11月 クィーンはミヤコダさん(後編)

11月


 大学祭の長い二日間が終わった。


 アパートに着いて、部屋の鍵を開けていると、その音に気付いたのか、隣の部屋からミヤコダさんが顔を出した。

「お帰り、カヌキさん」

「ただいまぁ」

「クィーンが豚の血を浴びる映画、見に行っていい?疲れてるなら」

「いいですよ。シャワー浴びるから30分後に来て下さい」

 被せるように答えると、おっけ、とミヤコダさんは言って一旦部屋に引っ込んでいった。

 

 ぴったり30分後、ミヤコダさんはペットボトルのお茶とお菓子と、枕と毛布を持って、パジャマの上にコートを羽織ってやってきた。この毛布と枕、置いて帰っていい?と聞かれたので了承した。

 これは、ミヤコダさんからの、これからも泊まりに来るぞ宣言ですね。


「さて、ミヤコダさん、この映画は、1977年版と、2013年のリメイク版があるのですが」

「カヌキさんは、もちろん1977年版推しだよね」

 うん、分かっておられる。

 いつもは、ソファーに並んで座って映画を観るんだけど、今日は、私が寝落ちしそうな気がしたので、先にソファーをベッドに変形させて、寝転がるようにして映画を観始めた。


 高校ではいじめられ、家では毒母に虐待されている高校生の少女がいた。少女には怒りの感情が引き金となって物体を動かす超能力があり、それが強まりつつあった。少女は高校最後のプロムパーティーに学校で一番の人気者の男子と参加することになり、毒母の反対を推しきってプロムに参加し、ドレスをまとって夢のような時間を過ごす。一方、少女をいじめたためにパーティーに参加できなくなったいじめっ子たちは、その仕返しに、少女がプロムクィーンに選ばれて幸せに包まれたその瞬間に、豚の血を頭から浴びせかけた。それが凄惨なプロムパーティーの夜の幕開けであった……


 この映画は、なぜかエロいシャワーシーンからの、これでもかというような陰湿ないじめのシーンから始まる。

「うっわー、えぐい…」

 ミヤコダさんがつぶやく。全編えぐいけどね、と私は心の中でほくそえむ。


「ねえ、カヌキさん」

 視線を映画に向けたまま、ミヤコダさんが私に話し掛けてくる。

「……カヌキさんの名前、教えて」

「ミヤコダさんは架乃さんっていうんですね」

「架乃って呼びたいなら呼んでね。みんな大体ミヤって呼ぶけど」


「……ミヤ」

「はい」

「ミヤ」

「はい」

「…ミヤ…」

「はい。って、何、カヌキさん、これからはそう呼びたいの?」


「………深いに弥生の弥と書きます」

「?」

「改めまして、香貫かぬき深弥みやと申します」


 画面ではキィンキィンキィンという甲高い金属音のような音がしてガラスが割れている。

 ミヤコダさんは、画面から隣の私に視線を向けた。


「つまり、私も、ミヤなんです。……ミヤコダさんがミヤって呼ばれてるから、何か言いづらくて」

 隠していたというより、言うタイミングがなかった。

「ああ、なるほど…。そう、だったんだ。それで、ときどき、ミヤってわたしが呼ばれるとカヌキさんが反応したり驚いたりしてたんだ」

 ミヤコダさんがふふっと笑う。


 画面では、少女が淡いピンクのドレスを着て、金髪イケメンにエスコートされている。


「そっかあ、ミヤ、さんなのか。うん、確かに呼びにくい」

「ですよね。これからはミヤコダさんのお友達の前で、お互いにミヤミヤ呼び合いましょうか?」

 ぷっとミヤコダさんが吹き出す。

「それは、やめといた方がいいかな」


 画面ではプロムが始まっている。


「……でも、わたし、カヌキさんを名前で呼びたい、…あっ、ああ、ヤバ」


 豚の血が入ったバケツが少女の頭上でゆらゆらするのを観て、ミヤコダさんがはらはらしている。


「私は、今さらミヤコダさんを架乃さんて呼ぶのなんだか恥ずかしいから、このままミヤコダさんと呼びたいです」

「えー、架乃って呼び捨ててよ、…わっ、わわ、えええ、ひどくない!?」


 クィーンに選ばれた少女が、頭から豚の血を被った。そして、パーティー会場で笑い者になる。

 そこから、始まる少女の逆襲に、ミヤコダさんが目を奪われてしまい、わたしたちの呼び名の話は中断された。



「……かわいそう」

 ミヤコダさんが主人公の少女に憐憫の眼差しを向けている。

 うん、この物語はプロムでの壮絶な逆襲の後に、毒母とのきつい展開が残っている。ただ怖いだけではなく、最初から最後までいたたまれない。

 そして、ラストシーン。



「!!!!!!」

 ミヤコダさんが飛び上がるくらい全身をびくんとさせた。

 声も出ないくらいに驚いている。


 終わったと思って、気が緩んだところで、ラストに仕掛けが入る。

 ホラー映画は最後まで気を抜いてはいけないというセオリーを私に教えた、いや、植え付けたのは、この映画なのだ。


「……カヌキさああああん……ラストで私がめちゃくちゃ驚くの、知ってたよね」

 ふひひって笑っておく。

 驚くミヤコダさんが観れて、私は大満足した。

 満足した途端に眠気が襲ってくる。やっぱり文化祭は疲れた。明日、講義が休みで本当に助かる。


「カヌキさん、カヌキさん、リメイクの方も見ていい?音小さくするから」

「……ど…うぞ…」

 今なら、どんな大音量でも眠れる。

 ミヤコダさんが、ブルーレイを入れ替えている気配を感じながら、私は眠りに落ちた。

 そして、また、ミヤコダさんの彼氏になってインタビューを受ける夢を見た。




 ずっとずっと後になって、この日の夜のことをミヤコダさんから聞いて、三つ後悔する。


 ひとつめ

 恥ずかしい寝言を言ってしまったこと

「……だから……『僕』…は彼女のこ…と…大好き……」


 ふたつめ

 それを聞いたときのミヤコダさんの顔を見ることができなかったこと




 みっつめ

 それを聞いたミヤコダさんが私の頬にキスをしたことに気づかなかったこと










◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

ネタにした映画タイトル

「キャリー」(1976&2013)

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