12月 カヌキさんは落下する
12月
海沿いの温暖な街でも、12月になればさすがに寒い。
もうすぐクリスマスだ。
アルバイト先のカフェでツリーの飾り付けをして季節を感じる。
なんと、バイト以外に予定のないクリスマスイヴとクリスマスだ。予定がないなんて小学校以来じゃないか?受験生だった去年ですら、短時間だったけど同級生とカラオケに行ってバカ騒ぎして憂さ晴らししていたのに。
かと言って、誰かの誘いに乗ってクリスマスコンパとかに行くと、また「お持ち帰り」を狙われそうでダルい。
わたしの少ない大学の友達たちは、それぞれ何かと予定が入っているらしく、彼女たちと集まることもない。
「カヌキさん、クリスマスどうすんのかなあ」
ホラー映画好きのお隣さんは、クリスマスも映画を見て過ごすのだろうか。
カヌキさんはわたしと、すっごく親しいようで、そうでもないかもしれない。
フルネームを教えてもらえるまで半年掛かるなんて、あり得なくないか?でも、あり得たんだよなあ。
「
カヌキさんの名前は深弥、わたしのあだ名はミヤ。
なお、わたしの名前は架乃。カヌキさんのあだ名がカヌではなかったことを喜ぶべきだろうか。
あの子は、わたしにとって何だろう?って最近よく考える。
友達といえば、十分すぎるくらいに友達なんだけど。
「……だから……『僕』…は彼女のこ…と…大好き……」
大学祭の日の夜のカヌキさんの寝言が頭の中でリピートする。
顔がにやける。
どうせなら寝言でなくて、チョクで言ってほしい。
そうしたら、わたしだって
「……き、って言えるじゃん」
コートのポケットに入れていた手を出して、ほうっと息で暖める。
大学の自転車置き場まで、あと少し。
つらつら考えながら歩いていると、そのカヌキさんが自転車置き場にいた。
何だろう、男4人に前を囲まれている。全員、カヌキさんにお辞儀をしながら右手はまっすぐにカヌキさんに伸ばしている。
「「「よろしくお願いします」」」
カヌキさんは明らかに困っている顔をしていた。
「じゃ、わたしもお願いしまーす」
状況を全く飲み込まないまま、わたしは、男4人の隣に立って、割り込むようにカヌキさんに手を伸ばしてみた。確か、この人たちはカヌキさんと同じ専攻の人たちだ。
「「「クィーン!!!」」」」
男たちが声を揃えて驚く。その呼び名はどうかと思う。
「あ、ミヤコダさん!」
カヌキさんは、ぱっと私を見て、それから両手で私の右手を握った。
「おおう」「くっ」「クィーンには叶わねえ」「やっぱりダメか、ちくしょう」
「「「香貫、クィーンと幸せにな、頑張れよ」」」
男4人が肩を落として、自転車置き場から去って行った……何あれ???
「カヌキさん、で、わたしは何をあなたにお願いしたの?」
「クリスマスイブのデートですよ」
??
キャンパスキングとクィーンに選ばれた二人には、ホテルでのクリスマスディナーのチケットがもらえる。わたしは自分の分のチケットをキングにあげてしまった。だって、キングには婚約者がいるんだから、わたしとじゃなくて婚約者と行くべきでしょ。
ただ、大学祭のときには、まるでカヌキさんがクリスマスは頑張る!という話の流れになってしまったので、わたしとカヌキさんがクリスマスにホテルでデートするのだと勘違いした人は多い。
わたしは、何人かの人に、「『彼氏』とクリスマス頑張ってね」と声を掛けられ、「チケットがないから頑張れないよー」と答えていた。カヌキさんも同じようなことが起きていて、チケットなんかない、クリスマスには特に予定は入っていないのだと話していたところ、同級生男子4名が、カヌキさんをクリスマスデートに競うように誘ってきたのだという。
「まあ、冗談半分ですよ。本気だったら、あんな風に4人で並んで誘ったりしないですよ」
いや、あわよくば出し抜こうと全員企んでいたと思うよ、と思ったけれど、これからも彼らとカヌキさんがいい関係であるためには言わないでおく。
「ミヤコダさんは、クリスマスに何をするんですか?」
自転車の籠にバッグを入れながら、カヌキさんが尋ねてきた。
私の自転車も近くにある。たまに二人で自転車で登下校するせいで、ばらばらに登校したとしても自転車を置く場所は大体同じだ。近くに置いてあった自分の自転車の鍵を外して、手袋をしてマフラーをしっかりと巻いて、クリスマスの予定はバイトしかないと答えた。
「ミヤコダさんはお友達と遊ぶのかと思ってました」
「残念ながら、みんな忙しいみたいよ。カヌキさんは?」
「私もバイトしかありませんから、何の映画観ようか考えてるところです。『サタンクロース』とかいいかな」
え?そこはサンタじゃないの?
「じゃ、バイトの後、二人で一緒にケーキでも食べない?わたしのバイト先のケーキ、持って帰るから。けっこう美味しいんだよ」
誘ってみると、カヌキさんが笑顔をわたしに向けてくれた。
「私とクリスマスで、いいんですか?」
「大学祭でクリスマスは頑張るって言ったの、カヌキさんでしょ」
…ちっ
今、カヌキさんが顔をしかめて舌打ちした!そこは可愛く頬を染めてほしかったのに。
「『彼氏』ネタ、いつまで続くんですかね…」
カヌキさんが遠い目でつぶやいた。少なくとも、クリスマスまでには終わらないと思うよ。あと、ノリノリで「彼氏」を演じたカヌキさんにそもそもの原因があるじゃん。
「ミヤコダさん、今、自業自得って言おうとしましたね」
「……ソンナコトアルヨ」
予定が入ると、それも楽しみな予定だと、気分は上がる。
冬休み前の講義受講をこなして、アルバイトをして、と、1日の体感時間が短くなる。
「ホントにカヌキさんと二人でクリスマス?」
「ミヤとカヌキさん、頑張っちゃう?ヤバーい」
「え、私がカヌキさんと頑張りたい」
などと言う友達と笑ったり、バカぬかすアッシュグレイの髪色の友達を殴ったりしているうちに、クリスマスはやって来ようとしていた。
クリスマスイブ
アルバイトを終えて、お店でキープしておいたケーキを持って、わたしはアパートに戻ってきた。カヌキさんの部屋に明かりが点いていたので、先に帰っているのが分かった。
自分の部屋でシャワーを浴びて着替え、冷蔵庫から乾杯用のスパークリングワインの瓶を取り出す。うれしいんだか悲しいんだか、わたしは私服であれば高校時代からアルコールを買う際に身分証を要求されない。
「老けてるんじゃないもん、大人っぽく見えるだけだし」
自分で言ってて悲しくなってきた…
カヌキさんも、唐揚げやスナック菓子とかの食べ物や、食器を用意して準備してくれていた。もうすぐ10時になりそうな時間だけど、二人とも夕食は摂っていない。こんな時間にチキンだのケーキだのって、美容的にはまずいんだけど、クリスマスだからいいや、って言い訳をする。
48型の大きなテレビの前に小さなちゃぶ台。その回りに食べ物や食器を並べる。今日は、映画を見るためのソファーベッドには座らず、ちゃぶ台を挟むように座った。
「「メリークリスマス!」」
スパークリングワインで乾杯する。
「…これ、お酒ですか?」
「そうだよ。甘口だから、炭酸のブドウジュースみたいなものでしょ」
へえと、感心したようにカヌキさんは匂いを嗅いだり色を見たりしている。
「乾杯だけだよ。お酒、飲み慣れてないんだから」
「ミヤコダさんだって18歳じゃないですか」
「うちは、ザル体質の家系なの」
唇を尖らせるカヌキさんに、ノンアルの炭酸ジュースの入ったコップを渡す。
「あの、これ」
カヌキさんが小さな箱を持ち出す。赤い包み紙に緑色のリボン。クリスマスの定番の色だ。
「あ、わたしも用意してあるんだ!」
特に約束をしたわけではないけれど、クリスマスプレゼントを二人とも準備していたらしい。わたしの方は、緑と赤のチェックの包装紙に金色のシールが貼ってある。クリスマスっぽいなあ。
わたしがもらったのは、小ぶりのバレッタだった。木を幾何学模様に彫り込んであって埋め込まれたガラスビーズが光を反射する。とてもきれいだ。どう使おう、髪をどうしたら合うだろう。すっごい嬉しい。どうしよう。
「ハンドメイドのショップで見付けたんです。私、全然お洒落じゃないから、よく分かんなくて、ごめんなさい」
「ありがとう!」
お礼を言うわたしの顔を見て、カヌキさんはほっとしたように笑った。それから、わたしのあげたプレゼントの包装紙を丁寧にはがしていく。
ぱあああっという音が聞こえるくらいカヌキさんが笑顔になった。
「わたし、映画のこと分かんなくて、クリスマスのほらぁ映画を検索掛けてもピンと来なくて、調べてたら、美しい映画って紹介されてたのがこれだったから」
「私、今まで観た映画で、これ、一番きれいだと思ってる映画なんです!」
わたしの言葉に食い気味にに、カヌキさんは大きな声を出した。
わたしがあげたのは、ある映画のブルーレイ。ホラー映画じゃないからどうかな、って不安だったのだけど、カヌキさんが顔を上気させて喜んでいるのを見て安心した。
うん、「サタンクロース」を選ばなくて正解。
遅くなった夕御飯とケーキを食べた後、食器やゴミとかを部屋の隅に押し寄せておいて、カヌキさんとわたしは、いつものようにソファーに並んで座って映画を見始めた。早速、わたしがプレゼントした映画を。
主人公は撮影中に大ケガをして再起不能になってしまったスタントマン。彼は、腕の骨折で同じ病院に入院していた移民の幼女と出会い、自殺できる薬を手に入れるため、幼女を手懐けようとする。彼は、幼女に不思議な6人の勇者の物語を語り始める……
「う、わぁぁ…」
ため息混じりの声が漏れる。
それが何度も、何度も。
世界中の世界遺産を含めた美しい風景に、美しい衣装をまとった人間たち。まさしく動く絵画。物語よりも、とにかく映像が圧倒的だ。こんな映画があったんだ…。
「綺麗すぎて怖い…」
「本当にきれいですねぇ」
ぅえっ?声が近っ……
横のカヌキさんを見ると、すぐ傍に顔があった。
赤い顔、潤んだ目
「ミヤコダさんの横顔、きれいです」
…めっちゃワインの匂いがしてるんだけど
正面にはテレビ。わたしは正面向いて座っていて、顔だけはカヌキさんを見ている。カヌキさんの足は正面向いているけど、上半身はわたし側にねじれていて、わたしの足の横に両手がある、いや、たった今、左手はわたしの左の太ももの上に置かれた。顔はわたしの真ん前。ずっと前、額にキスされたときは、わたしの目の前にはカヌキさんの顎があったけど、今はもろに顔だ、顔。
視線を横にずらすと、カヌキさんの足元にスパークリングワインの瓶が転がっている。ほとんど空だ。ハーフサイズのボトルだから量はさほどでもないけど、アルコール分何度だったっけ……
「カヌキさん、随分たくさん飲んじゃった、みたいね…」
「はぁい。飲みましたぁ」
語尾おかしいし。
カヌキさんの右手がわたしの左腕を引っ張って、わたしの上半身がカヌキさん側に向けられる。
腕を引っ張られて、わたしの体勢が崩れて、顔がさらに接近する。
…に、ニアミス?
カヌキさんの唇は、わたしの唇のすぐ横に当てられていた。
ほんの少し、顔をずらせばキスできる
いや、ダメだって!
わたしは、左手でカヌキさんの肩を押して、顔を遠ざける。
「カヌキさん!ちょっと」
「はぁい。何ですかぁ?」
…ダメだ、完全に酔っぱらっている。
カヌキさんの両手がわたしの両側の頬に当てられて、また、顔が接近してくる。振り切るように顔を背けると、今度は頬の真ん中に唇が当てられる。
「ミヤコダさん、逃げないでくださいよぉ」
「逃げるなって言われても」
本当は、キスしたい
でも、こうじゃない、こうじゃないんだ。
カヌキさんの攻撃?から逃げるために、わたしはカヌキさんの肩に顎を乗せて抱き締める。カヌキさんが腕の中でもがくけれど、所詮は酔っぱらいの小柄の女の子だ。
「離してください」
「やだ」
「手を、緩めて下さぃ…」
「駄目」
「あのっ……顔が見たいです」
「見せない」
「意地悪ですかぁ?」
「そう」
カヌキさんがぐだぐだ言いながら、手でわたしの寝間着の背中の布をぐじぐじといじっていたが、それがふいにストン、と落ちた。
すーーーーーー
どうやら寝落ちしてくれたようだ。
ふーっと息を吐いた。…やばかった。
この後、吐かないといいんだけど、と思いながら、カヌキさんを抱き締めていた手を緩め、一度、カヌキさんを横に寝かせてから、ソファーベッドをベッドに変形させて、布団や枕を用意して、カヌキさんを引っ張りあげた。
カヌキさんは、くかー、っと寝息を立ててすっかり寝てしまっている。
「あなたは酔うとキス魔になるんだねえ」
この手の酔っぱらいは、明日になれば、きっと何にも覚えていない。
「カヌキさん、どうせキスするなら、素面のときに、ちゃんと記憶に残るようなキスをしようよ」
つんっとおでこをつつく。
「……はぁぃ…」
カヌキさんが寝ながら返事をしたので、わたしは声を出さずに大笑いしてしまった。
メリークリスマス!
あなたが寝ている間に、ほっぺたへの2度目のキスをプレゼントする。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ネタにした映画タイトル
「落下の王国」(2006)
「サタンクロース」(2005)
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