師走2 カヌキさんのお好みは

 まだまだ師走




 大学祭実行委員会から、ホテルのレストランでのペアのクリスマスディナーチケットをもらった。

 大学祭のカップルコンテストで優勝したのは、工学部の男子とそのドールだったけれど、彼はドールと食事ができず、かと言って、2位の男同士のカップルへのチケットを譲渡するのは腹ただしいとして、3位だったわたしたち「カヌキくんとミヤコダさん」に回ってきたのだ。

 ラッキー!


 駅に近いそのホテルのレストランは、土曜日の12月24日はさすがにダメだったけれど、前日の23日は席の予約ができた。

 そのまま一泊しようかと、「カヌキくん」こと深弥みやを誘ってみたものの、

「引っ越しでお金けっこう使ったんだからダメです」

 と、拒否られてしまった。

 そうね、大学祭の日、わたしたちはチケットをゲットしたけれど、アパートを追い出されたんだった。

 大半の費用は、引っ越しの原因を作った人の親が出してくれたとはいえ、それなりに自腹を切ったのも事実だ。

 いやさ、せっかく一緒に暮らすんだからさ、食器とかさ、共有部分の家具とかさ、わたしとしては懲りたくなるわけで、頭の固い彼女と駆け引きして、なんとか色々揃えた。それは、二人で新しく使うものだから、他人にお金を出してもらうわけにはいかない。確かに、思ったよりお金の掛からない引っ越しだったけれど、お金を使わなかったわけじゃない。

 なので、彼女の言うとおり、わたしはホテルの宿泊を諦めざるを得なかった。


 で、そんな頭の固い彼女は、とりあえず今、わたしの目の前で幸せそうな顔でフルコースを味わっている。

 12月23日のクリスマスイブのイブだ。

 パーティーとかではないので、そんなに気合いを入れてお洒落をする必要はないのだけれど、ふだん、パーカーとデニムばかりの彼女にスカートをはかせ、メイクをして、そうそう、眼鏡をコンタクトにさせた。


 深弥は、すっぴんでも可愛いけれど、童顔なので、下手をすれば中学生に見えてしまう。

 睫毛が長くて黒目がちの目がきれいなのに、ふだんは、眼鏡で隠している。

 眼鏡をコンタクトに変えて、少し化粧してみれば、実年齢の20歳に見えるくらいに、ぴょんっと大人びた。



「どうかしました?」

 深弥を見つめ過ぎて、食事の手が止まってしまったわたしに気付いて、深弥が首を傾げる。

「なんでもない」

 答えてわたしは炭酸水の入ったグラスに口を付ける。

「もしかして料理が口に合わないんですか?私、とっても美味しいんですけど」

 深弥は、アスパラガスになんたらかんたらのソースがかかったやつに、ナイフを切り入れたところだった。

「ううん、美味しいよ」

 見とれてたって言ったら、恥ずかしがりながら怒りそう。


「帰ったら、また何か映画観るの?」

「うーん、クリスマスに観たいホラーって、あんまり思い付かないんですよ。調べるといくつかあるんですけどね、なんだか食指が動かないんです」

「そういうこともあるんだ」

「や、架乃と一緒に観る、という前提で考えると普通のホラーじゃ面白くないじゃないですか」

 ちょっと待て、なにそれ?

「えーと、深弥ちゃん。それは、何が面白くないの?」

「私は架乃が怖がったり泣いたりしてくれるのが観たいんです」

「それ、映画が面白いんじゃなくて」

「ははは、架乃のリアクションが面白いんです」


 しまった、深弥が新たな映画の愉悦を得てしまった……!


 メインはお肉。牛肉をなんたらかんたらして、なんたらかんたらのソースをかけて、なんたらかんたらを添えて……

 うん、おいしい


「架乃、怖い映画じゃなくてもいいので、どういう映画が観たいですか?」

「ええ?それ、わたしに聞くの?」

 わたしは深弥と会うまで、そんなに映画は観なかった。ごくたまに、友達や当時の彼氏に誘われて映画館に行ったことはあるけれど、正直、何の映画を見たか覚えていない。


 さて、ところで、わたしは自他共に認める嫉妬深い女だったりする。

 つい、この間も、深弥が中学生の女の子の家庭教師のアルバイトをすることに不満を持ちすぎて怒られたばかりだ。正直、今も気に食わない。


「じゃ、深弥の好きな俳優か女優が出てくる映画」


 わたしは、そんなものにまで嫉妬する、のかな? 試してみようか。

 深弥は、どんなタイプの人が好みなんだろう?高校時代の彼氏は、なんかうすらボケた男だった気がする。まあ、深弥と付き合っていたことが許せなくて、元彼氏を歪めて記憶しているところは否めない。うすらボケた、という所感は深弥には隠している。


「私、俳優を基準にして映画を観ることあんまりないんですけど」

 そうね、怖いか、どう怖いか、凄まじく怖いか、が基準だもの。

「わたしに似ている女優とか」

 そう言ったら、眉間にシワを寄せて凄く嫌そうに顔をしかめた。何言ってんだ、こいつって表情かおだ。


「…好きな俳優っていうのとは少し違うかもだけど、私が観ていて素敵だな、と思った俳優が出ていた映画でいいですか?」

「深弥でも、そういうこと思うんだ。怖くて楽しーだけかと思ってた」

「そりゃ思いますよ。素敵とか格好いいとかくらい」

 なんたらかんたらとなんたらかんたらの生クリーム添えのクリスマスケーキをフォークでつつきながら深弥が意味深に微笑んだ。


 素敵とか格好いいとか


 深弥が私以外の人間をそう思うことに早速ムカつく。自分で「好きな俳優」って言っておいて、その答が気に入らなくて、一人で腹を立ててしまう。わたしのこんな子供っぽくて狭量なところはなんとかならないものか、と自分でも思うのだけど。

 ちょっとほっぺたを膨らませたら、深弥が手を伸ばして、わたしの頬を指でつついた。

「このデザートも美味しいんだから、そんな顔しないで」

 はあい、っとわたしは頷いて、コーヒーを一口飲んで、心を落ち着けさせた。




 駅からバスに乗って、バス停から少しだけ歩く。

 この街は冬でも温暖で、1年通しても、ほとんど雪は降らないから、ホワイトクリスマスとは無縁だ。

 それでも寒いものは寒い。だから手を繋ぐのは必然。ポケットに入れるより暖かい、ていうか熱い。深弥の体温が高い。

「架乃、架乃の手が熱いんですけど」

 あれ?熱いのは、わたしの手なの?



 家に着く。

 引き戸を開けて、灯りを点けて上がりかまちで靴を脱いだ。そこからダイニングに入るか、2階に上がるかだ。深弥は2階に上がろうとした。それは、服を着替えるためだ。2階は二部屋あって、それぞれの部屋になっていて、二人とも2階の自分の部屋に着替えがある。


 でも、わたしは、深弥の手を引っ張って引き留めて、そのまま抱き締めて、深く口付ける。

 深弥が俳優を素敵だと思う、そんな当たり前のことが、わたしを焚き付けている。

「…ちょ……っ」

「さ、きが…え……っ」

「か、の…」

 ちょっと待って、先に着替えさせて、架乃

 ってところかな。言わなくても分かるから、言わなくていい。

 外気に触れていた頬は冷たい。でも、繋いでいた手よりも口の中はもっと熱い。


 深弥が息を上がってきたので、わたしは腕を緩めて、目鼻が見えるくらいには顔を離した。

 わたしのリップの色が深弥の唇に移っていて、ああ、この色は深弥に似合わないって思った。





 わたしは、深弥の背中が好きだ。


 肩甲骨と背骨の浮き上がり具合。

 背中から腰にかけてのくびれのライン。


 うつ伏せの深弥の背中が上下している。まだ、少しだけ息が荒い。

 呼吸に合わせて、肋骨が少しだけ浮き上がる。

 両腕は胸の下に巻き込むように体の下にあって、苦しくないのかな、って思う。


 右手で背中を撫で上げると、小さな声を上げながら深弥の上半身がびくんと跳ねた。

 深いため息をつきながら深弥がくるっと体を反転させて仰向けになり、わたしと向かい合わせの体勢に変わる。

 両手をすーっと上げて、わたしの首に回す。


「……やきもち焼き屋さんは、これで満足しましたか?」

 生意気な皮肉を言われてしまって、一瞬、言い返せない。


「まーだ」


 わたしがそう言うと、ぎゅっと首に回された手に力が入るのを感じたので、その力に引っ張られるように顔を近付けた。





 翌日のクリスマスイブ。

 わたしは駅前のカフェでバイトで、深弥も家庭教師のアルバイトに行った。受験生にはクリスマスイブはないらしい。かわいそうに。

 帰ってくると、深弥がバイト先からもらってきたという、チキンとかオードブルとかが、おかずとしてテーブルに並んでいた。わたしはわたしで、バイト先からもらってきた余ったケーキをテーブルに置く。

 昨日のレストランほどではないにしろ、まだ、クリスマスディナーが続いているみたいで、ちょっと嬉しくなる。


 食事の後、ケーキを食べながら映画を観ることにした。

 昨日、深弥が言っていた、「素敵だと思う」俳優が出る映画だ。



 さびれて過疎化の進む街に住む3人の若者。この街から出るために空き巣を働いていた彼らは、大金を手に入れるために、交通事故の示談金を貯め込んでいるという退役軍人の老人の家を襲うことにした。その家は孤立している上、老人は戦争で視力を失っていることが分かり、楽な仕事の筈だった。何とか家に忍び込んでみたものの、いくら物色しても大金はなく、見付かったのは厳重な扉だった。その扉を開けようと仲間の一人が発砲したとき、眠っていた筈の老人がその音で目を覚まし、若者たちに老人が襲い掛かる。老人は、視力を失った分、聴覚や嗅覚が発達し、怪力であり、そして家の中も熟知している。呼吸のような僅かな音でも、老人は察知して襲ってくる。若者たちは老人に追われる中、地下室で老人の恐ろしい秘密を知ってしまう……




「ね、素敵でしょ」


「や、これ、素敵って言われても…」


 深弥が素敵だという俳優は、盗みに入った主人公たちに逆襲する老人のことだった

 白髪の髭面のお爺さんだし。しかも、凶暴だし。狂ってるし。ランニングシャツだし。



 迫力ありすぎて怖いし!!



「この映画、続編もあるんですよー。まだ観てないんで、今度、借りてこようと思ってるんです」

 ワクワクの深弥の笑顔が可愛い。

 それは可愛いんだけど。


「大丈夫、架乃も私にとっては素敵ですよ」


 え?わたしとこの人、深弥の中では並列で素敵ですか??


 深弥は怪訝な顔をしているわたしを見て、わたしがまた嫉妬しているとでも思ったらしいけれど、嫉妬する前に、こんなヤバいお爺さんと同じ「素敵」項目にくくられているかもしれないということにたじろいでしまう。


 しかも、今さらとはいえ、クリスマスイブの夜に、こんなヤバいおっさんが暴れる怖い映画を観ているわたしたちって、いったい…


「こんな雰囲気のサンタさんいたら、来てほしいかもしれません」

「何言ってんの!?」




 わたしの恋人の好みは

 予想以上に



 奥が深かった










◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

ネタにした映画タイトル

「ドント・ブリーズ」(2016)



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