霜月1 私の大切なミヤコダさん(中編)
そして、この袴、くるぶし上から足首まる見えなんだけど、こういう丈のものなのかな。
足袋と袴の間に絶対領域って存在するの??
それでも、半ズボンとタキシードで、バラを持って観客席から出ていった去年よりはマシで、今年は、普通にステージ下手から出ることができる。
ごちゃごちゃと考えながら、キャンパスの広場に設置された野外ステージの下手で架乃と二人で待機している私だった。緊張するというより面倒くさい。架乃は、澄まして見えるけど、これは多分あんまり物を考えてないときの顔だ。去年の架乃はクィーンになろうとして気合いが入っていたけれど、今年は単なる頭数合わせに過ぎないから、どうでもいいんだろうな。
音楽が鳴って、ステージのバックのスクリーン、に見える校舎の壁に、これまでのキングとクィーンの画像が流され、最後に、去年のキングさんたちカップルと、私たちの画像も出た。うあ、去年の私、ちんちくりんの七五三だ。
司会者は去年と同じ人文の3年生の先輩だ。こんなことしてて就活大丈夫なのかな、と心の中でいらぬ心配をしてしまう。
「第1回キャンパス・カップル大会の開催です!」
自薦、他薦、学祭実行委員会推薦で選ばれた10組のカップルが、某結婚4年以内のカップルが出る番組風に司会者がインタビューし、学祭実行委員、観覧者の投票でベストカップルを決めるのだそうだ。
カップルと言っても基準は特になく、「ごく」親しい二人組であれば構わないという緩い基準である。つまり性別は関係ないので、参加カップルの異性同性組み合わせは問わない。ひと組に至っては、男子学生が凄く綺麗なドールを連れてきている。もはや人間同士のカップルですらない。
ちなみに私たちは、異性カップルの設定になるらしい。ややこしいなあ。
なお、去年のキングさんたちのカップルは出場を断ったそうだ。
そして、特設の野外ステージが見事満席なのは何故なんだろう。去年より多いじゃん。
なれそめとか、関係性とか、エピソードとかについて、司会者が色々と質問していく。
さして仲良くないことが暴露されたカップルがいたり、凄くべったべたしすぎて会場全体からドン引きされるカップルがいたり、なんだかキャッキャしている1年生男の子同士のカップルがいたりで、去年のキングやクィーンのときよりステージも観客席も盛り上がっている。
7組目が私たちだった。
「理学部2年の香貫くんと、人文学部2年の都田さんです。都田さんは、昨年のキャンパス・クィーンでした!」
司会者に呼ばれて、私が架乃をエスコートしながらステージに上がる。架乃はヒールのある靴をはいているから20cmくらい身長が違う。男女が逆だったら様になるんだけど、今年もお姉さんか若いお母さんに連れられた七五三のボクちゃんにしか見えないだろうなあ。
「ミヤー!!」
観客席からモリさんやニトウさんの架乃への声援が聞こえた。
「せーのっ、カヌキくーん!!」
え、私まで?
観客席を見ると、モリさんたちが手を振っているのが見えて、思わずステージから手を振り返した。
「可愛い」って声があちこちから聞こえたような、いや気のせいだ。
「どうもー、1年振りですねー」
「ははは、こんちわ」
私は、バカみたいな挨拶したのに、架乃は軽く会釈しただけで、超余裕って感じ。実際、半ばヤケクソだし、去年も出ているのでそんなに緊張はしていない。
「さて、こちらの香貫くんなんですが…」
司会者さんが、去年の経緯を紹介してくれた。前代未聞の「彼氏をステージに呼んだ」クィーンとその彼氏という紹介だった。
「香貫くんは、去年もこのステージにいたんですけど、覚えている人挙手お願いしまーす」
結構な手が上がってしまい、苦笑いする。イベント好きな人多いなあ。
「相変わらず、可愛い彼氏ですねえ、都田さん」
「はい、可愛いですけど、こう見えてたわたしより大人で頼り甲斐があるんですよ」
よく言う。
司会者の質問に対し、私は答えることのできない答を心の中で思い浮かべる。
「いや、『僕』は、ずっと彼女に振り回されっぱなしです」
ええ、本当に。こんなところにまで引っ張り出されてます。
「けんかとか、しないんですか?」
「『僕』は、絶対、彼女に勝てませんから、けんかなんてしません」
なぜかモリさん周辺にうけている。だよねーってモリさんの声が響いた。
あれやこれやと質問され、嘘と本当を混ぜて、二人で適当に答えていく。ときどき笑い声が起きるのだけど、なんか失笑されている気がする。
「あれから、お二人の関係に変化はありましたか?」
大ありです。実際、1年前とは全然違います。
「そんなには変わってませんね、ずっと仲もいいし」
架乃がしらっと答える。
「あ、『僕』、二人っきりのときだけ、彼女のことを呼び捨てにできるようになりました!」
手を挙げて、胸を張って言ったら、おおおおという謎のどよめきが起きた。
「ヘタレの香貫くんにしては、やりますね。ここでちょっと呼んでみてください」
「架乃」
架乃を振り返って名前を呼んだら、びっくりするくらい架乃が赤くなって恥ずかしがっているので、私が驚いた。え?何がそんなに恥ずかしいの??
「人前で…」
架乃が真っ赤になって、両頬を抑えて、そんなことをつぶやくもんだから、なんだか観客がざわめいちゃっている。うわ、純情そう…
「お付き合いして1年半なのに、都田さん、初々しいですね」
その初々しい人に、先週の夜、私、めちゃくちゃ蹂躙されましたけど。
「…で、香貫くんは、相変わらずヘタレですか?名前呼び捨てが限界ですか?」
去年は、ヘタレだから手を出せません、って答えたなあ。司会者さん、その「二人はどこまでの関係ですか」ネタ、完全にセクハラアウトなのに、さっきからさらっと質問するの巧いな、って変に感心してしまう。
「ええと」
言いよどみながら、架乃を見ると、顔の赤さはちょっと冷めて、外面向けのきれいな笑顔を浮かべている。
「まあ、『僕』は相変わらずヘタレなんで、手は出せないんですけど」
「ですね」
と白々しく架乃が頷く。
嘘じゃない。いつも手を出すのは私じゃなくて架乃の方だし。
そんな架乃を見ながら私は言う。
「でも、『僕』、他のどんな誰よりもミヤコダさんを大切にしていたいんです」
架乃が面食らった顔になる。
シンっとする観客席。あ、白けさせてしまった…。
「…香貫くん、君、モテるでしょ?」
ようやく司会者さんが言ったのがこの台詞だった。
「へ?」
「今、会場の相当数の女性陣がため息ついてましたよ」
あれ、白けてたんじゃないの??
「この場にいる恋人に大切にされたい女子全員に羨ましがられてますよ、都田さん、お幸せですねえ」
「はい!」
架乃が満面の笑顔で頷いた。
私たちの茶番が終わり、ステージでは8組目のドールを連れてきた工学部の男子学生が凄いテンションでインタビューに答え、ドール(彼いわく嫁)への愛を語りまくっていた。
会場は爆笑の嵐だった。
ベストカップルは彼らに決まってしまいそうだ。
私たちは、上手の控え場所で全10組全員の出演が終わるのを待っていた。
「
隣に座っていた架乃が私に囁く。
「『カヌキくん』のときの方が、はっきり言うよね」
「そうだっけ?」
「そうだよ。さっきのあれ、こんなとこで大勢の前で言わないで、ちゃんと二人のときに言ってよ」
「え、やだ、恥ずかしい」
「ええ、深弥の恥ずかしいのツボおかしくない?」
その台詞そっくりそのまま架乃に返したい!
全10組の紹介が終わって昼。発表は午後3時だ。
それまでの間は、一旦、『ケミカルチキン』のシフトに入る。
私は、紋付き袴のまま、「ケミカルチキン」と書かれた看板を持たせられた。
宣伝係兼お客の誘導係をやれと言われてしまった。
『ケミカルチキン』は、学祭のパンフレットで大きく取り上げられたこともあって、またも
盛況で、それなりに行列ができている。…自分たちのクラスの出店ながら恐ろしい。
「カヌキさん、明日のシフトのことなんだけど」
看板を持って立っている私のところに、モリさんがやって来る。
「わ、何、あのイケメン」
しかし、突然、モリさんの視線は、私ではなく、私の後ろにいる誰かに向けられた。
それに釣られて、私も後ろを振り向いた。
なるほど、背の高い、爽やかそうなイケメンだった。麻のジャケットが似合っている。
「すいません、ここに都田架乃さんがいると聞いたんですが」
私の耳が反応した。
え?誰??知らないイケメンは架乃の知り合い?
「ミヤあ、イケメンのお客さんが呼んでる」
モリさんが架乃に声を掛けると、店の奥の方にいた架乃が竹串を持ったまま出てきた。
そして、イケメンを見て目を丸くした。
「なんで、あんた、こんなところにいるの?」
架乃は、イケメンに冷たく言った。
それから、ちらっと私を見た。珍しくばつの悪そうな顔だった。
イケメンの方もイケメンの方で、架乃の塩対応のために何だかがっかりした顔をしている。
状況が理解できない。
「あ、その袴、都田の『彼氏』の人だよね」
イケメンが私に話を振って場の雰囲気を誤魔化そうとした。
架乃がいらいらした顔で、耳に髪を掛ける。
「そう、わたしの今の『彼氏』のカヌキくん」
そんな紹介でいいのか?と思いつつ、イケメンに紹介されたので、軽く頭を下げた。
「で、こっちが」
私の方を振り返って、架乃は面倒くさそうに、イケメンを親指で指す。
「わたしの元彼、高校時代に付き合ってた佐久間」
え?何が起きてるの??
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