睦月 帰って来ないミヤコダさん
睦月
1月1日
年末に実家に帰り、元旦に祖父母宅に親戚と集まった。
気が付いたら自分の部屋で寝ていて、ひどい頭痛で目が覚めた。祖父母宅で何があったのか覚えていない。
酒好きで酒に弱い
酔って何かを口走ったらしく、起きて居間に行くと、母親が微妙な表情で「都田さん、また連れてきてね」と言っていた。
私、何を言ったんだろう…。怖い。
1月3日
私の住む市の成人式は3日に行われる。
人生初の振袖を着て式に出席した。
『見たい!!振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖振袖……』
スマホには、
なんと動画ですよ、大サービス。
『違う!!!(怒)(怒)(怒)』
なんか、怒ってるみたいだけど、
スルーしておこう。
「香貫ー、なにスマホ見てにやにやしてるの?」
一緒にいた高校時代の友だちに声を掛けられる。いけない、架乃の悔しそうな顔を想像していたら顔が緩んでいたらしい。
「ああ、うちの犬の動画を見てたんです」
「ああ、文太さんね、かわいいもんね。そろそろ時間だよ」
「そうですね」
今日は高校時代の仲間と集まることになっている。
振袖のうちに1回会場で集まって、それから着替えて夕方からは駅近くの居酒屋に集合だ。
これからずっと集まるのは居酒屋になるのだろうか。
そういうのが成人なのかなあ、と思わないでもない。
集まったのは7人。3人の女子はみんな振袖、男子は袴とスーツが半々だった。
男子の中には元彼もいる。元彼は一浪して同じ大学に入ったから、たまに学食や生協で顔を見る。今は、目が合ったら挨拶したり近況を話したりするくらいの関係になっている。
仲間の中には、私たち以外にももう一組カップルがいたんだけど、そっちのカップルは別々の大学に行ってやっぱり別れてしまったらしい。そんな事情がありながらも、こうして同窓会ができるんだから、向こうもひどい別れ方はしなかったんだろう。そういうのも大人になるってこと?
この集まりは高校時代の生徒会の同窓会だ。
元彼の松崎くんは生徒会長で、私は副会長だった。好きな人に追い付いて肩を並べたい、とかって思ってた恥ずかしい過去を思い出した。高校時代の自分の女の子らしい背伸びっぷりは、今となってみると、かわいいといえばかわいいけれど、我ながら呆れるものがある。
そう言えば、架乃には言ってないな、生徒会のこと。
「松崎と香貫も別れちゃったんだって?」
もう一人の副会長だった男子が遠慮なく尋ねてくる。私も松崎くんも苦笑いだ。
「そうだよ」「そうです」
声が揃ってしまった。
「松崎、逃した魚は大きいよ。香貫、なんだか綺麗になったし」
書記だった私と一緒にいた友達が松崎くんをからかった。
「…そうなんだよね」
と言って私を見る松崎くん。
「そうですか。ありがとうございます」
と私があっさり答えると、松崎くんの笑顔が少し歪む。
「うわ、香貫、やっぱり変わった。昔だったら、そんな風に言われたら絶対むきになって否定するか恥ずかしがった筈なのに!」
「そう、ですかね?」
確かに、と内心で思う。褒められたら素直に褒められておこうと、思えるくらい大人になっていたらしい。いや、架乃以外の人の言うことにまで振り回されたくないだけかも。
そう言えば。
「松崎くん、君に紹介したい女の子いるんです。人文の2年生で」
…
その発言は、
「香貫、大学で新しい彼氏できたんだねえ」
友達がしみじみと言う。
「え?」
「松崎くんのこと一切気にしてないし、あと、本当、綺麗になったし」
前者は分かる、後者はピンとこない。
「そうですか?」
「違うの?」
私は、否定も肯定もしなかったが、左手の小指の指輪をちらっと見て微笑んでしまったので、友達は何かを察したように、ふーんと一人で納得してくれていた。多分、ちょっと誤解していると思う。
とりあえず、もう余計なことを言わないように、お酒はほとんど飲まなかった。
仲間たちは、今年成人になったばかりの筈なのに全員が平気で飲酒していて、特に男子たちはお酒を飲み慣れていて、松崎くんともう一人はタバコを吸いに時々席を外していた。彼らはいったいいつから飲酒・喫煙をしていたのだか。
制服を着ていたのは、ほんの2年前。今、制服を脱いで居酒屋で杯を交わしながら騒ぐ私たち。
大人になって堂々とお酒をお店で飲むというのは、少しだけ居心地が悪くて、でも、もう大人なんだ、みたいな解放感があった。
1月5日
架乃よりも一足先に大学のある街に戻り、私と架乃の暮らす家に帰ってきた。
もっと文太さんと遊びたかったけれど、家庭教師のアルバイトを頼まれていたから仕方がない。教え子は、頭のいい子なので、お正月くらいのんびりしてもいいのに、などと思いつつ。
架乃は、成人式を終えるまで帰って来ないから、一人で1週間くらい過ごすことになる。
今、借りている家は、12月の頭に越してきたばかりで、一人で数日を過ごすのは初めてだった。
1DKのアパートで一人で過ごすのと全然違った。家に一人でいると、家の中は、しん、としていて寒い。
バイトに行って、レポート書いて、ホラー映画を見て、本を読んで、少し買い物に行って。
何をしていても、一人の家は広くて寂しくて寒い。
そんなときに架乃からのメッセージが届くと少しだけ暖かくなる。
ちゃんとご飯食べてる?
今日お姉ちゃんと買い物行ったよ
アキハのところにお見舞いに行った
振袖の画像まだ?
私のこと忘れてない?
髪、染めたよー
『さびしい』
と返信を打とうとして消した。
そんなこと送ったら、架乃は慌てて帰って来かねない。
そうしているうちに、深弥がいなくて淋しい、と届く。
「はは、おんなじ」
私の独り言を空気と壁が吸って、消える。
深弥も寂しかったら私の部屋で寝ていいよ
「何、それ?」
くすっと笑って、それから2階に上がって、主のいない架乃の部屋へのふすまをそろそろと開ける。
架乃の部屋は和室の畳の上に絨毯を引いて、洋間風にしてある。クローゼット代わりの押し入れには服がたくさん入ってると知っているけれど、当然、それを開けるわけにはいかない。
机の上は、本と化粧品がごちゃごちゃと置いてあって片付いていない。慌てて出ていった様子だ。
架乃の匂いなのか化粧品のせいか、同じ家なのに私の部屋にはない香りがする。
架乃が昼寝や読書に使っている架乃のシングルベッドに座った。
そのまま、こてんっと横に倒れて、それから、ごろんと転がった。
枕から架乃の匂いがして、思わず顔を埋めた。
1月10日 成人の日
明日か明後日には架乃も帰ってくる。
いつ帰ってくるのかの連絡はない。今日は架乃も成人式で、きっと同窓会とかがあるだろうから、メッセージを送る暇もないと思うとちょっと切なくて、スマホを見るのも嫌になり、ダイニングのテーブルに放置した。
一人でレトルト食品で夕食を済ませる。
それから借りてきたブルーレイをセットした。
お正月で家族や仲間たちとお酒を飲んで、いい気分で大人になったような気がしていたけれど、一人で留守番をしていると、置いてけぼりになった幼稚園の子みたいに寂しくて泣きそうになってる。こんな私のどこが大人なんだろう。
我ながら情けないなどと思いながら、再生ボタンを押した。
離婚を考えている夫婦が、最後の家族旅行であることを隠して、娘と息子を連れてリゾートホテルへやってくる。翌日、一家は、他の客グループらと一緒に、特別なプライベートビーチに招待される。人里離れた美しいビーチで楽しい時間を過ごす筈だったが、息子が女性の水死体を発見した。しかし、スマホの電波は通らず、ビーチから出ることができないことに全員は気付き、混乱する。そして、もっと驚く事態が彼らを待っていた。
子供たちが急激に成長していたのだった……
ああ、ネタは面白いなあと思う。
この監督らしい、映画のビックリ箱がそこかしこにある。次の展開が全く読めないとこは流石だ。
そして、強引な設定で物語が崩壊してしまうのも、ちゃっかり監督自身が出演してしまうところも、まあ、この監督のいつものパターンだ。
それは楽しい。でも。
この監督のおかげでホラー映画にはまったのに、最近の作品はその頃のキレがなくて、いつも物足りない。
楽しめはしたけれど、ちょっぴり残念でため息をつく。
今日も、架乃のベッドに横たわり、眠りに落ちるまで、さっき観た映画のことを考えた。
一晩で大人になってしまった子供たちはどう生きていくのだろうか。
子供は大人になり、大人は老人になり、老人は…
そうして考えているうちに、急速に成長しても、法律で成人になっても、そういう体や環境の『大人』を押し付けられるような変化に、気持ちはそう簡単には追い付かないんだと思い至る。
私の心は、大人と子供が斑に混ざってる。
からだは、平均よりちょっとばかり小さいけれど、もう大人だ。
でも、心は、大人と子供が入り混じっていて、大人と子供を行ったり来たりする。
今夜の私は子供だ。
寂しさに耐えられるくらい、大人の自分になりたい。
架乃のベッドで、もう架乃の匂いがしなくなった枕を抱えた。
「…や、深弥…」
架乃?
え…夢?
「ただいま、あけましておめでと」
「…か、の?」
「早く会いたくて最終で帰ってきちゃった。メッセージ送ったんだけど、未読のままなんだもん。心配しちゃったよ」
いつもより少し暗めに染まった髪は、いつものようなウェーブが掛かっていなくてほとんどストレートで、少し雰囲気が違う。成人式のために変えたって言ってたっけ。
でも、見慣れた紺色の細身のダウンジャケットに、華やかに色が混ざったマフラー。
「下、真っ暗だったから、奥で寝てると思ったのに、ここで寝てるからびっくりした」
私の顔を覗き込む架乃の顔。
いつものように眉間をつつかれた。
それから架乃はジャケットを脱いで壁に掛け、箪笥から着替えを取り出した。
「ちょっとシャワー浴びてくるね」
そう言って、架乃は1階のお風呂場に向かった。私は起き上がってベッドから降り、毛布を体に巻き付けたまま架乃を追った。お風呂場の前のダイニングで床に座り込んで、架乃がお風呂から出てくるの待つ。
お風呂場からのシャワーの水音。それから脱衣所兼洗面所からドライヤーの音。ときどき鼻唄のような声が混ざる。
その音を聞いていると、架乃の存在が感じられて、安心した。
「わ!」
お風呂場から出てきた架乃がダイニングの床に毛布を被って座っている私を見て驚く。
「何してんの、こんなところで!?」
答える代わりに、毛布から手だけ出して、架乃のパジャマの裾を掴む。
そんな私の顔を見て、驚いていた架乃の顔がくしゃっと笑う。
ああ、私の好きな笑顔だ。
架乃がちょこんと膝を曲げてしゃがみ、私と目の高さを合わせてくれた。
「…振袖の写真見せて」
答えないで上目遣いで架乃を見ていると、架乃がにやりと悪戯な笑顔を浮かべる。
「どうせ見せてくれないと思ったから、深弥のお母さんに頼んで、もう見ちゃった」
お母さん!いつの間に!?
「想像していたより似合ってて綺麗だった。意外なくらい大人っぽくて驚いた。生で見たかった。深弥の家に押し掛けて見に行けば良かったって後悔した…」
驚きとお母さんへの怒りと架乃に褒められた嬉しさとで変な表情になっているだろう私の唇に架乃のそれが重なる。
「寂しかった?」
唇を少しだけ離して、架乃が尋ねる。視界には架乃の瞳しかなく、そこに情けない顔をした自分が映っている。
答えなくても分かっているくせに。
「もう寝ようよ。疲れちゃった」
架乃が立ち上がり、私の手を引っ張って立たせて、奥のテレビの置いてある部屋に行こうとした。
そこにはセミダブルのベッドになるソファーベッドがある。
でも、私は足を動かさない。
「深弥?」
「架乃のベッドで寝たい、です」
「…一人で?」
「意地悪」
「今日は珍しく甘えん坊なんだ」
また、架乃がくしゃっと笑った。
二人で階段を上り、架乃の部屋のベッドに戻る。
架乃のシングルベッドは二人で寝るには狭いし、二人だと重いのかギシギシする。
でも、くっついて寝たいときには丁度いい。
さっきまで私を包んでいた寂しさも不安も二人になると全く感じない。
「架乃」
「ん?」
「今年もよろしくお願いします」
ずっとね、って、架乃が微笑んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ネタにした映画タイトル
「オールド」(2021)
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