去年の春  委員長

 インターミッションです


 昔の長編映画では途中で休憩が入りました。

 それをインターミッションと呼びます。


 お話が年度末まで来ましたので、いきなりですが、ちょっぴり休憩です。

 なぜ「ケミカルチキン」なのかとコメントで質問をいただきまして、なんでなんだろうかと考えてたら、こんなのができました。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





去年の4月




 僕は名もなき、ただのアニオタです。ただの陰キャです。


 努力の甲斐あって、というか勉強くらいしか能がないんだけど、こうして第1志望の大学に入学することができました。神様ありがとうございます。


 でも、僕には華やかなキャンパスライフは難しく、ここでもアニオタらしく生きていく所存です。


 ちょっぴり、ほんのちょっぴりですけどね、女の子との出会いにも期待していましたが、高校のときから理系なんて男ばっかなんですよ。大学でもそうみたいです。期待した僕が甘かったみたいです。


 ちなみに、大学サークルのアニメーション研究会に顔を出してみたんですが、ええ、お前は俺の生き別れの兄弟か、って思うくらい似たような男ばかりで。漫画研究会は女の子が多いんですけど、僕は絵なんて書けないし。


 それでも自分の同期にも、少しは女の子がいるんです。この教室の前の方の席に数人で固まって座っている子たちです。僕なんか相手にしてもらえそうにないです。


 結局、人数日の問題じゃなくて、僕がコミュニケーションが苦手なのがいけないんです。

 女の子に話し掛けるなんて、ハードル高すぎて無理無理。ラノベ読んでる振りをして、視界に入れてるのが精々です。



「じゃ、話し合いを始めるよー。忙しいとこ悪いんだけど、ゴールデンウィークに入る前に決めておいた方が楽だと思うから。」


 人前でも物怖じしないヤツ、ちょっと偉そうだよね、が教室の前に立って声を上げてます。今日は、講義じゃなくてクラス会議です。大学なのに、クラスっていうのは、学部の中の一つの学科の学生を、便宜上クラスって呼んでいるだけで、1組とかA組があるわけじゃないんですよ。


 僕らの大学ではメインの大学祭は秋にあるんだけど、入学してすぐの5月か6月にも小さい大学祭があって初夏祭って呼ばれてます。初夏祭は、新しいクラスの親睦も兼ねているので、各クラスで店や展示や出し物をやることを薦められてます。大抵は、飲食店の出店が多いです。食中毒にはかなり厳しいらしいですけど。


「えっと、誰か書記やってくれる?」


 司会のヤツが、気軽に前に座ってる女の子たちに声を掛けやがりました。


「じゃ、私がやります」


 すぐに一人の女の子が立ち上がって、ホワイトボードの前に立ちました。

『初夏祭』

 と整った文字で議題を書きますが、背が低くて、ホワイトボードの上の方には手が届いてません。

 小柄な眼鏡をかけた女子。名前は、何だっけ……。


「…メガネっ子だ…」

 どこかで呟く声がしました。誰だか知らないけど、君はメガネ属性なんだね。

「小さい…」

 また、誰かの声。君はロリ属性か妹属性だね。

 僕は…



「初夏祭で、やりたいことがある人、誰かいる?」

 司会の男の声にみんなは無反応。僕も肩をすくめるように小さくなっています。


「…だろうな。えー、いきなりで悪いんだけど、俺の実家、ここの隣の市で精肉店やってて、新鮮な肉が卸せるんだけど、焼き鳥屋でもいいかな」


 ホワイトボードに「・焼き鳥」と書記の小柄メガネ女子が書き込みました。


「じゃ、賛成の人、挙手して下さい」


 ばらばらと手が上がり、その人数が多いので僕も手を挙げました。今年の初夏祭は6月頭の土日。どうせ僕には用事はありません。日曜朝の女児向けアニメと特撮を見るくらいしか予定はないし、録画もできるし。


「…すいません。手を挙げてない人が7人いますけど、反対なら他のアイデアをお願いします」


 多分、部屋にいた全員が驚いたのだと思います。

 それを言ったのは、司会の男じゃなくて、書記の女の子だったからです。


「お、全員になった」


 司会の男がにやっと笑いました。それから書記の女の子をちらっと見ますが、彼女はそれに気付かず、ホワイトボードの議題を「初夏祭 焼き鳥店」と書き換えました。


「日程は6月の第1土曜日と日曜日だけど、両方或いは片方でも参加できる人、挙手」


 司会が手を挙げながら言うと、ほとんどの手が挙がったと思いまし一応、聞くけど、参加できない人っている?」


 手が上がりません。


「…4人。どちらにも挙げていない方がいます」

 書記の子女の子の声。君はあれですか、野鳥を数えられる人ですか?


 司会の男が、にやにやっと笑いました。

「もう一度、確認するけど、両方或いは土日どちらか出れる人は挙手。…ああ、全員になった。じゃ、こっちでシフト記入表作るんで、後で配るから、記入して俺のところまで持ってきて下さい。1枚でも足りないと、誰かが怒るかもしれないよ」


 くすくすっと笑い声が上がりましたが、怒るかもしれないと言われた当の書記の女の子は何も気にしていな様子で、「シフト表配布後、早急に回収」と記入しています。

 いつのまにか、「早急」が書き加わってます。


「次は…、店名。店名がないと、理化1焼き鳥になるよ、なんか考えて」


 書記の女の子は「・理化1焼き鳥」と記入しました。僕らは理学部化学科の1年で、僕らのクラスは理化1と省略されることが多いです。


「焼き鳥りかちゃん」 「いいねえ」

「とりとりりん」 「なんか変」

「焼き鳥の化学」 「参考書かよ」

「水素酸素窒素」 「焼き鳥関係なくね」

「ケミカルチキン!」 「やば」「臭そう」

「化合物焼き鳥」 「つまんなくない?」

「うびぞお」 「アホちゃうか」


 意外にノリのいい人が多いのか、いくつか声が上がり、その場で感想や批判の声も聞こえてきます。僕は「りかちゃん」がいいな、って思いました。


 でも、誰かが声を出し始めると、騒がしくなって、会議の議題から外れた話をし始める人も出てくるものです。教室がざわざわし始めました。


「じゃ、多数決するよー」

 司会の男が声を上げても、後ろの方の数人が騒いで聞いていません。

「おーい」

 司会の男がちょっと困っていま



 バン!!!!


 ホワイトボードが折れるんじゃないかと、いうような大きな音がしました。

 書記の女の子が、分厚いテキストで思いっきりホワイトボードを叩いたのでした。


「…そこの人たち、   に して下さい」


 さっきよりも響く低めの声


 一瞬にして部屋が静かになりました。

 それから、テキストを机の上に戻して、書記の女の子はペンを再び持ちました。ホワイトボードを見ないで騒いでいた人たちの方を見てます。

 苛立っているらしく、ペンでホワイトボードを叩いて音を立てています。


 こん、こん、こん、こん、こん、こん……


 その音にクラス全員が怯えているように見えました。



「「「「……委員長」」」」


 僕を始め、数人が小さくつぶやきました。

 ちょっとだけ後ろを振り返ってみると、僕と同じようなうっとりした顔で書記の女の子を見ている「兄弟」が3人くらいいました。仲間です。委員長っていいよね。


 そうです。僕は、僕らは委員長属性だったのです。




 ああ、頭の良さそうなメガネの可愛い女の子に叱られたい




 ところで、書記の女の子改め委員長が、こんこんとホワイトボードを叩いてるところには「・ケミカルチキン」と書いてありました。


「け、ケミカルチキンでいいかな」

 少し顔をひきつらせた司会の男が言うと、全員がばっと手を挙げました。


 委員長は、自分が「ケミカルチキン」が選ぶように誘導したことには気付いていないようでしたが、「ケミカルチキン」に赤で丸を付けました。


 なんだか塩素系、いわゆる漂白剤の臭いのしそうな店名でしたが、誰も逆らえません。


 かくして、委員長のおかげで、「ケミカルチキン」についての会議は順調に進み、誰がどんな役割に着くのかというところまで速やかに決定していきました。


 ちなみに僕の担当は、クラスTシャツ作成です。

 人数分のTシャツを用意して、「ケミカルチキン」と書く仕事です。

 え、違うの?

「ケミカルチキン」じゃなくて、化学っぽいこと適当に書けばいいって?え?え?





 そして、いよいよ初夏祭前日


 僕は、心の中で「委員長」と呼んでいる女の子にTシャツを渡しました。


「……ぬるめの液体窒素…?」


 僕の書いた文字を見て、委員長は、すっごく嫌そうに顔をしかめました。

 その顔に、どきーんとしてしまう僕は、ちょっとヤバイやつです。


 そして、僕は勇気を、ものすごく100%な勇気を出して、委員長に声を掛けました。


「か、か、かか香貫かぬきさん!あああ明日頑張ろうねっ」


 委員長は、しかめっつらで僕を見て


 それから、にっこり笑って、うんと頷いてくれました。




 僕は、頭の良さそうなメガネの可愛い女の子のツンデレな笑顔に、脳みそを焼き尽くされたのでした。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 いかがでしたでしょうか。

 なぜか本編より楽に書けました。ううう


 次回もインターミッションの予定です。

 もう1回だけ休憩にお付き合いして下さい。

 




 うびぞお

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