霜月1 私の大切なミヤコダさん(前編)

霜月




 まさか、本当に、こんなにめちゃくちゃにされるなんて!


 いや、基準「私」でめちゃくちゃなだけで、架乃かのにとっては、これは普通の……普通の、「営み」?なのかもしれないのだけど。

 もう、からだが、浮きっぱなしで、力が入らない…。


「、か、のっ。もう、もう寝か、せて、くださ」

「やだ」


 からだを捩って、うつぶせになって枕をつかんで、ベッドから逃げようとする私の背中の上に架乃が乗っかってきて動けない。

「まだダメ。3週間、待たされたんだから」

 え?その手は、どこから出てきて、さわってるの?

「……っ」



 同棲するしないでもめた日の夜

 週末ならめちゃくちゃにしていい、って言ったのは自分だ。

 ところが、その週末には、私がなっちゃってできなくなって、次の週末には架乃がダメで、そして、ようやくの今夜だった。


 もう11月も中旬になろうとしている。

 同棲問題は保留中。

 あれから架乃は何も言わないけれど、多分、諦めていない。



 渇れた悲鳴のような声が自分から漏れ出てしまう。

 がくんと力の抜けた私のからだを架乃に抱き止められて、目尻にたまっていた涙を指で拭われた。

 本当にもうダメだと訴えようとして、目を開けて架乃の顔を見た。



 軽く肩で息をして、切なそうなのに、なんで、そんなに幸せそうなの?

 そんな顔見たら、何も言えないじゃない





 架乃が、お風呂場でシャワーを浴びて戻ってきたので、私もふらつきながら入れ替わるようにお風呂場に向かった。

 立っていられなくて、風呂椅子に座り込んだ。

「…しんどい」

 気だるい。腰から下が重い。なんだかじんじんするし。

 

 全部貪り尽くされた気分。

 なのに、同時に、私の中から何かが溢れそうな気分もしている。

 

 自分のからだが変えられてくのは少し不安だ。

 深くため息をついた。




 寝間着を着て、なんとかベッドに戻ると、架乃は、まだ寝てなくて、裸のままベッドの上で体育座りして、ぼんやりしていた。

 さっきまでの架乃と比べると、魂が抜け出ちゃったように見える。

 膝の上、下半身には毛布を掛けている。

 その毛布を浮かせて、私も隣に座り込み、架乃の肩に頭を付けて寄り掛かる。


「本当に、めちゃくちゃにしてくれましたね……」

 私が嫌味をつぶやくと、架乃は自分の膝に顔を埋めた。

「ごめんね、深弥みや。わたし、また、止まらなくなっちゃって。大丈夫じゃないよね。痛くない?」

 裸の肩から、栗色の髪が滑り落ちる。

 あれ?へこんでる。一人で反省会してたのかな。

「…疲れたけど痛くはないです」

「いつもいつも、やりすぎちゃってから後悔する。どうしてわたし、こんななんだろ」

 うううっとくぐもった唸り声が聞こえた。


「これからは気を付ける。だから」

「だから?」

「もう嫌だとか、やらないって言わないで、くれる?」

 架乃のことだから、どうせまた、やりすぎるよ、という言葉は飲み込む。

「そんなこと言いませんよ」


「…良かった」

 架乃の耳が赤い。とりあえず、その後頭部からうなじを撫でておく。

 やっぱり、架乃って、時々おかしい。

 でも、そこが可愛い、と思うのだから、私も大概だ。



 架乃がおかしいおかげで、からだは相当に疲れてるのに目が冴えてしまった。

 時間を見ると、まだ11時前なのに驚く。体感的には5時間くらい玩ばれていた気がするけど、意外に時間が経っていない。


「架乃、映画観ていいですか?」

 架乃は膝に顔を埋めたまま、顔を見せずに小さく頷く。

「…わたしも見る」

「観るでも、寝るでも、いい加減に服を着てくださいよ」

 はーい、と架乃が気の抜けた返事をしながら、パジャマ代わりの長袖Tシャツを着た。私は「下もはいてください」と、うるさいことを言いながら、借りてきていたブルーレイをセットした。

 架乃が両手両足を広げたので、背中を架乃に預けると、映画が始まった。


 

 主人公は、幼い頃に浜辺の遊園地にあるミラーハウスに迷い込み、自分とそっくりの少女と出会って強いショックを受けた。

 大人になった主人公は、夫と二人の子供と家族4人で暮らしており、ある夏、その浜辺を訪れる。主人公は、そのときの少女に追われているような不安に襲われ、浮かない気持ちで過ごすことになった。

 その夜、家族の家の外に、主人公家族とそっくりな4人の人影があった。その4人は、不気味にも、主人公達家族と瓜二つであり、全員揃いの赤い洋服を着ていた。主人公とそっくりな女がしゃがれた声で言う。少女には鎖で結び付けられた影がいたと。影は鎖から解放される日を待っていたと。

 彼らは、それぞれ主人公たち家族を殺そうと襲ってきた。そして、襲われたのは主人公たちだけではなかった……



「深弥あ、ハサミが怖いんだけど。なんで赤い服の人はみんな尖ったハサミを持ってるの??」

 私の肩の架乃の腕に力が入った。

「なんでですかねえ、うちのハサミは先が丸いから大丈夫ですよ」

「…そういう意味じゃないし、わ、死んだ!」

 映像的に凄く面白いし、見せ方には怖いところもあるんだけど、どちらかと言えばビックリが先に来るなあ。


「これさ、面白いんだけど、多分、色々と象徴してるものが多すぎて、その意味が分かるともっと面白いかもしれない。1111とかウサギちゃんとか。あと、地下の設定がいくらなんでもガバガバすぎて無理が…」

 架乃さんによる映画解説を聞きながら、次こそ、架乃が泣いて怖がる映画を借りてこなきゃ、と決意する。


 表裏一体の光と影があって、どちらも自分が光であろうとする、そんな話だった。

 それを考えていたとき、私は、架乃の真似っ子ストーカーさんを思い出した。

 真似っ子ストーカーさんにとって、架乃は光なんだろうか。

 光に成り代わりたいんだろうか。

 あれからも、真似っ子ストーカーさんは、架乃を真似しているし、バイト先にも現れているらしい。時々、架乃の後ろを歩いていたり、大教室の講義を一緒に受けていたりすることもあるという。

 でも、特に何をすることもないため、架乃はさほど気にしていなかった。


 私は、少し心配ではあったけれど、真似っ子ストーカーさんが、どこの誰なのか分からないので何もできず、なるべく架乃と一緒に大学に通うことしかできなかった。



「ねえ、深弥、来週って、大学祭だよね」

 唐突に架乃が言い出す。脱衣所の洗濯機のところに置いていた、学祭定番ケミカルチキンの格好悪いTシャツに気付いたのだろうか。半年振りに着るから洗っておこうと思って出しておいたものだ。

「そうですねえ」


「またやるの?『ケミカルチキン』あれ

「手伝ってくれますか?」

「すごいよね、『ケミカルチキン』あれ

 手伝いたくないらしい。


「でさ、うちのクラスの学祭実行委員の子、覚えてる?」

「ああ、去年、キャンパス・クィーンのことを架乃に相談してきた」

「そう、それ」

「架乃は、今年もクィーンやるんですか?」

「なんか、今年はキャンパス・クィーンとかキングとか、やんないんだって」

「はあ、そういう時代ですもんね」


「で、今年は、キャンパス・カップルていうのやるんだって」


「ふーん」




「で、カヌキくんとミヤコダさん、出てくれませんかって頼まれちゃったんだけど」







「え?!」


「『ケミカルチキン』、手伝うから。モリにも声掛けてあるし」


「えぇ…」


「アライが、今年は紋付き袴用意してくれるって」


 七五三度合いが去年より増す!


「それで、深弥のクラスの吉原さんに連絡して、深弥のシフト、配慮してもらったから」


 えええええ!?

「い、いつの間に吉原と仲良くなってんですか?いつの間に外堀埋めてるんですかっ!?」


「わたし、ステージでイキってくれるカヌキくん、だーい好き」

 うふふ、と架乃が微笑んで、背中から私をぎゅっと抱き締めた。










◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

ネタにした映画タイトル

「アス」(2019)

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