文月 金曜日の夜のミヤコダさん
文月
階段から落ちて3週間が過ぎた。
怪我の回復は順調。
レントゲン写真を見ても私にはよく分からないのだけれど、お医者様がおっしゃるにはちゃんと骨がくっつき始めているらしい。
あと1週間もしたら、ギプスを短くして、手首を自由に動かせるようになるんだって。
更にもう半月したら、ギプスとはさようならする予定。
つまり、それでも、まだあと1ヶ月近くはギプス暮らしだ。
もう残す講義は夏の集中講義だけ。必須単位ではなく単発で外部講師の話を聴くというものだ。
それも終われば、もう講義はないので、私は実家に帰ることになる。
そうしたらギプスが取れるまで実家で過ごす。
ギプスが付いていれば肘はほとんど痛まなくなって、不便な生活にも慣れた。私だけでなく、世話をしてくれる架乃や同じクラスの友人たちも、状況に慣れたようだった。
最初は、腕を吊った私を見て、みんな腫れ物に触るみたいな扱いをしたけれど、だんだん慣れてくると、実験器具の取り扱いでもデータの記録でも助けてくれた。本当にありがたかった。お陰様で単位は無事取得できそうだ。
大抵のことには慣れる。左手でスプーンを使って食べることも、左手だけでパソコンを使うことも。
ただ、いつまで経っても慣れないのは、架乃の視線と、それを意識しすぎる自分。
この3週間、何度も何度も架乃に裸や下着姿を見られてしまった。
頑張って着替えは一人でできるようにしたので、ようやく肌を晒すことは減りつつある。
やっぱり見られて嬉しいものじゃない。
架乃はどう思っているんだろうか?
架乃は、色々冗談を言って、気にしないように振る舞ってくれている。
私が服を着ていても着ていなくても、相変わらずのマイペース振りだ。
女同士だから、平気なんだろうか?
私は気にしてばかりいる。
最初に下着を脱がされたときと、その後、架乃が下着姿でお風呂に入ってきたときは、とにかく心底焦った。
とにかく自分の体を隠さないと必死になった。
そんな急く気持ちの下にあったのは、下着姿の架乃を見て
……架乃の体を見たい
という気持ち。
それが生まれたことに今もとまどっている。
春休みのペンション住み込みアルバイトでは、架乃は当たり前のように私の目の前で着替えていた。
ちょっとドキドキはしたけれど、スタイルいいなあ、とか、胸大きいなあとか、どこで下着買うのかなあ、
とか、今思えば、そのときはのんびりしたことを思っていた。
今は、違う。
もう私たちの関係が違う。
友達のときにはなかった何かを求めてしまう
まあ、見たい、と言えば、多分、見せてはもらえる。架乃のことだから、けろっとして服を脱ぎそうだ。
「でも、そんなん言えないよ」
顔が熱くなってきた私はかぶりを振って、左手で明日の集中講義の準備を始めた。
それが終われば、いよいよ帰省だ。
「ただいまー、外暑いー」
架乃はバイトから帰ってくると、自分の部屋の方で寝る支度を整えてから私の部屋に来る。
そういえば、去年も今頃は、うちに半分居候してたっけ。
包帯をほどいてギプスを外すくらいなら左手だけでもできるようになったので、今では、お風呂に入った後はギプスなしで過ごして、架乃が包帯を巻いてくれるのを待っているだけになった。
「ねえねえ、うちの店に新しい常連っぽいお客さんがいてね、なんか、わたしと服の趣味かぶってるんだ」
架乃はどうでもいい話をしながら、私の腕にギプスを付けて包帯を巻く。
長い指できれいな模様を作るように。
「どうかした?」
最後にきゅっと端っこを結んで、架乃が顔を上げて私を見た。
「うん、上手に巻くな、って思ってました」
「そうね、3週間もやってればね」
「お願いがあるんですけど、押し入れの上の方に入ってる、キャリーバッグ出してもらえませんか」
「…ああ、うん」
あんまり人に押し入れの中は見られたくないなあと思いながら、架乃がキャリーバッグを出してくれるのを見ていた。
「もう帰っちゃうんだ…」
キャリーバッグを床に置きながら、びっくりするくらい急速に架乃がしおれた。
ふだん自分勝手で飄々としているのに、時々、驚くくらい繊細に反応する。
「荷物のパッキングとか手伝うね。明日は、わたしバイト昼間だから、夕方からいるし」
「うん、ありがとう」
架乃は寝る時間になってもしょげたままで、言葉が少なかった。
要約の課題が出ているという本を読みながら、体育座りで小さくなっている。
私は、そんな架乃に何も言えなくて、とりあえず手近にあったブルーレイをセットした。
兄貴がお見舞いと称して送ってくれたヤツだ。有名なスラッシャー映画(殺人鬼が刃物で大量殺人する映画)のシリーズのうち何本かが録画されているらしい。兄貴チョイスは今一つ信用ならないけど。
「架乃、映画観てていいですか?」
架乃は、ちらっとこっちを見て頷いた。
「音、出してもいいから。気にしないで」
有名すぎるスラッシャー映画。
シリーズ全編、物語らしい物語はない。湖のキャンプ場で幼い男の子が、キャンプのスタッフの過失で溺死してしまった。それから、時間が経って、このキャンプ場に集まる若者たちが惨殺される。その男の子が成長して怪物のようになり、湖に集まる若者を殺戮し続けるようになった、それだけの話。シリーズが進んで、怪物は湖以外の場所でも人を殺すようになり、遂には宇宙で殺しまくる映画までできた。
それだけといえばそれだけの映画なのに、その怪物は、キャラクターとして確立し、ホラー映画のアイドルのように映画ファンに愛されて続けている。かくいう私も実家の自分の部屋に小さなぬいぐるみを飾っている。
兄貴チョイスはシリーズ第1作からだった。
見るからにB級ホラー。見えない犯人に惨殺されていく若者たち。
第1話には件のキャラクターは登場しないのだ。
「これ古いほらぁよね」
「うん、70年代の終わり頃ですかね」
いつの間にか、架乃も見ているようだった。
架乃にはホラー映画に対する耐性ができてきたのか、驚きはしても、あんまり怖がらなくなってしまった。でも
「うぇあ!!」
ラストシーンで架乃が飛び上がって驚いた。
「だから、教えたじゃないですか、最後まで気を抜いちゃダメだって」
「うううー」
そうこうしているとシリーズ第2作が始まる。1作目で生き残ったヒロインが襲われるところからだ。
「……っ……」
?
「……架乃、まさかと思うけど、泣いてますか?」
体育座りした膝に架乃は頭を埋めていた。
そういえば、初めてアパートの廊下で出会ったときもこの姿勢だった。
「まさか、この映画で泣いてるんじゃないですよね…」
そうじゃない、と架乃は首を振る。
「深弥がいないと、やだ。寂しい」
子供みたいだな、と思いながら、左手を伸ばして、その後頭部を撫でる。
「9月までには戻ってきます。毎日電話しますし」
「ごめん、分かってる。全然大したことじゃない。たかが1か月」
架乃は少しだけ顔を上げてふーっとため息をつく。
「なのに、なんでこんなに寂しいんだろう」
らしくない弱々しい声に、私の胸が熱くなった。
ぴったり隣に座って肩を組むようにして架乃を抱き寄せた。
そして、気付く。
こんな風にくっついたのが久し振りだったことに。
私が怪我をしてから初めてだった。
「痛くない?なんか、抱き締めたら腕が痛いんじゃないかって思って」
ああ、それで必要以上に私に触らなかったんだ。
「もうギプス付いてたら全然痛くないって言ったのに」
私は架乃の頭を横からかき抱いた。
「深弥!ギプスが当たって顔が痛い」
ぎゅーっとする
「ははは、痛い?」
「やめて、顔が傷ついちゃう」
架乃が笑った。
笑っていたら、ふっと、架乃に押し倒されていた。
倒される瞬間、テレビに、ハンマーで保安官が殴られてるところが見えた。
次の瞬間には、もう、視界には架乃の顔しかなくて、顔が近いと思ったときには唇を塞がれて、目を閉じてしまった。
体の上、ちょっとだけ、架乃が重い。
それと熱い。
「どうしよう?」
架乃が顔を私から少し離す。
「何か、何かしたいんだけど、どうしていいか、分からない」
真面目な顔で何を言い出すやら。
「…私は……」
?
架乃が首をかしげる。
「……架乃、の、体が見たい…。ずっと、見られてばっかりでずるい」
言ってしまった。
「あ、そうなんだ。でも、見せられているこっちも我慢するのが大変だったんだけどな」
架乃はけろりとそう言うと、上半身を起こした。私のお腹の上に座ってるみたいな体勢になると、勢いよく寝間着にしているTシャツをたくし上げて脱いだ。
予想通り、あっさりと。
そして、両手を自分の背中に回して、ブラのホックを外し、ぽいっと投げ捨てた。
あなたは恥ずかしいという言葉を知らないの?
あと、我慢って
「ずっと、深弥に触りたかった」
そう言う架乃の裸の上半身が目の前にあった。
私のよりは大きな胸
くびれた腰
縦長のおへそ
聞こえてしまったと思うくらい、ごくんと喉が鳴ってしまった。
「下も?」
架乃がショートパンツを下ろそうと手を掛けたので、慌ててそれを止めた。
いやいや、もう、ちょっとキャパオーバーです。私はぶんぶんと頭を振る。
「深弥もね」
え?
架乃が私のTシャツを脱がそうとする。
「え、ちょっと、待って」
「待たない」
「いやです、やだ」
「人を脱がせておいて、それはないでしょ」
こういうときに右手がうまく使えないのは不利だ!
「じゃ、せめて灯り消して」
「それじゃ見えないじゃん」
と文句を付けながらも、架乃は立ち上がって灯りを消した。
灯りを消しても、テレビの光があるから、けっこう明るい。
私の頭がTシャツから抜けた、そのときに、架乃はまた私の上から体を抱き締めてきた。
少しだけ汗ばんで湿った肌はエアコンでちょっと冷やされたのか、思ったより冷たい。
胸がやわらかい。
胸に胸が当たるって、こんな感じなんだ。
「うーん。離しがたい」
架乃がつぶやく。
「…この感触を知ってしまったのに、すぐに手離さなきゃならないなんて、ひどくない?」
「知らなければ良かった?」
私がそう尋ねると、架乃は私の首筋に顔を埋めて首の付け根に唇を当てる。
「ううん、ずっと知りたかった」
首筋にぬるっとした感じがして、ぞくっとする。
多分なめられたんだろう。
テレビから悲鳴が聴こえた。殺戮シーンが続いている。
ムードなさすぎ。
架乃が私の目を見る。ちょっと困ったような顔をしている。
「わたし、どうしたらいい?」
「したいようにしていいです」
「どうしたいか自分じゃ分かんない」
「じゃ……架乃がされたいように、して」
「ああ、それなら、分かる」
架乃がにやっといたずらそうな、ちょっと獰猛な笑みを浮かべた。
もう怖いとか、恥ずかしいとか、どうでも良くなる笑顔だった。
ねえ、架乃、この映画のシリーズでは、えっちなことをしているカップルがどうなるか知ってる?
天国に行っちゃうんだよ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ネタにした映画タイトル
「13日の金曜日」シリーズ(1980〜2009)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
うびぞお、勢いだけのファンタジー書きました。
よろしければ、見てやって下さい。
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