3月 逃げたいよミヤコダさん(前編)
3月
後期試験が終わり、必修も選択も単位は無事に取れた。
成績の良し悪しは一応あるけれど、高校までと違って、もう順位を付けられないのは気が楽だった。
3月になれば、ほとんど春休みで、話には聞いていたけれど、大学生って休みばっかりだ。ありがたい。
春休みの予定は基本アルバイトと映画鑑賞だろうか。4月からは、専門科目の講義や実験が増えるから、今年ほどは時間が空かないかもしれない。その分、映画を観ておきたい。
気が乗ったら、飼い犬の文太に会いに実家に帰ろうかな。
でも、地元はまだ雪が残ってそうだから4月に入ってからでいいや。
ミヤコダさんも、無事に後期試験を切り抜けたらしい。
試験期間中は、たまに顔を合わせて挨拶をする程度だったけれど、試験が終わると、ミヤコダさんは、ほとんど毎日うちに顔を出すようになった。
泊まっていったりいかなかったり、映画も見たり見なかったりで、私が映画を観ている隣で本を読んだりスマホをいじったりしていることもある。気まぐれだ。
一昨日は、私が70年代の悪魔払いで有名なオカルト映画を観ようとしたら、なぜか一緒に見始めて、結果、ガチで怯えてべそをかいていた。
CGなんかない頃の古い作品だけど、凄く良くできているから、ホラー映画初心者には厳しいのかもしれない。
おかげで悪魔に本気で怯える可愛いミヤコダさんが見れた。ありがとうリーガン、と主人公に心の中で礼を言う。
相変わらず二人とも名前が呼べない。
あれからキスもしていない。
それでも今の私の日常にはミヤコダさんがいる
会えないときは寂しいは寂しいのだけど、ずっと抱えていたミヤコダさんが私から離れていってしまいそうな、誰かに取られてしまいそうな不安を感じなくなってきている。
私のスマホが振動した。
LINEの着信だ。
そのアイコンを見て、ドキっとして、体が身震いした。
1年振りに見たアイコン
『工学部に合格しました』
…同じ大学の工学部ってことだろう。
去年も受験していたし。
合格おめでとう、って返事をしなきゃ。
でも指が動かない。
私は、既読スルーした。
「カヌキさーん、余ったケーキもらってきたー、食べよー」
「ミヤコダさん、声おっきいです!」
ドアベルすら鳴らさず、玄関前でただ大声を出すミヤコダさんに私は文句を言いながら、ドアを開けて彼女を迎え入れた。
冷たい風が部屋の中に吹き込んでくる。駅前のバイト先から自転車で帰ってきたミヤコダさんの頬は赤い。
「外まだ寒いよ」
「ぎゃ」
冷たい手でいきなり私の首を触るのはやめてほしい!
「上がっていい?」
「はいはい、紅茶でも飲みますか?」
「ありがとー」
私が台所でお茶を沸かしていると、ミヤコダさんは上着を適当なところにかけて、TVの前のソファーベッドにあぐらをかいて座り込む。
ミヤコダさんは、駅前のカフェでアルバイトをしていて、今日来た変な客について話してくれて、二人で笑い転げた。
そこに、また、私のスマホが振動する。
ちらっとスマホを見て、LINEの着信があったことが分かる。
ちょっとゴメンとミヤコダさんに謝ってから、スマホを確認した。
『アパートを探す手伝いをしてもらえませんか』
「カヌキさん?」
スマホを見て固まった私をミヤコダさんが心配してくれている。
そして、追加の着信
『君のアパートの近くに良い物件があれば教えてください』
もう動かないと思っていた時計の針が音を立てて動き始める。
動いてほしかった?
止まったままでいてほしかった?
私は、どうしたかったんだっけ?
『いきなりごめん』
『良かったら連絡ください』
既読スルー
既読スルー
既読スルー
指が動かない
「カヌキさん?大丈夫?」
ミヤコダさんの声で我に返った。
「もしかして、ご家族に何かあった?」
「…いや、そんなんじゃ、ないです」
「でも」
「なんでもな……」
ミヤコダさんに隠すのは駄目だ。
「ごめんなさい。なんでもなくないです。」
スマホから顔を上げてミヤコダさんを見た。その顔から心配してくれているのが分かる。
「……彼から、1年振りに連絡が来ました」
ミヤコダさんが目を見開く。
「去年、うちの大学に落ちて、今年は合格したそうです」
「1年振りって?」
ミヤコダさんが怪訝な顔をしている。まあ、当然だよね。彼氏なのに1年振りって。
私はLINEの画面を確認する。
1年前、明日は合格しているといいね、で彼からのトークは終わっていた。その後、私が自分の合格の報告をして、何度か様子をうかがったり励ましたりしても既読スルーされ、通話にも応じてもらえず、私からの最後のトークは、明日引っ越します、で、それから1年間止まっていた。
それが、今日突然、動き出した。
「高校2年から付き合って、…たんですけど、私だけ大学に受かったから、僻んだのか、怒ったのか、連絡が途絶えて、だから、もう自然消滅ってことだろうと思ってました」
「それは、普通は自然消滅かもしれないけど、でも、カヌキさんが………」
ミヤコダさんが目を伏せる。
「カヌキさんが、彼氏を待ってたなら、それは消滅してないよ」
私、待ってた?
「だって、カヌキさん、この1年、誰とも付き合ってないし、詳しくは知らないけど、交際申し込まれても全部断ってたでしょ?」
「それは、その気にならなかっただけで」
「彼氏を待ってたから、その気にならなかったんじゃないの?」
ミヤコダさんの口調は私を責めているものではなく、優しい。
「カヌキさんは、その人のことを好きで付き合っていたんだよね。今も、その人のこと好き?それとも、1年も連絡してこないから、もう嫌いになった?」
今でも好き?
もう嫌いになった?
好きなら、すぐに返事をすればいい。
嫌いなら、すぐにブロックすればいい。
どっちも、やりたくない。できない。なんで?
「分かりません…」
分からないことに自分で自分が嫌になった。
「ひとつ分かってるのは、私が彼のことを考えるの拒否してることです」
胸がむかむかする。吐きそうだ。
「だから、今、急に考えるの…難しい、ていうか、考えたく、ないです」
考えたくないから、指が動かない。
返事をしようとすれば、どうしても、彼のことを考えなくてはいけない。
考えると、胸がむかつく。
きゅっとなるのとは違う。気持ち悪くなるのだ。
「そっか…」
ふーっとミヤコダさんが息を吐いた。
「それは、困ったね」
「…はい」
「まあ、正直言うと、カヌキさん以外の友達だったら、1年もほったらかしにする男なんか別れちゃいなよって、軽く言っちゃうところなんだけど」
「そうですね。私も、自分の友達にだったら、うじうじしてないで、さっさと別れろって言ってやります」
二人で苦笑いする。
それで、少しだけ肩の力が抜けた。
「このまま、この街にいたら、彼と会っちゃいそうで怖いし、実家に逃げても地元が同じだから、やっぱり会っちゃいそうだし、友達とかに何か色々言われそうで、それも嫌なんです」
遂に弱音を吐いてしまった。
「カヌキさん、ほらあ映画は怖がらないのにね。おかしい。変なこと怖がる」
ミヤコダさんが、ふっと笑った。
「…けど、そうかぁ、彼氏がいるんだ」
ミヤコダさんが、なんだかしみじみと言った。
「もうとっくに別れてるもんだと思ってた」
そして、少し考えた様子で私を見た。
バイト2~3週間休める?と尋ねてきてから、ちょっといたずらな表情で言った。
「とりあえず、春休みはわたしと一緒に逃げちゃおうか」
飛び付いた
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ネタにした映画タイトル
「エクソシスト」(1973)
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