ってるよ」
ぼやく架乃にモリさんが鋭く指摘する。
そんな騒ぎを見ながら、私はそのうち吉原から、架乃の高校時代の話を色々、ええ色々、聞き出しておこうと決意する。
「あ!高校って言えば」
突然、モリさんが大きな声を出して、私を見た。
「カヌキさん、松崎くんと高校の時、付き合ってたって本当!?」
ええ!いきなり矛先がこっちに向いた!その名前、架乃が不機嫌になるNGワードなんですが。
「「彼氏?!」」
なぜか吉原とニトウさんが反応する。
「香貫、彼氏いたの?」
「カヌキさん、彼氏いたの??」
「いや、工学部1年の松崎くんってカヌキさんの元同級生のちょいイケメンで、紹介してもらって話してみたら、中身もいい人だったから、あたし、昨日バレンタインデーで告白したの」
あ、そうなんだ。成人式で松崎くんに会った時にモリさんのことを紹介しておいただけなんだけど。
「そしたら、元カノが忘れられないって断られて、元カノって誰って聞いたら、カヌキさんだった」
聞いてない、そんなの! あ、架乃が睨んでる。
「いや、モリさん、もうとっくに別れてますから」
私が顔の前で手を振るようにして言うと吉原が驚いた顔で言う。
「香貫でも恋愛するんだ。興味ないって顔してるくせに」
「ええ、私もカヌキさんと付き合いたい」
ニトウさんがボカっと架乃に頭を叩かれた。
「ニトウ、あんた交際15年の幼なじみ彼氏いるじゃん!」
「ええよお、カヌキさんと付き合えんならぁ別れても」
「ちょっと待て、誰だ、ニトウにこれ飲ませたの?」
アルコール分が強くて危険と言われてるチューハイ缶、その空き缶をアライさんが持ち上げた。
「カヌキさあん」「え?」「こらニトウ、この酔っぱらい!!」「で別れてるんだよね」「別れてます!」「え、香貫ちょっと聞かせてよ、彼氏のこと」「嫌ですっ」「で、吉原さんは彼氏いるの」「え?」「いるじゃないですか」「いいな、どんな人?」「カヌキさあん」「それ私が飲むつもりだったのに空になってる」「ミヤ、それは隠しとけって言ったじゃん!」「ウプ」「ニトウ!?」「やばい、ニトウがっ!!」
得てして大学生の飲み会は惨状と化すそうです。
架乃たちはまだわーわー騒いでいるが、私と吉原は少し寒いダイニングの方へ移動して頭を冷やしていた。
「賑やかだねえ」「そうですね、でも楽しいです」
「で、香貫、もう誰とも付き合わないの?」
「ははは、ミヤコダさんより、格好良い素敵な人がいたら教えて下さい」
「…うーん、それは難しいかなあ」
吉原は私の発言を聞き流してくれたようだ。
私と架乃の関係はまだ秘密にしておきたい。
すると、いつの間にか惨状が再開されていて、ガシャーンとかグシャっという音と、わっとか、ティッシュティッシュとか声がし始めた。
私の背中を冷たいものが流れる。
…私の映画部屋が
「…全員、そこに一列に座りなさい!!」
「「はいっ」」」
私の大声にビシッと反応して、大型テレビと対面するように、架乃、アライさん、モリさん、ニトウさんが4人並んで正座した。
「吉原、悪いけど、ちょっと机周り片付けて下さい」
そそくさと吉原が散らかった食べ物や飲み物、空き缶などをダイニングの方へ運んでいく。
「正座は足に悪いので座り方は自由ですが、横になるのも飲食も禁止です」
何、何、という怪訝な顔で4人は足を崩す。私がブルーレイをセットし始めるのを見て、架乃だけは、あ、と言う顔をした。
「皆さん、ホラー映画はお好きですか?」
架乃は頷き、他の3人は首を横に振る。そう、普通はみんなホラー映画は嫌いだろう。でも、私の大事な映画部屋を汚したのだから、私の好きなホラー映画を見ていただいても構わないですよね。
しかも選りすぐりのヤツ。初心者には絶対無理なヤツ。
「ああ、カヌキさん、怒らせちゃった…。この部屋、カヌキさんの大切にしている映画鑑賞用の部屋なのに」
他の3人に言い含めるように架乃が呟く。座っている3人が、やばいという顔をする。
私は部屋を暗くして、リモコンの再生スイッチを押した。
主人公はミニチュアのドールハウスの作家。現実とミニチュアの家がリンクするように陰鬱な感じで映画が始まる。作家の家族を取り巻く暗く異様な雰囲気は、嫌な現実から、やがて予想外の非現実になっていく。
この映画は、色々と怖いのだけど、とにかく登場する役者の顔からして怖いのだ。しかも架乃にとって苦手なオカルト系。
4人から「う」とか「ヒっ」とか息を呑む声がした。
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