霜月1 私の大切なミヤコダさん(後編)
「わたしの元彼、高校時代に付き合ってた佐久間」
そう紹介されて、改めて、イケメンの佐久間さんをまじまじと見た。
ヒールを履いている
麻のジャケットのしたのTシャツもデニムも皮靴も上品そうだ。
お坊っちゃまっぽいな、と思った。顔も優しげだし。
顔立ちが大人っぽい架乃と並ぶと、やっぱり架乃の方がお姉さんに見えてしまうが、ぱっと見、釣り合いはとても良い。
少なくとも、ちんちくりん七五三の私より、架乃と並んだときにずっとずっと絵になる。
目の前に二人に並ばれると、ちょっと胸が痛い。
性別も外見も私では架乃に相応しくない、という劣等感みたいなものがむくっと顔を上げる。
3人で場所を移動することにして、看板をモリさんに預けた。
出店の並んでいる場所から、少し離れて、解放されている棟の休憩所に向かった。
そこには、ベンチが幾つか並んではいるけれど、私たちの他には誰もいない。何となく座る気になれなかった。
「で、なんで、わざわざうちの大学の大学祭なんて見に来てるの?」
胸で腕を組んでいる架乃は仏頂面だ。
一方、元彼という佐久間さんは、何だかとまどっている。
「あれ…?都田が、俺のこと呼んだんじゃなかったの?」
「呼ばない呼ばない、呼ぶわけがない、もうずっとあんたの存在を忘れてたもん」
架乃は佐久間さんに冷たい。
「俺、都田が俺と寄りを戻したがっていて、俺のことを呼んでるって聞いたんだけど」
「「はあああ!?」」
思わず、私まで大声を出してしまった。
「あの、悪いんだけど、君はちょっと外してもらえないかな、都田と二人で話したいんで」
佐久間さんが私を見て言うと、架乃はばっと後ろから私の肩に両腕を回してホールドする。
「今彼の前で、元彼と二人っきりになるわけないじゃない。今彼の前では言えない話ってこと?」
「今彼、って、その人は女性でしょ」
「うるさい。今日はカヌキくんが彼氏なの!」
架乃の横暴な態度は今に始まったことではないらしい…と思って、なぜか私は佐久間さんに同情してたりする。まあ、架乃と佐久間さんが二人きりになるのは嫌だったからちょうどいいって言えばいいんだけど。
「相変わらず都田は一方的だな」
「まあね。人間、1年や2年じゃそんなに変わらないでしょ」
「でも、見た目は一段と大人っぽくなって、目立ってるって聞いてたよ」
聞いてた?
「「誰に?」」
また、架乃と声が揃ってしまう。
「誰って、秋葉だよ」
知ってるでしょ、っていう顔で佐久間さんが言う。
アキハって、誰?架乃から名前を聞くのは、大抵アライさん、モリさん、ニトウさんの3人だけど、それにしても、アキハという名前は全く聞いたことがなかった。
「誰それ?」
ところが、私が知らないだけなく、架乃すら知らないらしい。
「秋葉雪世だよ」
「アキハユキヨ?聞いたことはあるような…ないような」
架乃が首をかしげた。私の頭に顎を乗せながら。
「…俺、秋葉と都田は親友だって聞いてたんだけど」
私は架乃を見上げた。
「今の架乃の親友って、一応、私、ですよね。多分、公には」
「いちおう、たぶん、おおやけには、カヌキさんが親友でしょうね」
架乃が棒読みで言う。親友じゃない、と架乃の顔に書いてある。
「で、秋葉って誰?」
架乃にそう問われて、佐久間さんは、すっかり混乱かつ困惑している様子だった。
佐久間さんの話を要約すると
秋葉雪世なる人物は、佐久間さんの近所に住む幼なじみで、架乃や佐久間さんと同じ高校に通い、私たちと同じ大学に入学したという。
秋葉さんと架乃は、同じ学部で大学入学後に親しくなり、専攻は異なるものの、いつも行動を共にしているらしい。
そんな秋葉さんなる人は、架乃から男性関係についてしばしば相談を受けているうちに、架乃が高校卒業直前に佐久間さんと別れたのは気の迷いであると気付かせることとなり、架乃は涙して佐久間さんと寄りを戻したいと言い出したという。
そして、秋葉さんから、架乃が会いたがっていると聞いた佐久間さんは、学祭という機会を利用して、わざわざ架乃に会いに来たのだそうだ。
で、寄りを戻してあげようと。
「ご冗談を!」
架乃が吠えた。
「だいたい、男関係で相談ってのが納得いかない!わたし、大学入ってから男で悩んだことなんか一切ないし」
架乃は、かなり怒っている。憤懣やる方ないというところか。
「都田は、大学に入ってから、男関係が派手になったって噂だよ」
「その噂、ガセだし、秋葉なんて子は知らないから!!」
大学で友達いなくて男にはまってるとか、ミスコンで優勝して男を食いまくってるとか。
存在していない「男好きな都田さん」のえげつない噂は私も耳にしている。
「いや、だって、秋葉と都田って、ペアのピアスと指輪をしてるじゃないか。かなり親しくなければ、そんなことしないだろう?」
ピアス
指輪
架乃と私は目を合わせた。
真似っ子ストーカー!!!
「佐久間、わたし、誰ともペアのピアスなんかしてないし、この指輪も違うよ」
「俺、さっきまで秋葉と一緒にいてピアスと指輪をお揃いにしてるって聞いたんだ」
「違うし。秋葉なんて子、わたしは全然知らない」
架乃の声は冷たい。
「だから、佐久間と寄りを戻したいなんて、絶対あり得ない。佐久間とは高校で終わってる」
架乃は、私と違って、相手が傷つくことを恐れない。
はっきりと正直に本音を伝える。
いつか、この冷たさが私にも向けられる日が来てしまうのだろうか
私は、それが怖くなる。
架乃に邪険に扱われて、しょぼくれた佐久間さんと別れた後、カップルコンテストの結果発表の集合時間になったので、二人でステージへ移動する。架乃は歩くのが早いので、袴に草履の私は追い付くのは大変だ。架乃がそれに気付いて、歩く早さを私に合わせてくれた。
並んで歩いていると、すれ違う知らないお姉さんたちから「カヌキくーん」と声が掛かる。
私がそれに手を振って応えると、架乃がキっと睨むように声を掛けた人に視線を向ける。
浮気しちゃダメだから、と言われても。しないしない怖い怖い。
「結局、真似っ子ストーカーちゃんこと秋葉は、何をしたいんだろう」
歩きながら架乃が呟いた。
佐久間さんと付き合いたいわけではなさそう。かと言って架乃と付き合いたいわけでもない。でも、佐久間さんと架乃を付き合わせたい。あと、架乃みたいな格好をしたい。架乃に近付きたそうな割りにまともに自己紹介もしない。なぜ??
「…分かりませんね」
「理解できなくても、秋葉なりになんらかの理由があるんだろうけど、巻き込まれたくないな」
架乃は、ため息をついた。
もう、無害なストーカーだから大丈夫、とは架乃も言えない。
「わたしはいいけど。ただ、
架乃は、どこにいるかも分からない秋葉さんに向けて、中空を睨む。
その横顔が格好良くて、その言葉が嬉しくて、つい私は笑ってしまう。
「何にやけてんのよ」
「ははは、秘密です」
カップルコンテストは、残念でもないけど、3位だった。
1位は、予想どおり工学部の男子と
2位は、きゃぴきゃぴしている1年生男子のカップルだった。やったーと言いながらハイタッチして、両手で握手して上下に振り合う姿がかわいい。
そして、嬉しいことに、1位の賞品のホテルのクリスマスディナーチケットが私たちに譲られることになった。
1位の工学部男子は、「残念ながら、俺と嫁ではディナーには行けない。しかし、俺は男に優しくしたくないから、2位の二人にチケットは譲りたくない」と発言した。2位カップルくんたちは、えーひどいじゃーんと言いながらも、3位の私たちにチケットを譲ってくれたのだった。
架乃は、去年、自分の分のチケットをキングさんたちカップルに譲っていたので、その分が倍になって戻ってきたと喜んでいる。
私の方は、チケットのことよりも、この紋付き袴を脱ぎたくてしかない。
発表と表彰式が終わるやいなや更衣室に向かおうとすると、架乃が着替えを手伝うと言って付いてきてくれた。
着物を雑に脱いでもいいなら一人でもできるんだけど、借り物だからきれいに脱ぎたいので、手伝ってもらうことにした。
ステージから一番近いところにある更衣室用の部屋には私たちの他に誰もいなかった。
秋の西日が高窓のカーテンを透かして入り込んで、埃がきらきらしている。
大学の構内で架乃と二人きりになるのは初めてだということに気付いた。
学部が違うから、キャンパスでの行動範囲は全く違う。
学食や生協とかで顔を合わせても、お互い別の友達といることが多い。
そう思うと、二人きりなのが、なんだか不思議だった。
「架乃」
「ん?」
まずは羽織を脱ぐ。
それから架乃に支えてもらって、袴から足を抜きながら、佐久間さんのことを聞いた。
「佐久間さんとなんで別れたの?」
「…好きじゃなくなったから振った」
「好きだったのに、好きじゃなくなったの?」
「うん」
「どうして?」
「深弥、そんなこと知りたいの?」
架乃が質問に質問で答える。
私は着物の袖から手を抜いて、ゆっくりと脱ぐと近くの椅子にそっと置いた。
「私、どうしたら、架乃にずっと好きでいてもらえるのか、振られないで済むのか知りたい」
そう言うと、架乃はふっと微笑んだ。
「今のまま深弥が変わらなかったら、大丈夫だよ。そのままでいて」
私は、バッグから、「ぬるめの液体窒素」と書かれたぶかぶかのTシャツとデニムを取り出して着る。
架乃は袴を畳みながら教えてくれた。
「同じ部活で告白されて、私なりに佐久間のことを好きだったよ。それで、佐久間にとって、私は自慢の彼女になって、自分で言うのもなんだけど、あいつは、目立つ美人の彼女がいることを自慢するようにだんだんなってちゃって。いつの間にか、……わたし自身じゃなくて、ステータスとしてのわたしに価値を置いちゃったんだよ。」
着物を畳むのも手伝ってくれた。
「付き合い始めた最初は、あれこれ気遣ってくれてたのに、いつの間にか、わたしの服装や化粧ばかり気にして、わたしが何を考えて、何を思って、何を感じているか、そういうのはあんまり気にしなくなってきちゃって。わたしがあいつの思い通りになって当然みたいに扱おうとして、そのくせ、自分では彼女を大事にしているつもりで、俺は最高の彼氏だって自画自賛するんだよね」
まあ、高校生なんて、そんなもんかもしれないけど、と付け加えた。
「あいつが大学に合格するのを待ってから振ったんだから、わたしって優しいでしょ」
情に厚い架乃だから、本気で佐久間さんのことが好きだっただろうし、本当はもっと色々あって悩んのだろうと想像する。同時に、あれだけ塩対応をするんだから、佐久間さんは相当やらかしたに違いない。
架乃はちょっとだけ黙って、遠い目をした。
「そりゃ、きれいだって褒めてもらったり、好きだって告白してもらったりされれば、わたしだって悪い気はしない。けど、その分、いつも
架乃は、普通は泣かないようなホラー映画でも、泣いてしまうことがある。
主人公や殺人鬼が、素の自分を受け入れてもらえないで苦しんでいる人だったりすると。
「深弥は、わたしのことをちゃんと好きでいてね」
カーテンの向こうの西日は大分傾いたらしく、更衣室の中は少し暗くなって、もう埃が舞うのは見えなくなっていた。
畳んだ袴を膝の上に乗せて座っている架乃。
高校時代のことを思い出しているのか、目を少し伏せて下の方を見ている。
外の方から、どこかの誰かたちの笑い声が聞こえてきて、ステージから音楽が鳴り出して、学祭の最中だったことを思い出した。
そろそろ、「ケミカルチキン」に戻らないと怒られるかな。
そう思いながら
いつも架乃が私にするように、座っている架乃の前に立って、手で顔を上向かせる。
架乃が上目使いで私を見て、にっと笑う。
「深弥からキスするのって、珍しい」
「まだ、してません」
そのまま、ちょっと見詰め合ってると、架乃が目を閉じてくれた。
大学祭1日目が終わった。
「ケミカルチキン」ばっかりじゃなくって、カップルコンテストがあったり、架乃の元彼に会ったり、真似っ子ストーカーの正体が分かったりと、色々あった。
明日も焼き鳥を焼いたり売ったりしなければいけないけれど、シフトの隙間を見付けて、架乃と二人で学祭を見て回ろうと約束した。
一緒に、実行委員会が呼んだ芸人のライブも見たいし、後夜祭も見たい。
今年は、架乃と一緒にちゃんと大学祭を楽しむのだ。
その帰り道、架乃は、人のいない路上で立ち止まった。
私の首のペンダントを外してチェーンから指輪を外して、そして、私の左手をとって改めて小指に嵌め直す。
「知らない子とお揃いなんて言われて癪だった。明日の朝までは、
私が頷くと、こつんと架乃が私の額に自分の額を当てた。
そのまま、私の足元を見て、架乃が言った。
「あ!深弥、足、足袋履いたままだよ」
「え!!」
それから、大笑いしながら、手を繋いでアパートへの帰り道を辿った。
ステージの上で私は言った。
「でも、『僕』、他のどんな誰よりもミヤコダさんを大切にしていたいんです」
恋人を大切にすること、それは具体的にはどういうことのか、まだ私には分からない。
でも、架乃を大切にしたいという気持ちに嘘はない。
変わらないでいい、そのままでいい
架乃はそう言ってくれたけれど、それだけではダメだと思う。
きゅっと架乃の手を握る手に力を込めた。
「私、架乃と一緒に暮らすことを前向きに考える」
架乃の足が止まった。
きょとんとした顔で私を見る。
それから、私の大好きなくしゃっとする笑顔が見れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
気付いてもらえてたら嬉しいですが、
佐久間と秋葉の二人は、
インターミッションその2
「去年の春 ポシェット」の人たちです。
うびぞお
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