今年の初夏 『ケミカルチキン』

インターミッション3


忘れた頃に『ケミカルチキン』

息抜きのような、まとまらない話



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ちょっと前の五月のこと




1 わたしの恋人


 ゴールデンウィーク明けにカヌキさんが恋人になった。


 同じ頃、謎の連続レポート月間が始まった。専門書を読んで要約せよ、とか、グループミーティングで議論せよ、とか。加えて、バイト先で欠員が出て、シフトが増えた。

 カヌキさんは、カヌキさんで、やっぱり実験だかなんだかのデータ処理で、よく計算ソフトとにらめっこしている。

 もう、遠慮せずちゅーとか色々いちゃいちゃしたいんだけど、なんだか時間が足りない!!


 5月の最終週の週末なら、ようやく予定が空くからデートしよう、と思ったら


「そこ、初夏祭ですよね。うちのクラス、また初夏祭で焼き鳥売りますからダメです」

「ええ?!またやるの」


「なんとまた、やるんですよ、『ケミカルチキン』」



 初夏祭

 うちの大学の大学祭は11月だけど、5月の最終週か6月の第1週の週末に、「初夏祭」というちょっと小振りの大学祭が開かれる。これは、入学したばかりの学生同士の親睦をかねており、1年生は各クラス単位で何らかの形で「初夏祭」への参加が推奨される。大抵は、何らかの飲食店の出店が多い。

 ほとんどのクラスが初夏祭1回きりの参加で終わる。面倒くさい、別にそこまで仲良くもない、サークルやゼミで参加する、など理由は色々にしても。

 そんな中で、カヌキさんのクラスは仲が良く、去年は、初夏祭と本祭の両方に焼鳥屋『ケミカルチキン』の店を出した。でも、まさか3回目をやるとは思わなかった。


「本当に、なんでなんでしょうね。しかも、ちょっとだけの協力を含めるとクラス全員参加なんですよ」

「それもう仲良すぎて怖くない?」

「ははは、怖いかもしれない」

 そう言って、カヌキさんは笑うけど、わたしとしては、カヌキさんを『ケミカルチキン』に取られたみたいでつまらない。


「そうそう、ミヤコダさ、じゃなくて、架乃かののクラスで手伝ってくれる人いませんか?ちょっと人が足りないんです」

「わたしはイヤだからね。あのダサいTシャツ着るんでしょ」

 ちょっとふてくされてみた。でも

「あ、多分、モリなんかは、好きそうだからやるかも。連絡してみる」




2 恋人の元彼と、わたしの友人


 わたしと同じクラスの友人のモリは、恋愛体質のお調子者だ。

 大学に入ってから、既に5人に告白して3人と付き合って全部振られた。舞い上がってしつこくしちゃったり、振り回しちゃったりするらしい。でも懲りてない。

 今年は、理系男子を狙う、って言って、わたしを通じて知り合ったカヌキさんのクラスの男子と合コンするつもりでいる。


「え、お手伝い?やるやる、あの変なTシャツ着る焼き鳥屋さんでしょ!」

 予想通り、モリは食いついた。しかも、他にも手伝いを数人連れてきた。使えるヤツだ。


 ……わたしは、イヤだけど、イヤだけどさ。

 ちょっとでも、カヌキさんと一緒にいたいじゃん。そしたら手伝うしかないじゃん。


 カヌキさんは、背中に「ぬるめの液体窒素」って書いてあるダサいTシャツをわざわざわたしに貸してくれた…。XLの白いTシャツに太いマジックででっかく書いてある。

 カヌキさんはカヌキさんで、「クィーンのダーリン」ってピンクで書いてあるTシャツを着ているが、あれも格好悪い。

 

 だからなんなの、「ぬるめの液体窒素」って。


 焼き鳥屋『ケミカルチキン」

 初夏祭。地域でも知られているので、一般のお客さんも集まってきて、かなり賑やかだ。

『ケミカルチキン』には結構な人が買いに来るようになっていた。

 クラスリーダーの親戚がお肉屋さんで、いいお肉を安く下ろしてくれて、炭も業者から安く手に入るらしい。それを業者用のタレにぶちこんで焼く。そんな豪快な料理で意外に売れるからすごい。

 確かに美味しいんだけど、土日とひたすら焼き鳥を作って売り続けるとさすがに飽きるって、カヌキさんは言ってた。


「ねえ、ミヤ」

 串に鶏肉を刺しているわたしに、モリがわたしのTシャツの裾をつんつんと引っ張りながら話し掛けてくる。

「あれ、あのカヌキさんとしゃべってる男の子、誰?このクラスの男子じゃないよね」

 少し離れたところで、カヌキさんが見慣れない男子学生と話していた。

 ピンときた。

 今年工学部に入学したという、カヌキさんの高校時代の彼氏だ!

 なんか ムカムカしてきた。

「モリ、ちょっとここ任せていい?」

 わたしは、鶏肉を串に刺す作業をモリに押し付けると、カヌキさんのところに向かった。


「カヌキさん!」

 声を掛けると、カヌキさんと男がこっちを見る。案の定、カヌキさんの目が一瞬泳いだ。男の方はわたしを見て、会釈する。

 見た目はそんなに悪くない、な。

 でも、何がイヤって、カヌキさんと並んでると、存外、雰囲気がいい感じに見えるところだ。

 こいつがカヌキさんに手を出して泣かせたヤツ、とわたしは、その男を殺戮するような目で見ていたと思う。

「せ、先輩?」

 不安そうに男がカヌキさんに尋ねる。見た目老けてて悪かったね、これでも君と同い年だからねっ。

「どうも、こんにちは!カヌキさんと同じアパートで親しくしている人文2年の都田です!」


「ははは、彼、架乃が怖くて逃げていきましたよ」

「あれ、元彼?」

 カヌキさんは頷く代わりに目を逸らす。

「彼のクラスも店を出してて、休憩中に私を見掛けて、声を掛けてきたみたいです」

「たまたまってさあ」

 わたしは腕を組む。すると、カヌキさんがわたしの耳元に内緒話をするように顔を寄せる。


「…私には、架乃だけですよ」


 あっという間に機嫌が良くなったわたしは、カヌキさんと一緒に串刺し作業に戻ってきた。

 串を持ったままのモリが顔を上げて、カヌキさんに尋ねる。

「ねーねー、今の男子、カヌキさんの知り合い?」

「え?高校のときの同級生です。浪人して今年入学したんです」

「で、あの人、今、フリー?」

「多分そうです」


「ね、紹介して!!!」

 カヌキさんはモリの勢いに押されながらも了承した。

 よっしゃとモリが気合いを入れた。

 よし、行け、頑張れモリ!!わたしは心の中で応援する。


 そのモリの着ているTシャツには、「ふぇにるめちるあみのぷろぱんダメ絶対」って書いてあった。

「ふぇにるなんとかって何?」

 カヌキさんに聞いてみた。

「ああーっと、覚醒剤ですね」


 なんかいやだ、このクラス!




3 わたしの後輩


「ミヤせんぱい!!見付けたぁ!」


 店頭でいきなり声を掛けられて、え?誰?って思ったら、高校のオケ部の後輩だった。

「教育学部の音楽科に入ったんですよお。ミヤせんぱいは今何してるんですかあ?大学のオケサーにも入ってないって本当ですかあ?全然地元に戻ってこないって他の先輩たち心配してましたよお、去年の定演だって来なかったのミヤせんぱいだけだったんですからねえ!てゆっか、そのシャツ、すっごく似合ってませんよ、服の趣味変わったんですかあ」

 …相変わらずかしましい子だなあ

「卒業したんだからいいじゃん、別に」


「なんかぁ、ミヤせんぱい、大学で友達いなくて男にはまってるとか、ミスコンで優勝して男を食いまくってるとか、変な噂を聞きましたよぉ」

「はああ?」

 真実と虚偽を微妙に混ぜるのやめてほしい!

「そんな噂、信じないでよ、わたしめっちゃ男遊びばっかしてるみたいじゃん」

「あははー、ミヤせんぱいならあるかなーってえ」

「あんたねー」


「…ミヤコダさん、お友だちとお話があるなら、代わりますから、そこどいてください。」

 カヌキさんが、わたしの肩をつついた。


 あ、カヌキさんが怒ってる…


「じゃあね!頑張ってね」

 わたしは強引に後輩との話を打ち切った。

 騒々しいけど律儀な後輩は焼き鳥を自分のクラスの差し入れ用にたくさん買ってくれた。ありがとね。


 にしても、なんなのわたしの噂って。




  

4 恋人の友達は、実はわたしの同窓生


「都田さん」

 トイレから戻る途中、カヌキさんとよく一緒にいる女の子に声を掛けられた。

「吉原といいます。今日は、うちのクラスを手伝ってくれてありがとう」

「いいえ、カヌキさんに頼まれただけなので」


 吉原さんは、じっとわたしを見ている。

 つられて、わたしも吉原さんの顔をまじまじと見た。お互い、カヌキさんを通じて、顔は知っているけれど、話をするのはこれが初めてだった。


「私、あなたと同じ高校の出身。私は理系だったから知らないかな」

「え?そうなんだ!もっと早く言ってくれればいいのに」

「やっぱり、私のことは知らないよね。あなたは目立ってたから、みんなはあなたのことを知ってるけれど」

 なんだか今のは少し棘がある言い方だ。


「吉原さんは、わたしのこと気に入らない?」

 大学に入ってから、友達ってどうやってつくるのか分からなくなった。

 みんなわたしのことを変な目で見るような気がする時がある。


「高校のときはイケイケのリア充。大学では『誰とでもヤる女』。そんなあなたが、なぜ香貫かぬきみたいな、どちらかといえば地味な人と親しいのかが分からない」

「アパートが隣なだけ」

「香貫もそう言ってた」

 ふーっと吉原さんは息を吐く。

「こうして話してたり、店を手伝ったりしている分には、高校のときのあなたと印象が違って、意外なくらい普通の人」

 うーん褒められてはいないよね。


「去年ね、見た目と噂であなたのことを判断して、香貫に、都田さんと仲良くするのをやめたら、って勧めてしまったことがあるの」


 ちょっとカチンとした。


「ごめんなさい。だから謝りたかった」

 え?

「そのとき、香貫から凄く怒られた。怒ると怖いんだよね、香貫。」

「ああ、分かる。強情っ張りだし」

 そう言うと、くすっと吉原さんは笑って、だよね、って言った。わざわざ謝ってくれる必要はないだろうに。カヌキさんのお友達は、やっぱりお人好しだ。


「これからは、わたしとも少しは仲良くしてもらえる?」

 わたしが握手を求めると、吉原さんはわたしの手を握ってくれた。

「改めてよろしく」


「でも、気を付けて。あなたの悪い噂、高校の卒業生の間で広がってる。理系の私の耳に入るくらいだから」

 さっき、後輩もそんな感じで、わたしの噂話を聞いたのかな。

「どっかのクラスのグループメッセージか何かかな」

 吉原さんがスマホを確認してくれたが、それで特に何か分かるわけでもなかった。

「最近、大学ではあんまりとやかく言われなくなったんだけど、今度は、高校の方で噂がばらまかれているってことか」

 やれやれ、とわたしは肩をすくめる。

 同じ高校を卒業した人の中に、よっぽどわたしのことを嫌いな人がいるらしい。

「私も地元に戻ったときには、都田さんはそんなんじゃないって言うよ」

「ありがと」


 別に構わない。どうでもいい。そう思いながらも去年はそれで何度かへこまされた。

 でも、カヌキさんがいてくれたし、今は、去年よりももっとそばにいてくれている。だから、今は本当にどうでもいい。


 そうやって新しく親しくなった吉原さんのTシャツには

「精密ピンセットで白髪を抜く」

 と書いてあって、「ぬるめの液体窒素」はかなりマシな方だと分かった…。

 誰だ、このTシャツに字を書いてる人?




5 そして、わたしの恋人


『ケミカルチキン』は過去最高の売り上げを記録した!


 そんなことはどうでもいい、ようやく、わたしはカヌキさんとデートでき

 …なかった。


「『ケミカルチキン』で盛り上がりすぎて、クラスの8割が、提出を忘れていた実験レポートがあったんですよ!下手するとみんな留年しちゃいます」


 初夏祭明けの週末のカヌキさんは、クラス全員で大学の学食に集まってレポート作成をすると言って出掛ける支度をしていた。

『ケミカルチキン』は、なんでそんなに仲が良いの??


 がっかりして、わたしはアパートのカヌキさんの部屋から自分の部屋に戻ってドアを閉めた。



「架乃、架乃!」

 すると、ドアの外からカヌキさんがわたしを呼ぶ声がした。


 ドアを開けた

「なーにー?」


 ぎゅっとカヌキさんがわたしの首にしがみついた。

 ふわっと、カヌキさんのシャンプーの香りに包まれる。


「行ってきます」


 それから、たたたっと階段を降りていった。


 間抜けなにやけ顔が収まらなくなってしまった。




 さて、わたしもアルバイトに行こう。

 来月はカヌキさんの誕生日だから稼がないと!



(インターミッション3おしまい)

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